第98話 新年の祝賀パーティー③
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年末は、どの世界も忙しいのだな、と実感するくらい駆け足で日にちが過ぎ、いよいよ年明け二日目に行われる新年の祝賀パーティーの日になった。
「皇太子ルーカス殿下、ご婚約者アリスティア・クラリス・セラ・バークランド様、御入来!」
宮殿の侍従の声が、大ホールに響く。おそらく拡声魔術も使っているのだろう。
アリスティアは、皇太子にエスコートされ、皇族用出入口から大ホールに足を踏み入れた。緊張して歩き方がぎこちない気がする。
そんなアリスティアの緊張は、ルーカスにはお見通しで、
「ティア、緊張せずとも良い。あれらは畑の野菜くらいに思っておけ」
と冗談を言ってきた。
「ありがとう存じますわ、ルーカス様。そうですわね、芋とでも思っておきますわ」
幾分か緊張が解れて笑顔でそう返事しつつ、顔はホールの中に向けられたままだった。
皇族席に行く。これも緊張を伴うものだが、いつかは皇太子と結婚するのだから、自分も皇族の一員になる、だからこれはその練習だ、と自分に言い聞かせる。
皇王と皇妃の席の右隣りに皇太子の席があり、更にその右に皇太子妃の席がある。アリスティアはそこに座る事になっていた。
反対の左隣には、エルンストが座って待っていた。
席に座ると、皇王と皇妃の入場を知らせる侍従の声が響く。
「皇王陛下、皇妃殿下、御入来!」
皇族用出入口から、綺羅びやかに着飾った皇王にエスコートされて、こちらも綺羅びやかに着飾った皇妃が入ってきた。
そして二人は玉座に着く。
その直前、アリスティアは皇妃に声を掛けられた。
「アリスティア、可愛い装いよ」
にこやかで柔らかい微笑みを向けられて、アリスティアは戸惑った。
「ありがとう存じます、皇妃殿下」
アリスティアの戸惑いを正確に感じ取ったルーカスが、胡乱な視線を皇妃に向けた。
「母上、何を考えておられる」
「ルーカス。そんなに睨むものでもないわ。わたくしはアリスティアが気に入っているだけよ」
「なぜ」
「貴方がアリスティアを一途に愛しているからよ」
その皇妃の台詞に、ルーカスが面食らった。
「なぜ私がティアを愛していると、母上がティアを気に入るのか、さっぱりわからぬ」
「いつもつまらなそうだった貴方が、アリスティアに出会ってからはとても楽しそうだからよ」
その会話の間にも、皇王と皇妃は玉座に着いている。
アリスティアは皇妃とルーカスの話を聞いていて、かなり恥ずかしい気持ちになっていた。
大体、前世が奥ゆかしい日本人である。おおっぴらに愛しているとか、口が裂けても人前では言わない人が多い民族だったのだ。その性質を受け継ぐアリスティアだから、ルーカスがアリスティアを愛しているだとか、皇妃の口からもルーカスの口からも語られると、こそばゆくて転げ回りたいほど恥ずかしいのだ。
赤らんだ顔を妙に歪ませたアリスティアを見て、ルーカスが手を伸ばして、その優美な指の背でアリスティアの頬を撫でてきた。
「ティア。また妙な事を気にしておるな? 何も気にせずとも良い。気になるなら私の事だけを考えていろ」
その言葉を聞いた皇妃は、呆れた様な視線をルーカスに投げると、
「ルーカス。貴方って子は……」
とそっとため息を吐いた。
ルーカスが何かを言いかけた時、侍従が皇王の背後からそっと声をかけた。
「陛下、ご挨拶をお願いします」
皇王は軽く頷くと、椅子から立ち上がって挨拶を始めた。
新年の寿ぎ、今年の天候への期待と種まきの事、収穫への期待、国の発展を誓う言葉。
それらを黙って聞いていたルーカスが、ボソリと、つまらぬな、と呟いた。しかし誰も理解出来ないだろう。呟いた言葉が竜語だったのだから。竜語は、話せない人間からすれば呻っているようにしか聞こえない。だからアリスティアには理解できた。
[そんな事を言うものではありませんわ]
低く、囁く様にルーカスに言うと、ため息をついて、
[挨拶が長すぎるのだ。あんな挨拶など誰も望んではおらぬ。要点を短く伝えるだけでいいのだよ。それが、千年君臨した我が学んだこと]
思いもよらない言葉に、アリスティアは何を言うべきか迷った。
逡巡してから口をついて出たのは、
[皇王陛下は今のところ失政はなさっておりません]
だった。それに苦笑を返した皇太子は、そのまま口を閉ざした。
☆☆☆☆
皇王の長い挨拶が終わり、侍従から新年の祝賀会の開催が告げられると、皇王と皇妃が立ち上がり、階下の大ホールへと降りてホール中央に移動し、向かい合った。
そこへすかさず宮廷楽団が演奏するゆったりとした曲調のワルツが流れる。
皇王と皇妃のダンスは息がピッタリで安定したものだった。
初めてのパーティーで、アリスティアは見るものすべてが新鮮で、皇王と皇妃のダンスに目を奪われていた。
「ティア。次は我らの番だぞ」
アリスティアの様子が面白いのか、くつくつと笑いながら皇太子がそう告げてくる。
「え、わたくしたちも踊るのですか?」
「当然だ。私は皇太子なのだから踊らぬ選択肢はない。ファーストダンスとラストダンスは必ず踊らねばならぬ」
「知りませんでしたわ……」
「今言ったからな」
「相変わらずルーカス様は何も教えてくれず、突然告げる事がお好きですのね」
「ティアを信頼しているからだよ。そなたならば必ず私の要求に応えてくれるからな」
予想外の返答に、アリスティアは驚いて目を瞬かせた。ルーカスがそんな事を考えてくれているとは思いもよらなかった。
「ありがとう存じます、ルーカス様」
だから、嬉しくて満面の笑みで皇太子にお礼を言った。
その笑顔を見て、皇太子が息を飲み、次いで蕩けた笑顔をアリスティアに向けた時、彼女の心臓がドキンと跳ねたあと、バクバクと早鐘の様に鼓動を刻み始め、顔に熱が集まるのを感じた。
階上の皇太子と婚約者の様子を窺っていた貴族たちは、婚約者が真っ赤になって皇太子と見つめ合い、皇太子が蕩けた笑顔をアリスティアに向けているのを見て、皇太子が如何に婚約者を愛しているのかに気がついた。
しかし、そういう貴族はそんなに多くはなかった。多くの貴族は皇王と皇妃のダンスに目を向けていたからだ。
「ティア。そんな顔を向けてくれるな。自制が利かなくなってしまう」
「自制?」
アリスティアには何の事かわからなかったから、ルーカスの言葉に首を傾げてしまった。
「まだティアにはわからぬか。そうだな、成人しておらぬしな。ティアはそのままで良い」
疑問符をいくつも頭上に飛ばしているアリスティアに、ルーカスは何でもない、と言って教えてくれなかった。
ちゃんと教えて欲しい、と言おうとした時に、皇太子から、そろそろ階下に行く、と言われた。
立ち上がり、皇太子のエスコートを受けて階下に降りる。
そのタイミングでワルツが終わり、皇王と皇妃が戻って来た。すれ違う時に皇妃が「頑張ってね」とアリスティアに言葉をかけて行ったが、緊張で頷くしかできなかった。
「ティア、大丈夫だ、私に任せよ」
そう言うと、ホール中央に進み出る。皇太子の腕がアリスティアの肩を抱いているから、彼女もまた進むしかない。
そんなアリスティア達を、周囲の貴族が見つめているのだから、緊張するなと言う方が無理だった。
ガチガチに緊張しているアリスティアを、ルーカスがそのままにする筈も無く。
「ティア。緊張するなら周囲を見ずとも良い。私だけを見ていろ」
まっすぐ前を向きながらも、囁く様に、アリスティアだけに聞こえる声で告げる内容は傲慢にも思えるものだが、これ以上ないほどアリスティアには優しいものだった。
「わかりましたわ」
囁く様に返事をすると、ルーカスは小さく頷き、ホール中央でアリスティアに向き合った。
腰をホールドされ、手を繋ぎ、曲に備えると、すぐに先程よりも早い曲調のワルツが流れてきた。
皇太子のリードに合わせてステップを踏む。
言われたとおり、他を見ず、ルーカスだけを見て懸命に踊った。
くるりくるりと回るダンスは、思った以上に楽しい。ルーカスのリードが上手なのもあるが、アリスティアはダンス自体が好きなのだと悟った。
ルーカスは艷やかな黒髪を一つに結んで背に垂らしている。その黒髪に結ばれているリボンは、先日アリスティアが刺繍した、銀糸で織られた布のリボンだった。刺繍の意匠は月桂樹の葉。ルーカスの紋章が月桂樹の花だから、それに準じたものとなる。刺繍はかなり頑張って刺した。それを贈った時、ルーカスは喜んでくれた。
ルーカスの金色の瞳は、優しい色を浮かべてアリスティアを見ている。表情も甘やかな笑みで、アリスティアの心臓を無駄に働かせていた。
ドキドキして顔がさっきから熱い。
くるくると回る間も、ルーカスをじっと見ていたが、段々とそれも辛くなってきた。
ルーカスの視線から逃れる様に目線を下げたのだが。
「ティア。私を見よ。目を逸らすな」
ルーカスから目を合わせろと言われた。しかし、恥ずかしくて見ていられないのだ。だから、ルーカスの言葉を無視して目線はルーカスの胸元を見ていた。
「ティア? 私の言う事が聞けないのならお仕置きが必要だな」
そんな物騒な事を呟いたと思ったら、頭に口付けた気配がした。
驚いて上を見上げたら、今度は額に口付けられた。
周囲から驚く声や黄色い歓声が聞こえて来て、アリスティアの心臓はまたもバクバクと鳴り出した。
「るるる、ルー、ルーカス様! 何を、何を、衆目の中で、」
「ティアがいけないのだぞ? 私の言葉を無視したのだから」
だからお仕置きしたのだ、と言われると、アリスティアはもう無視はできなかった。
言われたとおり、ずっとルーカスを見ていた。顔は熱いままだから、きっと真っ赤になっているのだろう。
ルーカスは満足そうに微笑んで、アリスティアを見ながらダンスを続けた。
やがて、皇太子とアリスティアのファーストダンスが終わる。
ドキドキしたまま、皇太子に伴われて、階上の席では無くホールの壁に近い方に移動した。
そちらには、エルナードとクリストファーがいた。
「兄様たち、新年おめでとうございますわ」
「「アリス、おめでとう!」」
「顔が赤いですよ。でも可愛らしいドレスを着ていますね、アリス」
エルナードが褒めてくれたので、嬉しくて破顔した。
「ドレスはルーカス様が作ってくださったのですわ。後ろのリボンが可愛くて、わたくしも気に入っておりますの」
少し背中を見せる様に体を動かすと、本当だ、というエルナードの声が聞こえた。
「アリス、ダンスも上手だったぞ。俺とあとで踊ってくれ」
クリストファーが言うが、それはどうなのだろう? 判断できないのでルーカスを見上げれば、
「クリストファー。ティアを他の雄と踊らせる気はないぞ」
と断っていた。ホッと胸をなでおろす。間違って居なかったのだ、と安心した。
「殿下、アリスを独占するのは反対です!」
「アリスは俺達の妹ですよ? 婚約者とはいえ殿下が独り占めするなんて、俺達の権利を侵害している!」
またも妹至上主義を炸裂させる兄達に、アリスティアは頭が痛くなってきた。一体、いつまで妹至上主義を拗らせるつもりなのだろうか? いい加減、結婚していてもおかしくない年齢なのに。
そこまで考えて、はたと気がついた。
皇太子も、結婚していてもおかしくない年齢なのだと。今まだ結婚していないのは、アリスティアの成人を待っているからに他ならない。
気がついてしまうと、顔がまた赤くなるのを止められなかった。
一方、再度、顔を赤らめたアリスティアを、ルーカスは心配した。
「ティア? 具合が悪くなったのか? エルゼ宮に戻るか?」
と言ってくるものだから、アリスティアは慌てて何でもない、と否定した。
「熱はありませんよね、アリス?」
エルナードはアリスティアの額に手を当て、熱を測ってくるし、クリストファーは、
「客室を用意して貰おう」
と動きかけるし、アリスティアは双子にも何でもないからと強く否定した。
二人は疑わしそうにアリスティアを見ていたが、クリストファーは渋々部屋を用意させるのを諦めた。
「三人とも過保護過ぎますわ」
と零せば、
「アリスはトラウマがあるからね」
「ティアが恐慌を起こせば、大陸が滅びかねん」
と揃って言われてしまい、ぐうの音も出なくなった。しかし、さすがルーカスである。
「まあ、ティアが恐慌を起こして
戦略級超広範囲隕石雨を発動しようとしても、我の魔力で抑え込むがな」
と頭を撫でられた。
☆☆☆☆☆
アリスティアが皇太子と兄達二人と歓談していたら、令嬢たちが皇太子に果敢に声を掛けて来た。
「皇太子殿下、ご機嫌麗しゅう。わたくしと踊ってくださいませんか?」
「次はわたくしとお願いいたしますわ」
「その次はわたくしと」
集団でやって来て、アリスティアがいるのに無視して皇太子に声をかける令嬢たちを、呆れて唖然と見遣れば、隣から不機嫌オーラが漏れて来た。
「私は婚約者以外と踊る気は一切無い。他を当たるがいい」
凍えるような冷たい声だった。声の主を見上げると、無表情で冷ややかな視線が令嬢たちに向けられており、それだけで不機嫌だと気付かされた。
だから、ルーカスの手を握ってこちらに注目させた。
『ルーカス様、お顔が怖いです』
わざと、最近覚えたばかりのイグラシア語で話しかけると、ルーカスがアリスティアを見て面白そうに表情を崩した。
「ティア、イグラシア語はやめてやれ。ここの令嬢たちには理解できぬ」
『でしたら、共通語にしますわ。なぜダンスをなさらないのです?』
「皇妃殿下に許可は貰ってある。ファーストダンスとラストダンスをティアと踊り、貴族からの挨拶を受けるだけで良い、と。だからティア以外と私が踊る選択肢は一切無い」
『皇太子としての義務はどうなりますの?』
「その義務が、この夜会への参加であり、ファーストダンスとラストダンス、貴族からの挨拶を受ける事なのだがな」
『でも貴族からの挨拶は受けておりませんわよ? もしかして、エル兄様とクリス兄様がいるせい?』
「アリス、ひどいですよ!」
「俺達の安らぎの時間を否定しないでくれ、アリス。それでなくてもアリスを撫でられなくてアリス成分が足りないのに!」
『兄様たちは、いい加減、妹至上主義を直してくださいませ! いい年した大人が恥ずかしくありませんの!?』
「「アリス成分が足りなくなる方が重要だから、恥ずかしくない!」」
きれいにハモる兄たちの言葉に、アリスティアはつい半眼になってしまった。
ルーカスも呆れて、
「そなたらの妹至上主義ぶりはいつになってもぶれぬな」
とため息を吐きつつ零した。
ここまで読んで下さりありがとうございます!





