第57話 リオネラ第三皇女の襲来
2019年9月22日改稿。
❍リオネラ第三皇女視点をバッサリ削除。
❍頭部分のアリスティア視点以外は、全てクロノス視点に変更。
❍状況説明、クロノスの思考などを加筆。
❍なぜかまた600文字ほど増えました……。
竜王の警護問題が片付き、一行は早速フォルスター皇国へ帰る事になったのだが。
竜王に少し待つように言われ、一行は客室で待機することになった。
相変わらず腰の軽い竜王だが、アリスティアにエルナードたちから離れない様に言いつけてから、転移で姿を消した。
離れない様に言いつけるくらいだから、長くかかるかと思いきや、間もなく戻ってきた竜王に、アリスティアは思わず「早いですわ!」とツッコんでしまった。
竜王は、笑いながら「ティアが心配だから早く戻ってきたのだ」と言って、アリスティアを恥ずかしがらせた。
そして、漸くフォルスター皇国の皇太子執務室に帰還したのである。
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竜の国から帰還して二日後、皇太子ルーカスが竜王の転生体だとの公式発表が行われた。
平民は単純に喜んだ。元々皇太子など平民にとっては雲の上の存在だから、人間だろうが竜王だろうが、関係ないといえば関係ないからである。
反対に貴族たちはこの発表に戸惑い、あちこちでコソコソと噂話に興じていたり、中には皇太子に直接真意を確かめたりする者も出た。
皇太子は、そういった押しかけてきた者に明らかに馬鹿にした笑みを見せて、
「私が竜王の転生体だろうがそうではなかろうが、私はこのフォルスター皇国の皇太子である事には変わりないと言うに。そこまで考えが及ばぬとは、貴様は何処に目を付けているのだ。それとも貴様は、我を、竜王を測れる立場だとでも言うのか?」
そう言って覇気を増大させ、押しかけてきた貴族をそれだけで慄かせ跪かせてみせた。
その上で、アリスティアが、
「ルーカス様、覇気が強すぎますわ。普通の人間だと呼吸困難になりましてよ」
と言うと、
「む。そうか。人間は脆弱だ」
と覇気を収めてみせたりした。
茶番だ、とクロノスは与えられた執務机で割り振られた仕事を行いながら、その様子を横目で見て思う。どうにも皇太子は、この事態を楽しんでる気がするのだ。
その証拠に。
「昨日は三人、突撃して来たな。今日は合計何人になるか、クロノス、賭けてみないか?」
といい笑顔で言って来たではないか。
クロノスは溜息を吐く。
「賭けません。殿下、仕事してください」
と言ったのだが。
「クロノス、殿下は既に明日の分までの仕事は終わってるよー」
「殿下は楽しみがあると、全力で仕事をこなすからねー」
と双子がのんびり言って来たではないか!
「殿下、やっぱりこの事態を楽しんでいたんですね⁉」
クロノスが非難を込めて言うと、
「当たり前ではないか。昨日も突撃して来た奴らに言ったが、竜王であってもなくても我はこの国の皇太子だぞ? そこを履き違えている馬鹿は、玩具にして遊んでやらんとな」
楽しそうに言うその姿は。
(美形ってどんな顔でもサマになってるんだから、得だよな。僕には真似できない)
少しばかり拗ねそうになってしまう。
「殿下、今日は多分、五人だと思いますわ」
「ティア、それは予測か?」
「まさか。単なる当てずっぽうですわよ?」
「ティアの当てずっぽうは、当たりそうな気がするな」
殿下が言うとシャレにならない気がするから辞めてほしい、とクロノスは切実に思った。
そこへ、扉の外が煩くなってるのが聞こえてきた。いつもと様子が違う。
アリスティアの専属護衛たちが、素早くアリスティアの周囲を固める。ルーカスも執務机を飛び越してアリスティアの側に立つ。
「ダリア、カテリーナ、ユージェニア。ティアは絶対に護れ。魔術行使を許可する。エルナード、クリストファー。援護をせよ。クロノスは後ろに下がっていろ」
流れるような警戒態勢を見て、クロノスは目を瞠った。慌てて言われた通りにする。
やがて外が静まり、扉が叩かれた。
「入れ」
ルーカスが声をかけると、扉が外から開かれる。中に入って来た人物は一目で高貴な女性とわかった。
「なんだ、リオネラか」
そう言いつつ、ルーカスは警戒態勢を解除しない。彼女に何があると言うのか、とクロノスも緊張を崩せない。
「お兄様、お久しぶりですわ。ご機嫌よう?」
「別に機嫌は悪くない」
「まあ、冷たいのね。せっかく妹が遊びに来ましたのに。今日は噂の真相を確かめに来ましたの。お兄様が、竜王の転生体というとってもくだらない噂のね」
リオネラ皇女は、ルーカスを見据えると傲慢に言い切った。
エルナードたちから少量の殺気が漏れて来ている。
「お前がくだらないと断ずるなら、そうだろうな」
しかしルーカスは取り合わない。
「あらあら。お兄様ったら、どうなさったの? もしかして、幼い子供にうつつを抜かして腑抜けになったのかしら? どれだけその子供の手練手管に誑かされたの? そう言えば最近は、皇宮の私室に帰っていないそうね? まさかと思うけど、お兄様ったら、その子供と一緒に住んでいるとか言わないでしょうね?」
エルナードたちの殺気が増大する。
それでもルーカスは反応しない。
その様子に、リオネラ皇女が一瞬、面白くなさそうな表情を見せたが、直後に今度は矛先を変えてきた。
「そこに座ってる子供がそうかしら? お前、名前は何というの?」
「リオネラ第三皇女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう。バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドと申します。皇太子補佐官見習いをさせていただいております。幼き身ゆえ、ご無礼がございましたらご容赦の程をお願い申し上げます」
アリスティアはスッと立ち上がると、淀みない挨拶をして見事なカーテシーを披露してみせた。
こんな子供からこれ程までに完成された挨拶を受けると思わなかったのだろう。リオネラ第三皇女は、明らかに怯んだ様子を見せた。
アリスティアを見ると、飄々としてリオネラ第三皇女の悪意を受け流していた。
クロノスは密かに感嘆する。
まだ社交界デビューもしていない年齢のアリスティアが、明確な悪意を受け流せるとは誰が予想できようか。
「アリスティアと言うのね。貴女、まだ子供なのに皇太子補佐官見習いとか嘘を言ってはだめよ。いくら宰相の娘でも許されないわ」
挨拶にケチをつけられないからと、リオネラ皇女はとんでもない言いがかりをつけてきた。ここに皇太子がいて、アリスティアの言葉を訂正しなかった時点で嘘ではないと言うのに。
「リオネラ第三皇女殿下に申し上げます。わたくしは嘘など申しておりません。教育要項精査会議に出席しておりますし、その際、ディートリヒ・バークランド宰相筆頭補佐官、クライス高等徴税官、ヴァイセンベルク財務大臣筆頭補佐官、マイエン高等弁務官、クライスラー内務大臣筆頭補佐官、ホフマン宮中伯、キール宮中伯、ミュルヒェ宮廷魔術師筆頭、ネルヴァ近衛騎士団総長も参加しておりますので、そちらにもご確認くださいませ。それと、皇太子殿下より任じられておりますれば、嘘かどうかは皇太子殿下が証明してくださいます」
「アリスティア・クラリス・セラ・バークランド公爵令嬢は、我が任じた皇太子補佐官見習いだ。年齢が幼いから見習いなだけであって、能力的には既に一人前の補佐官だ。更に、アリスティアは我の婚約者であり、特級魔術師だ。ミュルヒェ宮廷魔術師筆頭から、絶賛、宮廷魔術師団に誘われているぞ? 次代の宮廷魔術師筆頭としてな。貴様は、我の婚約者を嘘つき呼ばわりしたな。しかも、筆頭公爵家令嬢であるティアを、貶める発言を繰り返した」
急激に覇気が、膨れ上がる。
更に殺気も含まれ始めた。
リオネラ第三皇女以外は既に跪いており、呼吸困難に陥っているようだ。
覇気が更に膨れ上がった。既にこちらも冷や汗が出るレベルになっている。
とうとうリオネラ第三皇女も、覇気にやられて跪く。平気な顔をしているのはアリスティアだけだった。
「竜王陛下、殺気を収めてくださいませ。他の人間が呼吸困難になっておりますわ。このままでは死んでしまいます」
「む。人間とはなんと脆弱か」
まだ茶番を続けるつもりか、とクロノスは冷や汗を流しながら呆れる。アリスティアは実は貶められた事を怒っていたのかもしれない、と内心慄きながらアリスティアを見遣った。
「竜王陛下、覇気を抑えて貰っても大丈夫ですわよ? 魔術無効、状態異常無効、即死無効、物理攻撃無効の結界を張っていますもの。状態異常無効の効果は、毒無効・催眠無効・暗闇無効・麻痺無効、ですから、何をどう頑張ってもわたくしを害する事などできませんわ。何か仕掛けて来たら、海岸に転送して、位相結界を二重に張った上で広範囲隕石落とし三十四連発をお見舞いすればいいだけですわよ? わたくしが魔力切れを起こしたら、ルーカス様、お願いいたしますわね?」
やはり、アリスティアは激怒していたようだ。
幼女が紡ぐ壮絶な内容に、リオネラ第三皇女を始めとして、ついてきた侍女や侍従、専属護衛たちが蒼白になっている。
「ティアが魔力切れを起こしたら、我が介抱してやるから安心するが良い。何なら、我が魔力譲渡するか? 広範囲隕石落としの限度が増えるぞ?」
皇太子が煽っている。これは皇太子も激怒していたのだろう。
「魅力的な申し出ですけど、魔力譲渡には時間がかかりますでしょう? ですので、残念ですが今回は、諦めますわ」
「遠慮せずとも良いぞ。竜化した後で、ティアを舐めれば即効性があるぞ?」
「なめっ!? ルーカス様、わざわざ竜化しなければ出来ない魔力譲渡ならば、遠慮いたしますわ。多分、もう少し広範囲隕石落としの必要魔力量を削減できれば、あとの事を考えた場合でも四〇発まで増やせると思いますもの」
アリスティアの怒りはまだ治まっていないようだ。数字が、広範囲隕石落としを撃つ数字ではなくなっている。
「ティアは広範囲隕石落としの必要魔力量を削減できるのか?」
「簡単ですわよ? 魔力を薄める感じにすれば、使える魔術が増えますもの」
「思った通り、トンデモ理論だったな。魔力を薄めるなんて発想、普通の人間では辿り着かないぞ」
言いながら楽しそうに笑う皇太子に、アリスティアは首を傾げた。
「まあ良い。リオネラ」
呼ばれたリオネラ第三皇女は、大量の冷や汗を流しつつ、跪いたまま竜王の方を見る。その顔にはまだ、理解出来ない、と書かれている。
「貴様は我の逆鱗に触れた。人の身で我を測るばかりか、我が婚約者、我が半身アリスティアを愚弄した。人間とは真、他者を下に置かぬと気がすまぬようだな? 今回はアリスティアが自分で事態収拾に動いたからな、貴様の命は今しばらく生かしておいてやる。だが、竜王の目の前でのアリスティアへの侮辱は、二度目はないと思え」
ルーカスの金色の瞳が縦に裂けた。
リオネラ第三皇女は、恐怖に引き攣った。
「ひっ!」
リオネラ第三皇女の短い悲鳴が部屋に響く。
「ルーカス様。わたくし、ストレスで吐きそうですわ。海岸で広範囲隕石落とし撃ち放題したいですわ!」
アリスティアが突然、叫んだ。
「ティア。ストレスは発散せねばならんな。よかろう。オーサまでは我が連れて行こう。そう言えばティア。特別招待客は必要か?」
そう言いつつ、ルーカスはニヤリと嗤う。
その笑みを正確に理解したクロノスは、顔が引き攣るのを感じた。
「そうですわね。必要ですわ」
アリスティアはルーカスを見上げてにこりと微笑んだ。クロノスにはそれが、死神の微笑みに見えた。
「それと、ルーカス様。この前の閲兵式のお礼に、カイル様とアロイス・イーゼンブルク伯爵、ノルベルト・ヘッセン子爵、リーンハルト・ヴィルヘルム侯爵、ラファエル・フュルステンベルク侯爵、フリードリヒ・カステル子爵、ギュンター・テーリンク伯爵をお招きしたいですわ。ダメでしょうか?」
「ティアの実力を見せられるチャンスと言うわけか。暫し待て。カイルに確認を取る」
そう言うと、ルーカスは楽しそうに指をパチンと鳴らした。
ちなみに覇気はそのままなので、皇太子補佐官以外は全て跪いたままである。竜王とアリスティアの怒りのほどが知れた。
空間に、五〇センチ四方の半透明の映写膜が現れた。そこにルーカスが呼びかける。
「カイル」
『これは伯父上。如何かなさいましたか?』
「今からティアが、海岸で広範囲隕石落とし撃ち放題をするのだが」
『なんと。半身様の得意魔術ですか! それは見せていただけるのでしょうか?』
映写膜に現れた美青年に、リオネラ第三皇女の目が見開かれた。
クロノスはそれを冷めた目で見つめる。
「良いぞ。ティアがな、この前の閲兵式のお礼に、カイルと、近衛師団長と連隊長たちを招待したいと言っているが、都合はつくか?」
『伯父上。竜王陛下の半身様の招待ですよ? 我らが断るとお思いですか? すぐに都合をつけさせます』
映写膜の中の美青年は、嬉しそうに言った。
「重畳。ああ、そうだ。来る時は全員、竜化して来い。ただし、地上に降りたら竜化解除だ。位置情報はここだ」
『位置情報はわかりました。では、一時間以内に向かいます。音速を出しても?』
「ソニックブームには気をつけろ」
『では成層圏経由で伺います』
「そうしろ」
「カイル様。近衛師団長様と、連隊長様たちに、急にお呼びして申し訳無いとアリスティアが謝罪していたとお伝え願えますか?」
『アリスティア様は、なんとお優しい。ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。我らは竜王陛下とその半身であらせられるアリスティア様が第一なれば』
「重いですわ……」
『大丈夫、すぐに慣れますよ』
「カイル。では連絡を頼むぞ」
『御意。竜王陛下の仰せのままに』
その言葉とともに、映像は消えた。
「フェリクス」
『!? り、竜王陛下!?』
終わりだと思ったら、また次があった。しかも相手は皇王である。
クロノスは内心、頭を抱えた。
「ルーカス様!」
突如、バチンと音がして、そちらを見やれば、アリスティアがその小さな両手で竜王の両頬を挟んでいた。叩いたらしい。
「ティア、痛いぞ」
「皇王陛下は貴方の今生の父親ですと以前申し上げましたよね!? なぜに名前を呼び捨てになさいますの!? きちんと父親を敬われなさいませ!」
「あぁ。済まなかった。父上、お許しを」
『竜王陛下。公式の場で繕ってくださればそれ以外は構いません、と以前申し上げました。アリスティア嬢、そなたの心遣いはありがたく受けておく』
「ティア、いいか?」
「仕方ありませんわね。皇王陛下が仰られるのなら」
「と言うことで仕切り直しだ。皇王。リオネラが皇太子執務室に来た。そして我が竜王の転生体だという噂を、くだらない、と断じた上に、我が半身であるアリスティアを愚弄した」
『な、なんという事を。竜王陛下、処罰はいかようにも』
「良い。今は我が覇気で床に押さえつけている。このあと、ティアがオーサの海岸で魔術無双をする予定だが、そこにリオネラを連れて行く。拘束術で拘束するがな。皇王、そちも来るか? 我が国から、カイルと近衛師団長と連隊長たちを招待している」
『アリスティア嬢の噂の魔術無双ですな。それは見学させていただきたい』
「ならば三〇分以内で準備出来たら、皇太子執務室に集合だ」
『御意』
リオネラ第三皇女は青褪め、目は見開かれていた。
クロノスは冷笑する。
おそらく考えている事は、アリスティアの立場と自分の立場の違い。それと、皇王の立場と皇太子の立場が逆転している事。
ルーカスはこの国のみならず、この世界での絶対権力者である。それだけの力を持っている。
竜王とは今まで伝説の存在だった。
その伝説の中でさえ、絶対的な強さを誇っていた。
曰く、天候も変える事ができる。曰く、一晩で軍事大国三ヶ国を平らげ麾下に置いた。曰く、どうしようもなく悪辣な国を半日もかからずに滅ぼした。曰く、愛する半身に手出ししようとした国を一瞬で壊滅させた。
そんな伝説の存在が、今目の前にいるのだ。
そしてそんな存在が半身として溺愛するのがアリスティアという少女だ。
リオネラ第三皇女は竜王の逆鱗に触れたのだが、彼女自身にはそんな意識など無いのだろう。未だ怯えてはいるが、死が目の前にある人間の目ではない。
この高飛車で甘ったれた皇女に、どんな制裁が加えられるのだろうか。
クロノスがそんな事を考えているうちに、映写膜から皇王の映像が消えた。だが、映写膜自体はまだ存在している。まだ必要なのか、とクロノスは身構える。何かイヤな予感がする。
「宰相」
『え⁉ 竜王陛下⁉』
イヤな予感が当たった、と心の中で叫ぶ。
「ティアがこのあと、ストレス発散の為に、魔術無双を行う。興味があるならディートリヒと一緒に招待するが?」
『っ! 娘の実力を見た事がありませんからな。ありがたく招待をお受けいたします。ディートリヒにも準備させましょう』
「すまぬが、三〇分以内で準備できるか?」
『竜王陛下のお言葉とあらば、その通りにいたしますよ』
「重畳。ティアがストレスで弾けないうちに頼むぞ。皇太子執務室に集合だ」
『御意』
(これで終わりだよな)
希望を込めて、クロノスは映写膜を見つめた。
はたして映写幕は、宰相の姿と一緒に消えた。ホッとしてしまった。
そして、約三〇分後。
皇太子執務室に、拘束術で拘束されたリオネラ第三皇女一行と、集合した皇王、宰相、ディートリヒがいた。
「集まったな。オーサまで転移するが、転移後は暫く待ってもらう。我の国からも、招待しておる故な」
「御意。恐れながら、どなたを招待しておるので?」
皇王が尋ねる。
「ティアの希望で、我が甥カイルと、近衛師団長と、近衛連隊長六名だ。この前の閲兵式のお礼に、とな」
「アリスティア嬢は、律儀よの」
「素晴らしいものを見せて貰ったのですもの。お礼をして当然ですわ」
この少女はまだ八歳だというのに、どれだけの気遣いができるのだろうか、とクロノスは内心で感嘆する。
まだ八歳なのだ。して貰うのが当たり前と考える年齢の筈である。
それが、素晴らしいものを見せて貰ったからお礼をして当然、と言い切る。一端の貴族家の夫人の様だ、と考えたクロノスは、その瞬間に背筋に悪寒が走った。
ちらりと竜王を見遣れば、冷ややかな視線が飛んで来ていた。
自分の思考の何処がルーカスの琴線に触れたのかわからないが、とりあえずクロノスは死にたくはなかった。おそらくこれだろうと当りをつけた言葉に、付け加える。「まるで竜王陛下の奥方の様だ」と。
途端にクロノスの悪寒が消えたのだから、わかりやすすぎである。
「貴族は、して貰って当然と考えるのが普通なのだがな。アーノルド、どういう教育を施せばこうなる?」
皇王が心底不思議そうに宰相に尋ねていたが、当の宰相にも心当たりが無い様で、
「こればかりは、当人の資質としか」
と、苦笑した。
「では転移する」
竜王がそう言うが早いか、転移は終了し、皇太子執務室にいた面々は全て、オーサの海岸にいた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!





