第79話 初めての公務、初めての視察②
いつも誤字・脱字報告、ありがとうございます。
とても助かります!(*^^*)
思ったより長くなったので、また分割です(^_^;)
馬車はゆるゆると進む。
「ティア。民たちがティアの事を噂しているぞ。あの可愛らしい令嬢は誰なのか、と」
「っか、可愛らしいとか、ななな何を仰るのですか!」
「ティアは可愛らしいぞ。いや、それよりもだな。民がティアに興味を持ったらしい。馬車の後を追いかけて来ているようだ」
「なぜわかりますの?」
「我は竜王だぞ? 我の耳はよく声を拾う」
つまり、馬車の外の声もよく聞こえるという事か。追い掛けられているとなると、どう動けばいいのかわからない。
困ったなぁ。
そんな思いが顔に出ていたようで。
「大丈夫。ティアは我の横にいれば良い。心配せずとも良いのだ」
そう言って、頭を撫でてくれた。
皇太子は、アリスティアの事には人一倍どころか三倍以上気にかけてくれてる気がする。それが嬉しくて、でもこそばゆい。
照れてしまって何も言えないから、少しでも伝わる様に、ルーカスの腕に抱き着き、頭を擦り寄せた。
皇太子がそんなアリスティアの様子を見て内心動揺していた事を彼女は知る由もない。
「ティア、もうすぐ視察先の孤児院に着くぞ」
ルーカスの声が、アリスティアに告げてきた。
アリスティアは弾ける様に腕から離れ、姿勢を正した。
馬車は孤児院の前に着いた。
外から今回の護衛隊長の近衛騎士が扉を開ける。皇太子が先に降り、手を差し出してきた。その手に自分の手を重ねると、強い力で引っ張られ、あっと言う間に横抱きにされ、それからゆっくりと降ろされた。
一瞬、何をされたか分からなかったが、その後、お姫様抱っこされた事に気が付き、瞬時に顔が熱くなった。心臓もバクバクし始める。
文句を言おうにも、口は開くが言葉が出て来ない。無様にパクパクと開閉するだけの役立たずの口は要らないから、ちゃんと文句を言える口が欲しい。
そう思っていると。
「ティア、落ち着け。民の前だ」
皇太子が小声で注意して来たので、気力を総動員して深呼吸し、別の事に意識を向け、顔の熱を下げる努力をする。これで赤らんだ顔が元に戻るのか分からないけど。
しかし、意識を別に向けた事が良かったのか、少しして心臓の鼓動も元に戻り、顔の熱も引いた。
周囲に目を向ける余裕が出来たアリスティアは、馬車の周囲が異様な熱気に包まれているのに気がついた。
と言っても、彼女たちの周囲は、馬から降りた近衛騎士たちとアリスティアと皇太子の専属護衛が取り囲み、彼女たちを守っている。
熱気は、その外側から流れて来るようだ。
「民が集まっているな。ティア、民の姿が見えたら、手を振ってやれ。今のティアの立場は、皇太子ルーカスの婚約者、だ」
「わかりましたわ」
アリスティアは一言、答えると、姿勢を正した。
先に降りた皇太子の手を借りて馬車から降り、肩を抱かれて孤児院の門の中に入る。
玄関前には、孤児院の職員と思われる中年の女性が数人立っていたが、皇太子とアリスティアが近づくと、一斉に両膝をついて跪いた。
「出迎えご苦労。立つが良い」
「ありがたき幸せ」
女性たちは立ち上がると、柔和な笑みを浮かべた。
「本日は、皇太子殿下並びにご婚約者様のバークランド公爵令嬢アリスティア様が視察にいらっしゃいました」
今日はアリスティアが一緒のため、侍従を連れて来なかったので、侍従の代わりにダリアが紹介する。
その言葉を受けて、女性たちの真ん中にいた女性が代表で紹介していく。
「──そして私が、この孤児院の院長を承っております、エマ・ブライトと申します。では中をご案内いたします」
ブライト院長が職員の紹介を終えると、踵を返して中に入っていく。その後を他の職員がついて行き、更にその後をアリスティアたちの一行がついて行った。
ダリアが先導し、その後ろを皇太子とアリスティア。左に竜人のマティアスと狼族獣人のカテリーナ、右に竜人のイザークと虎族獣人のユージェニアが守りの位置に立ち、後ろに獣人と竜人の近衛騎士が配置につく。
他の竜人と獣人の近衛騎士たちは、孤児院の入り口で警護をしていた。
あちこちの部屋を見せて貰い、子供たちの寝室も見せてもらった。
一部屋に二段ベッドが四組あり、八人が寝起きしているようで、少々臭いが籠もっていたが、思ったほど不潔ではなかった。ただ、ベッドを見ると薄い布団に薄い掛布しかなく、これでは冬は寒いだろうと思われた。
それを聞いてみると、毛布があるという。今は季節外なので、毛布は仕舞ってある、と説明された。
薄い掛布も古くて擦り切れていたので、毛布も多分、似たような状況だろう。
アリスティアの私財──トレーディング・カードの売上の一部がアリスティアへ特許料として入って来る。それが彼女の私財となっている──から寄付してもいいのだが。
それは一時的なものに過ぎず、無くなればまた運営資金に困る事になるだろう。
こういう孤児院は、貴族からの寄付と、孤児院が行うバザーでの売上が運営資金になる。バザーに出される商品は、良くあるのが薬草茶の茶葉や男の子が作る木彫りのアクセサリー、女の子は古着へ刺繍したり編み物をしたりして商品を揃える。もちろん、それだけでは足りないので、貴族から不用品の寄付も受け付けている。そうして集めたものを、半年に一度のバザーで売る。
しかし、そうして努力しても、運営資金はいつもカツカツなのが現状なのだ。なにせ孤児院は、育ち盛りの子供たちを食べさせなくてはならないし、衣服も最低限ではあるが用意しなければならないのだから。
更にいうと、職員の給料も必要になる。バザーでの売上なんて、雀の涙だ。それでもバザーを開催するのは、周辺住民との付き合いの為であるし、子供たちの為でもある。
孤児院へ居られるのは成人前まで。成人したら出なければならない。だからこそ、周辺住民との関係を良好にしておけば、子供たちが一〇歳になった際の就職で受け入れて貰えるのだ。
就職する事は、犯罪抑止にもなる。
ただ、今のままだと孤児院毎に差が出てしまう。いや、既に出ているだろう。国からの補助がなければ、貴族の地位に応じた金銭の寄付しか受けられない。
であれば、アリスティアがやれる事は。
「皇太子殿下。明日の政務に提案したい事ができましたわ。帰りの馬車の中で聞いていただけますか? もし無理なようでしたら、書類に纏めず補佐官同士で議論をしたいですわ」
「ふむ。何か思いついたか」
「はい。孤児院の現状を少し改善する方法を」
「わかった。ティアの素案を帰りの馬車内で聞こう」
「ありがとう存じます」
二人の会話を聞いていたブライト院長は、驚きに目を瞠っていた。
皇太子の婚約者として紹介された少女は、どう見ても子供にしか見えないのに、先程から寝具の事を聞いて来たり、今は「孤児院の現状を少し改善する方法」を提案? 政務で提案と言っていたような気がする。しかしどう見ても、子供にしか見えない。
「ティア、質問があれば今のうちに聞いておいた方がいいぞ」
「わかりましたわ。ブライト院長、この孤児院は、現状、何人の子供を預かっておりますの?」
「現在、四〇人ですわ」
「内訳は?」
「二歳が二人、三歳が四人、五歳が三人、六歳が五人、七歳が三人、八歳が六人、九歳が七人、一〇歳が二人、十一歳が三人、十二歳が三人、十三歳が二人、十四歳が二人です」
「学園の初等科に通わせておりますか?」
「もちろん、通わせております。皇太子殿下の推進され」
「教育政策は、すべてバークランド公爵令嬢アリスティアの提案によるものだ。教育内容の精査にも全て関わっている」
ブライト院長の言葉を遮り、皇太子は何でもない事の様に話した。
ブライト院長は告げられた内容に驚愕した。
提案は婚約者の少女だという。しかし、初等科の前の学習所は確か三年前にできた筈。
「皇太子殿下。わたくしの事は良いのですわ。教育政策は殿下のお名前で施行されておりますから」
「ティアが推進した政策ではないか。未来の皇太子妃なのだぞ、ティアは。実績を無かった事にしたいタヌキ共の嫌がらせだ。ならば、市井を周っている時にでもバラせば、タヌキどもの思惑を外せる」
皇太子は不満げに漏らす。
「殿下。私が未来の皇太子妃である事と、ここで時間の無駄を費やすのは何か関係がございますの? 今は視察の時間ですわ。現状を確認し、改善点を洗い出して政策の提案に繋げる事がここでは必要ですのよ」
アリスティアがそんな皇太子に反論する。
まだ子供の筈なのに、皇太子に対して毛ほども怯んでいないのを見て、エマ・ブライトは密かに称賛を贈っていた。
「ティアは真面目だな。今日くらい皇太子補佐官ではなく、婚約者でいて欲しいのだがな」
「仕方ありませんわ。政策案を思いついてしまうんですもの」
「私は優秀な婚約者を持てて幸せだ、と言えばいいのかな?」
そう言うと皇太子は楽しそうに笑った。
「では改めて、先程の話の続きですが。初等科には通わせているようですが、中等科には進学したいと希望を出す子供はおりませんの? 中等科と高等科は、進学したい者には奨学金を付与しておりますわ。中等科は知りませんが、高等科には現在、奨学生が二年生に二名、一年生に三名在席しておりますの。彼らは良く学び、成績も優秀ですわ」
「ここの孤児院では今のところ、進学希望者はおりませんわ。みなが就職希望ですの」
「それは残念ですわ。初等科卒業では就職に必要な資格は得られませんが、中等科では商業コースと騎士コースがあり、それぞれ卒業時には資格が与えられますの。商業コースでは小規模商店の開店許可資格が、騎士コースでは準騎士資格が与えられる事になっておりますわ」
「まあ。では奨学金を貰いながら資格を取れるという事でしょうか?」
「そうですわ。高等科では、普通科コース、官僚コース、教育コース、商業コース、魔術師コース、騎士コースに別れておりますの。
官僚コースは卒業時には官僚として出仕できる資格が与えられます。
教育コースは学校の先生を目指す人の為のコースですわね。
魔術師コースは、宮廷魔術師の育成コースですわ。
騎士コースは、騎士を目指すコースですが、魔術騎士の育成もいたしますの。
成績は常に学年で一〇位以内を取らなければなりませんが、孤児でも官僚や騎士を目指せますのよ。進学希望をする者が現れたら、後押しをしていただきたいんですの。その為には、一〇歳での就職で得た給料を孤児院の経営に回さなくていいように、わたくしたちが政策として後押しできる環境を整えるつもりですわ」
少し興奮してまくしたててしまったアリスティアだったが、ハッとしてブライト院長を見やると、呆然とこちらを見ている。
やらかしたか、と思って皇太子を見上げると、頭に手を乗せられた。
……どうでも良いが、皇太子は百九〇センチ超えの美丈夫である。漸く百五〇センチを超えたアリスティアでも、まだまだ見上げねばならないのだから、育ち過ぎだ、とアリスティアは思った。
「ティアは間違った事は言っておらぬ。ただ、ティアの愛らしい姿で子供だと侮っておる奴らがティアの知識に驚かされて居るだけの事。"皇太子の婚約者"が、只の幼い子供であろう筈もないのだがな。皇妃教育を受けておるティアが、単なる公爵令嬢ではないと言うに」
そして可笑しそうにくつくつと笑う。
「ティア。そなたは政策として孤児院を後押ししたいのだな。その予算は何処から出す?」
アリスティアはこの質問が彼女を試しているのだと感じた。ならば受けて立つしかない。
「皇国の今年度の税収は、昨年度より上がる見込みですわ。恐らくは一割五分の大増収になるかと。そこから生活環境を整える為の予算が割り当てられる筈です。ヴァイセンベルク財務大臣筆頭補佐官でしたら、きっとその予算からこちらに回す分を割いてくださる筈ですわ」
そう答えると、皇太子は良くできました、とばかりにアリスティアの頭をぽんぽんと撫でた。
「ヴァイセンベルクは教育要項精査会議以来、ティアに心酔しておる様子だからな。予算に関しては心配無かろう。だがその前段階の提案書を通す見込みはあるのか?」
「ございます、殿下。優秀な人材を国の政治機構に取り込む為ですもの。長い目で見ると、皇国にとって利益を齎す政策であると自信がありますわ」
「では帰りの馬車内で詳細を聞こうか」
皇太子にとってはアリスティアのこの打てば響く様な聡明さは周囲に自慢したいものであり、年齢故に侮られる事の多い婚約者を周囲に認めさせる事が何よりの喜びと感じていた。
「さて、少し話が逸れたが。ブライト院長、そろそろ子供たちに会わせては貰えぬのかな?」
今いる場所は孤児院の応接室で、先程から、廊下から感じる抑えきれない興奮とひそひそと交わされる会話は、皇太子に対する興味とアリスティアに対する好奇心が含まれたもので、悪意は見られなかった。だから促したのだが、院長はビクッと肩が跳ねた。
「ブライト院長?」
もう一度、促す。
「……あの、悪戯な子供が多いので、不敬になるかと思いますわ」
「構わぬ。ティアに対する悪意が無ければ、子供のする事と許すぞ? それとも私はそれが出来ぬほど愚かだと思われているのか?」
「めめめ滅相もございません! 畏まりました。その様に仰って頂けるのでしたら、子供たちをお見せしましょう。ですがここでは狭いので、中庭におみ足を運んで頂く事になりますが」
「構わぬ」
短く了承の意を告げると、院長は傍らにいた職員に、子供たちを中庭に集めるよう指示を出し、少々お待ちください、と告げてきた。
子供たちを集めるには時間も必要だろう。
それに皇太子は耳が良い。何か企むとしても、この孤児院の敷地内であれば余裕で会話は拾える。
以前は無かった能力だが、年齢が上がった事でこの能力が開花したようだ。ならば、今後も何かしら特異能力が目覚める可能性はあるだろう。
皇太子は周囲の音を意識して拾いつつ、アリスティアの様子に注意を向けた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!





