第69話 精霊王たちの忠誠
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2019年12月8日、少しだけ加筆修正。
学園生活が始まって半年が過ぎた。
アリスティアは学内テストでの成績で最低限の出席率を許可されていた。
もちろん、テスト結果は毎回、満点での首席。
クロノスも頑張っており、次席を保っていた。
そして三位が、意外にも成績が伸びてきたエルンストだった。
まあ、エルンストが皇太子執務室で施されている勉強が実は帝王学であり、多岐に渡っているから高等科の勉強など児戯に等しいのだが。
そんなこんなで、エルンストも最低限の出席率での登校を許可されたのだった。
ちなみに、入学時のエルンストの席次は五〇位で、中の下だったようだ。それを、ルーカスに聞かされたエルンストは撃沈していた。
そこからの巻き返しなのだから、帝王学教育が如何ほど過酷だったかわかると言うもの。
少しだけ同情するアリスティアだった。
今日は三人とも登校していた。
登校していない時は、皇太子補佐官として仕事をしているのだから、登校は息抜きのようなものである。
「ルーカス様に聞いたのだけど、今日はコースの選択をするのだそうですわ」
「コース?」
「普通科コース、官僚コース、教育コース、商業コース、魔術師コース、騎士コース、ですよ。要するに、学園卒業後にどの道に進みたいか、ですね。まあ私は皇太子補佐官なので無難に官僚コースか、剣の腕を磨く為に騎士コースでしょうか?」
「俺は皇子だからな。どの道に進むとかないだろう?」
「エルンスト様は第二皇子でいらっしゃいますから、皇族として魔術を伸ばすべきですので、魔術師コースか、剣の腕を磨く為に騎士コースがよろしいかと思いますわよ? 尤も、剣の腕を磨くなら、ルーカス様に直々に教えていただく方が強くなれると思いますわ」
「俺が魔術師コースか騎士コースなら、アリス嬢はどのコースだ? 魔術師コースか?」
「わたくしが魔術師コースに入ったら、間違いなく講師になりますわ……」
アリスティアはつい遠い目になった。
先日、学園長と涙目の魔術教師から直々に打診された記憶が蘇った。丁寧に断ったが、引き下がるまでかなりの時間を要した。非常にしつこかった。
「アリスティア様、戦略的魔術師ですからね。オリジナル魔術を山ほど作ってる相手に教えたい魔術師なんかいないでしょ」
「それもそうか。ならどのコースだ?」
「わたくし、騎士コースを受講してみたいのですわ」
「それ、無理だと思いますよ。ルーカス様が絶対に許可しない。賭けてもいいです」
「そうかしら? お願いすれば割と許可してくれそうなのですけど」
コテン、と首を傾げる。ルーカスは自分に甘いし、お願いも割と聞いてくれるのだ。
「アリスティア様、ご自分の立場を思い出してください。アリスティア様は、皇太子殿下の婚約者で、将来の皇太子妃ですからね? 更に言うと、竜王の半身。半身を囲い込んでどろどろに甘やかしたい竜族が、他の雄が多い騎士コースを許可する訳が無いです」
クロノスは現実を突きつけてきた。
それに対して抵抗を試みる。
「確かにルーカス様は、わたくしにはダダ甘ですけど……」
「ダダ甘ってレベルじゃないですよ。どうでもいい相手には絶対零度の視線しか向けないのに、アリスティア様にはめちゃくちゃ甘い視線を向けてるし、声も砂糖を吐きそうなほど甘いですからね」
そんなに違うの? とびっくりする。
アリスティアが目にするルーカスは、基本的には皇太子執務室内でのものが多い。だからか"絶対零度"の視線なんて見た事が無かった。
「あー。俺も感じるな。兄上、アリス嬢しか見えてないし、見る気も無い。他の媚びる令嬢は塵芥扱いだ。高位貴族クラスでは媚びる令嬢はいないが、何を勘違いしているのか、下位貴族クラスと平民クラスの令嬢が、兄上に媚びて、でも相手にされていない」
「ルーカス様は、アリスティア様しか愛していないですからね」
愛している、という単語に反応してつい赤面してしまう。
「兄上が、あれだけあからさまな愛情をアリス嬢に向けているのに、自分も愛される可能性があると思い込める精神が信じられないがな。どれだけ図太いのかと呆れる」
「ですね。まあ、下位貴族や平民からすれば、普通なら会えない筈の皇太子殿下に思いがけず会える状況ですからね。チャンスだと思っているのでしょうね。
でも、妃教育は幼い頃から施さないと間に合わない。二、三年で終わるほど甘い教育ではない筈です。帝王学と同じで」
確かに下位貴族や平民は、会う機会はそうそうないだろう。イヤだけどルーカスが囲まれているのは我慢すべき事だろうか。
「歴史、数学、文学、魔術学、薬学、経済学、マナー、言語学三ヶ国語、文化史、政治学、ダンス。これを三歳から教えられてますわね」
目線を上に上げ、自分が受けていた妃教育の内容を思い浮かべた。
「凄まじいな。皇太子妃を狙っていたのか?」
エルンストが驚いていた。しかしそれは勘違いもいいところだ。
「兄様たちに聞いた事ですが、妃教育は、あくまでも万が一の時に備えて、だったらしいですわ。年齢差があるから、と」
そう、あくまでも万が一に備えての事だった。
妹至上主義のバカ兄がルーカスに妹自慢をして、幼かった自分がルーカスに気に入られる様なマナーを見せなければ、興味は失せていた筈だったのに。
また、遠い目になる。
「アリスティア様、今は五ヵ国語をフォルスター語と遜色なく話せるんでしたっけ?」
「……………………」
目を泳がせるアリスティア。
「アリスティア様? もしかして、また増えてます?」
「…………今は、七ヵ国語ですわ……」
「なんで半年間でシレッと二ヵ国語も増やしてるんですか!」
「……ギフトが、言語の祝福なのですわ……でもわたくし、習おうと思って習った訳ではないのですわ。面白がって教えてくる人が……」
「誰ですか、そのはた迷惑な奴は!」
クロノスが言った途端。
「はた迷惑とは聞き捨てならないわね。愛し子アリスティア様、貴女様はいずれ竜王妃になられる存在なのですから、世界中の言葉を覚えるべきですわ」
「光の精霊王シルフィード様⁉」
驚きである。なぜ他にも多くの生徒たちがいるここに顕現するのか。
「は⁉」
精霊王を見たことがないエルンストが驚愕している。
「愛し子アリスティア様。貴女様は我らが主筋」
「水の精霊王ウンディーネ様!」
「愛し子アリスティア様。我らの愛し子を害する者は、我が怒りを思い知らせよう」
「火の精霊王サラマンダー様まで……」
「愛し子アリスティア様。我らは貴女様を守る事になりましたのですじゃ」
「愛し子アリスティア様。我らの忠誠は竜王陛下と貴女様へ」
「土の精霊王ノーム様と、風の精霊王エアリエル様もですか⁉」
あまりの事に固まっていただろうクロノスが、慌てて跪いた。エルンストにも促す。
「第二皇子殿下、最敬礼を」
「あ、ああ」
第二皇子も跪く。
それを見て、他の生徒も慌てて跪いた。
そこへ、皇太子が現れ、流れるようにアリスティアを抱き上げた。
「なぜ精霊王どもが集まっている?」
「ルーカス様、わたくしにも訳がわかりませんわ」
「たまにシルフィードが離宮に現れていたのは知っていたがな。だがなぜ今集まる必要がある。シルフィード、代表で話せ」
精霊王全員がそこに跪く。
それを見た生徒たちは目を剥いていた。
ルーカスに対し、人間には屈しない筈の精霊王たちが跪いている事に驚愕したようだった。
「御意。わたくしたち精霊王は、協議の結果、直接アリスティア様を守る事にいたしましたの」
「なぜだ? 今までは直接手助けした事は無かった筈だが?」
「危ういからですわ。アリスティア様は、とても活動的でいらっしゃいます。それすなわち、狙われ易いということ。専属護衛がいても、魔術の才能に溢れ過ぎていても、万が一がございます。もう、数千年前の二の舞はごめんですわ」
数千年前、にルーカスの眉がピクリと反応した。数千年前と言うと、ルーカスも数千年ぶりに転生した筈。もしかして、ルーカスの転生前に関係があるのだろうか?
「……好きにせよ」
「御意。竜王妃アリスティア様を我らでお守り致しますわ。我らの忠誠は竜王陛下とアリスティア様へ捧げますれば」
「……ルーカス様……」
アリスティアが困惑して見上げると、
「受け取ってやれ、ティア。大儀である、と言えば良い」
「……大儀ですわ」
「ありがたき幸せ」
精霊王たちが一斉に頭を下げる。
その様子を見て驚愕を深める生徒たち。
ため息をひとつ吐いたルーカスは、気配をいきなり変えた。
周りに広がるは覇気。誰もが跪かずにはいられない、従わずにはいられない唯一の絶対王者。
指が鳴らされる。パチンという音とともに双子の兄たちが現れた。
「精霊王たちに命ずる。我が妃、アリスティアを絶対に守れ。ダリア、カテリーナ、ユージェニア。アリスティアの盾となれ。クロノス。アリスティアの周囲を掃除しろ。
エルナード、クリストファー。アリスティアの周囲に目を光らせよ。竜王ルーカスの勅命である」
「「「「「御意」」」」」
即座に跪く、専属護衛たちと双子。
竜王がアリスティアを愛称で呼ばない時点で茶番だと判断した。
それでも「勅命」というからには本気である事は疑いようもない。
だがその事は自分たちだけが知っていれば良いのだ。
関係のない周囲は、この茶番でアリスティアの立ち位置を理解するだろう。
ルーカスが、皇太子としてではなく竜王としてこの場に君臨してみせたのは、今後起こりうる悪意ある誤解──アリスティアが竜王の妃なら皇太子の婚約者として不適切だ、というもの──の可能性を払拭する為。
そして精霊王たちが跪いた姿を見せたのは、アリスティアが精霊王たちよりも上に立つ存在である事を理解させる為。アリスティアを害したら、精霊王たちが敵に回る事を理解させる為。
竜王と同等の存在だと理解させる為に他ならない。
この茶番に隠された事を理解したアリスティアは、だからこそ困惑する。自分にそこまでされる価値はあるのだろうか、と。
「ティア、困る事はないぞ? そなたはいずれ竜王の妃になるのだから、今から警護を固めるのは当然の処置だ。それを周知するのも当然だ。我が愛するのは半身であるそなただけなのだからな」
久しぶりの甘い言葉にアリスティアはくらくらしてしまう。
一応の抵抗を試みる。無駄だろうけれど。
「ですが、ルーカス様。貴方はフォルスター皇国の皇太子ですわ。皇太子として、いずれは皇王として国を導かなければならないお方。であれば、わたくしよりもルーカス様の警護を固めるべきかと存じますわ?」
「我の事ならどうとでもなる。我は竜王。地上最強の存在だぞ? だがティアはまだ人間。警護を固めるのは当然の事だからな」
(まだ? 今、まだ、と言った? では自分は、いずれは人間ではなくなるの?)
思わず、竜王を胡乱な目で見てしまう。
「エルナード、クリストファー。執務室に送る。仕事の続きをせよ。エルンスト、クロノス。ティアとともに教室に行け」
そう言うと、ルーカスは覇気を綺麗に収め、雰囲気を変えた。超常の存在から人間へと。
周囲で跪いていた生徒たちが戸惑っている。
アリスティアを下ろし、周囲に声をかける。
「生徒は教室に入れ」
その言葉で生徒たちは立ち上がり、戸惑いつつ移動を始めた。
精霊王たちのせいで、学園で竜王として君臨しなくてはならなくなった為に、少しだけ機嫌が悪かったルーカス様ですが、それをアリスティアの地位固めに利用しました。
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