第74話 騎士コースの授業〜地獄の幕開け
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瞬く間に時が過ぎ、アリスティア達は第二学年になった。年齢も、アリスティアは十一歳、クロノスが十三歳、エルンストが十四歳になった。
第二学年からは必須科目と選択科目、コース科目に別れた授業になる。
アリスティアとクロノスとエルンストは、春から騎士コースを受講する事になっていた。その為の剣も用意した。アリスティアが張り切り、炭化チタンで三人分の剣を拵えた。切れ味ナニソレオイシイノ? な、叩き潰す為の剣である。アリスティアは鍛冶技術など持っていないし、地上六番目に硬い金属を加工できる鍛冶職人など存在しない。なのでそういう剣になった。
それを知った皇太子から、炭化チタンの剣は却下された。
「叩き潰す為の剣など、許可する訳にはいかぬ。それはもはや剣と呼べぬ。却下だ」
そして嘆息しつつ、
「皇都内の鍛冶屋で、練習用の剣を売っている。後で連れて行くゆえ、そうむくれるな、ティア」
と困った様に言い、アリスティアの頭を優しく撫でた。
そう言われるといつまでも怒っているのは子供っぽいと考え、渋々納得した。
そして、アリスティアとクロノスは皇都内にある鍛冶屋へと皇太子に連れて行って貰い、練習用の剣を手に入れた。エルンストは既に皇族として剣術を習っており、練習用の剣は持っていたので付いてこなかった。
新学期が始まった。
最初の三日間は何事もなく過ぎた。
四日目、二時間通しのコース授業の直前に、それは起こった。
「あ、あ、アリスティア様! オレは貴女に憧れてこのコースを受講しました! オレの剣を捧げさせてください!」
下位貴族クラスの子息が、いきなりアリスティアの前に跪き、手を取ろうとした。それをクロノスは既のところで弾いた。
「授業と関係のない事をするのは感心致しませんね。アリスティア様は皇太子殿下のご婚約者であらせられます。貴方が気軽に触れていいお方ではありません」
「クロノス様、そ」
「アリスティア様、お立場のご自覚を」
途中で言葉を遮られ、突然のクロノスの変化に、アリスティアは戸惑う事しか出来ない。
「何を騒いでいる」
そこに現れたのが皇太子だった。
クロノスが跪く。
「アリスティア様に騎士の誓いを捧げようとした生徒が、触れようとしましたので排除しようとしておりました」
「なるほど。ティア、大事ないか?」
「え、ええ、ルーカス様。わたくしは大丈夫ですわ。でもこの様に大事にするなど」
「大事ではない。忘れておるようだが、ティアのトラウマはまだ治っておらぬ。フラッシュバックによる攻撃魔術発動で大陸が消滅する危険性があるのだぞ? 極力他人と触れる機会は排除せねばならぬ」
生徒たちからギョッとした雰囲気が伝わってきた。
大陸が消滅? や、攻撃魔術発動って、などと小声で囁き合っているのが聞こえる。
「ティアが騎士コースに進んだ時点で、この事態は予想されていた。だからこそ、クロノスに排除する様に申し渡した。
更に、騎士コースの教官は、ティアがいる間は二人体制だ」
「どういうことですの?」
「騎士コースの教官役は、アロイス・イーゼンブルクと、私だ」
「なぜ近衛師団長が教官ですの!?」
アリスティアは驚愕して叫んだ。
あり得ない。なぜ、竜の国の近衛師団長が、単なる高等科の騎士コース教官になっているのか。
「ティアがフラッシュバックを起こさない様にだ。人間の成人を配置できぬゆえ、カイルに竜人からの教官の手配を任せたら近衛師団長自らが名乗りを上げた」
その言葉を聞き、アロイスがアリスティアの前で跪いた。
「半身アリスティア様。ご機嫌麗しゅう。不肖、私アロイス・イーゼンブルクが貴女様のご学友の教官役となり、貴女様を守れる騎士を育ててみせましょう。騎士コースの教官役を引き受けた以上、半身様にも充分な稽古を受けていただきます。また、何かあらば御身の盾となりましょう」
そして頭を深く下げる。
「アロイス・イーゼンブルク様、わたくしは一生徒ですわ。お顔を上げてくださいまし」
アリスティアが困った顔で言うと、アロイス・イーゼンブルクは顔を上げて微笑んだ。
理由はわかったが、竜の国の近衛師団長は、確か五千人の竜人近衛兵を束ねていた筈である。
竜人五千人は、人間でいうと一〇万人程の戦闘力があると聞いた事があった。
つまり、一〇万人を束ねる将軍である。
そんな人がこんなところで教官役をやっていい訳がないのに。
アリスティアはため息が出そうになった。
そこへ、皇太子が手を打って注目を集めた。
「まずは私とイーゼンブルク教官の手合わせの見学をして貰う。アロイス、準備は出来ているな?」
「もちろん。皇太子殿下には負けませんよ?」
「言ってろ。今日も負かしてやる」
皇太子は何時もは見せない獰猛な笑顔を見せた。
練習場の中央に移動した二人は、明らかに練習用の剣ではない輝きを放つ剣を抜き、一〇メートルくらいの間を空けて相対した。
「ティア、号令を」
「また無茶振りを。やりますけど!
ではお二方、剣を構えてくださいまし。では……始め!」
アリスティアの号令で、二人がいきなり地面を蹴って跳んだ。
驚愕の空気が流れる。
五メートルくらい上空で剣が交わる甲高い音が数度、響いた。お互いの位置を変えて降り立ったかと思うと、即座に踵を返し走り寄る。カカカカッと剣が交わる音が再度したかと思うと、次の瞬間、ルーカスの剣に炎が纏わりついた。一泊遅れてアロイスの剣に水の膜が生まれた。
そしてまた剣が交わる。
二人の剣が交わる度に、ジュッという音が聞こえてくる。
アロイスが左下から右上へと剣を揮う。
それを受け流したルーカスが、大きく飛び退り「氷槍局地展開」と簡易詠唱を行うと、一〇本程の氷の槍がアロイスを襲った。対するアロイスは「光の盾」と即座に防御用の魔術の簡易詠唱を行う。氷の槍が降ってくる方面へ光の盾が展開された。
その間に皇太子が地面を蹴り体勢を低くして飛ぶようにアロイスに接近すると、横凪に剣を振るった。
それをアロイスは既のところで避け、大きく上空に跳ぶ。上空に滞空すると、「炎の竜巻」と唱えた。
炎の竜巻が皇太子を襲うが、それを皇太子は地面を蹴って上空に避難する事で避け、即座に「重力障壁」と唱えると、アロイスが地面に叩きつけられた。地面が放射状に凹み、アロイスはそこから動けなくなる。
「参りました」
アロイスの負けであった。
「それまで! 勝者、ルーカス殿下!」
アリスティアが場を締めると、あちこちからため息が聞こえて来た。
グラヴィティ・バリアが解除されたらしいアロイスが穴から出てくる。
反対に、皇太子が上空からゆっくり降りてきた。
「今のが魔術騎士の動きだ」
その言葉にアリスティアは眉を顰めた。
「ルーカス様。人間は滞空できませんわ」
「別に滞空しなくとも良い。要は魔術と剣術を混ぜた攻防を行うのが魔術騎士だ。相手の隙を突き、魔術で攻撃を加えて足止めを行い、その隙に走り寄って武器攻撃を行う。魔術は攻撃魔術だけではなく、防御魔術、支援魔術なども使う。先程剣に炎を纏わせたのも支援になる」
「私たちくらいの動きは、人間には無理ですので、なるべく近いレベルまで育成いたしましょう」
アロイスの言葉に、騎士コースの生徒一同が、アリスティアとクロノスを除き真っ青になった。地獄の幕開けであった。
アリスティアの担当は、思った通り皇太子だった。
その皇太子から、基礎体力がなさ過ぎるから一ヶ月は柔軟体操と基礎鍛錬のみに当てると言われた。柔軟体操は、体が硬いと怪我をし易くなるからだ、と言われると、なるほど、そうかと納得する。
基礎鍛錬は、体力作りの為に緩やかな走り込みをする様にとの事だった。
アリスティアが基礎鍛錬に励んでいる隣では、騎士コースの受講生が鍛錬していたのだが、高速での走り込み、反復横飛び百回、腹筋二百回、腕立て伏せ百回、スクワット百回を行っていた。
「今日は初日ですからね。軽く基礎鍛錬をしてから素振りをしていただきます」
いい笑顔で告げるイーゼンブルク教官の姿に、生徒たちは今後の地獄の授業を予感し、この状況がアリスティアの受講が切っ掛けだと理解し、震え上がった。
☆☆☆☆
翌日からの騎士コースの生徒たちは、高速での走り込み一〇分、反復横飛び百回、腹筋百回、腕立て伏せ百回、スクワット百回を行い、その後、型稽古と素振りをした。腕に重力負荷の魔道具を付けられて。
魔道具を出されて説明を受け、真っ青になって慄いていた生徒たちは、付けるように再三促され、最後にアロイスに威圧されて諦めてブレスレット型の魔道具を嵌めた。最強種の竜人の中でも更に強い近衛師団の長が発する威圧である。竜王に及ばなくともかなりのプレッシャーがかかるそれを受けて、それでも抵抗できる者などおらず。
斯くして回数を増やさず鍛錬できる環境が整った。
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