第78話 初めての公務、初めての視察①
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ルーカスに成層圏へと連行され(アリスティアの意思確認が無かったから連行だろう)、説教を有耶無耶にされ、でも素敵な景色をまた見せて貰い、なんだか皇太子の行動でアリスティアの心臓がバクバクした日。
その日から数日が経ち、安息日である今日。
アリスティアは初めての公務で孤児院の視察に行く事になっている。
その為に朝から準備をしているのだが。
「……なぜこの衣装ですの?」
皇太子が、アリスティアに着るように渡して来た衣装は、いつぞやの竜の国で着たアリスティア用の軍服に形が似ているもので、どこからどう見ても、皇国の近衛騎士の騎士服を弄った様に見える。しかも、女性騎士隊の第二大隊のものではなく、儀仗騎士隊である第一大隊のものに酷似していた。
「今日の視察は孤児院だから、ティアがドレスで行ったら悪ガキがスカートを捲くるかもしれぬのでな。急遽作らせた」
皇太子は何でもない事の様に言っているが。
頭が痛くなって来た。中三日で作らせるとは。
上衣は白で、袖口と襟と裾は真紅の帯で縁取られ、前身頃はダブルボタンで、そのボタンは金色。ボタン列の両外側も真紅の細い帯が上から下に飾られている。右肩には金モール、左肩には太腿までのペリース(肩マント)が付いており、外側は白で裏地は緋色となっていた。上衣の左胸にはフォルスター皇国の皇家を示す吼える獅子の右横顔がオレンジイエローの刺繍糸で縫い取られている。
上衣の腰部分には幅広の黒いベルトと剣帯。
キュロットスカートは白で、両脇に蔦模様が金糸で刺繍されていた。
キュロットスカートの下には黒いスパッツで、黒い編み上げブーツを履くようになっている。
「どれだけ無理をさせたのですか」
「その分、割増しで仕立て代は払っているぞ?」
しかめ面をしつつ訊くと、割増しで払っていると答えが。当然である。急がせて代金は同じとかあり得ないのだから。
だからつい何割増かと聞いてしまったが。
「今回は三倍払った」
さすがとしか言いようがなかった。
その答えを聞き、アリスティアは文句を言っても無駄だと悟った。ならば諦めてこの軍装を着た方がいいだろう。
アリスティアが着る気になったのを見た皇太子は、アリスティアの私室を引いた。
アリスティアが着替え終わり、髪の毛はフルアップに結い上げ、後ろ髪には地味なコームをつけた。本当は竜の国で作って貰ったサファイアとルビーがついたコームにしたかったが、視察先が孤児院の為、余り飾り立てるのもどうかと考えて装飾のないものにしたのである。地味に見えても皇室の装飾品であるから最高品質の素材を使ったもので見劣りしようはずもなかった。
衣装は、フォルスター皇国の近衛儀仗兵もどきのものを着なければならなかったが。こればかりは不満があっても諦めるしかない。
エルゼ宮の私室で待っていたら、着替え終わった皇太子が迎えに来た。
皇太子の衣装は、皇国軍大将の軍服だった。
黒い上衣は右肩から右胸にかけて金モールが三本。襟は真紅で金色の縁取りがされている。袖口も幅広の真紅で腕の黒との境に三本の金色の線。前身頃はダブルボタンで、そのボタンの色も金。ボタン列の両脇にも縦に金色の線が入っている。左胸には色々な勲章がいくつもつけられている。左肩からは外側が黒のマントが太腿まで伸びており、裏地は薄紫色。ズボンも黒で、金糸で脇に蔓草模様が刺繍取りされていた。軍靴もやはり黒で、足首から見えるのは編上げブーツのようだ。そのブーツの紐は金。
それらを纏う皇太子は、黒い艷やかな長髪を後ろで一本の三つ編みにして垂らしている。耳の後ろ辺りで一筋の水色が混じっているのがアクセントになっている。
金色の瞳はいつもは強い意志を湛えているが、今はアリスティアを見て柔らかく細められている。そこからは深く優しい愛情が感じられて、アリスティアは安心できるのだ。
「時間だから迎えに来た。ティア、まずは執務室に転移して、そこから馬車に乗って行く。ダリア、カテリーナ、ユージェニア、そなたらは馬に乗って馬車を警護せよ」
「「「御意」」」
五人で皇太子執務室へ転移し、すぐさま外へ出る。皇宮の広い廊下を歩き、宮殿の馬車寄せまで歩く。皇宮は安息日だからか、いつもよりかなり人気が少なく、時折すれ違う女官が、アリスティアの格好に一瞬目を瞠り、すぐに廊下の端に寄って頭を下げる。
廊下の片側に並んでいる窓からは午前中の柔らかな日差しが入り込み、廊下に光のタイルを形作る。反対側の壁は樫の木で出来ており、所々に絵が飾られているが、アリスティアには良さがわからない。
皇太子と並び、皇宮の廊下を抜けて吹き抜けのロビーも抜け、開かれている扉から外に出る。
出た瞬間、ビクリとした。
目の前には馬車が停まっているのだが、周囲を近衛騎士一〇名が騎乗して囲んでいたのである。
「ティア、安心せよ。この近衛騎士たちは、人間ではない」
アリスティアの動揺を悟った皇太子から小声で教えられ、目を瞠った。人間ではない、という事は獣人や竜人という事。いつの間に? という疑問の視線は、後で、という視線で返された。
それに小さく頷いてルーカスの手を借りて大人しく馬車に乗る。
後から乗った皇太子がアリスティアの隣に座り、皇太子の竜人の専属護衛二人は外で警護に当たるらしく乗っては来なかった。
馬車の扉が閉められ、外から近衛騎士らしき男性の声が聞こえたと思ったら馬車が動き始めた。
「先程の近衛騎士の件だが」
皇太子が話し始める。
そちらに顔だけ向けて、ルーカスの目をしっかり見て聞く姿勢を示す。
「ティアがいつかは公務で視察に出ねばならぬのは分かっていたから、三年前にカイルに命じて獣人と竜人で合計百名を選び、この国に入国させた。そして騎士団の入団試験を受けさせた。人間より身体能力に秀でているゆえ、問題なく合格。私の権限で、彼らを近衛騎士団の第一連隊第二大隊と第三大隊に配属した」
バリトンの艷やかな声が説明している内容を聞いて、アリスティアはおや? と思い、質問した。
「第二大隊と言いますと、女性騎士もおりますの?」
「いる。いつかティアは皇太子妃になり、皇妃になる。女性騎士の護衛が必要になる。だから女性も選んで貰った」
当然とばかりに説明されるが、かなり準備万端に整えられている気がする。
「わたくしのために、そこまで……」
なんだか申し訳ない気になって、俯いてしまう。
「落ち込む必要はないぞ。彼女らは、いつかティアが竜の国に行った時に、ティアの親衛隊になるのだから」
「え⁉」
驚愕の事実を突き付けられて、アリスティアは淑女らしからぬ声を上げてしまった。
「驚く事でもあるまい? 竜の国に行けばティアは竜王妃だ。警護は厳重にせねばならぬ。今の様に三人だけとはいかぬのだ」
「……そう、ですのね」
呆然と呟く。
「ああ。今日の視察の警護は、第三大隊の竜人と獣人達で編成している。人間の国だから、完全人化しているが、心配はいらぬぞ」
「ありがとう存じます、ルーカス様」
とりあえず、お礼を言っておく。
色々と知らなかった事があり、ちょっと頭の中がいっぱいいっぱいになってしまった。
馬車は皇都グリューネスの整えられた道を粛々と進む。
周囲に近衛騎士隊が乗馬で警護、馬車自体に皇家の紋章付き、どんな身分の者が乗っているのか一目瞭然な一団で、不敬にならないよう他の馬車も道を空け、民は道の両端に避け跪く。
その中を進む馬車へ視線を向け、民は誰が乗っているのかをひそひそと話し合う。
皇王陛下や皇妃殿下か、或いは皇太子殿下か。最近学園に通っている第二皇子殿下かもしれない、と推測するも、馬車の窓から顔を出してくださらないとわからない、と零す。
その時、馬車の窓から可愛らしい顔が外を窺った。編み上げた銀髪のその少女は、少し外の様子を窺うとすぐに顔を引っ込めてしまった。
あの少女は誰なのか?皇家の馬車に乗っているのだから皇族の方に縁のある方だろうが、と噂する。
中の一人が、皇太子殿下にはご婚約者様がおられる、その方ではないか、と言い出し、それが周囲に伝播した。
馬車が過ぎた後の道では、あちこちで噂話に花が咲く。皇族が皇都を出歩く事は少ない為、皇家の紋章がついた馬車を見かける事が少ないが、去年から皇都で流行し始めたトレーディング・カードの『皇室と近衛騎士シリーズ』で、皇族の顔と華麗な衣装の姿は着実に民に広がっており、中でも竜王の転生体だという皇太子は非常に見目麗しく、その人気は絶大である。その皇太子に婚約者がいる、となると、興味は尽きない。
そのうち一人が、馬車を追いかけよう、と言い出した。
その提案はひどく魅力的に聞こえた。
民は馬車を追いかけ始めた。
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