第85話 皇太子襲撃事件の終幕②
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スヴァイツ王国の皇太子襲撃が発覚してから一週間、襲撃を受けた視察からは既に三週間が経過していた。
皇太子は、その間、学園でもエルゼ宮でも、アリスティアに剣術の稽古をつけていた。
そして、アリスティアは昨夜、おもむろに告げられた。
「ティア。明日、スヴァイツ王国へ我と一緒に特使として赴く。期間は一週間ほどだ」
「いきなりなぜですの⁉」
「いきなりではない。一週間前には決まっていた」
「聞いてませんわ!」
「言ったのが今だからな」
そう言うと、皇太子はなぜか楽しそうに微笑んだ。
「準備をする時間というものがありますから、もっと早く教えて欲しかったですわ!」
「そんなに気負わなくても良いのだがな」
「気負う気負わないの問題ではございません! 衣装の問題ですわ! 一週間、同じ衣装を着る訳にも参りませんもの。あと、侍女も連れて行かなければなりませんから、彼女たち自身の準備も必要ですわ!」
こうしては居られないとばかりに、アリスティアは慌てて専属侍女たちに準備をお願いしていた。
「侍女たちも必要か?」
「換 装 術で衣装は着替えられますけど、髪型は魔術ではどうにもできませんもの」
「それもそうか」
アリスティアの言うことに納得する。
となると、人数が三人増えるが。まあ問題はないな、と皇太子は考える。
自分とアリスティアの転移なら、人数は二百人は余裕でいけるのだ。一八人に三人増えたところで何の障害にもならない。
ただ、外交府を通じて先方には人数を伝えてある筈だ。それを逸脱するとなると、先方の準備が整わなくて、増えた人数分の準備に慌ただしくなるだろう。
と、そこまで考えて皇太子は自分の考えのバカさ加減に自嘲の笑みを漏らした。
そもそも今回の訪問は、スヴァイツ王国にフォルスター皇国皇太子殺害未遂の賠償金を払わせる為のもので、なんら友好的な内容ではないのだ。向こうの事情など汲む必要性もない。
だから増えたとしても何の問題もない。
それよりも、スヴァイツ王国が仕出かした事への本来の処罰はやはり必要だろう。恐らく竜王代理には既に連絡が行っているはずだ。
なにせこの三年間で、フォルスター皇国の近衛騎士団に竜人や獣人の騎士が百名以上に増えているのだ。
中には竜王代理の、いや、エッケハルデン公爵家の抱える影が紛れていてもおかしくはない状況である。或いは竜の国の諜報部か。
諜報部だろうとエッケハルデン公爵家の影だろうと、紛れていても別に構わないと思う。
アリスティアを守るためならどんな手を使ってもいいと思っているくらいだから、むしろこの国の諜報機関を使わずに済むなら好都合である。
エッケハルデン公爵家の影は使えはしないが、竜の国の諜報部なら遠慮なく使えるし、使うだけの根拠もある。アリスティアは竜王の半身、将来の竜王妃であるのだから、“フォルスター皇国皇太子の婚約者”、“将来の皇妃”という立場より、竜の国ではよほど重要である。いや、世界的にも重要なのだ。竜王妃とはそこまでの立場なのだから。
閑話休題。
アリスティアは明日に向けて旅の準備をせねばなるまい、とアリスティアの居室を後にし、皇太子は久し振りにエルゼ宮に用意された私室へと入った。
生活臭がなくどこか寒々しい皇太子の居室のソファに座り、以前取り寄せた、民衆に人気のある娯楽本に目を通す。
内容は、とある国の子爵令嬢が、その国の王太子に見初められ、様々な困難を乗り越えて王太子妃になる、というもの。
子爵令嬢、という下位貴族では身分が足りないという問題点は、主人公である彼女がとある既存の薬草の新しい効能を発見し、それを薬に調合し、大量生産する事に成功して病気の治療に大いに貢献した功績で、彼女の家である子爵家が伯爵家に陞爵されるという設定で解決していた。
皇太子としては、主人公の功績ならば、彼女の家の功績ではないのだから、彼女自身を叙爵すべきだと思うが、そうなると準男爵位からスタートさせなければならないため、かなり遠い道のりになる。
その辺が娯楽本の限界か、とため息を吐きそうになり、すんでのところで止めた。
いや、たかが娯楽本なのだから、そこまで目くじらを立てる必要もないだろう。
爵位に関して何か不都合が出てから対処しても遅くはないのだから。
そこまで考えて、皇太子は自分に呆れた。
たかが娯楽本なのだ。世の中に影響が出るほど爆発的な人気になると思えない。放置しても構わないくらいの段階で気を揉んでも仕方ないのである。
皇太子は、頭を軽く振って気持ちを切り替えた。
持っていた娯楽本は、読み終わったのでローテーブルに置いた。
次の娯楽本を手に取り、それを読もうとしたところで、皇太子の目の前に半透明の映写盤が現れた。
そこにはカイルが映っていた。
「何用か、カイル」
「伯父上。明日からスヴァイツ王国へ外交特使として赴くそうですね」
「耳が早いな」
「ご冗談を。一週間前には決まっていた事でございましょう? なにゆえ我らにお声掛けくださらなかったのですか?」
カイルの声は硬く、少し怒りが窺える。
「今回は、“フォルスター皇国皇太子”が狙われたからな」
竜王はそう嘯く。
「竜王陛下。誤魔化さないでください。半身様の初めての視察で竜王陛下が同行された上で、スヴァイツ王国を巻き込んだ、邪竜ニーズヘッグによる竜王陛下を狙った殺害未遂事件です。
であれば、我ら竜の国が関わる事は必定。むしろ、竜王陛下のお命を狙われたのに動かないのは舐められます。
陛下、近衛師団の出撃準備は全て整いましてございます。あとは陛下のご決断次第にございますれば」
カイルには竜王の誤魔化しは効かなかった。当然である。
来たな、とだけ思った。
「我もスヴァイツ王国へは本来の処遇は必要だと考えていた。賠償金は、フォルスター皇国向けのものだ。竜王に弓引こうとした事に対する処遇とは違う」
「では!」
「うむ。明日の午前中、十時半に、スヴァイツ王国全土上空に、近衛師団を展開し、待機せよ。中継は我がやる。ただし、スヴァイツの無辜の民には決して手を出すな。我らに歯向かう者のみ容赦は要らぬ」
「御意。明日の午前中、我らが竜王陛下に手を出した罪を贖わせましょう」
「ああ。アロイスに、期待している、と伝えよ」
「御意」
その言葉で会話は途切れ、映写盤も消えた。
☆☆☆☆
翌日午前十時、皇太子とアリスティア、外交府の政務官一名、皇太子専属護衛二名、アリスティア専属護衛三名、アリスティアの専属侍女三名、近衛騎士団第一連隊第三連隊から派遣された護衛十名の合計二十一名が、スヴァイツ王国の玉座の間にいきなり現れた。
本当は転移の間経由で、穏便に現れるつもりであったのだが、どうせこの後の展開が穏便ではないのだからと、直接転移を敢行したのである。
驚いたのは、スヴァイツ王と王妃、たまたま臨席していた王太子、それとそこに居合わせた謁見待ちの貴族である。
「何奴⁉」
王が誰何する。
「近衛兵! あの怪しい者どもを捕らえよ!」
王太子が素早く命令を下す。
だが、突如として溢れた尋常ならざる覇気により、スヴァイツ王国の近衛兵は動けなくなった。
いや、近衛兵だけではなく、王や王妃を始めとしてアリスティアを除いた全員が覇気に中てられ、その場に崩れ落ち、動けなくなった。
「味方を巻き込んでいますわ、ルーカス様」
「仕方あるまい。竜王の覇気に慣れているのは半身であるティアくらいなものだ。他の人間は、慣れる事はあり得ぬ」
「可哀想ですから、手短に」
「わかっておる」
そんな会話が、玉座の間に流れる。
そして会話をしていた青年と少女は、スヴァイツ王に向き直った。
「スヴァイツ王には初めてお目にかかる。フォルスター皇国皇太子、ルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスターである」
「スヴァイツ王陛下には初めてお目にかかりますわ。フォルスター皇国皇太子の婚約者であり、皇国唯一の戦略的魔術師、バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。まだ若輩者ゆえ、ご無礼がありましてもお許しを」
皇太子は堂々と対等の者として立ち、アリスティアは淑女らしくカーテシーをしてみせた。ただし、アリスティアはスヴァイツ王の許しなく、すぐに頭を上げたのだが。
「ルーカス様。そろそろ覇気を抑え目にしませんと、呼吸困難で死人が出ますわ」
「そうだな。全員を殺してしまっても面倒だ。処分する者は一人から数人だろうからな」
物騒な会話をする二人を、玉座から転げ落ち目を見開いて眺めるのはスヴァイツ王。
皇太子が覇気を抑え目にすると、ようやく玉座の間では呼吸が楽にできるようになって、ホッとした空気が流れた。
だが、先ほどの会話を思い出し、何事かと二人に注目する。
皇太子は、わざと指を鳴らしてその場に映写盤を出した。
「アロイス」
何事かとスヴァイツの王族も貴族も注目する。
『お呼びでしょうか?』
「展開は済んだか?」
『現在、展開中。第五連隊の展開終了の連絡待ちです』
訝しげな顔をするスヴァイツの王族と貴族たち。
「重畳。あと五分か」
『御意。半身様の結界はこの後になりますか?』
「ティア。この国全体に位相結界を張れるか?」
「お任せくださいまし。展開終了後に即座に張れますわ」
「だそうだぞ、アロイス。くくっ。我が婚約者は、国ひとつ覆う程度の結界はお手の物らしい」
『さすが、大陸を範囲内に収められる攻撃魔術を撃てるお方だけありますな』
大陸を範囲内に収められる攻撃魔術、と聞き、あちこちでギョッとする気配がした。もちろん玉座からも同様の気配がしてきたが。
「アロイス様。大陸を範囲内に収めたら、民が苦しみますわ。罪なき民を殺せるほどわたくしは人の道を外れてはおりません」
『半身様の慈悲深さに、我らも頭が下がる思いです。
と、今、第五連隊から展開終了の連絡が入りました』
「重畳。アロイス、上空三百メートルにて待機せよ」
『御意』
「ティア、位相結界の展開」
「展開終了しておりますわ」
「魔力量の残存具合は?」
「戦略的広範囲隕石落としを三十発撃てる程度には残っておりますわ」
ステラリット・メテオリテの単語を聞き、フォルスター皇国からの来訪者以外、全員の顔色が蒼白になった。
「重畳。近衛第一連隊第三大隊分隊は、周囲の警戒をせよ。場合によっては変転を許可する」
『御意』
「さて、スヴァイツ王。準備が整ったので、これから話し合いをしよう。
三週間前に、我と我が婚約者は皇都内で視察を行った。
その際、邪竜ニーズヘッグとスヴァイツ王国の特務兵数十人に襲撃された」
「知らぬ」
「邪竜ニーズヘッグの、スヴァイツ王国での名前は、特級魔術師ニクラウス」
「知らぬ」
「狙われたのは、フォルスター皇国皇太子。つまりは我だ」
「知らぬ」
「特級魔術師ニクラウスは、邪竜ニーズヘッグに変化し、我を執拗に殺しに来た」
「…………」
「なぜ邪竜が執拗に我を狙ってきたのか。それは、我が竜王の生まれ変わりだからだ」
竜王の金色の瞳が、何かを探るようにキラリと輝く。
玉座の間には、皇太子が竜王の生まれ変わりと聞き、何かに怯えるような空気が流れ始めた。
「特級魔術師ニクラウスは、フォルスター皇国の皇太子を殺せばフォルスター皇国が手に入る、と吹き込んだであろう」
「知らぬ。特級魔術師ニクラウスなど、聞いたこともない」
「まだ白を切るか。だが、スヴァイツ王国の特務兵どもが口を割ったのだ。更に言うなれば、竜王である我を狙った以上、報復は避け得ない運命」
そう言うと、皇太子は、雰囲気をガラリと変えた。
人間から超常の存在へと。
同時に、覇気が少し強まる。
その覇気に中てられ、その場にいた者たちはアリスティアを除き、全て跪いた。
竜王は指を鳴らした。
パチン、という軽やかな音とともに、全員の目の前に薄い映写盤が表れる。そこには、空一面に滞空している無数の竜の姿が映っていた。
玉座の間に、驚きと恐怖の声が響き渡った。
「“スヴァイツ王国の民よ、見よ。竜王の顕現である”」
映写盤は、スヴァイツ王国の全国民の前に現れていた。そして、声も届いていた。
竜王は、従属の魔術を使い、スヴァイツ王国の国民全てに注目を促したのである。
「アロイス、一斉咆哮、三十秒」
『御意。近衛師団、一斉咆哮三十秒、始め!』
アロイスの号令とともに、上空から竜の咆哮が複数、聞こえてきた。
「「「グオオオォォォォォォン!!!」」」
その咆哮は、等しくスヴァイツ王国に轟き渡り、民の心に恐怖を刻んだ。
きっかり三十秒後、竜の咆哮は止んだ。
「スヴァイツ王国の王は、特級魔術師ニクラウスの讒言を真に受け、竜王たる我の転生体である、フォルスター皇国皇太子の命を狙った。
我は竜王。そして特級魔術師ニクラウスは、邪竜ニーズヘッグの転生体であった。
我を狙ったは、邪竜。そして、邪竜に讒言され、フォルスター皇国の皇太子殺害計画を許可したのはスヴァイツ王。
我が怒り、竜族の怒りを受けよ!
アロイス、もう一度、咆哮三十秒!」
『御意。近衛竜師団、咆哮三十秒、はじめ!』
「「「グオオオォォォォォォォォォン!!!」」」
再度、国中に響き渡る竜の咆哮。
そして三十秒後にはまた咆哮が止んだ。
「アロイス、組織的反撃はあるか」
『この国の騎士団らしき者たちが、攻城用兵器や弩弓を持ち出してこちらに攻撃を試みようとしています』
「超音波ブレスで、武器のみ破壊せよ」
『御意。第一連隊、超音波ブレス用意!……始め!』
途端に、城の窓や壁が振動し始め、窓ガラスは粉々に砕け散った。
天井付近にあった明り取り用の窓も砕け散ったため、ガラスの破片が降ってくる。
玉座の間に驚愕の悲鳴が響き渡った。
その場にいた誰もがガラスの破片が己の体に刺さる事を予測し、目を瞑った。
しかし、次に聞こえたのは、細かなガラスが弾ける音だった。
貴族たちは目を開け、上を見る。
そこにあったのは、光の盾が並んだ光景。
「ルーカス様。超音波ブレスでガラスが砕け散るとは知りませんでしたわ。先に教えておいてくださいませ。光 の 盾の局地展開が間に合わなかったらどうするおつもりでしたの?」
「ティアが間に合わぬ筈がない。意味のない問答は無用」
「そうですわね。これはわたくしの落ち度ですわ」
どう見てもまだ幼い少女にしか見えないのに、彼女がこの光の盾を何枚も出して並べたのだと理解し、スヴァイツ王国の貴族たちはその力量に戦慄した。
「アロイス、武器の破壊は?」
『完了してございます。騎士団の制圧をしても?』
「任せる」
『御意。第一連隊、そのままこの国の騎士団の制圧をせよ! ただし、無闇に殺すな! 殺生は竜王妃殿下の忌み嫌うところである!』
『応‼』
目の前にある映写盤には、竜たちが飛びまわり、騎士団員が竜に取り押さえられ、或いは尻尾で薙ぎ払われ、次々に拘束術で捕縛される様子が写っていた。
固唾をのんで見守っているのはスヴァイツ王国の貴族たち。
やがて、竜たちが勝鬨の声を上げるように咆哮を上げた。
「「「グオオオォォォォォォン!!!!」」」
『竜王陛下。制圧完了いたしました』
「重畳。アロイス、第一連隊はもとの持ち場に戻し、別命あるまで上空三百メートルで待機せよ」
『御意。第一連隊、持ち場に戻り待機せよ! 第二から第五連隊はそのまま待機!』
『応‼』
その様子を見守っていたスヴァイツ王は、がっくりと肩を落とした。
「さて、今の光景を見ていたな? スヴァイツ王。問には誠意を持って答えよ。
特級魔術師ニクラウスから、フォルスター皇国皇太子を殺害すれば、フォルスター皇国を手に入れられる、とでも言われたか?」
「……ニクラウス・ヴァイクは、フォルスター皇国の皇太子は周辺国を併呑し、やがてはこの国をも併呑するつもりだと……」
「それがナイジェル帝国とタマラ共和国、ベルズ国、ノーラン王国の事なら、誤解がある。
ナイジェル帝国は、我が婚約者を攫い、無体を働こうとしたゆえ、我が皇帝を殺し、その日の夜、ナイジェル帝国をフォルスター皇国の支配下に置いた。
だが、タマラ共和国、ベルズ国、ノーラン王国は、元々ナイジェル帝国の従属国であった。
フォルスター皇国が、ナイジェル帝国の宗主国になったゆえ、その三カ国からフォルスター皇国へと救援要請があったため、一時的に宗主国になったまで。
その三カ国は、いずれ独立させる予定である。
フォルスター皇国としては、このような離れすぎている国を支配する旨味はない。
ゆえに。
このスヴァイツ王国は、竜王の支配下に入って貰う」
「な⁉ なぜ!」
「なぜ、と問うか。貴様が竜王の命を狙ったからだ」
「わ、私が許可したのはフォルスター皇国の皇太子の殺害で」
「まだわからぬか。その皇太子は、竜王の転生体。つまり、貴様は、スヴァイツ王国は、竜王殺害を許可したと同義。ゆえにその代償として国を貰い受ける」
「なんと傲慢な!」
「竜王は、世界を統べる事も可能な存在。国ひとつ、滅ぼすのは我一人でも可能。今回、近衛竜師団を上空に展開させたは我が臣下の怒りを発散させる必要があったのと、民たちにわかり易く誰が原因か知らしめる必要があったゆえ」
そこで一息入れる竜王。
「この状況を齎したはスヴァイツ王、貴様だ」
そう言うと、無詠唱の拘束術でスヴァイツ王を拘束した。
「何をする! 私はこの国の王である! 王太子! 近衛兵! 何をしている、助けよ!」
「残念ながら、その希望は適えられませんわ。だって、王太子殿下も、この場にいた近衛兵も、全て拘束術で拘束いたしましたもの。ついでに、廊下に至る扉は、結界で外からは入れないようにいたしましたわ」
「よくやった、ティア。さすがは未来の竜王妃」
「必要と思ったから、拘束したまでですわ」
「だが、王太子の拘束は解いてやれ。何より、形でも王を置いておく必要があるからな」
「ルーカス様、結構鬼のような発言をしていらっしゃいますわね」
「取り繕う必要性を見いだせぬ」
「確かにそうですわ。では解きますわね」
アリスティアがそう言った途端、スヴァイツの王太子の拘束が解けた。王太子は驚愕の目でアリスティアを見ている。
面倒くさい、とアリスティアは警戒した。
「では、王太子殿と、この国の未来について語り合おうか?」
「父上が……」
「そなたの父親は、血を繋ぐための存在でしかない」
王太子は、何を言われたのかわからなかった。自然、顔に疑問の色が浮かぶことになる。
「わからぬか? 愚かな決定をした王は、その愚かさに見合う代償が必要なのだ。我はこの国を支配下に置き、統べるにあたってそなたの父親は邪魔にしかならぬと判断した。
ああ、馬鹿な真似はしてくれるなよ? 我は、我が婚約者が望む事が最低限の処刑であるからそなたを生かしておいているが、そうでなければ王族は全員処刑で構わないと思っているのだからな」
竜王の金色の眼が、王太子を射竦めるように見る。
王太子は蜘蛛の巣に絡め取られた蝶であるかのように動けない。
恐怖が心の奥から湧き上がる。それは本能が齎した恐怖なのか。
その金色の瞳が王太子から外れて父王に向いた事を知った時、思わず安堵のため息が出た。
「スヴァイツ王よ。そなたには竜王を殺害しようとした代償を贖って貰おうぞ。ティア、改良位相結界Ⅱ型を」
「わかりましたわ」
その言葉とともに、乳白色に光る輪が現れ、スヴァイツ王の頭から体の真ん中までおりたかと思うと球体に変化して、スヴァイツ王を完全に閉じ込めた。
「ティア」
どこか甘さを含んだ声音で、竜王は婚約者を呼んだかと思うと、軽々と左の片手で抱き上げた。
「ルーカス様」
それは咎めるような声音で。
然しながら強制力は見られず。
「これから起こる事は、子供のそなたには見せたくないからな。我の胸で顔を隠しているが良い」
そう言うと竜王は、婚約者の頭の後ろに右手を添えるとその頭を抱えるように胸に押し当てた。
「決して見てはいけないよ、ティア」
低く、艶のあるバリトンの声で優しく言い聞かせるように言うと、その目をスヴァイツ王が囚われている乳白色の球体に向けた。
既にその目には冷酷な光が宿っている。
ぞくり、と悪寒が王太子の背中に走った。
「蒼き恒星」
竜王が呟くと、玉座の間の天井付近に蒼白く光る球体が現れ、それが乳白色の球体の中に吸い込まれた。
「ぎゃあっ!」
短い悲鳴のあと、乳白色の球体は静寂に包まれた。
「ティア、改良位相結界Ⅱ型を解除してくれ」
竜王が言ったかと思う間もなく、その乳白色の球体は消えた。
それなのに、スヴァイツ王の姿が見えない。
王太子の背中を冷や汗が流れる。
竜王の金色の目が王太子に向けられる。
「スヴァイツの王太子よ。今からそなたがスヴァイツ王だ。傀儡であるがな」
冷酷な内容を、無情に突きつける目の前の美青年は、スヴァイツの王太子よりだいぶ年下の筈なのに、風格を備えた絶対王者であった。
「……御意。竜王陛下の仰せのままに」
なんとか答えたものの、新スヴァイツ王は喉がカラカラに乾き、冷や汗がとめどなく流れていた。
「では新スヴァイツ王。フォルスター皇国の外交府の政務官と話し合いをせよ。
ヴィンフリート・クルス・セル・アンデクス。新スヴァイツ王と、賠償額の条件を詰めよ。
マティアス、イザーク。ヴィンフリートの護衛をしておけ。何かあれば、竜化を許可する。竜の姿になれば、逆らう者などおるまい」
竜の姿、と聞き、玉座の間が騒めく。
「竜王陛下。ですが我らは御身の護衛でありますれば」
「心配せずとも良い。これから我はアロイス総師団長の元に赴く」
「……御意」
竜の姿になれる美青年二人は、その場に跪き、竜王の命令に言葉短く了承した。
ヴィンフリートと呼ばれた青年は、緊張の面持ちで竜王の方を向いた。
「皇太子殿下。なぜこの国を支配下に置きなさる」
「安心せよ、ヴィンフリート。我はスヴァイツを、フォルスター皇国の従属国にした訳ではない。竜人の国の従属国にしただけだ。
統治は表向きは新スヴァイツ王にやらせるが、補佐には竜人の国から補佐官を置く。
カイル」
『竜王陛下、準備は整ってございます』
「重畳。では転移させろ。座標はここだ」
『御意』
言葉が途切れ、静寂が辺りを包む。誰もが言葉を発する事を恐れていた。
やがて、唐突に美青年がその場に現れた。美青年は竜王の前に進み出て跪く。
「竜王陛下、ご機嫌麗しゅう。カイル・エッケハルデン公爵が五男、ユリアン・エッケハルデンです。先日、ようやく三十歳になり、成人を迎えました。父より、この国が竜王陛下の支配下に置かれると聞きましてございます。統治のお手伝いができればと、父に願い出ました」
「ユリアンか。我が甥の息子となれば、又甥か。転生してまだ二十一年で、三十歳の又甥とは不思議な気分であるな」
「ルーカス様は、その辺の感覚が壊れているのかと思っておりましたわ」
「ティアは辛辣だな」
竜王が苦笑する。
「半身様、初めてお目にかかります。カイル・エッケハルデン公爵が五男、ユリアン・エッケハルデンでございます。まだ未熟者ゆえ失礼を働いてもお許しを」
「ユリアン様、初めてお目にかかります。フォルスター皇国バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございますわ。竜王陛下の半身とも呼ばれておりますわ」
「ユリアン。スヴァイツ王国はいずれ我が統治するがそれまではカイルに負担をかける事になる。その負担を軽くしてやってくれ。頼りにしておるぞ」
「有難きお言葉を賜り、恐悦至極」
ユリアンは深々と頭を下げた。
「ユリアン。新スヴァイツ王を補佐し、フォルスター皇国への賠償金の条件を詰めよ」
「御意」
「では我は場を外す」
そう言うと竜王は、人の身のままで飛び上がり、天井付近でガラスが割れてしまい、穴を開けた状態の窓から外に飛び出してしまった。
残された人々は、竜王が居なくなったおかげで息苦しさから解放され、しかし今起こった出来事に戸惑いと興奮を隠しきれず、知り合い同士、ヒソヒソと話し合っていた。
☆☆☆☆
三日後、フォルスター皇国とスヴァイツ王国の賠償金に関する条件が決まり、当初の予定より早く、皇太子とアリスティアは、フォルスター皇国へと帰還した。
カイルの息子が出てきました。
カイルは竜王代理ではありますが、元々は竜の国の宰相です。
支配下に置いた国の統治に、カイルは宰相の息子(当初は次男)を派遣しようとしていました。しかし、成人した五男が希望して来たので、それならばと了承し、送り込んで来たのです。
ここまで読んでくださりありがとうございます!





