第84話 皇太子襲撃事件の終幕①
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前半はルーカス視点、後半は宰相アーノルド視点です。
『皇太子殿下の視察で起きた、"皇太子殿下襲撃事件"の犯人たちが口を割った』
皇太子の元に届けられたその一報は、事件が起こってから二週間が経とうとしていたところに齎された。
曰く、
──捕縛された者たちはスヴァイツ王国の特務兵。
──特級魔術師ニクラウスが、フォルスター皇国の皇太子を亡き者にすれば、皇国が手に入ると言っていた。
──特級魔術師ニクラウスは、大転移を難なくこなす天才魔術師で、自分たちも大転移でこの国に来た。
──ニクラウスが、皇太子の視察日程を調べて来たので、それに乗った。
──スヴァイツ王が許可を与えた。
ツッコミどころばかりの内容に、ため息を吐きたくなるが、我慢する。
まず、特級魔術師ニクラウスというのが、邪竜ニーズヘッグの今生の名前だろう。
ニーズヘッグの転生体ならば、大転移など簡単に行える。竜王と実力的に拮抗する存在なのだから。
だが、皇太子を殺したら皇国が手に入る、と思えるのがおかしい。ニーズヘッグではなく、唆されたとはいえ、そう思ってしまうスヴァイツ王や重臣たちの判断力に疑問が湧く。
だが、もしかして魔術的なもので判断力を鈍らせたとしたら。そう考えた方がしっくりくる。
恐らくは、その特務兵とやらもニーズヘッグの言うことを聞かせる魔術で判断力を鈍らせたのだろう。
しかし、外国の首都の中に転移で勝手に現れて、皇太子の命を狙ったのだ。スヴァイツ王国にはそれなりの罰を受けて貰わねばならない。
(さて、どんな罰にするか)
また皇国の支配下に置いたら、今度こそ宰相はキレるだろう。
もともとナイジェル帝国の従属国になっていた三カ国は、あと二年で独立させる予定であるが、そもそも予定に無かった従属国なのだ、派遣した政務官の確保も容易では無かったようだ。
だから、皇国の従属国にするのは無しだ。
皇国としては、離れすぎているスヴァイツ王国からの謝罪として、賠償させねばならない。
手っ取り早いのは賠償金だ。
それから一定期間、朝貢させる事だが、面倒な事になりそうなのでそれも無しだろう。
やはり賠償金を払わせる形が妥当だろう。
皇太子は、報告書を読みながらそう考えていた。
☆☆☆☆
「皇王陛下」
皇王の執務室に入った皇太子は、宰相補佐官や各大臣の補佐官がいるのを見て公的な場と判断し、表面を取り繕った。
「皇太子か、何用か」
皇王も、合わせて表面を取り繕う。
「人払いを」
「ふむ。そなたらは席を外せ」
「御意」
皇王の命令で、各大臣補佐官たちが出ていく。室内には皇王と皇太子のみとなった。
「それで、竜王陛下、今回はどんな用件でしょうか」
皇王が途端に取り繕った仮面を外す。
「二週間ほど前に、ティアの初公務の視察にて、我を狙った邪竜ニーズヘッグの件、報告書を上げたが読んだか?」
「読みました。あの件は、竜王陛下とアリスティア嬢が、邪竜ニーズヘッグを滅ぼして終わりだったそうですが」
「あの件にはまだ確定してなかった事があってな。ようやく今日、皇都騎士団から待っていた報告書が届いた。
邪竜ニーズヘッグの転生体は、特級魔術師ニクラウスという名前で、スヴァイツ王からの許可を得てフォルスター皇国皇太子の殺害を企図したという証言が取れた。
証言した者たちは、スヴァイツ王国の特務兵だ」
「なんと!」
「スヴァイツ王国には賠償金を払って貰おうかと思う。また皇国の支配下に置いたら宰相がキレそうだからな。それで、賠償金を払わせるための外交特使として我が行こうと思う。ティアも連れてな」
「は⁉ 竜王陛下、自らですか?」
「狙われたのは、フォルスター皇国皇太子だ。我が行くほうが効果が高い」
皇王は唖然として竜王を見ている。
「もちろん、実際の交渉担当として外交府の政務官も連れて行く。ティアを連れて行くのは、スヴァイツへの脅しだ」
「脅し、ですか」
「ティアは邪竜ニーズヘッグへの止めとして、新魔術を作った。二万度にもなる炎弾だ」
「二万度、ですか⁉」
皇王が目を瞠る。
「数字が大き過ぎてどのくらいか想像がつきませんな……」
「夜空の星を真似て作ったそうだ」
「夜空の星……」
「わかりやすく言うなら、鉄の剣を鍛造する時の炉の温度が一二五〇度だからな、その一六倍の温度だ」
「一六倍⁉」
皇王が叫んだあと絶句する。
「他に、位相結界を改良して、個体を閉じ込めるのに特化した結界も作っていたぞ」
「アリスティア嬢はどこまで行くのでしょうな」
少々呆れたように、皇王がこぼす。
竜王は苦笑した。
「言ってやるな。ティアは我の為に邪竜を滅殺できる魔術を作ったのだ」
「竜王陛下の為、ですか」
「ああ。我が前世の恨みを邪竜に抱いておってな。それがティアに知られた。その理由はここでは話せぬが、ティアはそれでも我が悲しんでいるから容赦は要らぬ、と作ったのが二万度の炎弾、蒼き恒星だ」
竜王の言葉に、皇王は息を飲む。そしてその顔には疑問が浮かんでいた。
竜王は肩を竦めながら苦笑しつつ、
「あの子が我に持っているのは保護者に対する愛情だぞ。そのあたりは我が一番よく知っている」
と言った。
「それよりも、だ。話を元に戻すぞ。
スヴァイツ王国への転移は、我かティアが受け持つ。外交府の交渉担当の政務官は一人。我の専属護衛二名、ティアの専属護衛三名、近衛騎士団第一連隊第三大隊からの護衛は先日の視察時の一〇名。合計十八名で向かう。賠償金は先方の民が重税に喘がぬよう、気をつけよう」
「竜王陛下なら身の危険はないと思いますが、御身、くれぐれもお大事に」
「邪竜は既に滅しているのだ。もう我と対等の力量の者はおらぬ。それよりも、スヴァイツ王への書状を作り、御璽を捺せ」
「御意」
皇王は執務机から離れ、地上の覇者、絶対的な王者の竜王に恭しく跪いた。
☆☆☆☆
その日、皇王から宰相に呼び出しがかかり、宰相は皇王の執務室へと急いで参上した。
皇王の執務室に行っていた補佐官から、皇太子が皇王に会いに来て人払いを希望したという報告を受けていたので、十中八九、皇太子絡みだと当たりを付けていたのだが。
「……今、なんと」
人払いをされた室内に、宰相の驚いた声が流れる。
「竜王陛下とアリスティア嬢が、スヴァイツ王国への外交特使として赴く、と言ったのだ。宰相府にも報告書を回した、"皇太子襲撃事件"の真相がわかったのでな」
皇王は、そこでため息をひとつ吐くと、
「スヴァイツ王が、特級魔術師ニクラウスという男にフォルスター皇国皇太子ルーカスの殺害許可を出し、スヴァイツ王国特務兵を同行させた。その特級魔術師ニクラウスが、邪竜の転生体だったそうだ」
「それでどうして竜王陛下と我が娘がスヴァイツ王国への特使として赴く話になるのですか」
「竜王陛下は、『狙われたのはフォルスター皇国皇太子だ。我が行く方が効果が高い』『ティアはスヴァイツへの脅しだ』と仰せられた」
皇王の言葉に、宰相の顔が歪む。
嫌な予感がする。宰相とて、自分の愛娘が、戦略的魔術師の呼称を与えられた事は知っているが、あくまでも"戦略的"であり、広範囲への殲滅攻撃に特化しているからだと思っていた。
聞きたくはない、が、聞かなければいけないのだろう。
「なぜ、アリスティアがスヴァイツへの脅しになるのでしょうか? 我が娘は、広範囲の攻撃が得意で、単体攻撃は得意ではないと思いましたが」
ともすれば震えそうになる声を気力で平静に保ち、そう問いかける。
「アリスティア嬢は、竜王陛下の為に新魔術を作ったそうだ。温度二万度の炎弾、蒼き恒星と言っていた」
「は⁉ 二万度⁉」
「竜王陛下の説明だと、鉄の剣を鍛造する炉の温度が一二五〇度、その一六倍の温度だそうだ」
皇王は両肘を執務机につき、組んだ両手の甲に顎を乗せ、疲れたような表情で宰相に告げた。
二万度に対する心象が、例えを出されても湧かず、困惑してしまう。
確かに超高温なのだろうが、アリスティアがどこからそういった心象風景を得ているのか、今の今でも判然とせず、それはどうしても愛娘に対する怯えにつながっていた。
「その他にアリスティア嬢は、個体を閉じ込める事に特化した結界も作ったそうだよ」
「個体を閉じ込める事に特化した結界……」
呆然と言われた言葉を繰り返していた宰相だったが、はっとして皇王に問いかけた。
「スヴァイツへの使者団は、竜王陛下とアリスティアだけですか?」
「いや、外交府で交渉が得意な政務官を一人、あとは護衛が合計一五名だ」
「交渉担当が一人⁉ ありえません! 賠償金交渉ですと向こうはなるべく減額しようとしてくるでしょう。そこを減額させないだけの胆力と交渉力が必要ですが、何日かかるか分からない交渉に赴くのが一人だけですと、その者は重圧に晒されて潰れかねない」
「宰相の言うこともわかるが、竜王陛下からの指定が一人だったのだ。私にはどうにもできぬ」
皇王が力なく首を振るのを見て、宰相は自分の意見を通す事を諦めた。
竜王からの指定が一人という事は、何かしらを竜王がスヴァイツ王国でやるつもりなのだろう。またしても従属国が増えるのだろうか。
宰相はこれからの胃への負担を考えて、無意識に腹部を、胃のあたりを抑えていた。
「ああ、宰相。安心せよ。竜王陛下は、今回はフォルスター皇国の支配下には置かないと仰られていたよ」
宰相の行動を見て、皇王は苦笑しながら告げた。
宰相は皇王の言葉を聞き、自分が無意識に胃のあたりを抑えていた事に気がついた。慌てて手を離す。
「従属国がこれ以上増えないのなら良いのです」
嘆息しつつ、宰相は思わず吐き出した。
そう、三年前、いきなり四カ国もの従属国ができた時はどうすればいいのかと頭を抱える羽目になった。
しかもその内の一国は、この大陸の強国のひとつであるナイジェル帝国で、フォルスター皇国より国土面積が広い国だった。
そんな国を、アリスティアが攫われ、無体を働きかけられたからと、一晩で征服し従属国としたと告げられた時は、離れた国をどうやって統治するつもりだと頭を抱えたものだ。
そして発覚した、ナイジェル帝国からフォルスター皇国までの間にあった三カ国がナイジェル帝国の従属国だった事実。
ナイジェル帝国がまともな統治をしていなかったせいで武官はもとより、文官すら不足していた為に、文官を育てる間だけ宗主国として統治をする羽目になった経緯を思い出し、宰相は思わず遠い目になってしまった。
「それでは私は、外交府に交渉担当の政務官の条件を伝えて、選抜するように要請しましょう」
宰相は気を取り直すと、頭を下げて皇王の執務室を後にした。
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