第88話 学園祭③
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アリスティアの剣術試合の番が来た。
第四試合会場の真ん中で、対戦相手と二〇メートルの間を空けて向かい合う。
試合用の模造剣を、アリスティアは型通りに構えた。
「第三試合、アリスティア・クラリス・セラ・バークランド対ライナルト・クンツ・セル・バーベンベルク、構え……始め!」
掛け声とともにアリスティアは駆け出した。模造剣に雷撃を纏わせ、風属性魔術で駆ける速度を上げる。
相手の胴目掛けて剣を横薙ぎに振るった。
相手は反応が遅れてしまい、アリスティアの剣を弾けずまともに胴に一撃をくらい、雷撃を浴びた。そして麻痺する。
その場に立ち尽くす相手に、模造剣を袈裟がけに振るうと、相手はその勢いでその場に倒れた。
「そこまで! 勝者、アリスティア・クラリス・セラ・バークランド!」
あっという間だった。アリスティアにも信じられないが、勝ったのだ。
一礼して控室に下がる。
控室には、他にも順番を待つ騎士コースの生徒がいた。
アリスティアが、一応汗を拭いておこうかとタオルを保存庫から取り出し、それで額を拭っていた時だった。
タオルがアリスティアの手から取り上げられた。
何事かと顔を上げれば、そこには皇太子の姿があった。
「ティア、一回戦は危なげなく勝ったな」
「わたくしも、あそこまで簡単に勝てるとは思いませんでしたわ」
「風属性魔術で走る速度を上げ、速攻で相手に肉薄し、剣に纏わせた雷撃で麻痺させ、反撃の隙を与えずに二撃目で倒した。魔術騎士の動きとしては上出来だ」
「ありがとう存じます、ルーカス様」
「二回戦目、三回戦目も期待しているぞ。大丈夫、ティアならできる」
「過剰な期待はしないでくださいまし。いつ負けてもおかしくありませんわ」
アリスティアは困った様に言う。今回は危なげなく勝ったが、二回戦目になると勝ち上がって来た実力者が相手になるのだ。簡単に勝たせては貰えないだろうと思う。
しかし皇太子はアリスティアの目を見て、言い聞かせるように言った。
「ティア。そなたは私が手ずから稽古をつけているのだ。二回戦目は余裕で勝てる。三回戦目も勝てると踏んでいる。だから怖気づくな。自信を持て」
そしてその長身を屈め、アリスティアの額に軽くキスをした。
「私に自慢をさせてくれ。皇太子の婚約者は強いのだと」
アリスティアは顔を赤らめ、しかし頷きつつ答えた。
「ルーカス様の恥にならぬように、全力で挑みますわ。魔術なら誰にも負けませんし」
控室にいた生徒たちは、気配を薄くしつつこっそり会話を聞いていたのだが、皇太子に激励されたアリスティアの全力宣言に、ギョッとした。
「そうだな。ティアは戦略的魔術師だからな」
楽しそうにくつくつ笑う皇太子が呼ぶその呼称は、二年生には既に浸透しており、一年生も騎士コースの生徒を中心に広がり始めており、その意味も周知され始めていた。
戦略的魔術師。
戦場の不利な状況を一人でひっくり返せる存在。皇国唯一の、特級魔術師よりも強い魔術師で、固有魔術も既にいくつも作っている。
そんな彼女の全力宣言は、彼らには悪夢としか言いようがない。全力とは、魔術騎士として固有魔術までをも駆使する事に他ならないだろうから。
顔色が悪くなった彼らと反対に、アリスティアは顔を赤らめているし、皇太子はそんな婚約者を愛おしそうに見ている。
誰かあの二人をどっかにやって欲しいんだが、というのは、居合わせた生徒たちの偽らざる気持ちだった。
アリスティアの二回戦目。
「始め!」の声とともに彼女は縦横無尽に駆け回り、横薙、袈裟斬り、刺突、振り下ろし、斬り上げ等、相手を翻弄した。
しかし相手もそれを躱し続ける。
アリスティアは走りながら小さく簡易詠唱して氷礫を左右から射出した。氷礫は相手に当たり、相手が怯んだ隙をつき、剣を斬り上げる。
その剣は相手の剣に受け止められたが、同時に撃った雷撃で麻痺し、相手は剣を取り落とした。
そこへ気弾をぶつけると、簡単に吹き飛んで倒れた。
アリスティアの勝ちだった。
荒くなった息を整え、お互いに相対し一礼する。
控室には戻らず、壁際に佇む。
次は三回戦目だと考えながら、アリスティアは汗を腕で拭った。
三回戦目の相手は、まさかのエルンスト皇子だった。
相対位置に立ち、一礼する。
模造剣を無造作に構えるエルンストは、それでいて隙が全く見当たらなかった。
始め、の掛け声とともに、エルンストが一気に距離を縮めて来て焦る。
明らかに今までの相手と力量が違う。
逆袈裟に斬り上げられた剣を、咄嗟に飛び退って躱すが、そこにまた駆け込まれ、上段から剣を振るわれる。
間一髪で自分の剣での防御に間に合ったが、力の差で押し込まれてしまう。
顔の位置ぎりぎりまで押し込まれた瞬間、旋風を唱え、エルンストを吹き飛ばした。
しかしエルンストは倒れず、うまくバランスを取ってそこに立ち、油断なく剣を構えた。
アリスティアは即座に距離を縮め、横薙ぎに剣を振り抜くが、それはうまく合わせられたエルンストの剣で流れのままに払われるだけだった。
ならばと炎弾を発動しようとした時には、アリスティアは衝撃を胴に受け、右に吹っ飛び、地面に倒れた。
エルンストの勝ちだった。
悔しいが、今の自分の実力はここまでなのだろう。皇太子と約束した三回戦を勝ち抜く事は出来なかったが、相手がエルンストなら言い訳も立つ、と、最後に相対し一礼しながら考えていた。
控室に戻り、汗を拭く。
いや、汗を拭いている振りでタオルに顔を埋め、流れてくる涙を拭っていた。
やはり悔しい気持ちが抑えられない。
剣技はまだまだなのだから、魔術を駆使し、相手を魔術で倒すのが良かったのかもしれない。
ウジウジと考えていたら、新緑のような爽やかな匂いが漂い、その直後に柔らかく抱きしめられた。
この匂いは皇太子のものだ。
──今だけ。今だけだから。
そう自分に言い聞かせ、アリスティアは泣き続けた。
やがて涙も止まり、ルーカスの胸から顔を離す。
「落ち着いたか、ティア」
「はい。ごめんなさい、約束していたのに三回戦目は勝てませんでした」
「相手がエルンストなら仕方がないな。あれも皇子だから、剣術は五歳から習っている」
「五歳……それでは勝てませんわね」
「剣術だけではティアなら勝てないな。だが、忘れたか? 私は以前ティアに、『剣術の動きで相手の油断を誘えるから、そこに中級か上級の攻撃魔術でとどめを刺せ』と教えた筈だぞ? 相手が格上の剣士なら、ティアが勝つには優位性を取れる魔術だろう?」
アリスティアは唇を噛み締めた。言われた事は尤もだ。
自分は戦略的魔術師だ。ならば、剣術より魔術を主軸に戦った方がいいに決まっている。それなのになぜ剣術に拘った戦い方をしたのだろう。
エルンスト皇子との力量差を感じたなら、吹き飛ばしたあとに接近して剣で斬りつけるのではなく、あのまま魔術で追撃すべきだった。判断を間違えた。
「わたくしが魔術師だという自覚が足りませんでしたわ。ルーカス様に言われていたのに」
「その自覚がしっかりできていれば、来年は負けるまい」
そう言って微笑み、ルーカスはアリスティアの額にキスを落とした。
「それまでには剣術の腕ももう少し上げたいですわ」
ため息を吐くと、ルーカスが面白そうに、
「"皇太子"が教えているのだ。来年はもっと剣術の腕は上がっておるよ。一年もあるのだから、自衛出来る程度にはなっているだろうよ」
とアリスティアの頭を撫でながら言った。
確かに腕は上がるだろうが、自衛出来るほど上達できるとは思えない。しかしそれを言ってしまうと、ルーカスの教え方が下手だと言っている事になる。
やはり自己鍛錬しかない、という結論になるのは致し方ないだろう。
何事も努力しないと身につかないのだから。
「そうなるように、頑張りますわ」
アリスティアは微笑んでルーカスにそう答えた。
そのアリスティアに対し、皇太子は柔かく微笑みながらアリスティアの頭を撫でたのだった。
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