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普通の女の子がヒメさまに!?執事のセバスチャン通称おセバとの純粋過ぎてとても悲しい??恋愛物語

十年くらい前、メイドカフェブームが過ぎた辺りに半分周りの人間模様や実体験などを含め書いたお話です。

わたしが生まれ育った、中国地方の場所を訊ねられても大抵の人が迷う県にあったその実家は、基本的にあまり来客のない家で、たまに訪れるのは町会費の集金目的の町役員や、田舎の純真な住民を食い物にしようとしているのが見え見えな、一見ぱりっとした風体ではあるものの、どうしても隠しきれず胡散臭さの滲み出ているミシンや健康食品のセールスマンや動物の絵の載った冊子を持った宗教の勧誘の人間などでした。

 近所の殆どの住人が世間話がてらお茶を飲みに互いの家をしょっちゅう行ったり来たりする中で、我が家みたいなのは珍しく、それはおそらく両親が偏屈であまり人付き合いのいいほうではなかったためで、その反動でなのか、昔からわたしは社交的で、自分で言うのもなんですが、愛想も人付き合いもよく、自分自身が騒ぐのは実はそんなに得意なほうではないのですが、常に周りに人がいて賑やかなのが好きなのでした。

 小中高と学生時代は常に学級委員や部活動のキャプテンや専門委員の執行役員など何かしらの役につき、高校では生徒会の副会長をも任され、その後も、上京して入学した大学でフットサルサークルの部長など務め、他人を家に招いてちょっとしたパーティや飲み会を開くのも大好きな人間に育ったわたしは、それなりに大手の印刷会社に就職し、五年くらいして大学時代から付き合っていた彼女と結婚し、彼女は小学校の先生をやっていましたが、十年間の結婚生活の間にいろいろあって離婚した後は、会社も辞め、わずかですがあった貯金を崩して、お酒とちょっとしたおつまみを出す、テーブル席が一つとあとはカウンターに七、八人座れる小さなお店を開きました。

 幸い、昔からの知り合いが、元々土地持ちで繁華街でバーを数件やっていて、そのうちの一つの店のマスターが年老いた両親の介護の問題でお店を閉めて故郷に帰ってしまったとかで、そんなに改装の必要もない空き店舗を紹介してくれたので、元手もあまりかかりませんでしたし、ガツガツ目の色を変えてやらなくても、自分一人食べて行くには十分でした。

 当然、家族を抱えていたらもっと死に物狂いでやらなければならなかったでしょうね。この際、幸いといっていいか、子供はいませんでしたし、独身生活は気楽と言えば気楽でした。自分以外の人間の気配もなく、自由に、人の目を気にしないで生活できることの解放感や快適さといったら。一人になって、居たはずの人が居ない、という身体にぽっかり穴の空いたような喪失感や孤独感というものには人並みに襲われもしましたが、要は慣れです。

 それがいったん日常的に当たり前になってしまえば、なんてことはありません。手料理でなくコンビニ弁当でも(結婚生活時代、自分のほうが作ることが多かったくらいですが)、ベッドに独り寝でも、買い物や映画も一人で行かなくてはいけなくとも、別に絶命はしません。寂しいと死んでしまうらしい、とある歌手の歌にあったウサギのようにはなりません。人は一人でも十分暮らして、生きてゆけるのです。妻が品がないと嫌って見れなかった深夜のバラエティ番組を、メタボまっしぐらよ、と言って禁止されていたエースコックのサイズのでかいカップラーメンをすすりながら見ていると、なぜあえて互いに我慢や犠牲を強いる結婚などというシステムが、この世に存在するのだろうと疑問に思ってしまったくらいです。最初は気が合い、ただただ一緒にいて楽しいばっかりだったのに、生活となると、針の先で指を指して吹き出る血のように不満や問題も噴出します。その血は抑えても抑えても、また別のところを突き破って吹き出してしまうといった具合で、完全に止まることはないのです。

 しかし、半年も経つと、やはり、仕事が休みの日に、一緒にビールで乾杯し、飲み交わしながら、最近こんなことがあった、あんなことがあったと話ができる相手がいない、というのは、致命的かもしれない、と思いました。些細な愚痴も、吐き出さないまま抱えていると、次第に体調まで悪くなってくるものだと知りました。ああ、妻、妻。なぜか家を出たときに、自分の荷物にたまたま紛れたのか、無意識に持って出たのか、妻のパジャマがひと組だけ紛れていたので、それを抱き締めて泣きました。

 子供がいれば、もう少し違う風になっていたかもしれません。本音を言えば、わたしは早く自分の家族、しっかりした家庭というものが欲しいと、結婚する前からずっと子供を望んでいましたが、妻のほうはというと、学生時代から自分を磨くことに熱心な女性で、幼い頃からの夢だったという先生という職業に就くことができて全力投球したいようでしたから、出産で長期間休まなければならなくなることになかなか決心がつかないようでした。けれど、実際できてしまえば・・・という思惑もその通りにはいかず、結果として、授からなかったので、まあそういう運命だったのでしょう。

 お店を持つのも、自分にとっての密かな夢でした。好きな音楽や映画を流しながら、来てくれたお客にお酒や簡単なおつまみを出し、たわいもない話をする。機械相手に長時間黙々と向かうのは、元々性に合わなかったのです。ただ、お店を持つというのは、自分の中で、家族を持つということと同時に抱いてはいけない夢だと、言い聞かせておりました。

 わたしは毎度、お店のドアの開く音がすると、どこか胸が高鳴るのを感じずにはいられません。小さな子供がクリスマスの夜にサンタを楽しみに眠りにつき、翌朝期待を胸にそっと目を開けるときのような感覚を抱いてしまうのです。

 実際は、常連の馴染み客ばかりで、そんなに頻繁に新しい人が訪れるということもないのですが、やはり面白い出会いはあるものです。それを心待ちに、正直夜の立ち仕事は身体がしんどいこともありますが、日々新鮮な気持ちで、お店を続けていられるのです。

わたしが経営する、まあ自虐的に言うとその場末のスナック的な小さなバーに彼女がやって来たのは、今年もあと少しで終わりという、師走のとても寒い日でした。青ざめた顔で何かに取り憑かれたようにふらふらと入ってきた彼女はどうやらお店にクリスマス用の飾り付けが残っていたので、入り口のドアについてある小窓から中を覗き見して、そのキラキラした装飾に子供時代のクリスマスを思い出し、惹かれて入ることに決めたらしいのですが、カウンターに座ると、芋焼酎のお湯割りを立て続けに三杯注文して飲み干し、四杯目をお代わりした頃から、少し顔にも色味を帯びて、人間らしくなったかと思いましたが、グラスをテーブルに置くと、急にわっと泣き始めました。

 お店にいた人間は皆少なからず驚きましたが、飲み屋ですもの。まあ、こういったこともあるだろうと、すぐにいつもの空気に戻りました。あえて何があったのか聞くことはしませんでしたが、彼女にとっては少々いえだいぶ・・・かなり・・・とても・・・相当に辛いことがあったのでしょう。その泣き方は、ありきたりな表現ですが、せき止めていたダムが崩壊し一気に水が溢れ出してしまったという風で、半端でありませんでしたし、それからのお酒の呑み方も尋常ではありませんでした。

 いろいろとあまりにも豪快なのでお酒と一緒に涙や鼻水も飲み込んでいるのも気づいていないのでは、と気にかかりましたが、彼女は再び立て続けに三杯お代わりし、ショット用の一升瓶の焼酎をあっという間に一本丸ごと空けてしまいました。

 わたしは、親切心というか老婆心を出して、

「まだこの調子で呑む気なら、ボトルを入れちゃったほうが早いんじゃないかな?でも、もう十分過ぎるほど飲んでるみたいだから、その辺りで止めたほうがいいとも思うのだけれど・・・」

と声をかけました。彼女は、はっとしたように顔を上げて、少し我に返ったのか、恥ずかしそうにし、お気遣い、すみません。でも、お金の心配して下さっているなら、いいんです、いいんですよ、もうあやつに貰ったお金などぱあっと使っちゃうつもりなんですから、もう、ね、あたしなんてどうなってもいいんです、あたし、完全に自暴自棄みたいです、って、見るからにそうですよね、突然やって来て、こんなご迷惑、大変なお騒がせ、すみません、でも、この歳になると、って、歳は訊かないで下さいよ、もう、そんな、堂々と、言える歳でもないんですから、でも、もう偽るのはやめますけど。年齢詐称して、嘘に嘘を重ねなくてはいけなくて、自分でもどうにも苦しくなった思い出があるんです。・・・それはいいんですけど、なかなかいつでも飲みのお誘いに応じて話を聞いてくれるような友達も少なくなって、ていうか、あの男に長らく監禁、いえ、軟禁されてたせいで、気がついたら周りに人がいなくなってたんです。向こうはいいですよ?学生時代からの友達もたくさん・・・ってほどでもないかもしれないけれどちゃあんといますし、向こうもそんなに外に開いている人間ではなかった、はずなのに、そう思ってたのは自分だけで、でも実際はそれなりにいろんな人脈や世界を勝手に広げてて、でも、あたしは、どんどん世界を狭くしてて、気がついたら本当にごく限られた人しか周りにいなかったんです、二人だけの世界を誰にも邪魔されたくないなんて散々言っていたのは向こうなのに、本当にそれを実行していたのは、結局のところあたしだけだったんです。あたし―――だけ。へへ。ばっかみたい。だから、二人の世界が壊れてからは自分で自分を慰めるしかなくって、一人でも行けるお店を見つけようと思ってやって来たんですけど・・・すみません。あたし、出禁になりますでしょうか。ごめんなさい、あたし、普段はもっと静かに、大人しく、わりと礼儀正しく、飲んでる人間なんですよ、間違ってもタチの悪いお客じゃないんです、だけど、今日はダメなんです、もう、ホントにダメなんです、だから、今日は見逃して下さい、今日は、今日だけは・・・、とにかくあたし、やさぐれているんです、と自分でも言っていましたが、確かにどこからどう見ても完全にやさぐれているように見えました。

 周りにいた数人のお客さんも、始めはまるでお祭りの見せ物か動物園の珍しい動物を見ているように、彼女の派手な飲みっぷりと泣きっぷりを酒の肴にして静かに笑って見物していましたが、次第に本気で心配するような様子で、あの子、大丈夫かな?とわたしに小声で合図するようになりました。

 しかし、お客の一人が声をかけようとすると、彼女は、何かよほど男性に嫌な目に遭わされたのか、すみませんがっ、申し訳ないですがっ、放っておいて下さい、男なんて、男なんて、どんなにどんなに優しくしてくれても、紳士のように見えても、所詮山羊の仮面を被った狼なんでしょ、獣なんでしょ。けだもの。あたしっ、あたしは騙されませんから、などと大声を出し、隣にいた男性が慰めようと肩や頭でも撫でようものなら、噛みつかんばかりに暴れるのでした。

 しかし、カウンター越しという安心感からか、どうやらわたしには心を許してくれているようで、わたしの言うことには従い、わたしが促すと、あまり目立たない端の席に素直に移動し、勧めたお水も飲み、そして、そのうちに、カウンターのテーブルにうつ伏せて死んだように眠ってしまいました。

お店にいるお客たちのことは信用していましたが、自分のお店に来たお客ですし、もし何かの間違いがあってはわたしも自責の念に駆られそうですし、弱って(?)いる女の子を確かに彼女の言うとおり普段は気の良い紳士でも二人きりになると狼男に豹変するかもしれない男どもに任せるわけにはいかないと、閉店の時間になり、お客たちを皆帰すと(わたしも逆にお客たちに本当にマスターに任せていいのかと危惧されていたかもしれませんが)、わたしはタバコを吸いながらお気に入りの音楽を聞き、しばらく彼女を寝かせておいてやりました。

 わたしもついついすっかり物思いに耽ってしまっていたのでしょう。気がついたら結構な時間になっていました。すでに一枚九十分近いCDは終わっていました。

 目を覚ました彼女は、だいぶ酔いも覚めたと見え、マスカラの剥げた(これはちょっとなかなかのホラーです)疲れ果てた顔で、ご迷惑おかけして、すみません、すみません、と何度も頭を下げました。

わたしは、彼女が心配で、しばらくここで働いてみるかい?気が紛れるかもしれないし、バイト代はそんなに出せないけど、と声をかけてみました。すると、彼女はお先真っ暗、といった表情だったのをぱあっと輝かせて、本当ですか?あたしなんかでいいんですか?ぜひ、お願いします、あたし、頑張りますからっ、と言いました。

 そうして、彼女はわたしのお店で働くことになったわけですが、仕事ぶりはとても真面目でした。時間に遅刻もしませんでしたし、今まで自分がさぼり気味だった掃除も丁寧にやってくれ、ガス台や換気扇まで綺麗にしてくれました。

 ただ、一つ困ったことに、毎度お客さんから勧められてお酒を飲むと、泣き出すのです。おそらくある一定の量を超すと、過去を思い出して泣きモードになるスイッチが入るのでしょう。お客のほうもそれが分かっていて、最初は面白がって飲ませるのですが、途中で飽きるのか、心配になるのか、止めようとするものの、どうしたら止められるのか分からないらしく、こちらに助けを求められるので、困ったものですが、まあ、でもそれで彼女にお酒を勧めるのを止めるとなると、客単価も上がりませんしね。わたしも商売をやっている以上、そこらへんはたくさん飲んでもらって大いに結構なんですけれど、やはり、飛び込みのお客などがその場面に出くわすと驚きますし、難しいところです。

 そして、お客たちも毎度理由を訊ねるのですが、彼女は一向にはっきりとしたことは語りません。

 お客が帰って二人きりになったとき、わたしがその理由を尋ねると、

「話すと、きっとすごく長くなる話なので、自信がなくて・・・。多分、なれそめから・・・話さないと伝わらないと思いますし。あたし、昔からあんまり話すのが得意じゃなくて。頭が良くないから、こう的を得ないというか、要領を得ないみたいで・・・とにかくダメなんです。ママ・・・母親とかからも、あんたはいつも何が言いたいのか分からない、って言われて。実際、自分でも話してるうちに何が言いたいのか分かんなくなってくるんです。だから・・・、あの、そう、それで、文章にしてみて、少しずつゆっくり書いていったらいいかもしれないと思って、ノートにまとめたものがあるんです。まあ、それも自信があるわけじゃあないですけど。日記とかも毎年年始めにはつけようと思うんです。でも、ほんとに三日坊主で終わっちゃうんですよね。多分飽きっぽくて根性ないんだと思います。血液型占いを鵜呑みにするわけじゃあないんですけど、B型ですから。だけど、なんとか書き終えたいとは思ってるんです。いつか、マスターにもそれ読んでもらいたいなって思います」

彼女はそう言って照れたように笑いました。まあ全てを語らないとはいえ、ちょこちょこと漏らしてはいたので、断片を拾い集めると、およそのことは想像はついていましたが、元々本好きでもある自分は、いつか彼女の手記が読めることを楽しみにしていたわけです。

 それが実際読めたのは、彼女自身が消えた後でした。現れ方も唐突でしたが、消え方もそうで、ある日突然彼女はどろんと消えたのです。お店のカウンターに一冊のノートだけが置かれていました。彼女の携帯に連絡してみましたが、一向に出ません。ノートを開いてみると、かなりの量の文章がそこに記されていました。どこまでが創作で、どこまでが彼女が実際に体験したことなのかはわたしには分かりかねます。しかし、わたしはそれをそのまま発表してみようと思います。


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