第8話 公爵令嬢は登城する
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2019年12月9日 若干の修正
2020年6月6日 若干の修正
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父親と兄たちに呼ばれて父親の書斎に行ったところ、明日から毎日登城し、皇太子殿下の執務室に行く様に言われた。
「父様、わたくし、五歳ですわ。まだお仕事する年齢ではないと思います」
思わず反論したアリスティアだが、父親もエルナードもクリストファーも、なんだか遠い目をしている。
「アリス、ごめんね。これは決定事項なんだ。アリスが四大精霊王の愛し子になった時点で、身の危険が増してね」
「もちろん、エルナードも僕も、アリスを護る力を精霊に貸して貰えたから、全力で護るつもりだけどね」
「忘れたいかもしれないけど、皇太子殿下もまたアリスを護る力を水の精霊に貸して貰ってるんだよ」
「陛下からも、アリスティアを護る為にも皇宮においた方がいいと仰られてね。
四大精霊王の愛し子は、数千年ぶりだそうじゃないか。絶対にお前を攫って言う事を聞かせて精霊王の恩恵を自分たちのものにしようとする悪いやつが出てくるのが目に見えてるからね。三精霊の守護契約者が揃ってる皇太子殿下の執務室にいさせる事になった」
「あ、父上。本日夕方、ダリア・スレイシア・セラ・レシオと言う近衛騎士が殿下の執務室に来て、火の精霊王からアリスの守護をする様に要請されて、火の精霊との守護契約を結んだと言ってましたよ」
「レシオ侯爵家の次女だそうです。火の精霊の愛し子だったみたいですね。明日から、殿下の執務室に出仕して、アリスを護るそうです」
エルナードとクリストファーが伝えると、父親はなんとも言えない表情になった。
──というか、なんだか更に大事になってないだろうか。
アリスティアはため息を吐きそうになるのを堪えた。
「……四大精霊の守護契約者が揃ったのか。というか、火の精霊の愛し子が女性とはな。まあ殿下の気持ち的にはその方が都合がいいのだろうな」
溜息を吐きながら言う父親を見て、アリスティアは逃げられない事を悟った。
(殿下の気持ちって何だろう? あれよね、エル兄様とクリス兄様みたいな妹至上主義って事よね? うん、多分そうだわ。いつも兄様たちって私に甘いし。凄く甘やかされて、なんだかダメ人間になりそうなくらいだし)
アリスティアは幼い頭で考える。
自分に前世があるのは記憶が戻って知っているが、個人情報が一切思い出せない為に、考え方が少しだけ大人びるくらいで、恋愛方面の事は頭に浮かばなかった。
「父上、アリスの勉強ですが、家庭教師は身上調査をしてますか?」
「うん? ロベリオ侯爵家からの紹介だったから、特にしてはいないが?」
「なら良かったです。殿下が、教師は手配すると仰っていました。それで、アリスの教材を持って登城しろとの事です。殿下の執務室でアリスに勉強させるようです。殿下は午前中は帝王学を勉強されますからね。その時に、側でアリスに勉強させるようです」
「……余計な勉強もさせられそうだな」
父親のアーノルドが顔を顰めて嫌そうに言う。
「父上、諦めましょう? あの殿下ですよ」
「まだ諦めたくない」
「無駄な抵抗です、父上」
「お前たちはどっちの味方だ!」
「「アリスに決まってるじゃないですか!」」
「ぐ……仕方ない、明日からの支度に、アリスティアの勉強道具も追加しよう。あと、家庭教師のマチルダ夫人とボナンザ子爵には、他家への紹介文を書こう。アリスティア、もう戻っていいよ」
「はい、父様。明日から殿下の執務室に出仕します」
軽く頭を下げ、アリスティアは父親の書斎を後にした。
晩餐は食べ終わっていたから、あとはお風呂に入って寝る時間だ。
幼児だからか体力がなく、すぐに疲れて寝てしまう。
夜も、多分二十時過ぎには寝ていると思う。そして、朝早く目が覚めている。
暇だから、魔術書や歴史書などを読んでいたりするが、特に魔術書は面白い。前世では無かったものだから、覚えると魔術が使えるようになるのが楽しくて、どんどん読んでいっていた。
アリスティアは知らなかったが、魔術書を読んだだけでは普通は魔術を使えない。
その辺が、魔力が高く、制御が出来れば極めて稀な才能を持つ魔術師になれる、と言われた所以なのだが、制御を覚えた時点で魔術師の家庭教師は一旦辞めさせられていて、アリスティアが魔術を習う機会が無かった。
お風呂に入って、侍女から体と頭を洗って貰い、頭を乾かしてベッドに入った途端、アリスティアはすうっと眠りに入った。
翌朝、アリスティアはいつもの通り早朝に目が覚めた。
ベッド脇のサイドテーブルに置いてある魔術書を取り、侍女が来るまで読み始める。
今日は皇太子殿下の執務室に出仕しなければならない。
今まで「ルーク兄様」として接していたのに、なんだか存在が遠くなったようでちょっとだけ寂しい気がする。でも、皇太子殿下だから、馴れ馴れしく接するのは不敬に当たる。我慢して、きちんと接しなければ、とアリスティアはぼんやりと考えた。
そんな事をつらつら考えていたせいか、今朝は新しい魔術は覚えられなかった。
侍女がいつもよりだいぶ早い時間に起こしに来た。
「アリスティア様、部屋着にお着替えください」
ハーブ水を受け取って飲むと、侍女が部屋着を持ってくる。
これを着て朝食を食べてから、登城に際してまた着替えるらしい。
なんとも面倒だな、と思うけれども、それが貴族というものなのだから仕方なく従っている。
朝食の為に食堂に行くと、父親と兄二人は既にテーブルについていた。
「父様、エル兄様、クリス兄様、おはようございます」
「アリスティア、おはよう」
「「アリス、おはよう」」
双子の兄は、相変わらず息がピッタリだ。なんだか笑えてしまう。
「兄様たちは、本当に仲がよろしいのですね」
そんな事を言ったら、お互いに顔を見合わせた後、なんとも言えない変な顔をした。
「僕たちは、アリスがいるから仲がいいんだと思うよ」
「アリスがいなかったら、多分、競争で互いの足を引っ張ってたと思う」
「そんな。とっても仲がいいと思ってましたのに。喧嘩するのは寂しいです」
ちょっぴり涙目になりながら言うと、双子の兄たちは、慌てたように、
「今の僕たちはアリスがいるから仲がいいんだよ」
と言ってきた。
喧嘩しないし、それよりもアリスを護る為に連携する、と言う。
「約束ですわ、エル兄様、クリス兄様。喧嘩は嫌ですわよ」
「アリスを悲しませはしないよ」
「僕らはアリスを護る為にいるんだから」
「でも兄様たちも、ご結婚なさってくださいね? いくら公爵家は大兄様が継ぐとはいえ、エル兄様もクリス兄様も、貴族の義務は果たさなければなりませんわ」
「僕らのアリスは賢いね。五歳なのに、貴族の義務をしっかり覚えているのだから。他の貴族の子息子女に爪の垢でも飲ませたいよ。成人したのにそんな事もわからない輩が多すぎる」
「そうだね、エルナード。特に、サイリス伯爵のところのアホ坊や。次男だというのに、行動が不埒過ぎる」
「クリストファー。この話はまだアリスには早いよ。今はとりあえず朝食を食べたら登城の支度をしなきゃ。殿下が待ってるよ」
「あぁ。殿下は最近、残念美形になりつつあるな。いや、アリスが可愛いのはわかるけど」
(残念美形ってなんの事? 残念イケメンの事かしら? しかも私が関係してるの? 理不尽だわ。解せぬ)
アリスティアはなんだか腑に落ちない気持ちのまま、朝食に手を伸ばした。
テーブルに並んだ料理をちまちまと食べていたら、父親はともかく、双子の兄たちがなんだか顔を真っ赤にして手を口元に当ててぷるぷる震えていた。何だろう、風邪でも引いたのだろうか、とアリスティアは訝しんだが、どうも風邪を引いた訳でもなさそうで、変なの、と横目でちらりと様子を窺った。
朝食が終わって、果実水を貰って飲んでから侍女を伴って部屋に戻り、登城用のドレスに着替えた。
ふんわりピンクの、凄く可愛いドレスで、アリスティアに似合っていた。
多分、前世の自分には絶対に似合わないだろうと思う。
着替えて少ししたら、父親が呼びに来た。
いよいよ登城だ。緊張する。
「父様。兄様たちについて行けばよろしいのですよね?」
「アリスティア、大丈夫だよ。エルナードたちがついているんだから。勉強道具は、侍従に持たせたからね。殿下にくれぐれも失礼のないようにね」
「ああ、父上。それは悪手ですよ。殿下は機嫌が悪くなると、僕らに更に難しい仕事を割り振るから、アリスには今までと変わりない態度が求められると思います」
「……ちなみに聞くが、今までと変わりない態度ってなんだ?」
聞きたくない、という態度で、それでも問いかける父親に、エルナードに変わりクリストファーが答える。
「そんなの決まってます。ルーク兄様って呼んで貰いたがってますよ。言わないけど、ピクニックの時に、アリスが殿下呼びしたら、この世の終わりのような顔をしてましたから。そして、昨日までの僕たちは、仕事で修羅場にいましたからね」
「…………」
表情の消えた顔で、父親は半眼になった。
聞きたくなかった、とありありと顔に書いているようで、アリスティアもどうしようかと悩む。自分が教えられてきた貴族子女としての態度は、王族や皇族などの最高身分の一族には最高礼を行い、敬意を表すのが礼儀。
しかし、兄たちが修羅場になるほど殿下の機嫌を損ねたら、それはそれで兄たちが可哀想である。
(どうすればいいの、私は)
困惑しているうちに、馬車は城に着いた。
城門では、父親と兄たちがいるから、サクッと通過出来た。
城の馬車寄せで降り、いよいよ兄たちに連れられて皇太子の執務室へ向かう。途中、すれ違う官僚や貴族から好奇の視線を向けられるが、兄たちに伴われているので話しかけられる事も無かった。
そして、とうとう皇太子の執務室に到着したようだ。
緊張でガチガチになりながら、兄二人に促されて中に入ると、皇太子ともう一人、騎士服を着た女性がいた。
「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。アリスティア・クラリス・セラ・バークランド、ご命令通り登城いたしましてございます。本日から、よしなにお願い申し上げます」
ガチガチになりながら、とりあえず挨拶をし、カーテシーを行う。
「……面を上げよ」
皇太子から許しを得て顔をゆっくり上げると、殿下はなんとも言えない、寂しそうな顔をしていた。
女性騎士は、驚いてこちらを凝視している。
「ティア、堅い挨拶はそこまでにして、あとは今まで通り呼んで欲しいのだが」
「しかし殿下、皇族への馴れ馴れしい呼び方は不敬になります」
「私がいいと言っているのだ。構いはせぬ」
「ですが……」
「アリス、殿下が仰っているんだから、殿下の言うとおりにしなさい。というか、従ってくれないと、兄様たちが地獄を見るんだ」
「兄様たちを可哀想だと思うなら、殿下の要望を聞いてやって。じゃないと、兄様たちが修羅場になる!」
「もちろん、この場にいるこの五人以外の人がいたら、普通に礼儀を弁えた呼び方でいいから。お願いだから殿下に従って!」
「この残念美形は、このところずっと機嫌が悪かったんだ。お陰で僕らは毎日地獄を見てたよ……」
「お前たち、最近、本当に遠慮が無いな!」
「殿下に遠慮してたら、アリスを護れませんからね!」
「僕たちは、アリスを護る為に守護契約を結んだのだから」
「守護契約は私だけだと思っていたのに!」
「残念でしたね、殿下」
「というか、早く彼女を紹介してあげてくださいよ。アリスが緊張を解けない」
「あ、ああ。ティア、こちらはダリア・スレイシア・セラ・レシオ。近衛騎士だ。火の精霊の守護契約を受けた、ティアの護衛だ」
「ダリア様、お初にお目にかかります。バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドですわ」
「アリスティア様、初めてお目にかかります。レシオ侯爵次女、ダリア・スレイシア・セラ・レシオでございます。アリスティア様の守護を、火の精霊王に要請されました。本日より、アリスティア様の護衛任務に当たります」
騎士の礼を取り、ダリアという女性は挨拶をしてくれたのだが、その内容に仰天する。
(自分の護衛を、騎士様が行う⁉ しかも、護衛は火の精霊王からの要請⁉)
「ええと、ルーク兄様、でよろしいですか?」
「ああ、構わない」
アリスティアが呼んだら、凄く嬉しそうな顔をして笑み崩れた。
兄様たちが残念美形と呼んだ訳がわかった気がするが、とりあえずそれは後回しだ。
「わたくしに護衛など必要ありませんわ。護衛が必要なのは、皇太子殿下であるルーク兄様ですわ。なぜ公爵令嬢でしかないわたくしに護衛をつけますの?」
「…………エルナード……説明しなかったのか?」
皇太子が目を細めて傍らのエルナードに顔を向ける。
「殿下、アリスは自己評価が極めて低いのです。説明しても理解しません。水の精霊王が、先日のピクニックの時にアリスに懇切丁寧に説明してたのにこの有様ですからね。自分がどれだけ価値があるのか、理解していないのです」
「仕方ないな……ん、ティア、命令だ。護衛を受け入れよ」
「はい、皇太子殿下の仰せのままに」
「ティア、あとは今まで通りに呼べ。呼ばなければエルナードたちにたくさん仕事を割り振るから」
「殿下の横暴!」
「鬼畜!」
「うるさい! 可愛いティアのお願いや我儘が聞けないのは凄く衝撃的なんだぞ!」
「残念美形!」
「人の妹を自分の妹の様に可愛がるなんて、横暴過ぎる!」
「エルナード、残念美形ってなんだ! クリストファー、横暴じゃない! 私の権利を主張してるだけだ!」
「どこに殿下の権利があるんですか!」
「アリスを可愛がるのは僕ら兄弟の権利ですけど、殿下にはそんな権利は無かったと思いますけど⁉」
「大丈夫だ、宰相に許可は取ってある!」
「やっぱり権力を振るっていた! 横暴じゃないか!」
「適切な権力の振るい方だと思うがな?」
「何処が適切ですか!」
「あの、殿下方。アリスティア様が驚いておりますが」
目の前で繰り広げられる茶番に、どうしようかと思っていたらダリアが止めてくれた。皇太子より年上らしいからとっても頼りになるお姉さまである。
(でも、エル兄様とクリス兄様が、あれだけ殿下と馴れ馴れしく口を利いているのだから、私もルーク兄様って呼んでも大丈夫みたい?)
「エル兄様、クリス兄様、ルーク兄様。今日の予定はどうなってますの?」
思い切って呼びかけたら、殿下が凄く嬉しそうで、それを見たアリスティアもなんだか嬉しくて。昨日感じた寂しさが、どこかに飛んで行ってしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!