第83話 仲直り
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エルゼ宮に転移して来たら、アリスティアは庭園で鍛錬に励んでいた。エルゼ宮に帰してから数時間は経つ。体を壊してしまう、と慌てたが、竜人執事のエルマーは、一時間毎に休憩を入れているから大丈夫だ、と言ってきた。
なら大丈夫か、と一安心する。
そしてゆっくりと鍛錬中のアリスティアに近づいた。
片手剣の型を素振りしていたアリスティアは、動きを止めて皇太子の姿を見て目を瞠った。
今日まで三日間もまともに顔を合わせなかったのだから、その反応も仕方ないと思えた。
「……ティア」
たった一言呼びかけるだけでも、こんなにも気力がいるものなのだろうか。世界最強の竜王なのに、幼い少女を恐れるなど笑わせるではないか。そう思うのに、次の言葉がなかなか出てこない。
(殿下! あんたがどうしようもない馬鹿だってのはわかりましたけど、それでもアリスの半身なんだから、アリスを避けてたらなんの解決にもならないんだよ! とっととエルゼ宮に戻って、アリスと仲直りしろ‼)
クリストファーの口汚い言葉が思い出される。
アリスティアを避けてたらなんの解決にもならない。ならさっさと仲直りしなければならない、というのはわかっているのだが。
おかしなことに、本当に言葉が口から出てこないのだ。真っ直ぐ見つめてくるアリスティアのすみれ色の瞳を見ると、今回ばかりは目を逸らしたくなる。
しかし、今目を逸らすのは、恐らく悪手だ。だから、目を逸らしたくても耐えなければならない。
アリスティアは自分が何を言うのか、じっと待っている。
深呼吸をする。
二度、三度。
アリスティアのすみれ色の瞳をしっかりと見つめる。
心臓が痛いほど早鐘を打っている。
──今更何を怖気づいている。
──お前は竜王だろう。
そう、自分を叱咤するが、それでも言葉は出てこなくて。
無様に口を開けたり閉じたりを繰り返す。
──大丈夫だ。
──ティアは私を見捨てたりしない。
──さあ、仲直りしろ、竜王ルーカス!
「……この三日間、済まなかった」
──さあ、謝罪はできたぞ。だが、この後どう続ければいい?
「……なぜ、わたくしを避けておりましたの?」
アリスティアから静かに質問される。だが、このような場合、詰られた方がまだマシだと気がついた。
「……言い訳になるが……ティアに、前世の半身の話を聞かれた事が……どうしようもなく、後ろめたくてな」
話していて唐突に気がついた。
後ろめたさなどではない。
自分は、アリスティアが前世の半身に対してなんの嫉妬心も示さなかった事が不満だったのだ。
アリスティアに嫉妬して欲しかったのに、ごく自然にアリスティアは慰めて寄り添ってくれた。それが不満とか、どれだけ自分はアリスティアに執着しているのか。
そして、皇妃教育とは呪いのようだとも思う。嫉妬心まで抑え込むのだから。
「違う、後ろめたさではない」
だが、ここは正直に伝えねばならない。アリスティアと仲直りするためには、自分の心を偽るのは悪手になる。たとえどんなに醜い心だとしても、アリスティアに正直に打ち明けねば仲直りできないだろう。
自分の言葉を否定したルーカスに対し、アリスティアは目を瞠った。
「今わかった。私はティアに、前世の半身に嫉妬して欲しかったのだ。嫉妬してくれたらきっと、ティアの心の中に私がいるのが感じられただろうから」
我ながら恥ずかしい事を話している自覚はある。だが、心を偽るな、と。
ルーカスは覚悟を決めた。
「ティアが嫉妬せず、私を慰めて寄り添ってくれたのも、不満だった。愚かなことにな」
「愚かではありませんわ。ルーカス様は、きっと寂しかったのでしょう。わたくしがまだ子供で、恋愛なんてわからないから……」
アリスティアの眉が申し訳なさそうに下がる。
「恋愛感情など抜きにして、ティアの心に私がいて欲しかったのだ。だから私は愚かなのだよ」
「ルーカス様は、ずるいですわ。わたくしの心の中にはいつだってルーカス様がいますわ。だっていつだって助けてくださるのはルーカス様ですもの」
アリスティアが困ったように首を傾けるのを見て、心の中が暖かくなるのを感じた。
──この子は、幼い頃から私を惹きつけてきた。それは半身だったからで、でもいつだって頼っていてくれた。
──私は何を不安に思っていたのだろう。
──何を不満に思っていたのだろう。
──いつだって、この子が頼っていたのは私なのに。
「ありがとう、ティア。私の半身」
嬉しくて抱き上げて、くるくる回ってしまった。
アリスティアは悲鳴を上げていたが、心底嫌がっていないからいいだろう。
もう二度とアリスティアの心を疑うような事はすまい、とルーカスは己に誓った。
今回は短いです。
でも短くてもちゃんとルーカスとアリスティアを仲直りさせないといけないので、このような感じになりました。
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