第96話 新年の祝賀パーティー①
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年が明けると、皇太子は二十二歳、アリスティアは十二歳になる。そんな、そろそろ実家(というほど公爵家に寄り付いていない)の新年の儀の話が出ている頃だな、とアリスティアが考えている頃。
皇太子は、皇妃パトリシアから呼び出されていた。
皇宮の皇妃の私室は、調度品も何もかもが隣国エスパーニア風に調えられている。
ラタンでできたソファや椅子、チーク材の家具やテーブルなど、そのどれもがエスパーニアの特産である。
そのチーク材のテーブルに、紅茶が二セット、用意されていた。茶菓子もある。そのうちの一セットは、ソファに座る皇妃の前に置かれている。
皇妃は、四十五歳とは思えぬほど若々しい。
室内に入った途端に薫るエスパーニアの花・グラーベルの香りがルーカスの鼻についた。
自然、眉根が寄ってしまうのを止められない。
ため息を一つ吐いてルーカスは、目の前にいる自分の生母である皇妃を、何の感情も籠もらぬ目で見遣った。
ソファを勧められたが座る気になれず、立ったままで皇妃と相対した。
「何の用事だ」
ぶっきらぼうに問いかける。
皇妃が事前に人払いをしているので、ここには皇妃と自分しかいない。
「自分の息子を呼ぶのに、何か用事がないといけないのかしら?」
皇妃は扇で口元を隠しつつ、薄っすらと笑顔を作ってルーカスにそう言った。
その返事に、ルーカスは僅かに苛立ち、眉がピクリと動いた。
「私は暇ではない。用事がないのならここにいる意味はない。帰る」
そう告げて踵を返して部屋を出ようとしたが。
「貴方も皇太子なら、いい加減、夜会などのパーティーに出なければいけないわ。アリスティアの悪評を更に大きくする気?」
アリスティアの名前を出され、それが悪評と聞けば帰る選択肢はルーカスには無かった。
「……ティアの悪評?」
「気がついていないの? 夫人たちの間では、アリスティアは婚約者の皇太子を独占したいがために、パーティーへの参加をさせず、皇太子の義務を放棄させている、という噂が流れているわ」
「そんな噂など、ティアに対するくだらぬ嫉妬だ。私はパーティーなど面倒だから参加しないだけだ」
「その貴方の姿勢がアリスティアの悪評を生んでいると、いい加減気が付きなさい、ルーカス。貴方がいくら竜王の生まれ変わりであったとしても、今はフォルスター皇国の皇太子なのよ。来年こそ義務を果たしなさい」
ぐうの音も出ない正論で、アリスティアを守るのであれば避けて通る事はしない方がいいのだろう。
だが、パーティーに出るならエスコートするパートナーが必要だ。
アリスティアはまだ成人しておらず社交界デビューもまだなのだ。更に言うなら、アリスティアはトラウマがあり、成人に対する拒絶反応がひどい。近年は学園に通ったおかげで三歳差までは大丈夫な事が立証されているが、それ以上の年齢差のある人間がうじゃうじゃいるパーティーに、彼女をパートナーとして参加させるのは心配であった。
眉根を僅かに寄せて考え込んでいるルーカスに、パトリシアは言い募った。
「パートナーならば、アリスティアを連れて行けばいいじゃない?」
「ティアはまだ社交界デビューはしておらぬ。それにトラウマがある」
「社交界デビューをしていないのは、別に問題はなくてよ。アリスティアは皇太子補佐官として、数多くの政策を提言し、全て通って施策されているじゃない? その評判も社交界に流れているわ。流石、宰相の息女、政治感覚は抜群だ、とね」
そこで一区切りし、皇妃は優雅に紅茶を口に含んだ。
それを表情を消したルーカスが見つめる。しかし、その金色の瞳には皇妃は映っていても、認識はしていなかった。どこか別のところを見ているような、そんな視線だった。
「アリスティアは、他に戦略的魔術師とも呼ばれている、優秀──いえ、優秀では表現し切れないわね。天才魔術師でもあるでしょう? 私の影からの報告では、貴方たち、貴方とアリスティアは無詠唱で魔術を使っているようだと聞いているわ」
やがて紅茶を飲み終わったパトリシアは、ルーカスに、何でもない事のように告げた。
ルーカスは僅かに警戒する。
「ミュルヒェ宮廷魔術師筆頭が知ったら、貴方達は"夜明けの魔導師"と呼ばれるでしょうね」
その言葉がパトリシアから発せられると同時に、皇太子から怒気が吹き上がった。金色の瞳は射るようにパトリシアに向けられ、ギラギラと炎が燃え上がっている。
パトリシアは息苦しくなった己の呼吸を意識して深くし、空気を肺に取り込んだ。
「っ! 落着き、なさい、ルーカス! ミュルヒェ、には、言わない、から!」
なんとか己の意思を伝えると、少し呼吸が楽になった。
「ティアに害ある行動を取れば、生母とて許さぬ」
「だから、落着きなさいと、言っている、でしょう⁉ アリスティアの、周辺が煩くなったら、彼女の、トラウマが刺激、されるのはわたくしだって、わかっているわ」
冷や汗を流しつつ、懸命に言い募るパトリシアを、竜王は冷ややかに見つめる。
「戦略的魔術師の、呼称だけで充分よ。魔力量が莫大な、娘が皇太子妃として、嫁して来るのは、皇室としても、利しかないもの」
パトリシアはルーカスに告げる。だから貴方達の邪魔はしないと。
そこで漸く竜王の怒気が収まり、パトリシアは大きく息を吸い込んだ。
「本当に貴方は、十年前からアリスティア一筋ね」
「ティアは我の半身だ。十年前は気がついていなかったが、五年前に我が竜王として覚醒した時に気がついた。だから何があっても我はティアを守るし、ティア以外は娶る気もない。側室など言語道断だ。それと、ティア以外をパートナーとしてエスコートするのも断る。だからティアが成人するまでパーティーに出ないつもりだった」
竜王は眉間に皺を刻みつつ、パトリシアに告げる。
その言葉に少々呆れつつ、パトリシアは、そうではない、と言葉を紡ぐ。
「アリスティアは皇太子の婚約者よ。その地位は、成人してなくともパーティーにエスコートできるわ。アリスティアのトラウマが気になっているようだけれど、それは成人してからも続く問題でしょう? だったら、貴方がアリスティアを守ればいい事よ。ファーストダンスとラストダンス、それと貴族たちからの挨拶を受けるなら、他の令嬢たちのダンスの申込みを断ってもいいわ」
そう言って、パトリシアはにっこりと微笑んで見せた。
竜王は内心、感嘆していた。
皇王であり父親であるフェリクスは、自分の覇気に怯み、即座に臣従したと言うのに、母親は怒気に中てられつつ一貫して態度を崩さない。
これが母親と言うものなのだろうか。パトリシアの言うことを聞いてもいいかもしれない、と竜王としては破格の譲歩を決断した。
「母上の仰るとおり、ティアをエスコートしていいのであれば、新年の祝賀パーティーに参加しよう」
竜王が口角を上げてそう言うと、パトリシアは盛大に顔を顰めた。
「貴方から母上と呼ばれると、何かを企んでいそうで落ち着かないわ」
「失礼な事を。そなたを認めたが故の言葉だと言うに」
「認めた? 何を?」
「そなたの豪胆さだ。我の怒気を浴びても怯まなかった。フェリクスなど、我が覇気に中てられてすぐさま臣従したのだがな」
夫の情けないエピソードを聞いても、パトリシアは困惑の表情を崩さない。
「人間の女と言うのは、皆こうなのか? ティアがいたから他の女と言葉を交わす事が少なかったが、学園の女子生徒は覇気に中てられて跪く者しかいなかったがな」
竜王の金色の瞳が縦に裂ける。面白がっている証拠なのだが、普段交流の少ないパトリシアには、そんな事情は知らない。だから言ってしまう。
「ルーカス、貴方が竜王の生まれ変わりだとしても、父親を呼び捨てにするのは感心しないわ。それから、女性を女と言うのもおやめなさい。品がなくてよ」
そう言われた竜王は、目を細めてパトリシアを見た。
「我が普段使うのは、雄雌だ。竜だからな。人間に合わせて男女を使ったが。注意されるなら今後は人間に合わせずともよかろう」
ため息を一つ吐く。
「用事がこれだけなら我は帰る」
そう言うと。
パトリシアが止める間もなく、ルーカスは転移で消えてしまった。
「……平然とできる訳がないじゃない。今だって体が震えているわよ。リオネラを、妹を廃皇女にして従属国の宮殿の下女に、平気で送れるような息子を、怖くないとでも思っているの? 平気な振りをしていただけだわ」
パトリシアは自分の体を両腕で掻き抱く。
独り言は、震えていて。
悲しげな声には当惑も含まれていた。
暫くそのまま耐えていたが、大きくため息を吐くと顔を上げて表情を取り繕う。
そこには母親ではなく、フォルスター皇国皇妃の姿があった。
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