第72話 薬学野外授業
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溺愛エピソードという惚気を散々披露した竜王であるが、最後の方は恥ずかしさが限界を超えたアリスティアにより、物質を塵レベルで分解する魔術、「極小分解」を掛けられるところだった。
アリスティアが掛けた五重結界の効力、魔術無効が無かったら危ないところである。
涙目で怒っているアリスティアを宥めすかしながら、竜王は暫くは大人しくしようと考えていた。
更に一ヶ月が過ぎた。
今日は薬学の野外授業で採集をする事になっている。
採集地であるルブランの森は学園の敷地内にあり、往復で徒歩二〇分。少しだけ遠いので、身体強化術を使って往復一〇分に短縮する。
そのお陰で残り五〇分を採集に使えるのだ。
教師の注意事項説明の後、身体強化術をかけてからアリスティアたちのクラスはルブランの森へ向けて走り出した。
五分後、ルブランの森入り口で止まる。
あまり森の奥に行かないように注意を受け、解毒作用のあるハッシュ草と、体力回復作用のあるセンカ草を二〇個ずつ集める為に、森の浅いところに散らばった。
アリスティアはクロノスとエルンストとともに森の中層近くまで行く。
その場所は少し開けていて、ハッシュ草が道の左側に、反対の右側には今回対象外の上級回復薬の素材であるシロキヤラ草が群生していた。
左側のハッシュ草の群生地に入り、採集に取り掛かる。
「ハッシュ草の状態によって、調合される解毒薬の質が変わりますの。低質だと最下級解毒薬に、普通だと低質解毒薬に、上質だと中級解毒薬に、最上質だと高級解毒薬が作れますわ。
そしてハッシュ草の状態は、採集時の取扱いによりますの。根ごと丁寧に掘り起こせば上質になりますわ。最上質にするには手を使わず魔術で掘り起こす必要がありますわ。このように」
アリスティアが実践しながら説明する。魔術は土と風の混成魔術である。
「アリスティア様は解毒薬を調合した事があるのですか?」
「ありませんわよ? でも座学は習いましたから」
「ですよねー」
それなのに何故実践できるのか、という問いは飲み込む。多分、聞いても無駄だ。「だってできてしまったんですもの」と言うに決まってる。今までもそうだった。
色々と規格外なのは、何も皇太子だけではない。アリスティアだって規格外なのだ。そのハズレ具合は皇太子に劣らないとクロノスは思っている。なにせ五歳で特級魔術師で、一〇歳になって間もなく宮廷魔術師筆頭から戦略的魔術師の称号を与えられたのだ。しかも皇国唯一の称号である。
まあ、皇太子もアリスティアと同様の事ができるらしいが。そんな節が垣間見える。出来てもおかしくない。なぜなら皇太子は竜王だからだ。昔の、竜王に覚醒する前の皇太子の事は知らないが、指を鳴らすだけで魔術を発動するなんて、人間には出来ない。
いや、アリスティア様も人間辞めたよな、と思い直す。彼女は学園に入学する前に完全無詠唱での魔術の発動に成功した。驚くなんてものじゃない。竜王すら感心していたのだから。それだけ無詠唱は難しく、無詠唱発動が出来るような者は"夜明けの魔導師"と呼ばれるに相応しい、と言われている。
「夜明け」の意味は、闇を払い地を照らす。つまり、「夜明けの魔導師」とは「世界を照らし導く魔術師の中の魔術師」という意味が込められている。
そして、アリスティアが魔術を無詠唱で発動できた以上、"夜明けの魔導師"と呼ばれるのは時間の問題だ。誰かが、それをバラせば、だが。
話が飛躍しすぎた。
クロノスは頭を振って今の思考を振り払った。
ハッシュ草を必要量集め終わり、アリスティアが預かってアイテム・ボックスに入れると言うのでお願いし、次の素材のセンカ草を探して中層に踏み込んだ。
少し行くと、太い木の根本に、センカ草が群生しているのを見つけた。センカ草は日陰を好むらしい。
アリスティアからセンカ草採集についてコツを伝授される。センカ草の方が簡単だった。
「根ごと採集し、即座に根を切り落とすと状態が上質になりますの。それを二〇本だから簡単ですわね」
「アリス嬢は簡単だろうけど、俺は根ごと採集に慣れていない。さっきみたいに時間がかかるぞ」
「エルンスト殿下。時間はかかっても大丈夫ですわ。丁寧に採集しなければ上質になりませんから、焦る必要はありませんもの」
「そうか。なら頑張って採集するしかないな」
「フィールドワークは大事ですわよ」
「単位は大丈夫なはずだが」
「実践はまた別ですから」
「そうか」
エルンストはそう言うと、センカ草を一本一本丁寧に採集し始めた。
アリスティアはすぐに採集が終わった。
クロノスとエルンストはまだ半分である。
「奥に、ムラサキシロナ草が見えたので採って来ますわ」
アリスティアがそう告げて離れるのを、気をつけて、と声をかけて送り出した。
そしてセンカ草を採り終えたクロノスの耳に、信じられない声が聞こえた。
「いやあぁぁぁっ! 触らないでっ!」
反射的に立ち上がり、声の方に駆け出す。
走りながら確信を持って、クロノスは預かった魔道具を首から外す。
到着した場所では、アリスティアの魔力のうねりが始まっていた。
「っ!」
焦って魔道具を投げつける。
パチッ、という音とともにアリスティアの膨大な魔力が抑え込まれる。
その瞬間、皇太子が転移で現れた。
「クロノス、よくやった」
「ありがたき幸せ。なんとか間に合いました」
そう答えつつ跪く。
魔道具は、皇太子が作った、アリスティアの魔力を抑え込む事に特化したもので、一度きりの使い捨てである。込められているのは皇太子が作った術式で、発動と同時に皇太子に転移座標が連絡されるシロモノである。だからこそ、皇太子がこの場に即座に転移で現れた。
その皇太子は、アリスティアを抱き上げて恐慌状態になっている彼女の背を優しくぽんぽんと叩き、繰り返し言い聞かせていた。
「ティア。落ち着け。私がそばにいる。私がティアを守る。大丈夫、大丈夫。私がそばにいるから大丈夫。安心せよ」
アリスティアは震えて浅く早い息になっていた。
皇太子は以前と違う症状に、目を眇め、すぐにアリスティアの唇に口付けた。
クロノスとエルンストにはそう見えた。
だが皇太子はアリスティアの鼻を摘み、息を吹き込んでいる様に見える。
「大丈夫、ティア。大丈夫だ。怖くない。私がそばにいる。私が守る。大丈夫、大丈夫。安心していい」
口を離した皇太子は、アリスティアに真剣に、だが優しく言い聞かせている。
突然現れた皇太子に、呆然としているのは薬学の教師だった。
クロノスに一足遅れて到着していたエルンストは、アリスティアの恐慌状態を初めて見て戸惑っていた。
「兄上、アリス嬢は……」
「トラウマによるパニックだ。人間の成人が触れようとするとこうなる。あと、以前に無かった過呼吸の症状が出ていた。人工呼吸で二酸化炭素を送り込み、落ち着かせたが」
「トラウマ……」
「そうだ。教室内では触らないようにできるが、野外授業という事で万が一を考え、クロノスにティアの魔術発動を抑え込む為の魔道具を持たせていた」
そう言うと、皇太子は薬学の教師をその金色の瞳でひたと見据えた。
「私は以前、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドは人間の成人に触れられそうになると恐慌状態になって攻撃魔術を発動する、と教えていたはずだが? 何故ティアがこの様な状態になった。答えよ、トビアス・ディルク・セル・ノアイユ!」
皇太子の怒気に、薬学教師は狼狽えた。
何度も唾を飲み込み、漸く口を開く。
「わ、私はアリスティア嬢に、中層から離れて浅いところに移動するようにと……」
「離れた位置から声をかけるだけで良かった筈だ。何故触れる必要がある!」
「ま、まさかこうなるとは露知らず」
「ティアの発動攻撃魔術は、最強の殲滅魔術になる。現在の最強は、戦略級超広範囲隕石雨。大陸が範囲内だ」
「っ⁉」
「貴様の軽はずみな行動で、この大陸が先程滅亡の危機に晒された」
薬学教師は恐怖に震えていた。
「私が、我がティア専用の抑制術式を作っていなければ危なかった。それだとて完全に抑え込める訳ではない」
「皇太子殿下。今はそれよりアリスティア様のケアが優先かと」
「クロノス」
「お叱りは後でいくらでも。しかし、アリスティア様をここで落ち着かせた後、どうなさいますか? アリスティア様は、また授業に出られる状態になりますか?」
「……ティアを連れて離宮に戻る。エルンスト。第二皇子として、この後の場を収めよ。クロノス、エルンストを補佐して場を収めよ。
トビアス・ディルク・セル・ノアイユ、追って処分を申し渡す」
「御意」
「しかと承りました、兄上」
「っ! ぎ、御意」
三者三様の答えを聞いた皇太子は、来た時同様に即座に姿を消した。
それが、無詠唱での転移だと気づいたのは、ルブランの森の入り口に集合し、アリスティアの体調が悪くなり、先に転移で自宅に戻った、と級友に伝えた時である。
(ルーカス様も無詠唱で魔術を使えるとか、夜明けの魔導師は一体何人になるんだろう?)
竜王だしアリスティアの魔術発動を抑えられるし、実はアリスティアよりも魔術が得意なのではないか。そうクロノスは考えてしまう。
そうポンポンいていいレベルでは無い事は確かだが。
クロノスは、自分が考えてもどうにもならない事なので、思考放棄をした。
厨二病炸裂しましたw
夜明けの魔導師の横文字、ディルクロ・マグスはラテン語です^^;
英独伊仏西と調べて最後、ラテン語でこれだ!となりました^^;
ここまで読んでくださり、ありがとうございます♪





