第94話 イグラシア王国②
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譲位に関する書類を作れる政務官は、案外早く見つかった。その壮年の痩せぎすの男は、連れて来られた玉座の間の様子にギョッとし、酷く怯えながらイグラシア王を見ていた。
だが、ギュンター・テーリンクに羽交い締めされて口を抑えられている事に気がつくと、更にギョッとし、戸惑っていた。
「現イグラシア王から、我、竜王ルーカスへの譲位の書類を作成し、御璽を押せ」
命令を与えると、ギョッとして竜王と羽交い締めにされ口を塞がれているものの目を見開き血走らせているイグラシア王を交互に何度も見やり、最後に床に視線を落とし、ぶるぶると震えたまま小声で「御意」と了承した。
「ああ、あとイグラシア王を侯爵位に叙爵する。適当な屋敷を早急に用意せよ。そこに蟄居させる」
その壮年の政務官に更に命令を付け加えると、床を見たまま「御意」とまたしても小声で了承した。
「第五連隊長ギュンター・テーリンク、第五連隊からイグラシア王が蟄居する屋敷を警護する竜人を数名選抜しろ」
「御意」
ギュンター・テーリンクは明瞭かつ充分な声量で了承し、羽交い締めにしていたイグラシア王に拘束術をかけ、口には王のマントを破った切れ端を突っ込み、身動きも反撃も出来なくして座らせた。その後、副官らしき男を呼び、小声でやり取りし始めた。おそらく竜王からの命令を実行する為の協議なのだろう。
「さて、貴族どもよ。今これからは我、竜王ルーカスがイグラシアの王だ」
竜王は無造作にイグラシア王に近づくと、彼が被っていた王冠を取り上げ、何の感慨もなく無造作に自らの頭に載せ、貴族たちの方を向いた。
「間違えるな。我は竜王。フォルスター皇国の皇太子ではない。此度の仕儀にフォルスター皇国は関係ない。だが、我が婚約者は我の半身。彼女は我がイグラシアに君臨する限り、我と同等の権力を持つ。
我が婚約者の名は、アリスティア・クラリス・セラ・バークランド。将来の竜王妃である」
そう言うと竜王は覇気をきれいに収めた。
アリスティアは玉座と貴族たちの間に立ち、魔力威圧を強めた。その威圧に、貴族たちがビクリと震え、目を見開く。
「竜王陛下よりご紹介に預かりました、婚約者のアリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございますわ。皆様方、わたくしが表に出る事はあまり無いと思いますが、ルーカス様が治めるこの国で、民に狼藉を働いたり、民を搾取したりしませぬよう。わたくし、大陸を範囲内に収められる攻撃魔術が使えますの。国を隔てても、結界を竜族の方々に張れましたから、攻撃魔術も国を隔てても使えますわね」
竜王の婚約者である美少女は、そのすみれ色の瞳を煌めかせ、物騒な脅しをかけて来た。あまりの内容に顔が引き攣ってしまう貴族たち。使用するところを見たこともないのに何故かその実力を信じられるのは、おそらく放たれている魔力威圧のせいだろう。少女が放てるとは思えない、かなりの苦しい圧迫感を与える魔力威圧は、将軍クラスでも負けると思える程だった。
「アロイス、これらをどこかの客間にでも閉じ込めておけ。あと、工務班を呼んで、城の外壁を直してくれ」
「御意。派手に壊して突入されましたからな」
アロイスは苦笑して竜王のしでかした後始末を引き受けた。これら、と示された元イグラシア王と元イグラシア王妃を、第五連隊の団員に連れて行かせる。
「カイル」
竜王が中空に呼びかけると、そこに映像通信用の半透明の映写盤が現れた。
『お呼びでしょうか、竜王陛下』
「イグラシア王国を支配下に入れた。選抜は済んでいるか?」
『ファルナ公爵家の三男が宰相府に政務官として在席しておりましたので、そちらを派遣しようかと』
「重畳。準備でき次第、こちらに寄越せ。竜化して飛んで来てもいいし、転移してもいいぞ。その辺は任せる。我はすぐにフォルスター皇国に帰還するが、ファルナの三男が来るまでは第五連隊長に一時的に統治を任せておく」
竜王の言葉に、部下から警護人員を選んでいたギュンター・テーリンクがピタっと動きを止めた。
「……陛下、今、なんと……?」
「お前にファルナの三男が来るまでの間の統治を任せる、と言ったのだ」
竜王がそう言った途端、ギュンターはその甘い面貌を盛大に歪めた。
「恐れながら陛下。私は政治には向かない性格です。数日間とはいえ、政務官の真似事など出来ようはずもございません」
「ギュンター。たかが数日だ。やって貰わねば困る。王都の警戒は第五連隊がやってるのだ、他の連隊長を総督代理に置く訳にはいかぬ」
「しかし」
「ギュンター・テーリンク。ルーカス・ドラグノアが命ずる。イグラシア王国の総督代理をせよ」
尚も拒否の言葉を言い募ろうとしていたギュンター・テーリンクの言葉を遮り、竜王は姓名を用いた強い命令を発した。
「っ! 御意!」
ギュンター・テーリンクは即座に跪き、短く了承の言葉を発した。
姓名を用いた命令は最上級命令となり、拒否は許されない。しかも、フォルスター皇国皇太子の名前ではなく竜王としての姓名を以てしての命令である、これ以上ない絶対命令であった。
「カイル、こちらの総督代理を決めたから、早急にファルナの三男を寄越せ。ギュンターはあまり政治向きではないらしいからな」
ギュンターに絶対命令を与えたが、無理をさせるつもりもない竜王は、カイルに再度、早く総督を寄越せと要請した。
『御意。早急に準備させて、イグラシアに行かせます』
「ああ。ギュンター。暫しの間、我慢せよ。楽にしていいぞ」
「御意」
応えてから立ち上がり、ギュンターは警護のメンバーの選別に戻った。
それを見つつ、竜王は玉座付近からアリスティアの元へ、一足飛びに飛んできた。そして、頭に載せた王冠を取り、その辺にいた近衛兵に無造作に渡し、「仕舞っておけ」と言い渡した。渡された方は少し驚いていたものの、短く了承し、王冠を持って玉座の間から出ていった。
「アロイス、元イグラシア王を蟄居させる屋敷を探させている。見つかって放り込んだら、第五連隊からの選抜した警護をつけた上で蟄居させろ。諸々の手続きが終わったら、第一、第二連隊は帰還せよ。アロイスは引き続き、学園の騎士コース教官だがな」
いたずらっぽく笑うと、竜王はアリスティアに向き直った。
「では、ティア。帰るか」
そう言うと、転移で城の外、中庭に出た。花々が咲き誇る美しい庭園だったが、常なら貴族がいるであろうその庭園には今は人っ子一人おらず、物悲しさが漂っていた。
その場所で竜王は竜化し、アリスティアを背に乗せ、王都上空に展開待機している第一第二連隊に合流し、滞空した。
何をするのかと思ったら。
「"イグラシアの民よ、聞け! 竜王の顕現である!"
イグラシア王国は、今日から我のものとなった。元イグラシア王は蟄居させる」
魔術で映像と声を同時に届けたらしい竜王は、そこで魔術を切ったらしい。
「第一第二連隊は、アロイスが戻るまではここで待機しろ。我は帰還する」
「応!」
短く応えがあり、それを確認した竜王は、アリスティアに話しかけた。
「ではティア、やっと帰れるぞ」
そう言うと上昇し、雲海を突き抜けてから高速でフォルスター皇国を目指して飛び始めた。
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