第54話 フラッシュバック
また少し、話をどう展開させるか迷って更新が遅くなりました。
2019年9月22日改稿。
アリスティア視点とルーカス視点とクロノス視点が混在していたのを、ルーカス視点とクロノス視点に変更。
視点変更により若干の削除と若干の加筆修正。
中盤はクロノス視点。
晩餐会もそろそろ終わりかという頃、アリスティアは眠くなってきたのか、ルーカスの腕の中でうとうとし始めていた。
竜王の腕の中で胸に凭れて微睡むアリスティアの姿は、竜人・獣人貴族には微笑ましいものに映っているだろう、とルーカスは思う。
彼女が無自覚に振る舞う姿は愛らしく、撫でていたくなる。
アリスティアが竜王の半身でなければ、彼女は間違いなく竜人や獣人にも愛されていただろう事は間違いない。
そんなアリスティアは、竜王の腕の中で安心し切って体を預け、完全に寝入った事が見て取れた。
眠るアリスティアを抱え直し、ルーカスは一同に告げる。
「ティアを寝かせねばならんのでな、今日は我はここまでにするが、皆はもう少し歓談してて良いぞ」
その言葉に、参加貴族たちは軽く頭を下げる。
アリスティアはルーカスの腕の中で安心し切った様に胸に凭れて眠っていた。
「ダリア、カテリーナ、ユージェニア。ティアの警護を。マリア、アイラ、クレア、ティアの着替えを頼む」
「「「御意」」」
控えていた少女達が動く。
護衛は二名が前を警戒し、一名が後ろを警戒する。
その警戒網の中で、アリスティアを抱える竜王は中心に位置し、後衛の更に後ろに侍女達が続いた。
☆☆☆☆☆
竜王の一行が晩餐会場から消えると、騒めきが大きくなった。
「竜王陛下は半身様を本当に大事にしておられる」
高位貴族の一人が微笑ましそうに言うのを、クロノスは目の前のデザートを突きながら聞いていた。
「竜人には十歳差など、差にもならぬ。だが陛下もまだ幼竜ゆえ、半身と番いたいとも思わぬのだろうな」
「だが陛下は今生では人間の雄でもあるぞ?」
「人間の雄の衝動は、十三歳頃から始まるとか」
内容が一転、下劣になっている。
クロノスはうんざりした。
(竜王様は、アリスティア様をそれはもう、大事にしているし、人間より竜として在るからそんな衝動は殆ど感じない、って言ってたのに)
内容が内容だけに、反応するのが恥ずかしくて、クロノスはひたすらデザートのナッツ入りチョコレートケーキを突いていたのだが、残念ながらデザートは小さくて、すぐに無くなってしまった。
諦めて、果実水を飲む。
そこにナッツ入りチョコレートケーキが皿ごと差し出された。
驚いて顔を上げ、差し出された方向を見ると、隣に座っていたクリストファーだった。
更にもう一皿、ケーキが差し出される。
「僕たちの分、食べていいよ。クロノスは育ち盛りだからね」
クリストファーの普段は見ない優しさに瞠目してしまう。
「それに、あの手の話は子供には対応が難しいだろうからね。僕たちに任せておきなさい」
クリストファーが小声で言うのを、戸惑いつつも頷く。
(気がついていたのか?
いや、多分、『皇太子』がバカにされているからだな)
と思い直した。彼らは『皇太子』の側近で、『皇太子』を主と定めているのだ。
「人間は、理性を持っていますよ。大事な者なら、それこそ自分を犠牲にしてでも護るのが人間です」
「ルーカス殿下は、アリスティアが三歳の頃から、それこそ他の少年が関わらないように牽制しつつ、妹を溺愛していました」
「執務を全力でこなし、我が妹と遊ぶ時間を作る程に。そんな殿下が、妹が望まぬ事など絶対にしませんよ」
「ルーカス殿下は、アリスティアがそれはもう大事なんです。十五歳で竜王として覚醒しかけたのを封印する程に。アリスを怖がらせない為に、殿下はいつも無茶をする」
「殿下も仰られていましたよね?『半身至上主義だ』って。そんな、誰よりも、妹至上主義の僕たちよりも、大事にして愛しているアリスを、殿下が傷つけるような事は太陽が西から上っても絶対にあり得ません」
双子が、それはもういい笑顔で、でも底冷えしそうな雰囲気で、交代しつつ話すのをクロノスはびっくりしながら聞いていた。
いつものおちゃらけた雰囲気はどこなのだろう、と呆然として聞いているクロノス。
この雰囲気は、国の頂点を補佐する者に備わっているもので、宰相とか外務大臣とか、財務大臣とかが持っている雰囲気で、皇太子補佐官の持っていい雰囲気ではないと思う。
「我らの主であるルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスター殿下は、皇太子殿下であらせられます。皇太子とは、国の若者の標となる存在。常に誇り高く、真っ直ぐに、凛として立ち、我らの手本となるべく行動を律しておられます」
「我らの主を侮るのは、竜王陛下を侮る事と同じと心得られた方がいいと存じますが?」
「殿下がいくら、『己の評判など心底どうでもいい』と言っていたとしても、あの方の行動はいつでも『皇太子』なのですよ。そして、それは国の頂点に立つ者の姿です」
「生まれながらの王者です。竜王陛下の転生体だったのなら、理解できますね」
双子の口から飛び出す棘は、周囲に遠慮なくばら撒かれていた。
だが、それを止める存在もここにいた。
「やめよ、エルナード、クリストファー。我が愚息達が失礼しました、カイル殿」
「いいえ、アーノルド殿。こちらこそ、竜人達が失礼しました。ルーカス殿下を貶めるのは、竜王陛下を貶める事と同義、と言う事を弁えていない輩が混じってしまい、大変申し訳なく思います」
言いながらカイルが先ほど下劣な話をしていた竜人貴族をギロリと睨む。
貴族達は睨まれて小さくなった。
「雰囲気がおかしくなってしまいましたし、竜王陛下も半身様も下がってしまいましたから、そろそろ解散としましょう」
カイルがそう言うと、睨まれた貴族達はそそくさと挨拶をして退席していった。
クロノスもケーキの最後の一口を口に放り込みつつ、果実水を飲む。
咀嚼して飲み込み終わると、それを待っていたかのように、エルナードとクリストファーが、クロノスを促して退席した。
☆☆☆☆
翌朝、ルーカスは小さな唸り声が耳に届いて目覚めた。
目を開けると、アリスティアのすみれ色のきれいな瞳がルーカスを見つめていた。
輝く長い銀髪は真っ直ぐで癖がなく、零れそうな大きな瞳はきらきらと煌めいて鮮やかなすみれ色。眉毛と睫毛は髪色と同じ銀色で、眉毛は細くバランスのいい位置に配置されている。鼻は高すぎもせず低過ぎもせず、頬はほんのりと薄紅色に染まっており、唇はぷるんとして魅惑的。
そんな自らの魅力に気づきもせず、無自覚に笑顔を周囲に振りまく。
以前、アリスティアが自らの事を平凡だと評したが、これのどこが平凡だと言うのかと、竜王は少しばかり苛ついた。
口付けたい衝動が湧いてきて驚いたが、抗える分、まだマシであろう。
「おはよう、ティア。何か呻っていたようだが今朝のご機嫌はどうなのかな?」
何処か不機嫌さを僅かに湛えたアリスティアに尋ねる。
「おはようございます、ルーカス様。機嫌は悪くありませんわ。ただ……」
「ただ?」
「ルーカス様は、竜王陛下でいらっしゃるし、フォルスター皇国の皇太子殿下でもいらっしゃるのに、わたくしのような単なる公爵令嬢が、それも十歳も年下の子供がルーカス様の相手だなんて、いいのかしら、と思っていただけですわ。ルーカス様ならどんな美姫でもよりどり」
そこでアリスティアの言葉を止めた。ルーカスの、女性よりも無骨な人差し指でアリスティアの唇を抑えたのだ。
「ティア、また考えても詮無い事を。ティアは私の半身なのだ。どんな美姫にもティアの代わりは務まらぬよ」
それに、と続ける。
「公爵家には、漏れなく皇家の血が混じっている。身分的にも釣り合う。年齢差など、貴族の政略結婚ではよくある事だ。それに、ティアは単なる公爵令嬢ではないぞ? 魔術に関しては誰にも追随を許さぬ知識と技術力がある。これだけでも、私の婚約者では無かったら、国内の上位貴族家から引く手あまたになっていたのは間違いない」
アリスティアの頭を優しく撫でながら、ルーカスは事実を告げる。
五歳で筆頭魔術師を遥かに置き去りにする魔術の才能を示した彼女に、実際に魔術師の家系から婚約の打診があったのをルーカスは掴んでいた。
当時のルーカスは、婚約者にできないアリスティアを横取りされない様に、常に彼女の横にいて周囲に見せつけていた。子供っぽい独占欲だが、今となれば半身だと本能で感じ取っていた為の行動だと理解できる。
「ティアは自己評価が低すぎる。私がティアの能力を、政務能力も含めた能力を認めているのだぞ? 竜王たる私が、認めているのだ。ティアは価値があるのだと認めよ」
強い言葉で彼女に従うように強制する。アリスティアの様な者は、上位者からの強制の方が受け入れやすい。
だが、アリスティアの様子がいきなりおかしくなりだした。顔中に脂汗が吹き出し、瞳孔が拡散し、浅くて早い息を繰り返す。
「ティア!」
慌ててアリスティアに呼びかけるが、反応が薄い。
と思ったら、いきなり目を見開いた。
「あ、あ、あ、いや、だ……たす、けて!たすけて、るーかす、さま」
過呼吸だ、と頭に浮かんだ。
即座に口を覆い、人工呼吸の要領で二酸化炭素をゆっくりと送り込む。
一度口を離し、呼吸させ、もう一度口を覆って二酸化炭素をゆっくりと送り込んだ。
鼻から息が漏れない様に、アリスティアの鼻を摘むのを忘れてはいない。
ルーカスはアリスティアの呼吸が落ち着いて来たのを見計らい、人工呼吸をやめた。
「ティア! 私はここにいる! 大丈夫。大丈夫だから。怖くない。私は側にいる。大丈夫」
優しく抱きしめ、背中を撫でる。
何度も、大丈夫、と声をかける。
アリスティアの頭を胸に、心臓に近い位置に軽く押し付ける。
子供が心音を聞いて落ち着く、という。試して損はないだろう。
明らかにPTSDによるフラッシュバックが発症している。何が引き金となったのか。
慎重に頭の中を覗く。
『君は、フォルスター皇国の皇太子の"お気に入り"だそうだね。それだけでも価値は高いが、更に、素晴らしい魔術の才能があるのだから、その利用価値は計り知れないのだよ』
盛大に舌打ちしたい気分だが、腕の中で震えているアリスティアを慮り、舌打ちは我慢した。
だが、こんな事を言っていたのなら、簡単に首を刎ねるだけで済ますのでは無かった、と後悔する。
八つ裂きでも足りない。
もういないのだから、どうしようもないが。
アリスティアに、価値を認めさせるのは危険だとわかった。
今回は自分の落ち度だ。
十五歳当時の、封印を行った自分を殴りたい。封印しなければ、アリスティアをみすみす攫われたままにしなくても済んだ。そうすればこんなトラウマを持たせる事もなかったのだ。
「大丈夫。大丈夫だ。私はいつでもティアの側にいる。今度は必ずティアを守る」
アリスティアに言い聞かせるため、何度も大丈夫、と繰り返す。
次第にアリスティアの体から力が抜けていくのを感じた。
それでも、大丈夫、と繰り返す。
守る、と繰り返す。
何度も何度も繰り返して、言い聞かせる。
漸く安心したのか、アリスティアはルーカスの胸に頭をあてたまま、眠ったようだった。
☆☆☆☆☆
やがて、竜王付きの侍女がやってきた。
「医師を呼べ。アルドリク・シュナイダーだ。ティアが、フラッシュバックを起こした。それと、ティアの専属侍女のマリアとアイラとクレアを呼べ」
指示を出すと、侍女たちはすぐさま行動に移した。
すぐにアリスティアの専属侍女たちがやって来て、アリスティアを着替えさせようとした。
しかし、アリスティアは寝てしまっており、着替えさせられなかった。
仕方なく寝間着のままにしておく。
その後、三〇分も経たずにアルドリク・シュナイダーが、転移で連れて来られた。
「アルドリク、ティアがフラッシュバックを起こした。
症状は、瞳孔拡散、過呼吸、恐怖による錯乱。過呼吸には人工呼吸にて二酸化炭素を送り込む事で対処。錯乱には、安心する言葉を繰り返し言い聞かせ、心音を聞かせた」
「対処は見事でございます。人工呼吸とは何か、お聞きしたいところですが、後にしましょう。アリスティア様を診察させていただきます」
「頼む」
ルーカスは、慎重にアリスティアを離そうと動いたが、アリスティアがしっかり掴まっているため、診察しやすい様に寝かす事ができなかった。
「無理に離さなくともよろしいですよ。このままで失礼します」
アルドリクは、アリスティアの診察を進めていく。
「他には異変は有りませんな。心的外傷後ストレス障害によるフラッシュバックで確定でしょう。陛下、原因はわかっておるようですので、その原因の排除の徹底をお願いします。あとで、心が安らげる薬草をお持ちしましょう」
アルドリクの諫言に、ルーカスは頷く。
「朝早く、大儀であった」
「勿体なきお言葉」
アルドリクは帰って行った。
暫し考える。
アリスティアの周囲には、彼女の症状を伝え、『アリスティアの価値』について言及しないように口止めしなければならない。
「ふむ」
ルーカスは一人、頷くと、アリスティアの専属侍女を一人呼ぶ。
「ティアの家族と、フォルスター皇国皇王、それからクロノス、カイルを呼べ」
そう命じると、侍女は一礼して部屋の外に行った。
アリスティアを、念の為魔術で眠らせた。
そしてベッドから起き上がり、アリスティアを抱えてソファに座る。
その後、宰相アーノルド、ディートリヒ、エルナード、クリストファー、皇王、クロノス、カイルがぞろぞろとやってきた。
「今朝、ティアがフラッシュバックを起こした。瞳孔拡散、過呼吸、恐怖による錯乱が見られた。
即座に命に関わるものは対処した。医師に診て貰ったが、現在は身体は大丈夫、との事だった」
伝えた途端、双子から殺気が立ち上った。
「原因は、『ティアの価値』について話す事。価値、という言葉に反応してフラッシュバックを起こした。だから、今後、『ティアの価値』については話す事は禁止だ。
エルナード、クリストファー。殺気は仕舞え。ティアが起きる可能性がある」
アリスティアに絡めて注意したら、即座に殺気がなくなった。
「今回は私の落ち度だ。ティアは自己評価が低いからと、政務能力も含めた能力を竜王たる我が認めているのだから、ティア自身が認めよと促した結果がこれだ」
心底忌々しい、と思う。
生きていたら八つ裂きにしても足りない程の怒りを覚えた。
ルーカスは殺気が漏れ出そうになるのを意思の力でねじ伏せ、身の内に留めた。
「これから我は、ティアの深層意識に接触する。二度とティアに、フラッシュバックを起こさせぬ様に」
「陛下、お待ちください! 深層意識に潜るのは非常に危険でございます!」
カイルが焦って止めにかかる。
確かに深層意識に潜るのは危険だ。
だが、竜王が試みようとしているのは、深層意識に接触する事だ。潜るのではない。
「カイル。我がいつ、深層意識に潜る、と言った? 我が行うのは深層意識への接触だ。我の意識はこのままここにいる」
「え!? 接触、でございますか?」
「そうだ。だから暫し見届けよ」
そう言うと、竜王はアリスティアの頭に手を載せて目を瞑った。
アリスティアはトラウマが治っていません。
成人の人間を拒絶する他に、トラウマに引っ掛かるキーワードがある、という話です。
それと、症状に関してですが、実際のものとは異なると思います。
この件に関しては魔法のコトバ『小説だから!』で流してくださる事を望みます^^;
ここまで読んで下さりありがとうございます!





