第77話 成層圏のデート(アリスティア視点)
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皇太子に説教をしていたら。
「成層圏まで行ってくる」
いきなりそんな事をアロイスに告げて、アリスティアを抱えたまま跳び上がり、上昇し始めた。
「ルーカス様! まだ授業中ですわ! 戻ってくださいまし!」
そう言って頭をポカポカ叩いていたら、腕を魔術で拘束された。
「卑怯ですわよ、ルーカス様!」
しかしなんの応えもなく、どんどん上昇していく。
雲を突き抜けた辺りで、諦めて──いや、この後の展開に期待して上を見続けた。
途中の上昇スピードは、おそらく音速に達していたのではないか、と思える程早かった。
そして、成層圏のいつもの高度に到着すると滞空し始めた。
その景色はいつ見ても圧巻だった。
どこまでも青い海。
山々は頂に白銀の雪を被り、或いは火山口を開け熱く滾るマグマを噴出し。
どこかの大陸には暗く鬱蒼とした森が広がり。
かと思うと島々には彩どる様に緑が点在する。
別の大陸では広大な砂漠が広がっており、何かの動物──ここから見えるのだから、相当大きいだろう──が集団で走っているのが見えた。
今飛び上がって来た大陸には、巨大な建築物が見える。位置的にはフォルスター皇国ではない。
素晴らしくて素敵な景色。いつ見ても感想が変わることはない。
こんな景色を見せてくれるルーカスは好きだ。
いつもの少し意地悪なルーカスは苦手だけれども。
忘れたくなくて、目に焼き付けたくて、ずっと見ていたい。
「ティア。いつも滞空して見ているが、今日はこの惑星の周囲を周ってみるか?」
ふと、ルーカスからそんな事を聞かれた。
「……速度はどれくらいですの?」
「心配しなくても秒速三〇万キロメートルは出さないぞ。せいぜい音速だな」
秒速三〇万キロメートルは光速だ。
一秒で地球の周囲を七回半周れる程、速い。
そんな速度を出されたら、結界があったとしても何らかの影響が身体に出そうだ。
だから光速は出さないと言われてホッとしたが、音速だと告げられて、確か、時速一二二五キロメートルだったか……秒速三四〇メートルだったな、と知識を引っ張り出した。
「音速⁉ 秒速三四〇メートルを、せいぜいと言わないでくださいまし。それに……えーと……地球と同じ大きさと仮定すると、この星を一周するのに三四時間もかかってしまいますわ」
脳内で素早く計算する。
「なぜそんなに時間をかける必要がある? 第一〇音速で進めば四時間くらいで済むのに」
「マッハ一〇とか、衝撃波が心配になりますわ」
「心配性だな、ティアは。衝撃波はこの位置からは地上には届かんよ。なにせ高度五〇キロメートルであるからな」
「は⁉ 五〇キロメートル⁉ そんなに高かったですの⁉」
びっくりである。そこまで高く上って来ている自覚はなかった。
「ここまで上がらないと、ティアが凍えてしまうからな。この辺で気温は零度だ」
「成層圏って、高度が高くなるほど温度が高くなる、でしたかしら?」
高校の時の知識を引っ張り出す。
「さすがティアだな。この辺の高度だと成層圏界面という」
合っていたと知ってホッとする。
そして気がつく。アリスティアは空気を循環する事しか結界に付与していない。
となると。
「結界で温度調整もしてくださってましたのね」
「当然だ。ティアを寒がらせる様な真似を我がする筈もあるまい?」
ルーカスが自慢げに言ってくる。
「確かに、ルーカス様なら至れり尽くせりですわね」
思わず呆れた様にくすくすと笑ったアリスティアを、ルーカスは後ろから抱きかかえる様にしその体を反転させた。
その後のルーカスは、アリスティアの頭に顎を乗せてきた。
なぜか心臓がドキドキして暑く感じ始めた。
こんな事は日常茶飯事なのに、なぜ今日に限ってこんな状態になるのだろうか?
病気なのだろうか?
アリスティアが密かに悩んでいるのに。
「で、どうする?」
ルーカスは平気な顔で聞いてきた。
それがちょっぴり悔しい。
「今日はやめておきますわ。その代わり、一日中休みにできた時には人工衛星よろしく惑星を周ってみたいですわ」
この惑星は、アリスティアが今住んでいる星だ。だから知りたい。知った上で守りたい。
本当は、竜の国が本当に在った位置が知りたい。
その位置からなぜ異界に隠したのか、知りたい。
数千年前に、ルーカスが生きていた時代の事を知りたい。
でも、聞いても教えてくれなさそうである。
だから、違う願いを口に出した。
「では楽しみにしていよう。そういえば、次の安息日はティアの初の視察であったな。我も一緒の」
ルーカスはアリスティアの願いを、楽しみにしておくと言ってくれた。
改めて自分も楽しみになって来る。
しかし、視察……少しばかり不安ではあった。
「ええ。孤児院の視察ですから、大丈夫だとは思いますが……」
「不安がる事はないぞ。我も一緒なのだから、何かあればすぐに対処できる」
ルーカスの言葉が今日ほど頼りになると思った事はない。
「わかりましたわ。頼りにさせていただきますわ」
だからそう言ってにこりと微笑んだ。
そこで会話が途切れる。
静寂が広がるが、心地よい静寂だ。
誰にも邪魔されず、誰にも侵されず。
二人きりで滞空し、この惑星を見ている。
暫くすると、ルーカスが頭に顔を擦り付けてきた。
また心臓が跳ねてドキドキしだす。
体も暑くなって来る。
そして何より落ち着かない。
本当に、一体どうしたというのか。
アリスティアは、この不思議な現象に心当たりがなく、困惑した。
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