第91話 ダンス・パーティー②
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クリストファーは、エルナードが爽やか系の青年を演じる事などわかっていた。だから、彼が演じるのはワイルド系の艶めいた青年だ。
少し髪型を崩し、右の口の端を少し上げる。すみれ色の瞳には少し享楽的な色を乗せ。視線は挑むように。
そうしながらクリストファーは、敵に近づいた。彼女の視線がこちらに向かう。その瞳には驚愕の色が浮かび、忙しなくエルナードとクリストファーの顔を見比べている。その様子はエルナードにもわかる筈だ。
「美しい人。俺と一曲、踊っていただけますか?」
(口が腐る、背筋に悪寒が、いや鳥肌が! ヤバいヤバいヤバい! アリスの可愛い顔を思い出せ!)
怒ってむくれるアリス。恥ずかしがるアリス。朗らかに笑うアリス。もぐもぐと咀嚼するアリス。
(癒やされた!)
気がつけば鳥肌はもうなくなっている。
「クリストファー。貴方はまたですか⁉」
エルナードが仕掛けた。
「またとはなんだ。俺はこのお嬢さんと踊りたいだけだ」
こちらも仕掛ける。
「この方は、そこら辺のお嬢さんでは有りませんよ」
「だからどうした。こんな美しくも艶やかなお嬢様などフォルスターの社交界では見た事がないのだ。俺が彼女と踊るのを邪魔する気か、エルナード」
(口が腐る腐る! エルナードもこんな売女と踊りたくもないのに頑張ったんだから、俺も頑張らないと)
「邪魔をするなど。しかし彼女はイグラシア王国の、第三王女殿下ですから、貴方が無礼な事を仕出かすと我が公爵家に不利益が出ないとも限りません。それに貴方は昔から、私のお気に入りを横から持っていくのが得意でしたからね」
「なんだと⁉ イグラシアの第三王女殿下だと⁉」
(エルナード、すまん! 情報が多くて拾いきれんかった!)
「そうですよ。不敬にならない様にきちんとした態度を取りなさい」
「ぐっ……」
エルナードはじろりと睨んできた。あれは本気の目だ、と冷や汗が流れる。情報を掬い切れなかった事に腹を立てているのだ。
「……イグラシアの第三王女殿下、今までのご無礼をお許しください。私は皇太子補佐官のクリストファー・ティノ・セル・バークランド。バークランド公爵が三男です」
恭しく礼をする。そしてゆっくりと頭を上げて。
「まさか王女殿下とは露知らず。お恥ずかしい話ですが、貴女の美貌に虜になってしまい、どうしても貴女と踊りたかったのです」
甘い毒を仕込む。ポタリポタリと。
(俺の方が参りそう。こんな売女と口もききたくないが、これもアリスのためだ、我慢しないと)
「こんな私めを可哀想と思し召すなら、どうか一曲、踊っていただきたいのです」
目を見つめる。
(なんだこの濁った目は! 欲望がだだ漏れじゃないか! マジで売女じゃねーの⁉)
「お願いです、美しい人。憐れな私に貴女の情けをかけてください」
(だーーー! 口が腐る腐る腐る! アリス、助けてくれ!)
可愛い妹を思い浮かべる。妹は清涼剤だ。この腐った空間を清めてくれる。
「……お前、バークランド公爵家の三男と言ったかしら? そしてルーカス殿下の補佐官をしているの?」
(引っ掛かった!)
「ええ。そこのエルナードとは双子です。ですが、貴女を渡すつもりはありません」
(アリスアリスアリスアリス)
「ならば、お前にも私を名前で呼ぶ事を許しますわ」
「ありがたき幸せ」
(なんて言うと思うか‼ ちくしょう! こんな売女とは口もききたくないんだが!)
「ではエステファニア王女殿下。再三のお願いですが、私と一曲踊っていただけますか?」
「ルーカス殿下程ではないけれど、貴方もエルナードも美形だから二人を侍らせると楽しいわね。いいでしょう、踊って上げる」
「おお、美しい人! こんなにも心が震える幸せはありません!」
(早く帰りたい。アリスアリスアリス)
手を差し出すと、エステファニア王女がその手に自分の手を乗せた。
(さて。こんな罰ゲームは嫌だが始めるか)
エスコートしてダンスをしている人たちの中央に行く。礼をしてエステファニア王女をリードする位置に手を置く。
楽団の奏でる曲が、べニーズワルツの曲だった。これは幸先がいいと、口の端が上がる。
足を踏み出し、アップテンポの曲を踊る。クルクルと回り、目立たせる。
「エステファニア王女殿下。貴女は本当に綺麗だ。ほら、みんな貴女に見惚れていますよ」
毒を仕込む。ポタリポタリと。
──ほら、周囲を見て。
そのクリストファーの願いが届いたのか、エステファニア王女がクリストファーから視線を外した。
(好機到来!)
クリストファーはさり気なくエステファニア王女の足が動いてくるところへ自分の足を差し出す。果たして王女は、盛大にクリストファーの足を踏み、バランスを崩した。
「痛っ! おっと、危ない。お疲れですか、エステファニア王女?」
素早く体を支える。
「え、いえ、そんな……」
(戸惑っているな。そして)
周囲を素早く見回すと踊っていない淑女と紳士たちが、クスクスと笑っていた。クリストファーは第一段階の出来に満足する。
その後も踊り、わざとステップを間違えさせた。
そして曲が終わる。
「エステファニア王女殿下、今日は踊ってくださってありがとうございました」
目元を少し眇め、口の右の端を少しだけ上げる。
(ちょっとワイルドっぽく、見えたらいいんだが。あーやだやだ。早くアリスに会って癒やされたい!)
「長旅の疲れが出たのでしょうか? なんだかミスばかりされておられましたね?」
「おかしいわ。いつもだったらこんなミスはしないのに」
「でしたらやはりお疲れなのでしょう」
(これで終わりじゃないぜ、姫さんよ)
エステファニア王女をエスコートして壁際まで下がろうとすると、甘い面貌の美形が寄ってきて話しかけてきた。
「次は、私と踊っていただけますか、姫? ひと目で貴女の虜になった私に夢の様な時間を与えてくださいますよう、お願い申し上げます」
目尻が下がって甘さが上がった美形に、エステファニア王女はぽーっとなっている。
(ナイス! 伯爵家次男!)
ちらりと視線が交わる。あちらも大丈夫なようだ。
「エステファニア王女殿下、お疲れでしょうからやめておきますか?」
(なーんて言うと思ったか! 伯爵家次男、やれ!)
視線を送ると伯爵家次男は小さく頷いた。
「王女殿下、やめるなどと言わないでください! あなたの下僕にどうかお慈悲を」
(うわ! 他人がやってるのを見ると鳥肌モンだな)
「お前、名前はなんというの?」
「私はスフォルツァ伯爵が次男、ルドヴィク・カール・セル・スフォルツァです。姫様の美しさの虜になった憐れな男です」
クリストファーは鳥肌が立って仕方なかった。必死でアリスティアを思い浮かべ、顔は笑みを乗せたまま、鳥肌退治に勤しんでいた。笑みは少しばかり引き攣っていたかもしれない。
「ルトヴィクね。いいわ、踊って上げる」
「ありがたき幸せ」
ルドヴィクと名乗った伯爵家次男は、クリストファーからエスコートを変わって、ダンスするために中央に移動した。
「ふーっ、助かった」
小声だが、思わずボヤいてしまう。
そこへエルナードがやって来た。
「お疲れ様。とりあえず私達の手は離れましたね」
「ああ、この後は誘った奴らにお任せだが、みんな面白がってたから大丈夫だと思うぜ」
「あとは仕上げをご覧じろ、ってところですかね」
「だな。どっかで見てるか? 俺はアリスで癒やされたいんだが」
「私も同じですよ。でも、最後まで見ておかないと」
「真面目だなぁ」
「クリストファーが変わり過ぎなんですよ!」
「俺のコレは、敢えてやってるからな」
「やはりですか。私の言葉遣いもあえてやってますからね」
「個性ってやつだな」
クリストファーは皮肉げに笑った。
ダンス・パーティーはまだ始まったばかりだ。
☆☆☆☆
「ティア。これから傲慢な王女退治をしてくるからそなたはここに」
「ルーカス様、わたくしも行きますわ」
言葉の途中を遮ってアリスティアは食い気味に言った。いきなり敵意を向けられたのだ、あちらに遠慮する必要がないならきちんと言っておきたい。
「そうか、ティアも行くか。ならば二人でイグラシア王国の王女を退治しようか」
皇太子は楽しそうに言った。金色の瞳が縦に裂けている。
(楽しそうな時も瞳が縦に裂けるのね)
アリスティアはなんだか楽しくなってきた。理由はわからない。
「では王女のもとに行くか」
「ええ」
皇太子とアリスティアが並んで歩くと、生徒たちが道を開けてくれた。その先には、エステファニア第三王女が甘い面貌の美形と踊っていた。
しかし何かおかしい。よくよく観察したら、美形が何か言って王女が視線を周囲に向けると、王女の足元に美形が足を差し出して引っ掛けている。
その光景を見てアリスティアは口をあんぐりと開けてしまった。すかさずルーカスが閉じてくれたが。ルーカスは、その光景を面白そうに見ている。
「クリストファーが、王女の方は任せろと言ってたが、それがこの事なのだな。面白い」
なんと、これはクリストファーが仕掛けた事らしい。確かに妹至上主義の兄たちなら、アリスティアが萎んだ報復はしそうである。
やがてダンスが終わった。美形が、心配してる振りをしてエスコートしながらダンスの輪から戻っている。
「行くぞ、ティア」
皇太子が肩を抱いてきた。そのままエスコートされてエステファニア第三王女の元に進む。
王女がこちらに気がついた。わかりやすく喜色満面になって、エスコートを振り払ってこちらに向かって来た。
淑女としてあれはどうかと呆れてしまう。
「ルーカス殿下、嬉しいですわ! わたくしに会いに来てくださったのね!」
そのまま飛びつこうとして、皇太子に避けられていた。
──ない。飛びつくなんて、淑女としてあり得ない!
アリスティアは盛大に呆れた。
「イグラシア王国第三王女、私は王女には名前呼びを許しておらぬ。控えて貰おう」
皇太子がすげなく拒否すると、第三王女は目を瞠った。そして挑むように睨みつける。
「ではフォルスター皇国は、イグラシア王国に敵対すると?」
「ああ。イグラシア王国など我が国の国力と比べれば小さい事がわかったからな。敵対すると言うなら勝手に敵対してくれ」
「フォルスター皇国には、現在従属国が四カ国ありますの。そのうちの一カ国は、元ナイジェル帝国ですわ。国名がわかりやすく変わったからご存知でしょうけど」
アリスティアが口を挟むと、エステファニア王女が睨んできた。だが、威圧や覇気が飛んでくる中での挨拶をこなしてきたアリスティアには、その程度はそよ風程度でしかない。
「お前、ルーカス様の婚約者ね。名乗りなさい。王族の前よ」
「イグラシア王国第三王女、我が名を呼ぶな。不愉快だ」
「イグラシア王国第三王女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。フォルスター皇国バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。
皇太子殿下の婚約者であり、皇太子補佐官を拝命しております」
皇太子は、わかりやすくアリスティアの頭にキスを落とした。突然の事に心の準備がなかったため、アリスティアは顔を赤らめた。
そこへ、あり得ない声が後ろから飛んできた。
「アリスティア様はこのお年で国政に携わってますのよ。そこら辺のお嬢様や王女様とは違いますわ」
「そうですわ。アリスティア様はこの学園の創設に携わっておりますの。更に、入学からここまで、ずっと首席を維持されておりますの。その辺の王女とは違いますわ」
「アリスティア様は、皇国随一の魔術師ですのよ。宮廷魔術師筆頭から、皇国唯一の、戦略的魔術師の称号をいただいておりますわ。大陸を範囲内に収められる、戦略級超広範囲隕石雨が得意魔術で、残弾二十五発ですわ。この意味がわかりまして? 大陸を二十五回、滅ぼせますのよ」
「アリスティア様は優しいお方ですから、民が苦しむような事はなさいませんけど、敵対者には容赦ありませんわよ。どこぞの王女程度、アリスティア様の敵ではありませんわ」
「ええ、どこぞの王女のように、居丈高で、傲慢な態度をなさる方ではありませんもの。わたくしたちフォルスター皇国貴族の誇りですわ。この方が皇太子妃になり、後に皇妃殿下におなりになるなら、皇国は更に発展すると思いますわ」
「そうですわね。五歳で"技術者職業斡旋・訓練計画"を立案し、七歳で学習所設立の提案をし、八歳で学校設立の立案をして教育要項精査会議に出席し、各大臣と議論をし、九歳で灌漑用水路整備の立案をし、一〇歳でトレーディングカードを発案した超優秀なアリスティア様が、どこぞの馬の骨に劣るとは思えませんわよね?」
慌てて振り返ると、二年生の高位貴族クラスの子息子女全員が、アリスティアと皇太子を後方で半包囲していた。そしてその目はひたとエステファニア王女に向けられていた。
「ほう? 二年生の高位貴族クラスか。わかっておるではないか」
皇太子がニヤリと笑う。
「ええ、皇太子殿下。アリスティア様は、皇国の宝でございますわ。その宝を侮辱されたのですから、わたくしたち高位貴族と敵対すると判断いたしましたの」
「然様でございますわ。高位貴族はアリスティア様の味方でございますのよ」
「わたくしたちの後ろにいる親にもわたくしたちの意志は伝えておりますのよ。親もアリスティア様の味方をすると申しておりますわ」
「僕の方は、兄上に話をしたら、皇都騎士団もアリスティア様と皇太子殿下の味方だと言っていましたね。兄は、ダニエル・エリアス・セル・オルシーニです」
「ほう。そなたはオルシーニ家の次男以下か」
「御意。オルシーニ伯爵が三男でございます」
「重畳。オルシーニ隊長は優秀だ。それは皇都騎士団長にも伝えてある」
「ありがたき幸せ」
男子生徒が頭を垂れた。
その間にも、アリスティアと皇太子を後方で半包囲する層が厚くなっている。その中から、一人の青年が進み出てきて跪いた。
「ルーカス様。下知を。準備は全て整ってございます」
「アロイス、控えよ。ここはフォルスター皇国である」
「ですが、半身様を侮辱され、更には竜王陛下を侮辱された我等が怒りを汲んでいただきとうございます。既に、近衛師団竜軍全軍、成層圏下層で待機中でございますれば」
「アロイス!…………仕方ない、では示威行動のみに留めよ。第三から第五連隊はイグラシア王国王都へ。第一、第二連隊はこの学園の上空へ」
そう言った時には、既にルーカスの雰囲気は、人間から超常の存在へと変わっていた。
「御意」
そう言って頭を一度下げるとアロイスは立ち上がり、上空を向いて声を上げた。だがその声は大きくはない。おそらく魔術で届けているのだろう。
「近衛第三連隊から第五連隊はイグラシア王国王都へ下降し、王都上空で展開待機せよ! 第一、第二連隊は、クラリス学園上空で展開待機! 私も合流する!」
アロイスはそう言うと、軽やかに地面を蹴り、上空で竜の姿に転じ、上昇した。
そこへ、数多の竜が下降して来て学園上空で整然と並び、滞空した。
「な、な、なんですの、さっきから! イグラシア王国を侮辱するの⁉ それに、なんですの、あの竜は!」
エステファニア王女は混乱していた。その言葉に、群衆の中から進み出て来た人影がいた。
「この事態になっても、まだ気が付きませんか、イグラシア王国第三王女殿下」
「貴女はフォルスター皇国の貴族に喧嘩を売った。そればかりか、竜たちにも喧嘩を売ったようだな」
「フォルスター皇国皇太子殿下は、竜王陛下でもあらせられるのですよ」
そして跪く二人。エルナードとクリストファーであった。
「竜王陛下。お手を煩わせて申し訳ございません。我等で処理しようと思ったのですが」
「良い。エルナード、クリストファー。妹至上主義のそなたらがこの女の相手はキツかっただろうによくやった」
「「ありがたき幸せ」」
「な! エルナード、クリストファー! 貴方たち、わたくしの虜になったと」
「あれは演技ですよ」
「俺たちがアリス以外に一目惚れとかあり得ん。知ってるか? 俺たちは、フォルスター皇国の貴族社会では有名なんだ」
「ええ。私達は、妹至上主義で有名なんですよ」
くすくすと笑う双子に、周囲の貴族たちもつられて笑う。
『竜王陛下。第三連隊長から連絡有り。イグラシア王国王都上空に展開待機完了』
そこへ降ってきた声に、全員が空を見上げた。
「アロイス。第三連隊長に通達。咆哮三〇秒、のち王国全土への告知。内容は、エステファニア第三王女が竜王とその伴侶を侮辱。竜の国はこれよりイグラシア王国と敵対す。精霊王たちもイグラシアから加護を引き上げると伝えよ」
『御意』
その後、命令の反復をした声が届いたので、おそらく魔術で伝えたのだろう。
「ウンディーネ、サラマンダー、ノーム、エアリエル、シルフィード。聞いておるか。イグラシア王国から加護の一切を引き上げよ」
その声に現れたのは、人間離れした存在だった。彼らは竜王の前に跪く。
「「「竜王陛下。精霊王たちはここに。我等が愛し子アリスティア様を侮辱された以上、我等も動かざるを得ません」」」
「水の精霊王ウンディーネ。加護の一切をイグラシア王国から引き上げましたわ。これであの国の水資源と水産資源は大打撃を受けるわ」
ウンディーネは艷やかにくすくすと笑う。
「火の精霊王サラマンダー。加護の一切をイグラシア王国から引き上げた。これであの国の火山は不安定になり、噴火も多くなる」
ニヤリと不敵に笑うサラマンダー。
「土の精霊王ノーム。加護の一切をイグラシア王国から引き上げましたのじゃ。これであの国の鉱山資源は大打撃を受けますのじゃ」
ホッホッホッと掴み所のない笑顔で笑うノーム。
「風の精霊王エアリエル。加護の一切をイグラシア王国から引き上げたよ。これであの国の気候は荒れるね」
ケラケラと無邪気そうに笑うエアリエル。
「光の精霊王シルフィード。加護の一切をイグラシア王国から引き上げましたわ。これであの国の致死率が上がるわ」
フフフと妖艶に笑うのはシルフィード。
内容を聞いて驚愕したのはエステファニア第三王女だった。
「な、な、な、なんですのよ⁉ なぜ精霊王が集合しますの⁉ なぜ加護を⁉」
現れた精霊王たちの姿に、驚愕して呆然としていた周囲は、慌てて跪いた。
「なぜと申すか。我が竜王だからだ。精霊王は竜王の配下である」
「それに、アリスティア様は我等精霊王たちの愛し子。おそらく、ここにまだいない闇の精霊王の愛し子でもあると思うわ」
シルフィードが告げる。
エステファニア王女の顔色が、真っ白になった。
周囲も驚愕している空気が漂う。アリスティアが精霊王たちの愛し子だと知らされたのだ。精霊の愛し子ならあちこちにいたが、精霊王の愛し子など、伝説でしか聞いた事がなかった。
その中でも二年生は平静であった。アリスティアが精霊王の愛し子である事は、昨年すでに発覚しているからだ。
「我は竜王としての力を使うつもりはなかった。だが、忘れていたが、竜人たちが我の護衛についておってな。先程のアロイスは、竜人の近衛総師団長だ。騎士コースの教官を引き受けていて、ティアの護衛もやらせたから、イグラシア王国王女の態度に怒っても仕方あるまい」
『竜王陛下』
いきなり竜王の前に薄い半透明の映写盤が現れた。
「なんだ、カイル」
『近衛師団獣人部隊の第六連隊と第七連隊の準備が整ってございます』
現れた美貌の青年が竜王に告げると、彼は呆れたように嘆息した。
「アロイスといい、カイルといい。我は今回は何も言ってなかったと思うが?」
『陛下。陛下に付けた竜人護衛騎士から細かい連絡は貰っていますので。今回は、竜王代理として見過ごせないと判断し、近衛師団全軍を動かしました』
「良い。今回は助かった」
『勿体無いお言葉』
「だが、戦をする訳ではない。獣人部隊の第六第七連隊は、解散せよ」
『いいえ、解散はいたしませぬ。半身様及び、竜王陛下を侮辱したのですから、イグラシア王国は滅びて貰わねばなりませぬ』
「カイル・エッケハルデン! イグラシア王国を滅ぼしてはなりません!」
アリスティアは思わず口を出してしまった。視線がアリスティアに集まる。
「民は知らなかったのです。民を苦しめるのはなりません。エステファニア王女の不始末は、親であるイグラシア王と王妃が負うべきですわ」
「何を偉そうに言うのよ! お前は何様なの⁉」
「イグラシア王国王女は、とことん頭が悪いのですね。アリスにも第六位の皇位継承権はあるのですよ」
「おまけに将来は竜王様の伴侶になる訳だから、竜人獣人にとっては竜王妃殿下だな」
「わたくしたちフォルスター皇国の貴族にとっては、将来の皇太子妃であり、皇妃殿下であらせられますわ。あと、戦略的魔術師ですわね」
「皇太子補佐官でもあらせられますわよ、皆様方」
「わたくしたちより三歳も年下なのに学年首席という秀才でもいらっしゃいますわ」
エルナードとクリストファーに続いて、女子生徒たちが得意そうに次々と答えていく。
アリスティアは呆然とその光景を見ていた。
さっきから何が起こっているのか、理解が追いつかない。
なぜクラスメイトが自分を庇ってくれるのだろう? 特別親しくもしていないのに。
しかし、そんなアリスティアの思考を現実に引き戻す声が聞こえた。
『竜王陛下。イグラシア王国の軍隊から攻撃を受けました。反撃の許可を』
「アロイス。イグラシア王国側部隊の滞空は上空何メートルだ」
『上空三百メートルとの事』
「ふむ──アロイス、第三連隊長に通達。反撃許可、但し、殺す事罷りならぬ。全て捕えよ」
『御意』
「待ってくださいまし、アロイス近衛師団長。イグラシア王国派遣部隊に結界を張りますわ。
物理攻撃反射、
魔術反射、
呪詛無効、
即死無効、
状態異常無効
の五重結界。
状態異常無効の中身は、
毒無効、
催眠無効
暗闇無効
麻痺無効
ですわ」
そう言うと、アロイスから驚きの声が聞こえた。
『今、第三連隊長のラファエル・フュルステンブルクから連絡があり、堅固な結界が第三から第五連隊にかかったそうです。半身様、もしかしてそこからイグラシア王国への派遣部隊に結界をかけたのですか⁉』
「ええ、そうですわ。竜の方々が傷つくのは嫌でしたので」
『なんとお優しい……我等竜の国の近衛師団は、アリスティア様に永遠の忠誠を誓います!
第三連隊長ラファエル・フュルステンブルクに通達す、反撃許可、但し殺さず全て捕えよ!』
どこからか返事があったように感じたが、もしかしたら幻聴だったのかもしれない。
「ここにいると様子がわからんな。向こうの映像を見ようか」
そう言うと、竜王はまた指を鳴らした。
パチン、という軽快な音とともに現れたのは、大きな半透明の映写盤で、そこには映像が映っていた。
王宮らしき宮殿の前で、騎士か兵士が竜に向かって大砲や攻城用兵器、弩弓などで懸命に攻撃をしている。その横で、魔術師団らしきローブの集団が杖を掲げて詠唱をしていた。
そこにラファエル・フュルステンブルクらしき声が、命令を出した。
『近衛第三連隊、超音波指向ブレス用意! 目標、人間の武器……てっ!』
その声が聞こえた途端、大砲も攻城用兵器も弩弓も、砂のように崩壊した。
人間たちが驚いているのがわかる。更に声は命令を紡ぐ。
『第四連隊、第五連隊は人化して兵士を無力化後に捕えよ。魔術は心配しなくていいぞ! 我等に半身様が
魔術反射、
物理攻撃反射、
呪詛無効、
即死無効、
状態異常無効
の五重結界を張ってくださった!
状態異常無効の中身は、
毒無効
催眠無効
暗闇無効
麻痺無効、
である!」
その声に、画面の向こう側に歓声が轟く。アリスティア様、万歳、と聞こえてきて、アリスティアは羞恥で顔を赤らめた。
第四・第五連隊の竜たちが人化して体術で敵の兵士を無効化していき、魔術で拘束すると、暫くして漸く人間の攻撃が無くなった。
「これでイグラシア王国側の反撃手段は無くなったな。アロイス、第五連隊をイグラシアの王都の警戒に残し、他は撤退させよ」
『御意。第三、第四連隊は撤退! 第五連隊はイグラシア王国の王都の警戒に当たれ!』
画面では、第五連隊が残り、第四連隊は再び竜化して上昇する姿が映っていた。
その竜たちは、高度が同じくなると上昇し、雲を抜け、更に上昇を続け、成層圏下層に達すると凄い勢いで飛び始めた。
そこで映写盤が消えた。
「さて、イグラシア王国第三王女。話し合おうか」
竜王は獰猛に嗤った。
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