第63話 トラウマスイッチ
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皇太子を教室から追い出したら、教師から感謝されたアリスティアだった。
苦笑する。むしろ、今までホームルーム活動を邪魔していたのはこちらなのに、と思うのだが、多分、そういう事ではないのだろう、くらいは推測できるから。
入学式だから、授業がある訳でもない。
ただ、時間割と資料と副読本の配布があった。
それを、保存庫に入れていたら、隣の教室から黄色い悲鳴が聞こえて来た。
それで誰が何をしているのか推測できてしまうのはいかがなものか。
思わず遠い目をするアリスティアだった。
教師がホームルーム終了の宣言をした途端に、皇太子が教室のドアを開けて再度入ってきた。
「これからオーサの海岸に強制ご招待だ」
そんな事をほざき、凄く楽しそうに、でも傍から見たら悪事を考えていそうな、どこか不穏な笑顔で指を鳴らした。
パチンと音がしたと思ったら、既に転移は終了していた。
そして巻き込まれた教師三名と、強制転移させられた生徒たち──クロノスとアリスティア以外──が、驚愕の表情で立ち尽くしている。
「オーサへようこそ、新入生諸君。これからアリスティアの魔術ショーを見たまえ」
どこか芝居めいた口調で、ルーカスはアリスティアを促す。
「ティア、些事は我が引き受ける。ティアはストレス発散するつもりで魔術ショーを行え。魔力切れを起こしても我に任すが良い」
「では位相結界の構築をお願いしますわ」
そういうとアリスティアはルーカスに近づき、額に手を伸ばし指で触れた。
魔力を少し流すと、ルーカスの金色の瞳が面白そうに細められた。
指を離す。
「改良位相結界、二〇キロメートル」
最終宣言ワードを呟き、指を鳴らす。
パチン、と音がしたと思ったら、沖に結界が現れた。
「ではわたくしの番ですわね」
どの順番で披露しようかと逡巡する。
その後、決まった順番で魔術を発動していく。
最終的に、戦略的広範囲隕石落としと、戦略級超広範囲隕石雨を各々三段撃ちで三回披露すると、教師も生徒たちも声が出ない様子だった。
「やっぱりあなたは魔王だわ!」
突如として聞こえた声に、何事かとそちらを見ると、下位貴族クラスから歩いてくる少女がいた。紅茶色の髪に赤い瞳。珍しい色合いである。
はて?この世界に魔王っていたっけ?と、場違いな感想を持つ。
とりあえず、自分に四重結界を張り直す。
ルーカスを見ると、えらく不快そうだ。
「とりあえず、あなたはご自分の立場を考えなされませ。わたくしが話す前に口を開く事は、貴族位のマナーとしてあり得ませんわ。わたくし、公爵家の娘ですから。あなたは子爵位以下の爵位持ちのご令嬢でしょう?」
「その高慢な態度、いつか後悔するでしょうね! 私がこの国の次期皇太子妃なんだから!」
この娘は何を言っているのだ。
あまりの事に、呆けてしまった。
「控えよ、娘。貴様は正当なる次期皇太子妃のアリスティアを侮辱した」
「ルーカス様! お目覚めください! あなたはこの子供に騙されていますわ!」
「控えよ、と言った。貴様に我が名を呼ぶ権利は与えておらぬ。我が名を呼んでいいのは、側近たちと我が未来の妃アリスティアのみ」
パチン、と指を鳴らす皇太子。現れたのは、専属護衛の二人。
「この娘を捕縛せよ。未来の竜王妃を侮辱した」
「ルーカス様! 騙されてます!」
専属護衛が動き出す前。
紡がれた言葉に、不快そうにして。
ルーカスは、その娘を冷たい目で眺めた。
その途端。
「っ!」
くらり、とルーカスの体が傾ぐ。
慌てて駆け寄り、竜王の体を支える専属護衛二人。
何が起こった?
竜王様の体が傾ぐ?
あり得ない。あり得ない。あり得ない。
危険。危険。危険。
あの人が危険。
届かなくなってしまう。
何が?
届かない?
こころが。
かわく。
軋みをあげる。
いなくなってしまう。
ルーカスさま。
かわく。かわく。かわく。
いやだ。もう二度と、離れたくないのに。
離れたくない。
いやだ。いやだ。いやだ!
名を呼べ。
すぐに。
早く。
真名を呼べ。
ルーカス・レオンハルト・ドラグノアを呼べ!
奔流のような感情が吹き荒れる。
声に促される。
「ルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスター! ルーカス・レオンハルト・ドラグノア! 目を覚ましなさい!」
名前を呼んだ瞬間。
竜王の体から尋常ではない覇気が溢れ出した。
周囲がその覇気に当てられ、悲鳴が上がる。
「っ! ティア! 我が半身!
近衛兵! この娘、魅了を使う。目を見るな! 反逆罪で捕えよ!」
竜王が立ち上がり、地面を蹴った。飛び上がる。
「御意!」
「なぜ騙されたままなの⁉ ルーカス様、あなたは私を好きになるはずなのに!」
何を言っているのだろう?
頭のおかしい娘だったようだ。
竜王はアリスティアの隣に降り立った。
ルーカスは娘を完全に無視している。
娘は竜人の近衛兵に引き倒され、目を布で隠され、拘束されていた。
まだ何か叫ぼうとしているが、口にも猿轡が施されて何も言えなくなっていた。
「ティア、助かった。あの娘、魅了眼持ちだった。目を見たら囚われた」
「良かった、また、離れ離れになるのかと……」
涙が流れてくる。
また?
私は何を言っているのだろう?
黒い靄。
アンクレット。
猿轡。
拘束。
醜悪な顔。
迫りくる顎。
次々と思い浮かぶ悪夢の日。
──思い出してはいけない。
脂汗が出てくる。
──思い出すな。
心臓が痛い。
──忘れろ。
いきがくるしい。
──忘れろ。
こわい。こわい。こわい。
──忘れろ!
るー、かす、さま。
──絶対に守る。
るーかす、さま。
──いつもお前のそばにいる。
るーかすさま!こわい!
──大丈夫。大丈夫だ。絶対に我が守る。
だいじょうぶ?
──絶対に大丈夫。
こわくない?
──怖くない。我が守るのだから、大丈夫。
あんしんしていい?
──大丈夫。安心せよ。大丈夫だ。
そして、意識がブラックアウトした。
何かが起こってます。
頭のおかしな娘は当て馬です。
ヒロインではなく、ヒドインです(笑)
ここまで読んでくださり、ありがとうございますm(_ _)m





