第52話 父親の葛藤
2019年9月21日改稿。
若干の加筆のみ。
フォルスター皇国宰相アーノルドは、先ほど次男から提案された、皇太子に竜人の近衛を専属警護につける為の計画を頭の中で吟味していた。
そこではたと気がつく。
皇太子は竜化してナイジェル帝国に赴き、アリスティアを救出後、皇帝他数名を処刑し、確か後宮も解体したはずだ。その時に、竜王である事を隠さず、むしろ従属国にする為に積極的に正体を利用していた節がある。
だとしたら、『竜王の転生体』でまだ覚醒していない、という欺瞞情報はばら撒く意味がない。
しかし、竜の国はおそらくは表に出たがらないだろう。だとすると、どういう理由をつければいいのか。
竜王である、という事を公表してしまうか?
それなら竜人の護衛は当然と受け入れられるか?
いや、竜王である、という事実の公表はいいとして、竜人の護衛を、竜人であるという事実を隠したままつけるか?
思考の迷路に嵌りそうになったが、一人で考えても無理なのだ。
ならば、護衛対象本人と、護衛をつけようとしている竜の国と話し合う事が一番の解決方法ではないか。
ならば、今は考えるべきではない。
そう結論付けて、アーノルドは一旦思考を切り替えた。
☆☆☆☆
愛娘のアリスティアは、竜王と一緒に竜王の私室で待っているという。
ルーカスは、傍目にもアリスティアを溺愛しているが、双子の息子たちから聞いた話だと、アリスティアの前世の人格から父性愛で育てて欲しいとお願いされたという。
その話を聞いた時、アーノルドという血の繋がった父親がいるのに、皇太子本人に父性愛で育てろとはどういう事だと、そのアリスティアの前世の人格とやらに詰め寄りたい気持ちになった。
昔であれば、前世などと言われたら、頭の病気を疑っていたが、皇太子が竜王の転生体で、実際に竜の国で竜王として敬われ、更には竜化して見せた。転生は在るのだと証明されたばかりなのだから、アリスティアが転生者なのだと言われれば信じるしかない。
そしてその転生前の人格がお願いした父性愛での育成の為に、竜の本能を残し、本性だけを封印したという。難易度最凶級の封印だったらしい。つまり、失敗すれば大変な事になるわけだ。
そんな難しい封印を、娘のお願いで簡単に行うのだから、本当に娘を愛してくれているのだろう。
父親として、娘を他の男に任せるのは癪だが──しかも娘はまだ八歳なのだ──、当の娘が、トラウマにより人間の成人を拒絶してしまうのだ。成人でも大丈夫なのは、身内認定した者のみ、という。身内認定された面子を見たら、アリスティアの周囲にいて娘を溺愛して止まない者たちだった。その身内認定に、自分が入っていないのは衝撃だったが。
そんなトラウマを持ってしまったアリスティアの為に、皇太子は離宮を用意させ、竜の国からわざわざ竜人と獣人の使用人を雇い、アリスティアの評判の為に婚約者になって、生活環境を整えた。そして、一人で寝ると悪夢に苛まれるアリスティアを安心させる為に添い寝をしているという。
添い寝の事は、父親としては不満だが、父性愛で育成する為にわざわざ竜の本性に封印まで施した皇太子の事だから、トラウマになった皇帝のように無体は働かないだろう、くらいは信じられる。大いに言いたい事はあるが。
いくら婚約者とは言え、未婚の男女が同衾するのはいかがなものか、と言いたいのだが、どうも皇太子は覚醒後は人間としてよりも竜として在るようで、人間の価値観など毛の先ほども気にしておらず、竜の価値観で物事を判断している節がある。気にするのはアリスティアの評判のみで、皇太子としての評判が地に落ちようと政務には関係ない、と切り捨てた、らしい。
確かに言うとおりなのだが、と考える。
アリスティア救出後、ナイジェル帝国、現フォルスター臣民国から帰還して来ていた時には宰相府からいきなり転移させられて驚いたし、皇太子が竜王だと聞いたが。
ナイジェル帝国を、事後承諾で従属国としてくれたせいで、仕事が増大したのだ。情報の共有が出来なかったのはそのせいで──いや、言い訳はやめよう。確かに誘拐事件の前までの情報をディートリヒと共有していなかったのは、アーノルドの落ち度だ。皇太子とアリスティアが関わり始めたのが三歳の時なのだから、それから五年も経っている。いくらでも情報共有できた筈なのだから。
アリスティアが何処ぞの魔術師に攫われた、と聞いた時に、魔力量も技量も国内最大で最強の娘が、易々と攫われた事に驚いた。だが、まだどこかで娘は自力で帰って来ると思っていた。それだけの能力が娘にはあったし、筆頭魔術師にすら恐れられる技量も持っていたのだから。
皇太子と側近である双子の息子たちが、アリスティアの救出の為に皇太子の持てる権力を全て使って国内をしらみ潰しに捜索していた。外国に向けては、友好国には大使に連絡を入れ、そうでない国には密偵を送っていたと聞く。
誘拐された翌日、まだ見つからないと連絡を受けて事態の深刻さを初めて認識した自分より、即日捜索を始めた皇太子と双子の息子たちの方がよほど事態の深刻さを理解していたのだ。
それでも悲劇は避けられなかった。
ギリギリでも、アリスティアの純潔が守られた上で救出できたのは幸いなのだろうが、そのせいでアリスティアは人間の成人を拒絶するようになってしまった。
それでも、そんなアリスティアの為に無償の愛を注ぎ、アリスティアが暮らしやすい様に環境を整え、悪評から盾になってアリスティアを守る皇太子──竜王が側にいるのは、幸いだと断言できる。
医者も拒絶し、医療知識のある産婆も拒絶してしまい、公爵家でずっと仕えてくれた侍女も拒絶対象だったのだ。公爵家では、まともな生活が望めなかった事は理解できた。
だが。
と嘆息する。
父親としては、愛娘に頼って欲しかった。
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