第71話 竜王様、溺愛エピソードを語る
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「クロノス。そなたは今日、教室内で私のティア溺愛エピソードを披露したらしいな?」
「しましたけど。お叱りなら甘んじて受けますよ」
「何を言ってる。よくやった!」
「へ⁉」
叱られると思っていたのに褒められたクロノスは、パチクリと眼を瞬かせた。
「最近、他の雄がティアを見る目が不埒でな。心配だったのだ。溺愛エピソードで牽制できるならいくらでも話して良いぞ」
「ルーカス様! 恥ずかしいから止めてくださいとお願いしましたわよね⁉」
「ティアのお願いは叶えてやりたいが、こればかりは聞けぬ。ティアが可愛すぎるからな」
「砂糖を吐きそうなセリフは……ああ、牽制に使えますね……」
クロノスはダダ甘なセリフを甘受しなければならない事に気が遠くなりかけた。はっきり言って、甘くて居たたまれないのだ。恥ずか死ねる、という奴だ。
本人は抑えているつもりのようだが、抑えてコレなら抑えなくなったらどんなレベルなのだろう、と遠い目になった。
「寝室でのエピソードは」
「アリスティア様の令嬢としての尊厳が死ぬので、やめてあげてください。たとえ何もなくても添い寝だけでも淑女としての尊厳が死にますからね⁉」
急いで竜王に注意する。
と言うか、寝室でのエピソードなんて普通は秘めておくべきだろうに……と考えて、相手は人間の常識を蹴飛ばす竜王だった、と思い至り、アリスティアが気の毒になった。
「ふむ。そうだったな」
当の本人は、そう言えば、みたいな感じで呟く。
「兄上……アリス嬢と添い寝してるんですか⁉」
そこに割り入った声はエルンストのもので、心底驚いている。
しまった、この人がいたんだっけ、と気が付くももう遅い。
エルンストは衝撃を受けていた。
まあそうだろうな、とクロノスは思う。
好きになった少女が兄の婚約者で、一生懸命アピールしてる(つもりな)のに意地悪されてるとしか思って貰えなくて、兄にはこの前の精霊王たちが顕現した時に自分にだけ役割を貰えなかったのだ。あれは第二皇子の気持ちに気が付いていた上での牽制だしな、と気の毒に思うクロノスだった。
「ふむ。お前は知らなかったか」
本人はシレッと言う。
「知りませんでしたよ! 一緒に住んでいるのは教えて貰いましたけど……」
エルンストは衝撃覚めやらぬ様子でルーカスにぶつぶつ文句を言っている。
しかし皇太子は全て知っている上での言動なのだから質が悪い。
「恥ずかしくて死にたい……」
アリスティアが傍らで撃沈している。
気の毒に、とクロノスが思う間もなく皇太子がアリスティアを抱き上げて頭を撫で始めた。
「ティア、死ぬのは許さんぞ。エルンスト。ティアが一人で寝ると悪夢で一晩中眠れない。放置すると睡眠不足で衰弱死する。だから半身の我が添い寝している。ティアが安心して眠れるのは半身の腕の中だけだからな」
そっと、大事そうにアリスティアの頭を撫で続けつつ理由を話す。
「割と切実な理由なんですね……」
エルンストがアリスティアを気の毒そうな目で見ながら言ったが、安心出来る理由がルーカスの"匂い"だと知ったら再起不能になりそうだ。クロノスは横目でエルンストの様子をそっと窺った。
「当たり前だ。まだ幼い婚約者に無体な真似をする筈がなかろう? 育つまで待つぞ、さすがに」
「そういう欲があるんですか?」
おいやめろ。目の前に十歳の子供がいるんだぞ!なんで平気でそんな下世話な話になる!
大声で言いたいが、言えないクロノスもまた、まだ十二歳の子供だった。
「まだ幼竜だからな。そういう衝動はないな。覚醒してからは竜としての方が強く出ているゆえ、人間の雄としての衝動は弱い」
「男ではなく雄というあたり、兄上は本当に竜としての面が強いのですね」
「そうだな。今は、可愛いティアを育てるのが楽しい」
「ルーカス様、父親みたいな言い方してますけど、顔が凄く甘く溶けてますからね? 自覚ないと思いますけど⁉」
ついにツッコんでしまうのはクロノスの悪いところか。
「今日はなぜ恥ずかしいエピソード暴露話になってますの⁉ 恥ずかしくて死にそうですわ!」
「涙目で言っても可愛いだけだぞ、ティア?」
さっき言ったばかりなのに、やっぱり甘く溶けた顔をしている皇太子を見て、ため息を吐いてしまった自分は悪くないと思う。
「さて、ティアの溺愛エピソードだが」
「まだ続けるんですか、ルーカス様?」
「当然であろう? 他の雄を牽制する為だ。多く知ってて貰わねばならぬ」
「そう言いつつ、惚気けたいだけですよね?」
絶対に惚気けたいだけだろうという確信がクロノスにはある。
「可愛いティアを自慢したいだけだぞ」
「だからそれが惚気なんですよ! ああもう! わかりましたから聞きます! どんなエピソードがあるんですか⁉」
ついにクロノスは頭をガシガシとかいて竜王に話を促した。
「ティアが五歳の時の事だがな。まだ我が覚醒前の事だ。我の胸に頭を擦り付けて甘えて来たことがあった。そして頭を撫でて、と強請って来たのだ。強請られたら撫でずに居られぬだろう? なにせティアはこんなにも可愛いのだからな」
「初っ端からダダ甘だった!」
「これも五歳の時のエピソードなのだがな、ティアが初めての戦略的広範囲隕石落とし撃ち放題で魔力枯渇寸前まで行ったことがあってな、水の精霊王に、我とティアの魔力の相性がいいからと言われ、抱き締めているだけの接触法で魔力譲渡したのだが、ぐったりしているティアが可愛いからぎゅっと抱き締めていたら、割と多くの魔力がティアに譲渡されて驚いた記憶がある。まあ今なら竜化してティアを舐めれば魔力譲渡など一瞬だがな」
「五歳で戦略的広範囲隕石落とし撃ち放題とか、アリスティア様はどれだけ殲滅魔なのさ⁉ メテオリテ系魔術大好きだよね⁉」
クロノスのツッコみが響くが、殲滅魔とか割と酷い評価である。
「ティアがメテオリテ系で無双してる姿は可愛いではないか」
「普通の人はドン引きです!」
やはり竜王の感性は人間と違う。
位相結界内とはいえ、楽しそうに世界を滅ぼせる威力の魔術を連発している幼女なんて、恐怖でしかないのに。
「というか、竜化して舐めれば魔力譲渡は一瞬、てなんなのさ⁉」
「粘膜接触だからに決まっておろう? 我が竜化すれば舌の接触面が増大する。その状態で舐めれば我の体液がティアの体に付着する。竜の体液は魔力を多く含む。竜王の体液ならば、ティアの現在の魔力量の五分の一くらいは二、三回舐めれば補充できるであろうな」
「……竜王様。絵面が酷い事になりそうだから、竜化しての魔力譲渡は、アリスティア様の為にも最終手段にしてあげてください」
想像したら寒気がした。
竜に舐められたら、唾液で全身ベトベトになるだろう。第一、竜に舐められる、という場面は、傍から見たら竜が食べようとしているとしか見えない。
なぜ竜王はここまで想像力が低いのだろうか。
クロノスは盛大なため息を吐きたくなった。
「だめなのか?」
「だめってわけじゃなくてですね、絵面が酷いんですよ。唾液で全身ベトベトになって、即座に湯殿で洗わなきゃならない状態になりますよね?」
「ふむ。言われてみればそうだな」
「なので最終手段です。それより他のエピソードはどうですか?」
「ふむ。六歳の時のエピソードだがな。ティアを連れて皇都視察していた時に、ティアが串焼や焼サンドイッチを食べたがったからな。種類を多く食べさせてやりたくて、ティアが四分の一食べたら別の種類と交換し、残った四分の三は我が食べたのだ。五歳の頃は三種類しか食べられなかったティアが、四種類も食べられる様になっていて嬉しかったぞ」
「それだと父娘エピソードみたいですね」
「む。そうか……」
途端にシュンと項垂れる竜王。
「でもアリスティア様の食べかけをルーカス様が食べたって辺りはいいかと」
なぜか焦ってフォローを入れてしまう。
そのフォローで復活した竜王から、散々溺愛エピソードを聞かされ、胸焼けを起こしたクロノスだった。
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