表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

おセバ心の闇


 一週間しても、おセバは帰ってこない。

 おセバは、母親の元にでも逃げ込んだのかもしれない。結局、なんだかんだ母親のこと悪く言っても、すぐに逃げ込める場所があるから出て行けるのかもしれない。あたしがこんなに孤独なのに、おセバはきっと、カンガルーの赤ちゃんみたいに母親のお腹のポケットの中でヌクヌクしてるに違いないんだ。

あたしは、誰とも口をきかず、自分の殻に閉じこもって過ごした。数少ない友達や身内とさえ、喋って気を紛らわせる気力も失ってた。アルコールの缶を一本ずつ丁寧に、ハート型に並べてみたりした。ふと、鏡を見ると、顔が一回りくらい小さくなったように感じた。おセバと出会ってから、こんなにおセバと会わなかったのは、初めてだった。



TOおセバ FROM祥子


 今度はあたしが家を出るから、おセバ戻ってきて、いいよ。



 一人で、二人で暮らしていた場所にいるのが耐えられなくなり、そんなメールをしたあと、あたしはまた数年前のようなホームレス生活に戻ることにした。でも、今回は多少お金がある。おセバがくれたお小遣い、アルコール代にだいぶ消えたけど、それでも残ってるもの。でも、何日耐えられるかな。せめて、一週間くらいは、意地でも帰りたくない。

 思い切って、ホテルの高い部屋にでも泊まってみようか。コンビニに置いてある情報誌をぱらぱら捲ってみた。食事にエステも付いたお得な女性限定プランなども結構ある。だけど、調べているうちに、やっぱり自分のお金では泊まる気がしないなあと、思った。どん底を見たせいか、貧乏性なのだ。

なんとなく池袋の町を歩いていると、映画館の看板が目に入った。たまたまお昼のドラマを見ていて好感を持った俳優が出ている恋愛ものの映画がやっているようだったので、せめて自分もそんなバーチャルな世界の映像で慰められようと、中に入った。大きなスクリーンにその俳優が映し出される。魅力的で、もっとときめいてもいいはずなのに、パタリロおセバなんかと違って、スタイルも良くて、こんないわゆるイケメンな男性を観てるのに。悔しい。なんで、何にも感じないの?おセバなんてアイドルや美少女を眺めて、きゅんきゅんモエ萌え~ってしてたに違いないんだよ?きゅんきゅんモエ萌え~って・・・。

あたしは、とてもとてもとてもとてもとても嫌な人間なので、おセバに嫌みのひとつやふたつや百や千個くらい言わなければ、気がすまない気分になった。


TOおセバ FROM祥子


 あたしだって、本当は、好きなハリウッドスターとか、ジャニーズとか韓流スターとか、俳優とかいるもん。背が高くて、ホリが深くて、ハーフっぽい顔立ちの好きな芸能人だっているもん。おセバに悪いと思って、そういうこと言わなかったし、雑誌やら写真集も買ったりしなかっただけだもん。おセバはあたしがそういうの持ってても平気なの?気にならないの?キズつかないの?おセバは、そんなに自分に自信でもあるの?


 おセバからはすぐにメールが返って来た。


TOプリンセスキャットさま   FROMおセバ


勿論、自分に自信なんてありませんよ。だから、その分プリンセスキャットさまに好かれようと努力してきたつもりですし、それは、他の誰にも、負けないつもりです。

 プリンセスキャットさまが誰か芸能人の熱心なファンで、写真集とかグッズとかを購入して持っているところを想像してみましたが、別に嫌とは思いませんし、プリンセスキャットさまが誰のファンでも、気にならないと思います。


TOおセバ   FROM祥子


 それは、実際、そういうことがなかったからだよ。もし、現実にあったとしたら、おセバだってかなり悲しい思いをしたと思う。おセバだって意外とプライド高いじゃない。すごくキズついたと思う。あたしが、頭の中で、その好きな俳優に後ろからぎゅっと抱きしめられるとか、抱かれたいとか、そんなめくるめく妄想してても、おセバは全く嫌じゃないの?


TOプリンセスキャットさま   FROMおセバ


強がりではなく、嫌ではないですね。というか、そんなことを考えても、時間の無駄ですから、そもそもしないと思います。どんな人間にだって、他の人間の頭の中のことは、知りようがないですから。賢い人ならそう考えるでしょう。



 カッチーン!(自分で言っちゃう)―――どうせ、あたしは無駄なことばっかり考えてる暇人で馬鹿でどうしようもなく間抜けでくだらなくて最低最悪で微塵も生きてる価値のない無能でIQが30くらいしかなくてこの社会に何にも貢献していない何にも残せないまま死んじゃうようなゴミ以下のレベルの低い人間ですよ、だ!(何もそこまで?)

その後、後楽園にあるスパに行き、その中にある台湾風エステをうけることにした。産休でなかったら、あの行きつけのホテルの高級エステの塚田さんのゴッドハンドを味わいたかったけど。気心も知れてるし。でも、台湾人のエステシャンの女の子の笑顔と、片言の日本語に、なんとなく癒された。それに、やはり女性は美しくなるようなことに癒しや悦びを得られるらしい。肌を優しく撫でられることによって、心まで慰められている気になった。

 強力なエステパワーのおかげで艶々になったあたしはひとりでバーに飛び込み、しこたまお酒を飲んで、隣に座っていた、ずっとずっと歳を取った知らない男性に猛烈なアプローチを受け、ホテルに行って、一晩を共にした。

な~んて、夢を見た。気がついたら、まだ台湾エステの施術台の上だった。いかんいかん。危うく、延長料金を取られるところだった。夢でまでそんな破廉恥な行為の夢を見るとは。無意識にもよほどそういうことを求めているのか?不安になった。あたしだって、まだ現役女だもん。だけど、おセバってば、もう、あたしをずっと、女としては、見ていなかったのかもしれないな。そもそも最初からそういう対象ではなかったのかも。じゃあ、あたしは、一体何だったんだろう。敬われて、かしずかれて、でも、結局裸の王様?裸の女王様?じゃないの―――。いい気になって、恥ずかしすぎるじゃないの―――!よく分からないテンションだ。

実は、おセバにとっては、ペットか何かを飼ってるのと同じような感覚だったのかも。おセバは、とことん優しいから、ただの野良でも一度拾ったら捨てるに捨てられなくて、血統書付きの高級キャットのように扱って甘やかして贅沢させてしまったから、あとには退けなくて、責任感から面倒見てくれてたんじゃない。

 虚しくて、腹いせに本気で浮気でもしてやる!なんてほんの一瞬考えてみたけれど、実際見も知らぬ男性に触れられたら気持ち悪くて鳥肌が立ちそうな気がした。

 だって、おセバ!あたし、おセバを愛してるんだもん・・・。

 世界の中心で愛を叫ぶ。ううん、愛だけじゃない。愛と憎しみを叫ぶ。ノ~!なんて、恐ろしい女。自分でも。あたしは、スパのチェアベッドで一晩を過ごした。

 翌日、一晩を明かしたのは、マンガ喫茶だった。結局こういう場所に戻っちゃうって、あたしって進歩ないな・・・。いつもはきゅんと来る少女マンガに手を出すところを、ついついつい男性ものの人気のありそうな萌え系マンガを読んでみた。なんだろ。男性オタク心理の研究?確かに面白いのだけど、うわうわ、このボディーにこの巨乳?お兄ちゃん、って呼ばれてそんな嬉しいかな?なんて思わずツッコミ。ツッコミどころ満載過ぎるのですけど。

でも、やっぱり、なんとなく、完全に拒絶とか拒否っていうより、そもそもオタク物も買う気持ちもなんとなく分かっちゃうところも嫌なんだ。うんうん。あたしオタク知識ないけど、元々マンガは大好きだし…、コスプレカフェで回りの女の子たちやお客さんに影響されたところもだいぶあるし・・・、BLとか百合だとかいろいろ洗礼受けたしね。大体おセバと妙に波長が合ったのも、ベースにある感性が近いものあるからなのかな。子どもの頃って誰でもあるよね。あたしも、『ドラゴンボール』のピッコロさんと結婚したいとか思ってたし。孫悟空かピッコロさんかで真剣に迷ったり。悟空が結婚したとき、本気でショックだったし。死んだとき、ご飯も食べれなくて、一人心の中でお葬式したり。

そういうの、いつか忘れてたけど。

 創造物の中の女の子に、どうやったらたちうちできるっていうの?でもまだ、二次元は別次元だからいいにしても、やっぱりより身近なほうに、人間の嫉妬って向くみたいだ。二・五次元の女の子たち。全く、ひとの男誘惑しないでよね――――だ。

 アイドルナンテミンナイナクナレバイイノニ。

 なんてね。でも、大体あたしだって、一応カフェでファンを自称して優しく尽くしてくれてたお客さんたちを、あっさり捨てたような女じゃない。「女」を売り物にしてる女の子たちを悪く言える?同性が敵とか、そういうことじゃあないのだ。



 ―――おセバ、今頃何してるんだろ。

 やはり気になって、いったんマンション(もう、とりあえずふたりの「お城」ではないもんね)に戻ることにした。家を出て、四日目で挫折だ。おセバの用意してくれたおうちに戻るのに、こんなに緊張したのは初めてだった。防犯のために設計された重い扉が鋼の鎧のようにますます重く感じた。

 部屋の中は、意外と変わっていなかった。一応帰ってきている形跡はあったけど、おセバもあまり長い時間は過ごしてはいないんだろうか。ただ、キッチンには、いくつか空のカップ麺やお総菜の容器が置かれていたし、リビングには、ペットボトルの空き容器が転がっていたりした。そして新しく購入したと思われるハリウッド映画のDVDやお金儲けのノウハウ本などが山積みになっていた。片付けは、やっぱりあたしのほうが得意だよね、なんて思いながら、ついまたその中にああいうものがないか、確認してしまう。もうこれ以上生々しいものを視界に入れたら、精神が耐えられそうにないのだけど、なぜわざわざチェックしてしまうんだろう。あたしってマゾ?とりあえず、そういうものが見あたらずに、ほっとした。


冷静になって話し合いましょう、とメールをすると、夕方になって、おセバがやって来た。正確には帰って来たということだけど。おそらくおセバにとっても、あたしが待つマンションは前のように、安心できるお城―――大事な人が待つおうちの意味を持たなかったと思う。

 おセバはさらにぷくぷく、ふくよかになってるようだった。毎日見てるとそんなに気づかないものだけど、やはりちょっと会わないと変化は目立つ。あたしの視線を察したのか、おセバがジャケットでささっとお腹の部分を隠した。あたしはさりげなくお腹なんて見てない、というように視線をずらす。たくさん食べてしまうのは、おそらくストレスのせいです。と、おセバは以前言っていたのだけど、ホントに、女の子みたいだ。ストレス。そうだ。おセバだって、当然ストレスを感じてただろう。か、かわいい・・・。不覚にもにやけてしまいそうになるあたし。

ソファーに腰掛けた。あんなにこのソファーで仲むつまじくしてたのにね。おセバは突っ立ったままだったけど、座ったら、って優しい言葉がかけられない。

 先に切り出したのは、あたしのほうだった。

「・・・何を・・・何から・・・話せばいいのかな・・・?」

「難しいですね。いざとなると、言葉が出てこない。とりあえず、この間は、怒鳴ったりして、すみません。自分でもあんなに声を荒げるなんて、自己嫌悪で死にたくなりました。しかもプリンセスキャットさまにですよ。本当に、ごめんなさい・・・」

「ううん。あたしも。責め立ててごめんなさい・・・。よくよく考えたら別に、何を買おうと何をしようとおセバの自由なんだし・・・。おセバが稼いだお金なんだし・・・。そこまで縛る権利なんて・・・ないの分かってる。分かってるんだけど・・・」

 苦しくなって、はらっと涙が零れた。おセバがはっとした表情をする。泣いても何の解決にもならないことは分かっているし、必死で涙を止めようとしたのだけど、やはり止まらなかった。あたし、本当に壊れた機械みたい。

 彼は深呼吸すると、観念したような、全てを諦めたような表情で言った。

「どうかお許し下さいとしか、言いようが、ありませんね。下手に言い訳しても、プリンセスキャットさまはおそらく納得してくれないでしょう」

 おセバは、あたしの性格をよく分かってるんだ。そう、言い訳が欲しいなんて言いながらも、結局どんな答えをもらっても納得なんてできないんだ。ああ、あたしって思い込み激しいし、融通効かないし、ホント最悪。

「今日は、ちゃんと話してくれる?いつから・・・ああいうの、集めてたの?」

 おセバは、ふうと大きなため息をついた。

「そうですね。最初に買ったのは小学生のときです。わりと早熟な子供だったので」

「ふうん。勇気要らなかった?」

「勿論要りましたよ。でも、それ以上に興味や好奇心というものが大きかったので。でも、僕は・・・。分かりません。それは勿論普通に人間で男で、欲望がないわけはないでしょう。でも、他の人より特別そういう欲望が強いとは思いませんが。欲望が強い人間なら、もっと違う風に女の人を追いかけ回したりしてるんじゃないでしょうか。自分を分析してみると、僕にとっては、やはり一種のストレス解消というか・・・別の意味合いのほうが強い気がします。幼い頃からずっといい子で優等生で・・・親の期待に応えなきゃって必死で・・・元々自分も完璧主義だったから、頑張って頑張って、おそらくいつも元々の能力以上に無理をして・・・。でも、それを誰にも気づかれないように虚勢を張ってて。ああいうの、集めたり隠し持ったりするのが、唯一の親とか社会に対する反抗とか反発だったのかな。本当に、いつもいい子で良い人間でなきゃと思ってましたから・・・。どんなに無理しなきゃいけないようなことがあっても、秘密があるということが僕を強くしたんです。人に弱みを見せるのは絶対に嫌でしたし・・・。それにまあ、収集癖もあるのかもしれない・・・。やっぱり根本がオタクだから。全部集めなきゃ気が済まないみたいな。正直、総額二百万ほどつぎ込みました。はは。分かるでしょう。別にああいうものに限ったことでもないです。だって、好きな作家の作品は、ほぼ揃えていますし、週間鉄道模型シリーズなんかも一号も欠かさず持っている。だから、ああいうものも、持っていても実際見てないのもいっぱいあるし、ただ新作が出ると買わなきゃって変な脅迫観念みたいなのあって・・・。でも、買うと、揃えると、満足してしまうんですよ」

 おセバは一仕事終えて安堵したように、悲しそうに笑った。

「おセバ、ごめんね。ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん」

 あたしは、なんだか発作的に謝らなきゃいけない気になって、ひたすら謝り続けた。おセバは、ぎょっとして慌てて、謝らないで下さい、プリンセスキャット様、と本気で焦って、焦りすぎてよろけて、机の角に足をぶつけて、うぎゃあ、プリンセスキャット様を傷つけた天罰にゃーと大騒ぎした。

 あたしは、彼の言うことが正直分かんなくなかったよ。確かに、彼の性格を見てたら、気の毒になるくらいいつも周りに気を使って、よくそれでストレス溜まらないなあって、はけ口どこかになくて平気なのかなって、不思議だったもん。

自分だって親への反発心から、家を飛び出したような人間だもの。彼にだって、彼が生まれてからあたしに出会うまでにいろんなことがあって、その間の親子関係とか、トラウマとか、背負ってきたものがあるわけだもの。人が、三十年近くも生きてたら、そりゃいろいろあるよね。

「おセバ・・・。ごめんね、ごめん、ほんとにごめん、ごめん、ごめんね、ごめん・・・」


とりあえずは仲直りしたものの、しばらくの間、当然すぐには元通りの関係になんて、戻れっこなかったよ。ケンカあとの妙な盛り上がりみたいな感じでちょっとラブラブ燃え展開になったかと思うと、翌日にはまたギクシャクしてたりして。やっぱり完全に修復なんて無理なのかな・・・そんな考えが一瞬頭の中を過ぎったりもした。でもね、あたし、努力しようって思ったんだ。忘れようって。何にもなかったことにしようって。

だって、やっぱり、おセバがプリンセスキャットさま、って呼んでくれると、にゃあ~、って鳴きたくなるし、おセバの白くてもっちり大福みたいなまあるいお腹見たら、ごろごろごろにゃ~って甘えたくなっちゃうし。

おセバは、相変わらず優しかったけれど、表面上取り繕ってても、おセバが持ってた『エヴァンゲリオン』のDVDで見たんだけど、ATフィールド、いわゆる心の壁ってやつ?強化してるみたいに感じたな。

 心ってホント、不思議だよね。今までと同じようなこと、例えばあたしの濡れた髪ドライヤーで乾かしてくれるとか、足の爪切ってヤスリで研いでくれるとか、全身のツボ押してくれるとかそんな普通じゃしてくれないようなことまでしてくれてても、心が開かれてない、ってヒシヒシと感じるんだ。心が閉ざされてると、近くにいても、なんだかすごく遠いよ。

 でも、でもいつかきっと元のように戻れるって、何もかも全てうまくいく、って希望は捨てないで持ってたんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ