第81話 初めての公務、初めての視察④
いつも誤字・脱字報告、ありがとうございます。
とても助かります!(*^^*)
昨日の午前中、書いていた第81話をうっかり消してしまい……暫く呆然としてしまいました。
その後なんとか書き直しをしましたが、今日になってしまいました。
やっとアリスティアの公務が終わりました。
長かった……。
皇太子はアリスティアと相対する。
空中で、ゆっくりと左回りに回り、アリスティアからの仕掛けを待つ。
彼女はどう仕掛けようか考えているようだ。
民が中庭になだれ込んで来て騒いでいるのはわかっていた。しかし耳に届いただけで、注意は向けていなかった。
アリスティアの指導に心が踊り、そちらは無視していたと言ってもいい。
だから、向けられた明確な敵意と悪意に驚いた。
だが。
「ティア、注意しろ。敵意と悪意が向けられた」
「嫌な感じがしましたからわかってましたけど、これが敵意と悪意なんですのね」
「すぐに敵を炙り出す」
空中から見下ろし、民に向けて少しだけ強めの覇気と威圧を放った。
次々と崩れ落ちる民や子供たち。
気の毒だが今は非常事態だ。
数十人の人間が、崩れ落ちた民の中で立っていた。あれは、威圧と殺気に慣れている。つまりはフォルスター皇国の敵国の兵士だろう。殺気は覇気と似ているのだ。
彼らは上空を、皇太子を睨んでいたが、自分たちが顕にされたと見るや、即座に詠唱に入る者、持っていたショートソードを構える者、恐らくは保存庫から弓を取り出し構える者と、こちらへの敵対行為を隠しもしなかった。
「近衛隊、反逆者を捕らえろ! 魔術許可、変転許可!」
「「「応!」」」
即座に立っている敵兵士に駆け寄り、捕縛にかかる近衛騎士たち。彼らは竜人と獣人だけあって、人間の兵士では敵わなかった。
次々と捕縛され、転がされていく推定敵国の兵士たち。
運良く魔術の詠唱が完成してこちらに飛んできたものもあったが、既に展開されていた光の盾数枚で弾かれ消滅する。
弓矢も同様で、こちらは弾かれるだけで終わった。
数十人対十数人でも、身体能力が人間とは違うから相手にならない。
大した事は無かった──そう、安心しかけた時だった。
残り一人になった時、突如として敵意と悪意が急速に膨れ上がった。その悪意の感覚に覚えがある。
即座に指示を飛ばす。
「近衛隊、全員変転! 全力を出せ!
ティア、被害を抑えつつ、全力を許可!」
そして皇太子は即座に竜化する。
尾まで入れると、全長二五メートルの黒竜がその場に現れた。
「ティア、あれは人間ではない。邪竜ニーズヘッグだ。手加減は要らぬ!」
アリスティアが息を飲む気配が感じられた。
彼女が被害を抑えつつも手加減が必要ないほどの実力を持つ相手、という事になるのだから、驚くのも無理もなかった。
立っていた男は、邪悪な笑みを浮かべると地面を蹴って飛び上がり、そのまま変化した。現れた姿は、竜というよりは蛇のようで、長さは竜王と同じくらい、皮膚の色は暗い緑色で、爬虫類めいて不気味だった。しかしその背には竜翼があった。
その邪竜は、竜王に向かって飛んでくる。
「ティア、位相結界構築! 敷地内!」
「はい!」
指示どおり、アリスティアが敷地内に位相結界を張る。
その直後、竜王が動いた。
邪竜に向かって飛んで行くと、至近距離でブレスを吐いた。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォ!!
くぐもった音が喉の奥から紡がれ、ブレスは魔力を乗せて吐き出され、邪竜にまともに浴びせられた。
邪竜は勢いよく結界の壁にぶつかり、崩れ落ちた。
『ガアアアアァァァァ!!』
邪竜の苦しそうな咆哮が響き渡る。
その皮膚は、爛れていた。
「ティア、民の避難! 転移先、第二城郭門前! 我もやる!」
「はいっ!」
指示すると、中庭で蹲っていた民を転移させる。
「ダリア、コンラートとラルフと一緒に第二城郭門前に飛ばすゆえ、捕縛した奴らを皇都騎士団に引き渡せ。その後、三人で民を落ち着かせよ!」
油断なく、邪竜を見据えながら、竜王は指示を出す。
「「「御意」」」
その答えを受けて、ダリアたち三人を第二城郭門前に転移させる。
「ティア、獣族をさがらせろ!」
「はいっ!」
邪竜は痛みが落ち着いたのか、また飛び上がって竜王に向かって来た。
☆☆☆☆☆
アリスティアは指示に従い、獣化している近衛騎士たちの元へと飛んで行った。
「獣族の皆様、竜王陛下よりの指示です。下がれ、との事。しかしながらただ下がるのは心苦しいでしょうから、わたくしからのお願いです。結界の外で民が混乱しないよう、人化して警戒をお願いできますか? 結界の内側から味方なら出られる様にしましたから」
「「「竜王妃殿下の仰せのままに」」」
即座に人化した獣人たちに跪いて頭を下げられ、呼ばれた事のない称号で呼ばれて戸惑う。訂正しようと思ったが、非常事態だと後回しにする事にした。
「ではお願いします」
「「「はっ!」」」
獣人の近衛騎士たちは即座に踵を返し、門に向かって駆けて行く。
アリスティアはその後、竜王と邪竜の戦闘を、手出しできずに見守っているだけの竜六頭に近づいた。
「竜族の皆様、貴方たちは竜王陛下と連携して戦えますわ。竜王陛下をお助けしてくださいまし」
アリスティアがそう激励すると、竜たちはやる気を漲らせた。
それを見届けたアリスティアは、更に上昇する。結界の天井はアリスティアの上昇に合わせて広げる。そして、邪竜を仕留める準備を始めた。
☆☆☆☆☆
「周囲を囲め! 我に続け!」
アリスティアの言葉を受けて、竜王が竜たちに指示を出す。
たちまちのうちに竜たちは邪竜を上下左右、隙間なく囲んだ。何処に行っても竜がいる。逃げ出せない包囲網を敷いた。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォ!!
くぐもった音ともに魔力を込められたブレスが吐き出される。
即座に他の六頭の竜たちもそれに続きブレスを吐き出す。
七本のブレスは、中心にいる邪竜に収束し、邪竜の体を灼いた。
『ガアアアアァァァ!!』
邪竜の苦悶の咆哮が轟く。
だが四方八方から伸びるブレスで何処にも飛ばされない。
竜たちの中心で、体を灼かれるまま苦悶の咆哮を上げ続け悶え苦しむ邪竜。
だが、ブレスとて永遠に吐き続けられるものでもない。
やがてブレスが止まる時が来た。
竜王は邪竜に話しかける。
「数千年ぶりだな、邪竜ニーズヘッグ。貴様も転生していたとは気付かなかった。何処に潜んでいた」
「ガアアアア! 竜王ジークベルト、いや、今はルーカスか。俺は貴様よりも四〇年早く、スヴァイツ王国に生まれた。貴様の噂を聞くまでは前世の事など思い出しもしなかった。だが三年前、貴様がナイジェル帝国に顕現したと聞き、唐突に思い出した。五千年前の恨み、忘れておらん! 貴様を殺す為に仲間を集めた! 貴様だけは許さん!」
「それはこちらの言葉だ! 貴様に前世の半身を殺された恨みは今でも覚えているぞ!」
「執着が強いな。今生の半身はいいのか?」
「今生の半身に手を出したら転生できぬほどの塵にして滅してやる!」
「貴様とは相いれぬ。ならばどちらかが残るまで殺し合うまで」
「その言葉、後悔するな!」
二人は空中で相対し睨み合う。
竜王がまたブレスを吐こうとした時だった。
「退いてくださいまし! 大きいのが行きますわよ!」
その声が上空から降って来て、即座に竜たちは散開した。竜王も距離を取る。
その直後、上空から乳白色に煌めく輪が飛んできて邪竜の体に触れたと思ったら、輪は球体に変化して邪竜を包み込んでしまった。
そこへ時を待たずに青白い球体が飛んできた。それは乳白色の球体にぶつかり、中へ吸い込まれていった。
『グガアアアアァァァァァァ!!!』
先程とは比べ物にもならない邪竜の苦悶の咆哮が轟き渡る。
青白い球体は一つではなく、いくつも飛んできては邪竜を包んでいる球体に吸い込まれる。そのたびに邪竜の断末魔が響き渡った。中では邪竜が苦しそうに身を捩って暴れている。
そのうちに、邪竜の断末魔が聞こえなくなった。
上空からアリスティアが降りてくる。
乳白色の球体は、まだ浮いているが、中では邪竜の痕跡すら無かった。
「ティア。あの乳白色の球体は?」
近くに寄ってきたアリスティアに、竜王は尋ねる。
「あれは位相結界を改良したものですわ。個体を閉じ込める事に特化した結界ですの」
と言うことは、閉じ込められたら出られない、と言う事か。
「では、青白い球体は?」
「あれは恒星を模した炎弾ですわね。温度は二万度ありますけど」
「二万⁉」
あまりの高温に驚いてしまう。
確かに、恒星なら青白い方が温度は高いが、まさかそれを地上で作ろうとする人間がいるとは思わなかった。
「恒星を真似て作ったものですから、それに準じてますの。ルーカス様のブレスで邪竜の皮膚は爛れてはいましたけど、決定打にならなかったので、竜のブレス七本あってももしかしたら、と思って準備しておりましたの。確実に邪竜を仕留める為に、二万度の炎弾を邪竜と一緒に閉じ込めてしまえば、さしもの邪竜も塵レベルで燃え尽きるかと思いまして。でも念の為に炎弾を数個、放ちましたの」
「相変わらず敵対者には容赦が無いな、ティアは」
竜王が苦笑する。
「先ほどの会話を聞いても、容赦は必要ない、と思いましたから」
アリスティアに言われて、心臓が飛び跳ねた。
「……さきほど……」
「ニーズヘッグとルーカス様の会話ですわ。前世の半身を殺された、とルーカス様が仰っていたではありませんか」
心臓がバクバクと大きく早く脈打ち、口の中が干上がり、声が出ない。
アリスティアに聞かれた事がこんなにも動揺を誘うとは。
今が竜形態で良かった、とルーカスは思った。恐らくは顔色が悪くなっているだろう。
「恨みは忘れていない、と仰っていたから、容赦は必要ない、と思ったのです。だって」
そう言ってアリスティアは竜王のそばに寄り、彼の首に手を添えて抱きついた。
「ルーカス様、とても傷ついていらしたんですもの。今だって泣きそうで。まるで捨てられそうな仔犬のようですわ。心配せずともわたくしはそばにおりますのに」
アリスティアは竜王の首にそっと頬を寄り添わせる。
体が硬直して動けない。
今、アリスティアは、なんと言った?
心臓はまだ早鐘のようにバクバクいっている。
「ルーカス様。大丈夫ですわ。わたくしは、簡単には殺されません。
だって、わたくしは、大陸をも範囲内に収める戦略級超広範囲隕石雨を何十発も撃てる、戦略的魔術師ですわよ?
先ほど作った二万度の炎弾、『蒼き恒星』だってありますわ。改良位相結界Ⅱ型も」
だから死にません、とアリスティアは続けた。
暫くそうしていたかったが、民を強制的に転移させた事もあり、早急に対処しなければならない事が多い。
まだ落ち着かない心臓を、竜王は無理やり他の事を考える事で落ち着かせた。
「ティア。背中に乗れ。転移させた推定スヴァイツ王国の兵士の処遇と、強制的に第二城郭門前に転移させた民の処遇がある。このまま第二城郭門前まで移動する。
近衛隊は人化し、この場で待機せよ」
「「「御意」」」
竜たちはすぐさま人化して孤児院の周囲の警戒配置についた。
アリスティアが竜王の首に跨ると、彼は竜翼を一羽ばたきさせてふわりと上空に浮上し、すぐに第二城郭門前へ向けて進み始めた。
移動速度は黒竜にしてみればゆっくりだった。
孤児院のある第三城郭内の外れ、第四城郭に近い位置からだと馬車でも二〇分近くかかるのだが、それでも僅か五分弱で第二城郭門前へと到着した。
第二城郭門前は、人が溢れていた。
いきなり大量の人間が現れ、更には騎士と捕縛された数十人もの人間も一緒なのだから、騒ぎになるのも当然と言えた。
もっとも、捕縛された者たちは、指示された通り皇都騎士団に引き渡されたのか姿は見えず、騒いでいる民衆を騎士団員たちが騒動にならないように抑えているのが見て取れた。
そこに現れた竜を見て、騒がないはずが無い。騎士団員たちも上空を見上げて唖然としていたが、中から民衆の外側へ出てきたダリアとコンラートとラルフが跪くと、騎士団員達も戸惑いつつも跪いた。
竜王は人化しつつ滞空位置を少し下げる。人化した際にはアリスティアを腕に抱え直したが。
「ダリア、コンラート、ラルフ。大儀であった」
「「「ありがたき幸せ」」」
三人の声が重なる。
「皇都騎士団か。隊長は誰だ?」
三人の後ろで跪く騎士の一団に声を掛けると、一人の青年が顔を上げた。
その顔には、畏怖と戸惑いの色が浮かんでいた。
「恐れながら私でございます、皇太子殿下」
「名を申せ」
「は。ダニエル・エリアス・セル・オルシーニです」
「オルシーニ隊長。突然の事態にも関わらずよくぞ民を暴徒にせず落ち着かせた。その手腕、称賛に値する。捕縛した者どもを良く取り調べよ。詳細は後でこちらから皇都騎士団の本部に届けさせる」
「御意」
「民たちよ。突如として転移させた事は詫びよう。然しながらあの場に置いた場合、危険が及んでいたゆえ、緊急措置としてここに転移させた。
今から元の孤児院の中庭に再転移させる。孤児院からだと自宅が遠くなる者はこの場から去るが良い。孤児院に近い者はこの場に残れ」
滞空したままの皇太子を、畏怖の目で見ていた民衆は、言われた内容が理解できるまでに時間がかかったが、理解した途端、騒めきながら動き出した。
半数以上が第二城郭門前の集団から離れたのを見届け、その更に半数ずつをアリスティアと協力して転移させる。
オルシーニ隊長に、この後の第二城郭門前の処置を命じ、帰りはダリア達も連れて転移で孤児院まで戻った。
孤児院の中庭で、アリスティアが囲まれない様に近衛隊に命じて民衆を自宅に帰らせる。
その上で、中庭の真ん中に子供たちを集めて並ばせ、漸く地上へと降り立った。
「さて、子供たちよ。少し邪魔が入ってしまったが」
少しってレベルじゃない! と、クロノスがいたらツッコんだであろう事を皇太子は平然と述べる。
「我が婚約者への剣の指導は見たと思うが、満足させられたかね?」
皇太子は無表情で、願い出た子供の顔を見つめた。見られた子供は、体を竦めつつ頷いた。
それを見た皇太子は、更に子供たちを見回した。
「我が婚約者殿は、現在高等科二年生で、騎士コースを選択中だ。令嬢でも一ヶ月鍛錬を続けていればこのくらいは動けるようになる。剣士としての動きはまだまだだが、魔術師としては超一流の我が婚約者殿が、魔術を交えての魔術騎士としての動きなら、二流の上位くらいには評価してもいいと思っている」
そして一息つき、更に言葉を続けた。
「中等科・高等科の騎士コースは今年からの始動で、まだまだみんな基礎ができていない。しかし、中等科の騎士コースを経て高等科の騎士コースに進む者が出始め、その者たちが卒業する数年後は、騎士団が強くなるだろう事は想像に難くない。
子供たちよ。そなたらも、良く勉強する事で騎士団への道が拓ける。
騎士団だけではない、大商会の幹部、学校の教員、国の官僚や地方領主の領地経営の補佐官など、進む道が広がる。時間を見つけて良く勉強せよ」
皇太子は無表情に子供たちに伝えた。
「……だよ」
ボソリと呟かれた声は、その内容までは伝えなかったが、敵意が込められている事は明らかだった。
その声のした方に、皇太子は顔を向けて視線を飛ばす。
「不満があるなら申せ。ただし、我が婚約者殿を貶める言葉が聞こえた場合、私が平穏でいられる保証は無い」
あくまでも無表情で告げる声は硬い。内容は脅しで、とんでもないものだ。
アリスティアは内心、頭を抱えたくなった。
「……俺たちは、勉強をしている暇はないんだよ! そんな余裕のある暮らしをしてる訳じゃないからな!」
「私は、"時間を見つけて"と言った筈だが? 勉強したくないなら無理に勉強せずとも良い。勉強し、自らの生活を向上させる気概のある者には奨学金を与えて勉強する環境を整える用意がある。
良く勉強し、先に進む気概のある者は、我が婚約者殿のように飛び級で更に上の勉強をする事ができる環境も整えてある。
だが、現状に甘んじ、自ら努力もせず不満しか吐かないような者まで国が助ける事はできない。
それこそ努力した者に対する差別になるからな。
言う事がそれだけなら私がお前に言うことはない」
皇太子はそれまで無表情だった顔に、ほんの少しの不機嫌さを滲ませた。
それだけで劇的に表情が変わったように見えた。
それは、他者からは圧倒的な不機嫌顔に見えたのである。
アリスティアは内心、焦る。
どう声をかけようか、と。
しかし、ルーカスが告げた内容は正論であり、そこに口を挟む道理もない。
努力しない者まで助けると、怠け者が得をする世の中になってしまう。
病気や老いで仕事できないのと訳は違うのだから。
色々考えてみたが、今は口を挟むべきではないと判断し、アリスティアは沈黙を継続することを選択した。
その後、皇太子が娯楽の品を後で寄付する旨をブライト院長に伝え、孤児院を後にした。
馬車の中に入って、アリスティアはやっと皇太子の腕から降ろされ、馬車の席に座ることができた。
だが、皇太子が妙に不機嫌なままで、アリスティアに目を合わせず馬車の外を見ている。
不安になったアリスティアが、皇太子の腕をそっと掴んだ時に、やっとアリスティアに気がついた様に見て、慌てて頭を抱えてきた。
今までにない事で、アリスティアは不安を拭いきれなかった。
結局、馬車の中では何も言えず、孤児院の補助についての考えを言えたのは、翌日のことだった。
怪獣大決戦になりました(^_^;)
元から考えていたネタではありますが、表現が結構大変ですね。
アクション系を得意とする作家さんは尊敬します。
ここまで読んでくださりありがとうございます!





