第80話 初めての公務、初めての視察③
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ルーカス視点です。
まだ公務が終わりません(^_^;)
やがて応接室に先程指示された職員が戻り、子供たちを中庭に集めた旨を報告した。
それを機に中庭へと移動する。
アリスティアをちらりと視線だけで見ると、歩き方は何時ものお淑やかなものではなく、軍人めいて背筋はピシリと伸び、大幅に足を運んでいた。剣帯に挿した片手剣は、先日アリスティアに合わせて作ったもので、鞘を白にしたお陰で飾剣にしか見えていない。まあ、剣自体は本物ではあるが、アリスティアの剣の腕前はまだまだの為、抜剣しても敵に対しての威嚇にもならない。殺気も覇気も何もないのだから。
視線をアリスティアから前に戻す。
廊下の途中にあった扉から中庭に出ると、子供たちが行儀良く整列していた。
その子供たちの視線は、皇太子とアリスティアに向けられており、隠し切れない興味が溢れていた。
その視線に──アリスティアに向けられた視線の中に微かに敵意が混じっている事に気がついた。どの子供からだろう、と注意深く意識を"狭める"。
皇都全体からこの辺一帯へ、更に孤児院の敷地内から子供たちの一団へ。スーッと焦点が合う様に意識野が鮮明になる。
──見つけた。
子供たちの集団の後ろの方に立っている、もうすぐ成人になりそうな少年が、アリスティアを睨んでいた。
子供たちの前に立つ。
アリスティアの肩を抱く。
彼女を矢面に出す気は無い。
だから、ほんの僅かの間だけ威圧を放った。自分を見ろ、と。
瞬間、この場にいた子供たちと職員が怯む気配がした。
もちろん、アリスティアに敵意を向けていた少年もだ。
知らず、口の端を片方持ち上げていた。
「皇太子殿下とご婚約者のバークランド公爵令嬢アリスティア様にあらせられます」
ダリアの柔らかい声が場に流れる。
「子供たちよ、不自由はないか? 何かあれば申せ」
子供たちの集団を見回すが、何も言わない。やはり普通の子供はこんなものだな、と落胆するでもなく考える。貴族でもないのだから、これが通常だろう。
もう一度、ゆっくり子供たちを見回す。
すると、一人の女の子がおずおずと口を開いた。
「あの……不自由ではないんだけど……楽しみ……が、足りなくて……」
なるほど、迂闊だった。こういう施設では生活必需品が優先で、娯楽のような楽しめる物は後回しにされがちだろう。娯楽とは、生活に余裕のある者が手を出すものなのだ。
「ふむ。娯楽が足りないか。良かろう。後で届けさせよう」
少女は顔を真っ赤にして小声で謝意を伝えて来た。
「あの、お願いがあるんですけど……」
もう一人、おずおずと声を上げた者がいた。アリスティアよりは年下の少年だった。
「ふむ。申してみよ」
「えっと……アリスティア様、が剣を持ってるって事は、剣術ができるって事でしょ?
僕、剣術の試合が見たいんだ。皇太子様とアリスティア様の試合、見てみたい!」
興奮した様にきらきらと目を輝かせて願いを告げる姿は、アリスティアを彷彿とさせた。
「ふむ。良かろう。だが試合という形ではなく、私がアリスティアを指導するという形にする。私と彼女の実力が離れ過ぎているからな。
ティア、行けるな?」
「皇太子殿下! また無茶振りを!」
「だがティアならできると思うぞ? 型は毎日素振りしておるだろう? たまたま今日は近衛儀仗兵の制服だしな」
「やはりこの衣装は近衛儀仗兵でしたのね。
ええ、もうわかりましたわ。やればいいのでしょう? やってやりますとも!」
「と、いう事だ。ブライト院長。子供たちを脇にどけてくれ。
ティア。今回は魔術騎士の動きで行くぞ」
「いきなり魔術騎士の動きですか⁉ 皇太子殿下は鬼畜ですわ!」
横では院長が子供たちを真ん中から離れるように先導していた。子供たちは大人しく指示に従って移動していく。
二人は子供たちが退いた中庭の真ん中に移動すると、抜剣して相対した。
「鬼畜とは人聞きの悪い事を。魔術はティアの得意とするところだろう?」
「そうですが、まだ本格的な指導も受けていないのに、ここで殿下自ら指導なさるとか、畏れ多くて身が縮こまりますわ」
「思ってもいない事を申すな」
皇太子はニヤリと笑う。アリスティアと手合わせする事が心底楽しく思えた。その間だけは、アリスティアのすみれ色の瞳に映るのは自分だけになる。それが心躍る事だと、今更気がついたのだ。
「マティアス、立会を」
「御意」
型通りに剣を構える二人は、じっと待っていた訳ではない。身体強化を掛け、武器強化を掛け、と、やれる範囲の強化を掛けまくった。
「では……始め!」
皇太子の専属護衛であるマティアスの掛け声で、二人は動く。
直線で、体を低くし飛ぶように距離を詰めて来たアリスティアの剣筋に、自分の剣を"置く"ようにして防ぐ。
「剣筋が素直過ぎる。実戦では読まれるぞ」
防がれたアリスティアは、一歩飛び退り、今度は大上段から剣を振り下ろしてきた。それをまた、剣を"置く"ように防ごうとして違和感に気が付き、瞬時に飛び退る。アリスティアの剣は、風属性魔術で剣速が瞬時に上がっていた。
「補助魔術か。悪くない」
アリスティアは飛び退った皇太子に向け、横薙ぎに剣を払うとすぐ様防御魔術を発動した。
アリスティアの横薙ぎの剣からはかまいたちが発生し、それを防御結界で防いだ皇太子が逆にアリスティアに向けて水刃を放ったが、アリスティアの構築した光の盾に弾かれた。
また低い姿勢で飛ぶように距離を詰めて来るアリスティアを、跳躍する事で避ける。
即座に炎弾を複数放つアリスティア。
その間に皇太子の着地予測点へと駆け寄る。
そのタイミングを見計らって剣を振ると、アリスティアの剣と交差する甲高い音が響いた。
着地してから即座にアリスティアの足元に爆破魔術を複数展開する。
それを、何度も飛び退る事で回避する彼女に、地を蹴り低い姿勢で飛ぶように接近して下段から上方に剣を振り抜く。
それをなんとか回避したアリスティアは、しかし頬に傷を受けていた。それをぐいっと乱暴に拭うと、油断なく剣を構える。
「ティア、なぜ空中戦を行なわぬ? ティアは魔術師だ。それも、戦略的魔術師だぞ。自分の優位性を活かすなら、空中戦であろう?」
「まだ人間をやめたくはありませんもの!」
「そうか。ならばこうしようか」
そう言うと皇太子はアリスティアの足元とその周辺を埋める様に爆破し始めた。
「うぐっ!」
周囲を隙間なく爆破されては堪らない。
アリスティアは已む無く空中に逃れた。
だが皇太子はそんなアリスティアを追って空に飛び上がる。
アリスティアに接近すると、剣を交え、すぐに氷槍を展開して射出する。アリスティアはそれを、飛び回る事で回避し、剣を構えて突撃して来た。
それを難なく躱し、即座にアリスティアの進行方向、直前に光の盾を展開させる。
ゴン、と派手な音がして、アリスティアが頭を抱えて痛みに悶えていた。
「隙があるぞ、ティア。盾の使い方は盾だけではない。壁としても使える。今の様にな。ぶつからない様にするなら、結界を体ギリギリに張るだけではなく、体の周囲五〇センチ程度にも張るのが良い。
それから、敵の周囲を飛び回るのならその間に攻撃魔術を仕掛けるのも忘れてはならぬ。
その飛び回るのも、二次元的な動きではなく立体的な動きで敵を撹乱するのだ。それこそが優位性を最大限に引き出す」
滞空してアリスティアに時間を与える。
下からは、子供たちが「空飛んでる!」「浮かんでる!」「女の子が頭ぶつけた!」など、興奮している声が聞こえてきている。
「ティア、痛みで動けないのはわかるが、戦場ではその隙が命を落とす。動けないなら多重結界を張って攻撃を受けない様にしろ」
皇太子がそう言った途端、アリスティアの周囲に光の盾が何枚も現れて、それが蜂の巣の様に組み合わさり彼女を囲んだ。
多重結界ではないが、まあ良いだろう。
「痛みが収まったら仕掛けてこい」
そのまま滞空し続ける。
「剣士としての動きに、魔術師としてどう魔術を絡めるかを考えろ。既に魔術師のトップにいるティアなら出来る」
そう話しかけた瞬間、アリスティアの光の盾が消え、皇太子の周囲を氷の刃がまるで鳥籠の様に取り囲み、そのまま皇太子の周りを回り始めた。
一瞬、そちらに気を取られたが、直後に矢の様に飛んで来たアリスティアが振った剣を弾くと、そのままアリスティアは皇太子の背後に飛んで行く。それを追い掛けようとした時に、周囲を回っていた氷の刃が一斉に彼を襲ってきた。それを一部は剣で弾き、残りは防御魔術で弾く。
(悪くない。動きはまだ単調だが、魔術を組み合わせた場合、それが相手の油断を誘う)
ならば教えるのは。
「ティア。剣術の腕の稚拙さは、魔術で補え。
剣術の動きで相手の油断を誘えるから、そこに中級か上級の攻撃魔術でとどめを刺せ」
それを聞いたアリスティアが、また突っ込んでくる。その剣を弾き、自分の背後に飛び去ったアリスティアを追い掛けようとしたら、水の竜巻が──水の竜巻ではない、水がまるで刃のように切れ味良く襲い掛かるこれは、恐らくはアリスティアの新魔術だ。回転が水の竜巻のそれよりも速い。しかも全方向にあるから抜け出せない。
即座に身を縮こまらせ、結界を張る。
ところがその結界は五秒しか保たなかった。
結界がズタズタに引き裂かれる直前、新たな多重結界を張る。それを更にいくつも重ねる。多重結界の多重掛け。そうしてから脱出を試みる。
多重結界が残り二枚となった時点で脱出が成功した。
面白い。これだからティアに色々と教えるのが楽しい。
皇太子は興奮していた。
だから、民が孤児院の敷地内になだれ込んで中庭に来たのを無視してしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!





