第55話 トラウマの共有
下衆い記憶再び、ですので、苦手な方は回避をお願いします。
2019年9月22日改稿。
ルーカス視点の他に、クロノス視点、双子視点、皇王視点、ディートリヒ視点が混在していたのを、ルーカス視点に固定。
視点固定により、他者視点の削除と加筆修正を行う。
竜王はアリスティアの深層意識に接触した。
潜った訳ではないから、映像は見えて来ない。
会話と、その時にアリスティアが思った事だけしかわからない。
だが、今回はそれだけで良い筈だ。
そして。
「聞こえてきた」
即座にその場に、その聞こえてきた声を"流す"。
『君は、フォルスター皇国の皇太子の"お気に入り"だそうだね。それだけでも価値は高いが、更に、素晴らしい魔術の才能があるのだから、その利用価値は計り知れないのだよ』
『一度他の男に抱かれたものを、フォルスターの皇太子は許すかねぇ?』
『助けは来ない。期待するだけ無駄だよ、アリスティア・クラリス・セル・バークランド公爵令嬢? 我が皇帝陛下のお渡りは今夜だ』
『(助けは来ない?いいえ、絶対に助けに来てくれる。兄様たちも、ルーク兄様──ルーカス殿下も、絶対に私を助けてくれるわ。間に合わないかもしれないけど)』
『君の世話はこの侍女がする。ああ、魔術は危険だからね。発動できない様に、魔力封じの魔道具をつけさせてもらったよ。それと、君をここに招待してから三日経ってるよ』
『気が強いようだね。ふふふ。陛下好みだ、これは拾いものだね。アンヌ、今夜に備えてこの令嬢をきれいに準備しておけ』
『子供のくせに、余を睨むとはな。確か、フォルスター皇国の公爵令嬢だったか? 皇太子のお気に入りとか言う。手折るにはまだ幼いが、余興には良いか』
『近寄らないで下さいませ! わたくしに少しでも触れたら舌を噛み切ります!』
聞こえて来る会話に、アーノルドとディートリヒと皇王は嫌悪感を示し、エルナードとクリストファーからは殺気が漏れ、クロノスは真っ青になった。
『気が強いのは好みだ。だが、舌を噛み切られるのも面倒よ。"余の言う事を聞け"。』
『フン。気が強いのを徐々に服従させる過程も一興だが、時間がないらしいからな』
『まだ反抗的なままか。強情だな。しかし、接吻は初めてみたいだな。重畳』
『貴方には絶対に屈しないわ。幼女趣味の変態は死ねばいい!』
『余は幼女趣味などになった覚えはないな。そこにあるから手折る。ここは余の後宮だ。後宮に納められた女は、全て余のものだからな』
『一〇歳にもなってない少女に口付けておいて幼女趣味じゃないとは、笑わせるわ! 充分、変態じゃない!』
『そなたの国の皇太子はそなたがお気に入りなのだろう? だったら幼女趣味の変態ではないか。どう違う?』
『ルーカス殿下は、嫌がる幼女に無理やり口付けたりはしないわ! 話の通じる変態だもの!』
ここまで来て聞こえた声に、一瞬、場の緊張感が霧散した。
皇王と宰相がちらりと竜王を見ている気配がした。
後でアリスティアにお話しせねば、と憮然とする。
『話の通じる変態、か。そなたは皇太子に随分と懐いておるようだ。だが、今は余の後宮に納められた寵姫候補。数回、余が渡れば、寵姫に、定期的に訪えば寵妃に、子を設ければ后になる』
『お断りしますわ! 私を好きにする権利は貴方にはありませんわ!』
『理解力がないな。ここは余の後宮だと言っておろう? 後宮の花をどうしようと余の勝手だ。もちろんそなたも余の後宮の花の一輪だと言っておる』
『幼女趣味の変態に嫁ぐ為に妃教育を受けた訳ではないわ! わたくしの心はわたくしだけのもの! フォルスター皇国にいる殿下のものよ!』
竜王は息を呑む。
おそらくは無意識に出た言葉だろうが、アリスティアの本心が知れた事に、内側から喜びが湧き出てくる。
だが喜ぶのは後回しだ、と竜王は気を引き締める。
『 (いつか、舌を噛み切って死なないと。もう帰れない)』
『余が渡って三日目だというのに、まだ反抗的な目をしているな? アリスティア、お前が助け出される事はないと言うのに。余の寵愛を受け入れて生きるしかないのだぞ?』
『寵愛なんて要りませんわ。わたくしの心はわたくしだけのものです』
『強情なのは好みだが、些か強情過ぎるな。一度、本格的に手折らねば身の程がわからぬか』
知らず、竜王の殺気が膨れ上がった。
エルナードも、クリストファーも、ルーカスも、皇帝の下劣さに改めて怒りをつのらせた。
『気持ち悪い。嫌だ。だめ! 助けて!』
『体が動かない。なぜ魔術が使えないの!?』
『なぜ壊せないの!? なぜこんな目に遭うの!?』
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!』
『助けて、兄様! 助けて、父様! 助けて、ダリア姉様!』
『助けて、ルーカス殿下!!』
『「やっと呼んだか、ティア」』
ここで声は聞こえなくなった。
場は、静まり返っている。
聞こえた声だけでも、怒り狂える要素が多かったが、エルナードとクリストファーは、顔を強張らせて殺気を溢れさせていた。
アリスティアの恐怖を思うと、皇帝が生きていたら八つ裂きにしても飽きたらない、と竜王は思うが、実際は狼の群れに襲わせ、牙で体中引き裂かれ、既に嬲り殺していた。
報復対象はもう存在していないのだ。
今は殺気を収め、アリスティアのトラウマに対処する方が先であった。
「ティアの深層意識に残っていた会話とティアの思いだ。これを皆、覚えておけ。そしてティアのトラウマを刺激するな。もちろん、誘拐時のこの記憶を共有した事はティアには内密だ」
「「御意。ルーカス殿下。改めて、妹をよろしくお願いします」」
「今更だな。だが、ティアは我が半身。ティアの心までも護るのは我の務めだ」
そう言いつつ全員の顔を順に眺める。
クロノスが顔を青くし、吐瀉衝動に抗っているのが分かった。
ルーカスはクロノスに顔を向けた。
「す、すみま、せん、竜王陛下」
「よい。クロノス、気にするな。お前と父親は別人だ。我はお前を処罰しようとは思わぬ。吐き気を催すほど父親の下劣さが嫌なのだろう? ならば、そなたの心は清廉だ」
そう言って、ルーカスは治癒魔術をクロノスに施した。クロノスは吐き気が治まり、楽になったようだった。
「ありがとうございます」
「よい、気にするな。どうしても気になるなら、そうだな。その分を皇太子補佐官として、フォルスター皇国とフォルスター臣民国の政務に捧げよ」
その言葉にクロノスは目を瞠る。
そして。
「御意」
クロノスはルーカスの前に跪いた。
「竜王陛下。アリスティアの心の支えになってくださり、ありがとうございます。私は父親として、色々と言いたい事があると考えておりましたが、今回の共有で、既にアリスティアは貴方様に頼り切っている事を理解しました。今後も、どうぞよしなによろしくお願いします」
「硬いな、アーノルド。だがティアは任せよ。必ずやティアの心を治してやる」
竜王に任せれば大丈夫だと、言外に伝えたら、その声ならぬ声を正確に読み取ったらしいアーノルドが苦笑を零した。
まだ衝撃さめやらぬらしいのは、ディートリヒと皇王フェリクスである。
二人の顔は蒼白く、硬かった。
皇王もディートリヒも、おそらくはアリスティアを助けたいと考えて居る筈だ。
彼らが直接アリスティアを助けられる事はない。だが、立場を利用した環境整備はできるのだ。それに気づけるかどうかが、彼らの存在価値になる。
竜王は内心、二人に対して冷めた目で見ていた。
半身以外はどうでもいい。
それが竜王の判断の一端だが、もう一つの思考では、冷静な目で周囲を見て判断を下していた。
覚醒前は無意識に思考を分割していたようだが、覚醒した後は常に思考を分割し、並列思考で処理していた。
その冷静な方の思考で、この場の面々を見る。
竜王は、この場にいる人々の目から、正確にそれぞれの思いを読み取っていた。
「それぞれ、思う事はあろう。我も改めて思う事はあるが、それはそれぞれで心に仕舞っておけばよい事。大事なのは、ティアの心を治すことだ。
まだまだ事件からはそんなに経っておらぬ。ティアが受けた心の傷が治っておらぬのは道理。であれば、周囲が幼いティアを護るのも道理ではあるまいか?
我の補助を皆に頼みたい。ティアを治す為には、不用意にトラウマ・スイッチを押さぬ事が肝要。故に、ティアの深層意識に刻まれ、消えない傷となった言葉を皆に聞かせた。
今まではトラウマは人間の成人限定かと思っていたが、今回の件で、言葉でも追体験する事があるとわかったのだ。皆にも気を引き締めて欲しい」
見回すと、それぞれ頷く。
竜王は最後に溜息を一つ吐くと、その金色の瞳に憂いを載せて腕の中で眠るアリスティアを見た。
ここまで読んで下さりありがとうございます!





