第67話 親衛隊設立!?
いつも誤字・脱字報告、ありがとうございます。
とても助かります!(*^^*)
エルンストが出ていくと、皇太子は残った皆を見て真面目な顔をした。アリスティアを抱っこしながら。
真面目な顔をしているのに絵面で台無しである。
「エルンストを教育し直す。あれは教師が悪い。皇族の覚悟や義務を理解していない。皇族の務めも理解出来ていない」
「なんの為に再教育を? 面倒だし生意気そうだしアリスを呼び捨てにしてるからクソムカつくし、アリスを不埒な目で見てるし」
当然の疑問はクリストファーから出た。ほぼ文句だが。
「我は竜王。死ぬまでこの国で統治は出来ぬ。寿命が人間と段違いである故にな。だから後継が必要なのだ。我とティアの子だとやはり我の種族に引っ張られて竜族になる。竜族は寿命が人間より余程長い。だから我とティアの子をこの国の後継には出来ぬ」
「サラッと竜王様とアリスの子供とか言ってるけど、まだまだ許さないからね⁉」
「アリスはまだ一〇歳なんだから、この国の成人を過ぎなきゃ許さないよ⁉」
「お前らの妹至上主義ぶりは理解しているが、本当にブレぬな。だが今は話が逸れるから、ちとティアの話から離れよ」
呆れた様に双子を見やり、それから少しだけ顔を顰めて竜王は告げた。
「仕方ないね」
「承知した」
「重畳。さて、先程の後継の話に戻るが、我とティアの子を皇位に就けぬ以上、別の後継者が必要になる」
「なるほど。それがエルンスト第二皇子殿下か」
「再教育するとなると、少しばかり難しくなりますが?」
「構わぬ。現在の皇王には、少なくともティアが成人するまでは皇王位にいてもらう。ティアが現在一〇歳。成人の儀は一五歳。少なくともあと五年は猶予がある。そしてここからが肝心だが、ティアのトラウマが、皇妃になった際に足枷になり得る。だから我の統治期間はなるべく短い方が良い。統治期間は最長五年を考えている」
具体的な数字が出てきたせいで、その場に緊張が走る。
彼らとて、アリスティアのトラウマがそれまでに治る、或いは軽減するとは考えていない。
心の傷を治す事は、時間をかけるしかないからだ。
「最低あと五年は皇王に統治して貰う計画だが、皇王は現在四四歳。ふむ。五〇歳まで統治して貰うか。となると、六年の猶予がある。六年もあれば、エルンストの再教育は出来よう」
エルンスト第二皇子は、現在一三歳だから、一九歳までに再教育を終了しなければならない。先行きが不透明で、三人ともため息を吐きたくなった。
「我が皇王位に就いたら、皇太子はエルンストになる。それまでに皇族のなんたるか、皇太子のなんたるかを叩き込め」
「「「御意」」」
☆☆☆☆
翌日、登校したアリスティアは、クラリス学園が始まって以来の穏やかな朝を迎えていた。
エルンスト第二皇子が絡んで来なかったからである。
アリスティアは鼻歌が飛び出しそうなくらい、機嫌が良かった。
そこに話しかけて来たのは、級友の女生徒だった。
「ごきげんよう、アリスティア様」
即座に警戒するクロノスとアリスティアだった。
「ごきげんよう、アデリア様。どの様なご要件ですの?」
「まあ、アリスティア様。そんなに警戒しないでくださいませ。わたくし、皆様の代表でここに来ましたの」
にこにこ笑うその顔には悪意は見られなかったが、それでも警戒は続ける。クロノスも隣で警戒している気配がする。
「皆様の代表、ですか?」
「はい。いつもはエルンスト殿下に邪魔されてアリスティア様にお声掛け出来ませんでしたから。実は、わたくしたち、アリスティア様の親衛隊を作りましたの」
言われた言葉はアリスティアには理解の範疇外だった。親衛隊。言葉の意味はわかる。しかしそれが"自分の親衛隊"となると、意味を成さなくなる。
アデリアを見つめる。
何度か瞬きをする。
殊更ゆっくりと呼吸をする。
自分の親衛隊。アリスティアを守る者たち。
警戒レベルを上げる。
この二年で、魔術を無詠唱で発動可能になったアリスティアだったが、その技術で自分の体に多重守護結界フルバージョンを張る。ついでにクロノスにも張っておく。
「親衛隊、でございますか? わたくしに?」
「はい。アリスティア様を守り、皇太子殿下のお心を安んじる為ですわ」
その言葉で理解した。
アリスティアの親衛隊とは口実だ。
内実は皇太子への接近が目的。
クロノスをチラッと見ると、彼も警戒レベルを上げたようだった。
「まだ一〇歳のわたくしに、親衛隊など不要ですわ。護衛なら専属護衛が三名おりますし、わたくしはこれでもミュルヒェ宮廷魔術師筆頭より戦略的魔術師の名を頂戴いたしておりますもの」
(訳:一〇歳の子供に何を言っていますの? 専属護衛三名、魔術師のトップからも戦略兵器扱いされてる魔術師だから親衛隊なんか要りません)
「まあ、アリスティア様。教室内では専属護衛を侍らす事は不可能ですわ。ですから、わたくしたち高位貴族クラスが一丸となって親衛隊としてアリスティア様をお守りすると」
「アデリア様? わたくしは、戦略的、魔術師、ですの。戦略的、の意味をおわかりになりませんか?」
途中で言葉を遮って、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「わたくし、やろうと思えば大陸一つ、滅ぼせる力を持っておりますの。それだけの力を持つという意味は、逆説的に個人レベルの戦闘くらい、訳ないと言う意味ですわ」
「実際、アリスティア様の中級魔術ですら上級の威力が出ますからね」
クロノスも援護してくれる。
「おそらく意図的に魔力を込めれば、アリスティア様は中級レベルで特級の威力を叩き出すと思いますよ」
「わたくしの専属護衛も、何かあれば飛び込んで来ますし、全員が近衛騎士の精鋭並の実力を持っておりますのよ。それこそ皇族警護並のものを、皇太子殿下がつけてくださいましたわ。あと、わたくしには皇王陛下からの監視がついておりますのよ? 皇太子殿下の婚約者なのですから、何かがあれば即刻連絡が行く手筈になっておりますわ」
(訳:専属護衛が即座に反応するし、近衛騎士並の実力を持つ者を皇太子がつけてくれてるの。それから皇王から監視ついてるから、貴女たちが何か手出しして来たら問答無用で連絡が飛びますよ)
本当に、自分には過ぎた待遇だと思う。
皇太子の婚約者という立場に伴う責任と引き換えの義務だと思っているが。
「アリスティア様、わたくしたちの細やかな喜びの為にも、親衛隊の存在を許してくださいまし?」
ため息が出る。
アリスティアは元々、こんな婉曲なやり取りは苦手だ。毒舌でスッパリはっきり断ち切りたい性格である。
なので、「公爵令嬢としての仮面」を脱ぎ捨てる事にした。
「皆様にははっきりと言わないと通じませんのね。ここまで断っているにも関わらずにまだゴリ押し致しますの? わたくしは、イヤだ、と申しておりますのよ。はっきり言いますわ。このクラスの方々が束になっても特級魔術師一人には敵いませんわ。親衛隊という体裁でわたくしを守ろうとしてくださるのはわかりますが、邪魔にしかなりません。戦略的魔術師とは、戦場の勝敗を一人で左右出来る存在ですわ。軍団が束になって向って来ても、わたくしが一人いれば事足りますの。実際、わたくし、以前にハルクト軍三個師団を壊滅に追い込んでますのよ」
「ティア」
アリスティアの隣にいきなり皇太子が現れた。転移での出現だ。
「ルーカス様。なぜこの場に?」
「不穏な気配を感じ取った。私はティアを戦場に送るつもりはないぞ?」
「また聞いておりましたのね。言葉の綾ですわ。少々苛ついておりまして」
「聞いていた。ご苦労だったな、ティア」
アリスティアを労う皇太子は、そのままアリスティアの肩を抱き、髪の毛にキスを落とした。
アリスティアは咄嗟に反応できない。
「っ!」
息を飲んで皇太子を見上げるだけ。
その顔は赤い。
(この前からなんだかおかしいわ。何も言い返せないなんて、わたくしらしくないわ)
アリスティアの顔を優しく見た皇太子は、その顔をクロノスに向けた。既にその時は厳しく冷ややかな顔つきに変わっていた。
「クロノス・タイラ・ナイジェル。ティアを守る様に言い付けた筈だが、なぜこの様な事態になっている」
「っ! 大変申し訳ありません、皇太子殿下。咄嗟に反応できず」
「そんなざまだと護衛としてティアに付けた意味がないだろう。だが今回は許そう」
明らかな苛立ちを含んだ絶対零度の金色の瞳が、アリスティアのすぐそばにいたアデリアを射竦めた。
「アデリア・コリーナ・セラ・ローザンヌ。そなたの家、ローザンヌ公爵家はまたティアに何かする気か。答えよ」
「っ! 皇太子殿下、ローザンヌ公爵家は、アリスティア様を害する気は毛頭ございません。また、分不相応な願いも持ち合わせてございません。姉ナタリアが、いつぞやは大変失礼を致しました」
「真実、ティアに何もする気はないと?」
「はい、誓って」
「ではなぜティアがこれ程までに苛立つ? 先程からティアは、親衛隊は必要無いと言っている。それを許せと臆面もなく強請るのはどう言う訳だ。答えよ!」
絶対零度の金色の瞳が教室中を睥睨する。
恐れ慄いて息を飲む音が教室中に広がった。
「は、はい、皇太子殿下。これがアリスティア様の為になると思いましてございます」
「ティアは先程、親衛隊の存在は邪魔だと申し渡した。それでも引く気はないと? ではもう少しわかり易く噛み砕いてやろう。
このクラス程度の人間が、ティアの壁にはなり得ぬ。弱すぎて足を引っ張る邪魔な存在としかならぬ。ティアの専属護衛の邪魔にしかならぬのだ。
アリスティア・クラリス・セラ・バークランドは、宮廷魔術師筆頭が認めた、フォルスター皇国唯一の戦略的魔術師だ。
戦場の状況を一人で塗り替える実力を持つ。
この意味を間違えるな。貴様らなどティアの何の役にも立たぬ。不愉快だ」
吐き捨てる皇太子からは怒気が溢れていた為に、教室内にいた生徒たちは、自分たちが皇太子の逆鱗に触れた事を悟った。
「も、申し訳ございません! 今後、二度とアリスティア様のお心を騒がせる事はしないと誓います!」
皇太子に深々と頭を下げ、恐怖に震えながらも謝罪するアデリアに、皇太子は鼻を鳴らした。
「ふん。以前のローザンヌ公爵家の茶会で二度目は無いと申し渡したが、あの時はナタリア・ツェルニーがやらかした事だから、今回とは違う。今回はアデリア・コリーナ、貴様がやらかした事だ。貴様の二度目は無いと思え」
「ありがたき幸せ」
アデリアは冷や汗を流しながら跪き続けた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。





