第87話 学園祭②
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学園祭初日から、アリスティアは恥ずかしい思いをしていた。
皇太子が彼女を膝抱きし、屋台で買った串肉を差し出して食べさせて来る。
クロノスからは、竜族の雄の特権なんだから給餌を諦めて受け入れてください、と言われ、皇太子からは楽しみを取るなと言われ。
開き直って串肉に齧り付いたら皇太子が嬉しそうに目を細め。
そんなアリスティアは、自分の顔が赤い事に自覚が無かった。
屋台周りに設えられたテーブルの一つに座り、膝抱きされてあーんされる状況には、もう開き直るしかないだろう。
串肉は固く、なかなか咀嚼しづらい。もぐもぐと一生懸命に噛む姿は小動物の様に周囲には映っていた。
ようやく噛み終わり、ごくんと嚥下したところ、先程の串肉は既になく、変わりにホットドックが差し出される。
小さく噛みちぎり、もぐもぐと黙って咀嚼する。どうせ評判など今更関係ないのだ。ならば、この状況を受け入れるしかない。
ホットドックを三分の一ほど食べたら、次は野菜サンドを差し出された。それを口に入れたら、得も言われぬ苦味を感じ、アリスティアは咀嚼をやめ、どうしようか一瞬悩んだ。
淑女としては、吐き出すなど作法的にありえないのだが。
しかし一瞬で判断し、ハンカチを取り出してそこに吐き出す。
「ルーカス様。野菜サンドに、毒草が。腹痛を起こす程度の効果しかありませんが、これを販売していた屋台の販売禁止と、遅いでしょうけど回収を」
「"学園内で野菜サンドを屋台から購入した者は、これを食すのを禁ずる。腹痛を起こす毒草が混入していた。命に別状は無いが、回収するので屋台まで持参せよ"」
即座に従属の魔術で学園内に命令を出すと、皇太子はクロノスに向かった。
「クロノス、これを購入した屋台に行き、理事長命令で販売禁止を言い渡せ。それと、販売責任者をここに連れて来い」
「御意」
短く了承の意を伝え、屋台に向かうクロノスを見送り、皇太子は心配そうな目をアリスティアに向けた。
「ティアは、腹痛は大丈夫か?」
「状態異常無効の結界が効いてましたので大丈夫ですわ。ただ、とても苦くて口の中が……」
「ならば果実水を用意しよう。ダリア」
「かしこまりました」
ダリアが果実水を販売している屋台に走っていく。
そこへ、クロノスが野菜サンドを販売していた屋台の販売責任者らしき女生徒を連れて戻ってきた。
女生徒はひたすら恐れていた。
当然だろう。毒草が混入していたと言うのだから。効果が腹痛でしかないとはいえ、皇族も参加している学園祭での不祥事である。
簡単に事情聴取を行うと、野菜サンドに挟むナレの葉と毒草のサジェの葉が似ており、間違えたのだと言う。
疑問に思って尋ねると、学園の森で調達したのだと言われ、アリスティアは呆れてしまった。
その後、販売していた屋台は学園祭期間中の販売禁止を言い渡され、屋台の撤去をするよう言われて、販売責任者は放免された。
☆☆☆☆
「まだ給餌を続けますの?」
「ティアはまだお腹いっぱいになっていないだろう? だから続ける」
「恥ずかしいんですけど」
「慣れろ」
そう言う皇太子の顔は、面白そうに口角が上がっていて、状況を楽しんでいるのが見て取れた。
「クロ」
「アリスティア様私を巻き込まないでください、というか他の雄に助けを求めるのはダメです求められた方が死にます!」
名前を呼ぶより早く拒絶されたアリスティアは、唖然としてクロノスを見た。そのクロノスは、そっぽを向いてアリスティアと目を合わせない様にしているが、一気にまくし立てた影響で、ぜぇぜぇと荒い息をしていた。
「ティア? クロノスの言うとおり、他の雄に声をかけるのは感心しないな。今は私の給餌の時間だぞ」
皇太子の声色は、どこまでも甘い。
アリスティアは呆然としすぎて無意識に給餌を受け入れ、パンケーキを口に入れられ咀嚼した。それを飲み込むと、またパンケーキが口に入れられる。
もぐもぐと咀嚼しつつ、ふと皇太子を見ると、パンケーキを食べていた。
同じ種類の物を食べている事に少し疑問を感じたが、スプーンで唇を突かれて開けたら、チーズケーキが入れられた。
甘さにうっとりし、ゆっくり咀嚼し飲み込むと、すぐに次が口に入れられた。また咀嚼しつつ、皇太子の方を見ると、今まさにチーズケーキを口に入れるところだった。
ふとテーブルを見る。
お皿は一つ。
スプーンも一つ。
と、言うことは……。
皇太子を改めて見ると、金色の瞳と視線がぶつかった。
導き出された結論に、顔が赤くなる。
その様子を見ていた皇太子は、愉しそうな顔でアリスティアの頭にキスを落とした。
アリスティアは更に羞恥で真っ赤になり、熟れた林檎のようだった。
それを見ていたクロノスは、呆れて半眼になった。
(いくらアリスティア様を守るためとはいえ、やり過ぎだ。給餌だって、今までならこんな衆目の中ではやらなかったのに。いや、アリスティア様の反応を愉しんでいるんだろうな、あの様子だと)
皇太子は恥ずかしがっているアリスティアに、まだスプーンを差し出している。
(アリスティア様の鈍さはわかっていたけど、ここまでとは思わなかったよ。今まで散々、給餌されていて、食べ残したものはどうなったかって考えなかったのかな?
毎回、ルーカス様が食べていたのを知らなかったとはね。間接キスなんて僕たちからしたら今更なんだけどね)
知らず、ため息が出てしまう。
「兄上、今日はいつも以上に飛ばしてないか?」
エルンストがボソボソと聞いてくる。
「飛ばしてますね。あれ、アリスティア様を周囲の悪意から守るためなんで、わざと派手に目立つようにやってますから」
クロノスが小声で答えると、エルンストは目を瞠った。
「あれ、わざとなのか⁉」
「皇太子殿下は、アリスティア様至上主義だって以前にお教えしましたよね? アリスティア様を守るためなら皇太子殿下は手段を選びません。ご自分の評判よりアリスティア様の安寧を取るのは当然です。だってアリスティア様は皇太子殿下の半身なのですから」
小声で説明すると、エルンストは目を伏せた。
「エルンスト第二皇子殿下。最初から届かない思いなのですから諦めてください」
クロノスの言葉に、エルンストが弾かれたように顔を上げる。
「……いつから気がついていた?」
「割と初期の頃からです。わかりやす過ぎですよ。アリスティア様はとーっても鈍いから気がついていませんけど、皇太子殿下は気がついていましたよ」
「兄上が……」
「行動を起こしていたら排除……はされなかったでしょうけど、多分、心がバキバキに折られたでしょうね」
「そうなっていたら立ち直れなかったかもな」
「いや、それはあり得ませんね。皇太子殿下は心をバキバキに折ったあと、無理やり治療して立ち直らせる方ですから」
クロノスの言葉にエルンストが嫌そうな顔をした。
「さて、そろそろ給餌が終わりそうですね」
「ティア。最後に果実水をお飲み」
──うわぁ。
思わず目を見開いてしまった。驚きの声を出さなかったのは褒めて欲しいくらいだ。
皇太子は、グラスすら持たせず、手ずからグラスをアリスティアの口につけて飲ませていた。
そっと周囲を見たら、唖然とした顔ばかりだった。
(だからやり過ぎ! そこまでアリスティア様を幼児扱いしなくてもいいじゃないか!)
アリスティアが気の毒になるが、早く慣れて欲しい気もする。じゃないといたたまれない。
クロノスは何度目になるか分からないため息を吐き、遠くに目を向けた。
☆☆☆☆
学園祭二日目。
今日は騎士コースの試合がある。トーナメント方式で、一位から三位までは表彰及び賞金の贈呈。
これはまだ二年生が最高学年だからであって、三年生がいれば表彰及び騎士の資格授与、希望騎士団への入団優先権などが与えられる。
アリスティアは別段、騎士になりたい訳でもないので、トーナメントの順位は気にしていなかった。
それよりも、またアロイスと皇太子が模擬試合をすると聞き、それが楽しみで仕方なかった。
模擬試合は午前一〇時に開始され、終わり次第、トーナメント試合が行われる事になっていた。
今、その模擬試合の前で、控室ではアロイスと皇太子の両方が緊張もせず談笑していた。
「アロイスから見たら、エルンストの剣技はどうだ? 一応、あれが我の後の皇王になる予定だが」
「目を瞠るような天才肌ではありませんが、護身以上の腕前にはなるでしょう、とだけ。私から見たらまだまだですよ」
「そなたが護身以上の腕前になると言うなら充分だ。皇王が自分の腕前で危険と相対するなどあってはならぬ事態。護衛を盾にして生き延びるのが肝要だからな」
「竜王陛下。それはそっくりそのままお返しします。御身の命を大事になさってください」
「我が負けると申すか」
「そういう事ではありません。万が一があってはならないのです」
「その様な事、我に勝ってから申せ」
「今日こそ勝たせていただきますよ」
微笑みつつ交わされる言葉は傍から聞くと刺々しいが、この二人には何の憚りもなく、試合での手合わせが純粋に楽しみで仕方ないのだ。
アリスティアは二人の様子を見て、模擬試合が更に楽しみになった。
「ルーカス様、わたくし、そろそろ試合会場へ向かいますわ。頑張ってくださいませ。アロイス教官も、頑張ってくださいませ」
動きやすい、騎士服を模した運動着に防具をつけた格好だった為、アリスティアは一瞬考えた後、騎士礼をして部屋を後にした。
やがて模擬試合の時間になった。
模擬試合の審判は、ネルヴァ近衛騎士団総長と、カラファ皇都騎士団長が行う事になっている。
そこに、皇太子とアロイスが現れた。
二人は大剣を携えていた。それを持ち、構える。相対距離は五〇メートル。以前より距離が空いている。
「これからルーカス皇太子殿下と、アロイス・イーゼンブルク教官の模擬試合を行う。両者、構え……始め!」
ネルヴァ近衛騎士団総長の掛け声で、模擬試合は始まった。
最初は、お互い駆け寄り剣を振るう。
キンキンキンキン! という高い音を発し、大剣から火花が散る。
体の位置を入れ替え、振り向きざま両手で持った大剣を振るう姿はまるで剣舞を踊っている様で。
そんな中、皇太子の口元がぶつぶつと呟く様に動いていた。
また剣を交わし、ひとっ飛びに後ろへ下がると皇太子はその位置で大剣を振るった。
その剣先から気弾が飛び出す。
アロイスはそれを横に飛ぶ事によって避け、そこから体勢を低くして飛ぶように駆け寄り、皇太子に肉薄すると剣を横薙ぎに振り払った。
それを剣で受け、勢いを殺す事なく剣の腹で流してアロイスの体勢を崩すと、皇太子は体を回転させつつ同様に横薙ぎに大剣を振るう。
それを弾きあげたアロイスは、そのまま後ろに飛び退り、左の手のひらから氷柱をいくつも生み出し、それを皇太子に射出する。
皇太子はそれを見て即座に光の盾を展開し、氷柱を防ぐ。と同時に跳び上がり、アロイスを大上段から叩き切ろうとした。
アロイスはそれを剣で払い除けるが、体勢を崩して体が傾いだ。敢えて転がって勢いで立ち上がると同時に大きく飛び退る。
その時には既に目の前に皇太子が迫っていた。
アロイスは咄嗟に剣を持ち上げ、皇太子からの斬撃をすんでのところで止める。
力勝負になり、どちらの剣もピクリとも動かない。
皇太子の金色の瞳がアロイスを見据え、その口角が僅かに上がる。
ぞわり、と寒気がした。
アロイスは飛び退る動きで上空に逃れる。
一拍遅れて皇太子も上空に上がってくる。
空中での攻防は数分続いた。
アロイスと皇太子の剣は、何度も交わり、跳ね除け、火花を散らし、或いは魔術の応酬があり、観客は固唾を飲んで見守る。
アロイスが仕掛けた。
矢のように皇太子に迫り、勢いで弾き飛ばすと、間断なく炎弾を浴びせ、更に雷撃を放つ。
皇太子はそれを同じ炎弾と雷撃で相殺し、重力障壁をアロイスに上からぶつけた。
アロイスは地面に叩きつけられ、重力障壁に押さえつけられて動けなくなった。
「参りました」
「そこまで! 勝者、ルーカス皇太子殿下!」
ネルヴァ近衛騎士団総長の声が響くと、皇太子は、ゆっくりと降り立った。
そして、アロイスに近づくとその手を取って立ち上がらせ、声をかけた。
「アロイス、今日は楽しめたぞ」
「勿体なきお言葉」
「最後、炎弾ではなく無数の雷撃だったら危なかったな」
「ご冗談を。同じ魔術で相殺された以上、貴方に適うわけがありません。お強くなられましたな」
「ジジイみたいな言い方はよせ」
「いえいえ、貴方様に比べたらジジイですよ。既に千歳を超えておりますからな」
ふふふ、と笑うアロイス。
「まだまだ若いではないか」
「まだ成人を迎えていない幼竜に若いと言われるとこそばゆいですな」
アロイスは頬を指でポリポリと引っ掻く。その様は、まだ若い事を示していた。
並んで控室に戻る道すがら。
「ティア!」
皇太子は嬉しそうに声を上げた。
「ルーカス様。模擬試合、お疲れ様でございます。とても見応えがありましたわ」
「竜の身体能力での戦い方は封印していたが、それなりには楽しめただろう?」
「それなりどころか! みんな、興奮しておりましたわよ?」
「それなら今後の試合でも、いい動きをしてくれそうだな」
「わたくしは、楽しめればそれでいいと思っておりますから」
「そうだな。ティアは守られていれば良い。いざとなったら護身程度に剣が使えれば充分だ」
そう言うと、アリスティアの頭にキスを落とすルーカス。
アリスティアは顔を赤らめつつ、
「それが皇族や王族の義務だとは理解していますけれど、ただ守られるのは性に合わなくて」
と困った様に言った。
「わかっておる。ティアが大人しく守られているような性格ではない事などな。だから騎士コースも許可したし、剣術も我が教えているのだ」
そして、ひどく優しい目をしてアリスティアに告げた。
「だから三回戦負けは許さぬよ?」
「なんでそうなりますの⁉」
アリスティアは吃驚して叫んでしまった。淑女らしからぬと後で頭を抱えたが。
「ティア。"皇太子"が付きっきりで教えているのだ。せめて三回戦は突破しないとな」
そう言って皇太子はくつくつと笑った。
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