第49話 はしゃぐ竜王②
長くなったので、更に分割しました。
2019年9月20日、改稿。
・全面ルーカス視点に変更。
・アリスティア視点、クロノス視点、ディートリヒ視点、双子視点、カイル視点を削除。
・他者視点の削除に伴い、ルーカスの心情や説明的な事を加筆。
(7681文字→10264文字(空白・改行含む)まで増えましたw)
皇太子はアリスティアをソファに座らせると、少し用事があると告げて執務室を出た。
出た途端に執務室の中からエルナードとクリストファーが歓声を上げているのがルーカスの耳に届いた。
ルーカスは竜王として覚醒してから、耳が良くなっている。割と小さな声や人間では聞き取れない距離の声も拾える様になった。だから聞こえているのだが。
少しばかり面白くはないが、双子の活力を奪う事もあるまいと、基本的には好きな様にアリスティアを撫でさせている。
今はそれよりも、用事を済ませねば、と皇宮の廊下を進んだ。
用事は皇王への謁見。
皇王への謁見の体を取りながらも、実際は竜王が皇王を謁見している様なものだ。
その皇王の執務室と、皇太子の執務室は離れた位置に設えられていた。
これは、万が一を考えての配置である。
その万が一の事態として考えられているのは、伝染病と戦時の事。戦時と一口に言っても、内戦、反乱、敵国の侵攻などがある。
ルーカスに言わせれば、どれもこれも馬鹿らしい想定である。伝染病がひと度猛威を奮うなら、執務室を離していても中で仕事をする人間が感染するだろうし、戦時の想定でも、皇宮の中に入り込まれている時点で逃走も出来ないような状況なのだから、執務室を離して設置する意味などないと思っている。
だが人間はとかくこの様な備えをしたがる。
それをいちいち否定しても面倒な事態になるのだから、放置しておく方がいい。
だが今回の様に、用事がある場合に離れていると時間を取られる。それが腹立たしかった。
途中ですれ違う女官や上級使用人たちから頭を下げられるのを尽く無視し、行きあった貴族から声を掛けられても絶対零度の瞳を向ければ相手は黙る。暫く歩いて漸く目的地の扉の前についた。
扉を守る様に立っている近衛に、皇王に取り継ぐ様に伝えその場で待っていると、中に入って皇王から返事を貰った近衛が戻ってきて、中に入る様に伝えて来た。
開けられた扉から中に入ると、政務官や補佐官が立ち上がって出て来るところだった。
扉の前から皇王の方に歩き出すと、皇王からソファを勧められ、ルーカスは遠慮なくソファに座った。
補佐官が出ると、近衛が扉を閉める。
皇王の執務室の中にはルーカスと皇王のみになった。
「竜王陛下、此度はどの様なご用でしょうか」
皇王が竜王に尋ねてくる。
緊張が見て取れる皇王を、密かに嗤いながらも竜王は口を開いた。
「三日後に竜の国で閲兵式を執り行う。竜王親政式だ。そなたも見学に来ると良い」
「み、三日後、ですか?」
突然告げられた事に、皇王は戸惑っている様だった。
竜王はゆっくりと口を開く。皇王の目を射竦めながら。
「見学者は皇王フェリクス、バークランド宰相アーノルド、宰相筆頭補佐官ディートリヒ、皇太子筆頭補佐官エルナード、皇太子補佐官クリストファー、皇太子補佐官見習いクロノス。親政式には我と半身であるアリスティアが参加する事になっている。拒否権はない。三日後に竜の国近衛師団の竜王親政式を見学に行けるように予定を空けろ。帰還は翌日だから、そのつもりでいろ」
皇太子であった時にはこんな物言いはしなかった。父親とはいえ一国の王。皇太子という地位で他者の上に君臨する以上、更にその上に君臨する王に不遜な物言いは許されず、皇太子としてある場合は常に王の家臣として振る舞う事を求められていた。
だがルーカスが竜王として覚醒してしまえばその関係は逆転する。竜王は世界を統べる事が可能な存在だからだ。圧倒的な強さでもって世界を従える事が可能な存在が竜王なのだから、たかだか一国の王程度が敵うわけが無い。
であれば皇王が、さっさと人払いをして竜王に膝を屈した方がいいと判断しても仕方がないと言えよう。
「御心のままに、竜王陛下」
だから皇王がそう答えを返し、頭を下げた時、竜王は冷笑を浮かべてしまった。
人間とはなんと脆弱な生き物なのかと。
「では三日後、皇太子執務室に朝九時に集合だ。遅れるなよ?」
「遅れません。確かに九時と承りました」
集合時間を告げると、皇王はしっかりと頷きながら了承した。
それを見た竜王は、用事は済んだとソファを立った。
そして皇王の執務室から出て、外で待っていた政務官や補佐官達に謁見は終わった旨を伝え、自分の執務室の方向に歩き出した。
だが、ルーカスは既に長い道のりに飽きていた。だから廊下の途中で転移する。転移先は自分の執務室の扉の前で、警備を務めている近衛は驚いていたが、目の前に現れた事に対して驚いただけであろう。
扉の前に立った竜王の耳に、中の会話が聞こえてくる。扉は厚く、普通の人間には聞こえる筈がないが、竜王の耳はしっかり会話を拾った。
『アリスティア様。僕、エルナード様たちから聞いたんですが、竜族で食事を食べさせる『給餌』という行為は、半身である竜族の雄の特権で、それは他の雄には絶対にさせない、兄弟ですらさせないそうです。なので、僕の命を可哀想に思ってくださるなら、絶対に食べさせてなんて言わないでください! 僕まだ死にたくないんで!』
『わ、わかりましたわ……。でも焼き菓子は食べたいですわね。んー……でしたら、焼き菓子の載った皿をこちらに持って来てくださいます? そこからわたくしが取って自分で食べれば問題ありませんわよね?』
会話の内容を聞いて、竜王がすぐに執務室に入ると、クロノスが少し困った様な表情を浮かべていた。困っているのは焼き菓子の件だとわかるが、皇太子は何も知らない振りをしてアリスティアのそばに行く。
そうすると予想通りクロノスがルーカスに焼き菓子の件を聞いてきた。
「クロノス。よくぞ回避したな。皿に載せた食べ物を持って行って与えるのも給餌に当たる。命拾いしたな」
「イヤな予感が当たっていたよ! アリスティア様、聞きましたよね!? 僕、アリスティア様に関わりたくない!」
「ルーカス様! 先に説明しておいてくださいまし! 知らないうちに死に追いやるなんて事になりたくありませんわ!」
アリスティアに涙目で訴えられると、ルーカスは慌てる。半身を泣かせたい訳ではないのだ。だからアリスティアの頭を撫でて、機嫌を取った。
ちなみにアリスティアは、今はクリストファーの腕の中にいる。頭を撫で回されて、髪の毛が凄い状態になっていた。
「とりあえず、三日後に行くメンバーの都合はつけた。三日後を楽しみにしていろ」
「殿下、拒否権のない強制参加の行事を楽しみにできるほど子供じゃありません」
「エルナード。さっきの我とカイル──竜王代理の話を聞いていなかったのか? ティアの可愛い可愛い軍服姿が見られるぞ? 竜の国の最高のデザイナーが、ティアに似合う様に仕立てるからな」
「殿下の鬼畜! そんなご褒美があったら行かないわけにはいかないじゃないか!」
「クリストファーはどうだ?」
「最高に可愛いティアを、後で撫でさせてくれるのならもの凄く行きたい!」
「ちょっとルーカス様! わたくしの拒否権はございませんの!?」
「ティア。少しの間だけ我慢してくれ。後で我が撫でてやるから」
「むー。それなら仕方ありませんわ」
良くも悪くも素直な半身に、竜王は柔らかい笑みを向けた。
この素直で優しく愛しい子を慈しみ守らねば、という想いが彼の心を占める。
アリスティアを見ていると、どこか危なっかしくて微笑ましく、可愛い。アリスティアを父性愛で育ててくれと頼んだ彼女の前世の人格は、こんなところが放って置けなくて己に頼んだのだろうか、と竜王は会話した平民の娘らしき人格を思い出す。
アリスティアというルーカスの半身。
彼女が幼い頃に出会えた幸運には感謝しかない。
竜族で半身に出会える確率は十パーセント程度だ。大概は百年程待って出会えなかったら諦めて普通に伴侶と結婚する。伴侶となる者は、大抵が婚約者だ。竜族の婚約は、半身が見つかった場合は解消される前提で結ばれる。中には婚約者が半身だったという強運な場合もあるが、そんな事は稀で、相手の家格や魔力の相性で決められる。人間の貴族と殆ど同じだが、違うのは魔力の相性を重視している点だろう。魔力の相性が悪ければ伴侶として一緒に居られないからだ。
翻って見てみると、さすが半身とも言おうか、竜王とアリスティアの魔力の相性は水の精霊王が言った通りとても良い。誘拐事件でアリスティアが竜王の名前を呼んだ時に、即座に位置が判明しその場に転移できた事からも分かるように、念話の感度も最高である。半身ではない伴侶との念話は、愛を交わし合った後でないとチャンネルが開かないのだ。
ただ、アリスティアが半身だとしても彼女がルーカスを半身だと意識していない段階でのチャンネル開通は、正直に言うと賭けの様なものだった。だが、彼女はルーカスを一番頼っている事を念話のチャンネル開通という事実で証明してみせた。ルーカスにとっては、口で愛を伝えられるよりもよほど嬉しい事実だった。
むくれている可愛い半身を眺めていたら、クロノスから話しかけられた。
ルーカスはチラとそちらを見る。
クロノスの斜め後ろにはディートリヒが呆然として立ち尽くしていた。
「殿下。そろそろ解散ですか?」
「ふむ。そうだな」
「では殿下、ディートリヒ様を帰して差し上げてよろしいでしょうか?」
「ああ、まだいたのか」
竜王の言葉にクロノスの顔が呆れたものになる。
「ここで一番身分が高い殿下からの許しがなければ、勝手に帰る事もできませんよ。だから茶番はそこまでにして、早く僕も帰してください」
「クロノスも随分と辛辣になって来たな」
「殿下とエルナード様とクリストファー様が、いつでも何処でも茶番を繰り広げるから、僕かアリスティア様がツッコまないと茶番が終わらないでしょう? だから辛辣にならざるを得ませんよ」
「なるほど。私達のせいか」
「殺伐とした職場よりはよほどいい雰囲気ですから、別にツッコみがイヤな訳ではありませんよ。それより早く帰してください。皇宮内に部屋を与えられているとは言え、僕はまだ監視対象ですからね」
クロノスの言葉を聞いたルーカスは、そう言えば伝えてなかったと気がついた。
「監視なんぞ外したぞ?」
「は!?」
思わずと言った体で、クロノスの口から間抜けな声が出る。
どういう事かと尋ねられたので、クロノスに反抗心が無いとわかったから監視は必要ない、と皇王と宰相と外交府に伝え、監視を解除したのだと伝えた。
「そなたに伝え忘れていて悪かったな。許せ」
そうクロノスに言ったのだが、クロノスは目を見開き驚きを表していた。
仮にもナイジェル帝国の皇太子だったのだから、感情を制御せずに表すのはどうかと思う。だが、逆に言ってしまうと、取り繕う必要性がなくなったから素直に感情を顕にしているとも言えた。
クロノスは、とりあえず監視がなくても部屋でのんびりしたいからと言って、ルーカスから退室の許可を貰っていた。
✩✩✩✩✩
そして、皇太子が待ちに待った閲兵式の日がやって来た。
アリスティアと専属護衛たちを伴い、皇太子執務室に到着したら、既にディートリヒと宰相とエルナードとクリストファーとクロノスが待っていた。
そして、皇王が時間より早く到着しており、みんなの顔が緊張で固くなっていた。
アリスティアがソファに座っている皇王の前まで進み出た。
「皇王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
優雅にカーテシーで皇王に挨拶するアリスティアに、皇王が柔らかい笑みを向けた。
「アリスティア、久しいな。息災か?」
「はい、陛下。先日熱を出してしまいましたが、大事に至らぬうちに熱は下がりましてございます」
「さようか。体を大事にいたせよ」
「勿体なきお言葉。では御前を失礼致しまして」
そう言ったアリスティアは、皇太子に厳しい顔をして向き合った。
何を言うつもりなのかと思えば。
「殿下? どういう事ですの? サクサク吐いてくださいまし?」
にっこりと笑って言うアリスティアの目は全く笑っておらず、皇太子は若干怯んで目を逸らしつつ、
「……先日、来るように伝えた」
と白状した。
「脅かしましたね?」
「……」
皇太子が質問にどう答えようか迷っていたら、
「 殿 下 。 脅 か し ま し た ね ? 」
アリスティアは威圧が使えない筈なのに、その言葉にも表情にも圧力があって。
幼女なのに凄みがあるのはなぜなのか。
という気持ちは、きっとその場にいた全員が感じたものだろう。
「……ハイ」
皇太子は渋々認めた。
「馬鹿ですの!? 父親を脅す息子がどの世界にいますか謝罪なさいましというか頭を下げてきちんと謝罪しないと許しませんわよ!?」
アリスティアは怒りに任せて一息に言ったものだから、酸素が足りなくなってゼーゼーしてしまってる。
「普段から傲慢だと思ってましたが、ここまで傲岸不遜だとは思いもよりませんでしたわ! 馬鹿は死ななきゃ治らないと言いますから、一度広範囲隕石落としを浴びてみましょうか? 三十発残弾がありますから一発程度、撃っても毛ほども困りませんし?」
広範囲隕石落としの単語に、皇太子補佐官たち以外がギョッとし、残弾三十発に目を剥いた。
広範囲殲滅魔術であるステラリット・メテオリテは、一部で戦略級と言われるように必要魔力量も大きく、普通なら連発など出来ないのが常識である。
それをアリスティアは三十発撃てると明言したのだから、慄くのも無理はなかろう。
「ティア、広範囲隕石落としはまずいからやめような?」
皇太子は困った様に止める。
広範囲隕石落とし以外ならいいのか、というツッコみがクロノスから出そうなものだが、彼は沈黙を守っていた。
「ここでは撃ちませんわよ、流石に。転移で海岸に出れば位相結界で囲って差し上げますからそこで味わうといいですわ?」
「すまん、ティア! そんなに怒るとは思わなかった! もう脅さないから許してくれ」
「謝罪する相手はわたくしではなく皇王陛下ですわよ!」
「陛下、大変申し訳なかった」
シュンと項垂れて皇王に謝罪する竜王を見て、皇王を始め皇太子が竜王だとわかっている補佐官たち以外の、この場にいる他の面子は、ギョッとして顔を青ざめさせた。
「さすがアリス、竜王が相手でも辛辣さは変わらないね」
とエルナードが言えば、
「アリスから辛辣さを取ったら面白みがないじゃないか」
とクリストファーが受ける。
双子は、どこまでものんびりしていた。
その脇でクロノスが青ざめた顔のまま皇太子を見つめているのだから、ろくでもない事しか考えていないだろう、とルーカスはあたりをつけた。
「ティア、謝罪したが、どうであろうか?」
おろおろとアリスティアに確認する皇太子。
ため息を吐いて、彼女は皇太子をまっすぐに見つめてきた。
「本当は陛下に確認すべきですが、わたくしがやる訳にも行かないので、反省したとみなします。もう脅さないでくださいましね?」
「誓って。ティアに嫌われたら辛いから」
悄然と項垂れる皇太子と、腰に両手を当ててそれを見上げ説教する幼女の図は、傍から見たら微笑ましいだろう。だが、現在の皇太子にはその状況を楽しむ気持ちは湧かなかった。
今の皇太子にとって、アリスティアに嫌われる事は死活問題なのである。
「アリス、落ち着いた?」
「殿下との約束だから、僕たちに撫でさせてね」
空気を読まない双子である。
ススス、と寄ってきたと思ったら流れるようにアリスティアを抱え、にこにこと頭を撫で始めた。
「兄様たちは相変わらずの妹馬鹿ですわね。髪型をぐちゃぐちゃにしないで下さいませ」
「安定のアリスの辛辣さに、心が温まるよ」
「今のセリフの何処に心温まる部分があったのか心底不思議ですわ。変態発言はやめてくださいまし。鳥肌が立ちますわ!」
「いつも辛辣なアリスの罵倒は、僕たちの活力源だね、クリストファー」
「そうだね。これを聞かなきゃ一日が始まった気がしないよね」
「変態発言はやめてと言ったはずですわ、兄様たち! その口を閉じないと、撫でさせませんわよ!」
「アリスを撫でられないなんて絶望しかないよ!」
「わかった。口を閉じておく」
「妹馬鹿も程々にしておいてくださいまし。ルーカス様、後で撫で直しを要求しますわ!」
「ティアが望むならいくらでも」
アリスティアの可愛い要求に、皇太子は一安心した。
アリスティアは暫くエルナードとクリストファーによる撫で回しを受け、彼女の乱れてしまった髪は専属護衛のカテリーナが整えていた。
この妹至上主義ぶりに慣れていない皇王は目を見開いて驚いていたが、他は見慣れてしまっていてスルーしていた。
「さて、妹至上主義馬鹿によるティアの撫で回しも終わったところで、早速竜の国へと転移する。みんな、立ってくれ」
皇太子はそう言うとアリスティアをごく自然に抱き上げ、皇王が立ち上がるのを待ち、指をパチンと鳴らして転移した。
転移先は、荘厳な宮殿の前である。
宮殿前に突然現れた一行を、警備の兵士が何者かと警戒したが、ルーカスが覇気を体に纏わせると、即座に跪いた。
兵士に声をかけて、ルーカスは一行を引き連れて宮殿内に入る。
宮殿の廊下は広く、天井も非常に高い。竜化した状態でも通過できるようになっているのだが、初めて来た者たちはそんな事は知らないため、広いとしか感じなかった。
やがて立派な造りの扉の前に着くと、ルーカスは扉脇に立って護衛している近衛兵に、開けろと命令した。
兵士が扉を開けると、そこは執務室だった。
ルーカスを先頭にしてぞろぞろと入って行ったが、アリスティアを除き、一行は入っていいのかと悩んでいるようだった。
「カイル。少し早かったか?」
「伯父上。いえ、来ていただきありがとうございます」
「紹介しよう。この男が、数千年前、我が死んだ後に竜王代理を引き受けてくれた甥のカイル・エッケハルデンだ」
「はじめまして。カイル・エッケハルデン公爵です」
「此方が今生の我の父親の、フォルスター皇国皇王だ」
「フォルスター皇国皇王、フェリクス・アルター・セル・フォルスターです」
皇王は少し緊張しているのか、笑顔が硬い。
無理もないだろう、と竜王は思う。
今まで皇王は国外に出た事など殆どなく、謁見相手も自分より身分は下であり、鷹揚に頷くだけで良かったのだ。それが自分の息子がよりによって竜王の転生体で、謙る必要があったのだ。そして竜の国まで連れて来られて、竜王代理に遭わせられ、その相手が息子の甥だと言われているのだ。ルーカスとカイルの関係性を伝えられて軽く混乱してしまったのだろう。
そこに、カイルが無自覚に爆弾発言を投げ込む。
「伯父上の父上ですか。竜の国は、伯父上がフォルスター皇国に在る間は、友好関係でいましょう。今後は良き関係を築いて行きましょうね」
まさかの竜の国からの友好国の打診に、皇王は戸惑いながら、宰相を見やった。しかしその宰相も困惑の色が濃い。
ルーカスはため息を吐く。
「カイル、その話はまたあとだ。宰相、自己紹介を」
「は。フォルスター皇国宰相、アーノルド・ニクラス・セル・バークランド公爵です」
「それだけでは足りぬ。我が半身、アリスティアの父親だと言わねば」
「おお! 陛下の半身様の父君でいらっしゃいますか! それではもてなしを」
「それは後だと言うておろう。次、ディートリヒ、自己紹介せよ」
「フォルスター皇国宰相筆頭補佐官、ディートリヒ・カミル・セル・バークランド、アリスティアの一番上の兄です」
皇太子の──竜王の言葉を受けて、ディートリヒは戸惑いを顔に浮かべながら自己紹介した。
紹介内容に満足する。
「フォルスター皇国皇太子筆頭補佐官、エルナード・フォルト・セル・バークランド、アリスティアの次兄です」
「同じく皇太子補佐官、クリストファー・ティノ・セル・バークランド。アリスティアの三番目の兄です」
「フォルスター皇国皇太子補佐官見習い、クロノス・タイラ・ナイジェル。僕が何故ここにいるかわかりません」
クロノスが自己紹介をした途端に、竜王代理というカイルから殺気が溢れた。
「カイル、殺気を抑えろ。クロノスは確かにナイジェル帝国の元皇太子だが、我が公爵位を与え、臣下とした。色々と聡い子供だ。父親のした事を恥じておるし、軽蔑もしておるよ。反抗心はないから心配するな」
「……御意」
カイルから溢れていた殺気が収まる。
クロノスをチラリと見遣ると、明らかにホッとしていた。
「次、ダリア、自己紹介しろ」
「御意。フォルスター皇国、皇太子補佐官見習いアリスティア様付専属護衛、近衛騎士のダリア・スレイシア・セラ・レシオです。レシオ侯爵家次女で、火の精霊とアリスティア様の守護契約を結んでおります」
「ほう。アリスティア様の守護契約を」
「エルナードは風の精霊と、クリストファーは土の精霊と守護契約を結んでおる」
「なるほど。皆さん、アリスティア様の縁者なのですね。だとしたら、閲兵式の後に歓迎の宴を開かねばなりませんね」
「その辺は任せる。ところでな、カイル」
竜王は、そわそわし出した。
「アリスティア様の軍服でございましょう? 出来上がっておりますよ」
「そうか!! ならば、急ぎ、侍女に着替えを申し付けよ。ああ、専属侍女を置いて来てしまったな」
その言葉とともに指が鳴らされる。
パチン、という軽快な音とともに、侍女が3人現れた。
「マリア、アイラ、クレア。ティアを用意された軍服に着替えさせろ」
一瞬、驚いていた侍女たちだったが、アリスティアを見て落ち着いたようだった。
「畏まりました。アリスティア様。お着替えに向かいましょう?」
「アイラとクレアは、アリスティアが緊張するようなら獣耳と尻尾を出して緊張感を解してやってくれ」
「それくらい、お安い御用ですわ、竜王陛下」
「我らの獣耳と尻尾くらいでアリスティア様の心の安寧が得られるならいくらでも出しますわ」
「重畳。ティア、可愛く装っておいで」
「ルーカス様。わたくし、軍服マニアではありませんけど、結構楽しみですわ」
「ティアに似合う様に、オーダーメイドで仕立てさせたからね。絶対、ティアが最強に可愛くなるよ」
そう言ったあと、竜王はカイルに向き直った。
「カイル、我の軍服はあるか?」
「先日、ご帰還した際に仕立てさせて置きました」
「重畳。いつもの如く、見事な手腕だな」
「勿体なきお言葉」
カイルは頭を下げた。
「我も着替える。客人を閲兵式会場へ案内せよ」
「御意」
アリスティアと侍女三人、専属護衛の三人がアリスティアの着替えに付き添って執務室から出ていき、続いて竜王が執務室を出た。
後ろではカイルがアリスティアの家族と皇王とクロノスを案内する旨の声が聞こえてきた。おそらくカイルは思っているだろう。「竜王である伯父が連れて来たのだ。粗相があってはならない」と。カイルはそんな実直な竜人だ。
そのカイルに任せておけば、人間の世話は完璧に熟してくれるだろう。
竜王は、思わずくつくつと笑った。
数千年前に、人間を厭い、国を異界の中に隠した竜王の意識が、現状を困惑の面持ちで見ているのを感じたが、その意識をねじ伏せ、無理やり今の竜王の意識に混ぜ合わせた。
前世の人格を完璧に再現する予定はないのだ。ねじ伏せ、取り込んでこそ竜王となる。
アリスティアの着替えたあとの可愛い姿を想像しながら、竜王は不敵な笑みを口元に乗せていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます!





