第47話 竜王様と大(おお)兄様
今までのあらすじの様な感じです。
なので、読みたくない人は次をお待ちください。
2019年9月19日改稿。
視点をルーカスに固定し、加筆修正。
ディートリヒ視点の削除。
「皇太子執務室だ。ソファに座れ。クロノス、茶を淹れろ」
「御意」
「殿下、もう離してくださいませ」
「いや、もう少しこのままで。今日はよく頑張ったな」
ルーカスはアリスティアの頭を撫でた。
言葉の優しさに、アリスティアの頬が緩んだ。こんな些細な褒め言葉でも、アリスティアは喜ぶ。彼女はどれだけ過酷な勉強をしてきたのかと、ルーカスは痛ましく思った。
「ありがとうございます、ルーカス様」
だがアリスティアは、無邪気に皇太子の胸に頭をぽすん、と寄せた。
「アリス! お兄様は許しませんよ!」
「アリス! 男はみんな狼なんだぞ!」
途端に双子が騒ぎ出す。
「エル兄様クリス兄様煩いですわ! ルーカス様は狼ではなく竜ですわよ!」
「そうだけどそういう事じゃない!」
エルナードのツッコミは正しいが、今は時間が惜しい。
このまま黙っていると、際限なく兄妹のコントが続けられるだろう事は容易に想像できた。
だからルーカスはそれを黙らせる必要がある。
「エルナードとクリストファー。黙っていろ。追い出されたくないならばな」
皇太子が威圧を込めて双子を見遣ると、双子は不満げながらも大人しく引き下がった。
「ティア。すまんな」
ルーカスが呟いた瞬間、アリスティアは眠りに落ちた。
「ティアのトラウマに関する事ゆえ、眠って貰った」
「お気遣い、ありがとうございます。しかし、アリスティアは本当に殿下に心を許しているのですね。こんなに甘えるなんて」
「そう見えるのなら重畳。さて、どう話したものやら」
ルーカスは逡巡する。
「ディートリヒ。ティアが幼い頃に魔力暴走を起こした事は?」
「は? もう魔力暴走を起こしていたのですか!?」
「そこからか……エルナード、クリストファー。何故教えておかぬ」
「父上が既に話したものと思っておりました」
「まあ良い。私とティアの出会いから話す事になるとは思わなかったが」
そうしてルーカスは語る。
エルナードの不用意な一言によりアリスティアに興味を抱いた事。
翌日、見に行った事。
脅かすつもりで少し威圧したのに三歳のアリスティアがそれを受け止め、見事な淑女の挨拶を返し、カーテシーを披露した事。
驚いてうっかり威圧を強めたら、アリスティアが魔力暴走を起こした事。
宰相とエルナードたちが結界を張って周囲への被害軽減に努めたが、魔力の調整を出来る大人がいなかった為に、ルーカスがそれを行った事。
その後、アリスティアが発熱し、その時に前世を思い出していたようだ、という事。
まだ回復し切っていない時に魔力量を計ったら、当時のルーカスより膨大で興味がますます湧いた事。
その当時から、アリスティアが成人したら妃にしようと考えていた事。
アリスティアに慣れて貰う為にバークランド公爵邸に三日毎に通い、アリスティアと遊んだ事。
「殿下、必死でしたよね。アリスにルーク兄様と呼ばせて」
「アリスが可愛いから仕方ないけど、デレデレになってたもんな」
「お前たち、殿下に対して不敬極まるぞ!」
「良い、ディートリヒ。あの当時は確かにそうだったからな。何故に幼子にここまで惹かれるのかと思ったが、後に理由は判明した。だが、まだそこまで話は進んでおらぬから暫し待て」
そう言って、ルーカスは話し続ける。
妃教育がハードだから、たまには息抜きにピクニックに連れて行こうとエルナードが計画し、アルバ湖畔に連れて行ったところ、水の精霊王、火の精霊王、土の精霊王、風の精霊王から、アリスティアが愛し子だと告げられた事。
この時点で、ディートリヒの目は限界まで見開かれた。
それを無視して続ける。
ルーカスは水の精霊たちと守護契約した事。
エルナードは風の精霊たちと守護契約した事。
クリストファーは土の精霊たちと守護契約した事。
後に、火の精霊王の要請で、ダリアが火の精霊たちと守護契約した事。
守護契約の条件は、アリスティアの守護。
その為、アリスティアの安全を考え、守護者が周囲に集まれる様に、五歳ではあるが、アリスティアを皇太子の執務室に出仕させた事。
勉強の進捗を見る一環として、宮廷魔術師団の訓練場で、アリスティアの魔術を披露して貰った事。その際、遊びに来ていた風の精霊王が訓練場の結界をガチガチに強化した事。
アリスティアは、間違いなく五歳で特級魔術師だった事、更にはオリジナル魔術までも披露した事。
その後、フェザー辺境伯領で、魔物のスタンピードが起こりかけていた報告を受けた事、その魔物一万ニ二千匹以上を一人で殲滅し、ついでに隣国ハルクト王国の陰謀を暴いた事。
その陰謀が、魔物を召喚し、人工的にスタンピードを起こしてフォルスター皇国に侵攻する事だったので、ハルクト王国の王宮に召喚転送させた事、それでハルクト王国の王族と、過激派貴族当主が全滅した事。
この時点で、ディートリヒは呆然としていた。
だが皇太子は続ける。
別の隣国のルオー王国から難民が流れて来ており、辺境の街や村の治安が悪化して来た事、それを長期で解決する為と、国の技術力を底上げする為の政策案をアリスティアが提案した事。
それを施策したところ、うまく行った事。
その辺は、ディートリヒでも覚えていたらしく、微かに頷いていた。
八歳になるまでは平穏だった事。
バークランド公爵家の親族のお茶会に誘われ、近衛第一連隊第二大隊から女性騎士を二名、警護に増やした事。
その帰りの道中で、アリスティアがナイジェル帝国の特級魔術師に攫われた事。
当時、ルーカスはそれを察知できず、救出に五日も掛かった事。
その五日目に光の精霊王が来て、ルーカスの自己封印を解除した事、自己封印は十五歳の時に覚醒しかけた時になぜか封印してしまった事、封印解除で覚醒し、竜王の転生体だった事に気がついた事、覚醒した事でアリスティアの気配をナイジェル帝国から感じ竜化してナイジェル帝国に向かった事。
「ここからは、ティアの記憶を読み取り知り得た事実だ」
皇太子はそう前置きして、衝撃的な内容を口にした。
アリスティアは、攫われて三日目に目が覚め、その時、既に魔力封じの魔道具を合計二十五個も付けられていた事、その魔道具は魔力を吸い取るもので、魔術の発動も阻害する事。
誘拐を指示した壮年の男に皇帝に捧げられる、と告げられた事、ルーカス皇太子の"お気に入り"で、特級魔術師だから利用価値が高いと告げられた事。
ルーカスとエルナードたち兄二人が助けに来てくれる事は信じていたが、間に合わなかったら自決する覚悟を決めていた事。
皇帝の「渡り」が三日目の夜からあると告げられた事、アリスティアの世話の為に付けられた侍女が彼女の髪の毛を掴んで引き摺り回した事。
人間の成人の女に恐怖心を抱く事になったのはこの女のせいである事。
皇帝に従属の魔術をかけられ、体が動かせなくなり、ディープキスで口内を蹂躙された事。
それが翌日もあった事。
五日目に皇帝が、従わないアリスティアに業を煮やし、本格的にアリスティアの純潔を奪おうとしていた事。
人間の成人男性に恐怖心を抱く事になったのは間違いなくこの皇帝のせいである事。
話しているうちに、怒りが再燃したルーカスは怒気を溢れさせてしまい、その怒気を初めて浴びたディートリヒが震え上がっていた。
「ギリギリの瞬間に、我が名を呼んでくれた故にな、間に合った。ティアは汚されてはおらぬ。だが、壁を粉砕し中へ入った時に、ティアは裸に剥かれていた。怒りで頭が煮えそうだった。竜王としての力を解放し、ナイジェル帝国など滅ぼしてしまおうかとも思ったが。ティアは何も知らぬ民を殺す事を喜ばぬ。だから、皇帝とその一族を根絶やしにしようかと思ったのだがな」
ディートリヒの視線がチラ、とクロノスに向かったのが見えた。クロノスを見ると蒼白になっている。
改めて父親の所業を聞いて、内心で恥じて、父親に軽蔑の感情を向けているのだろうか。
ルーカスは、今は読心を使う必要はない為に発動していない。だからクロノスの心の声は聞こえない。
「皇帝を魔術で浮かせ、宮殿の中の玉座の間に行き、皇帝は重力障壁で押さえつけておき、その間にティアを直接攫った男と、攫う事を指示した男は首を刎ねた。ティアを引き摺り回した侍女は、同様に髪の毛を魔術で掴んで引き摺り回し、空中にぶら下げて鎌鼬で体を引き裂いて処刑した。皇帝は城門に貼り付け、狼の群れを転移させて、体を牙で引き裂いて嬲り殺した」
話しているうちに感情が昂ぶり、瞳孔が縦に裂けたのがわかった。
人間ではあり得ない現象に、皇太子が竜王だという事がディートリヒに漸く飲み込めたらしい。
「全ての処刑内容は、拡声魔術と映像転写魔術で、ナイジェル帝国全ての貴族と民に見せつけた。その上で、死か従属か選ばせた。その結果、元ナイジェル帝国は、フォルスター皇国の従属国となった。後は知っていよう」
そして竜王は一息ついてから告げる。
「アリスティア・クラリス・セラ・バークランドは、我、竜王の半身。永遠の伴侶である。半身同士は、相手からいい匂いがして惹かれるのだ。我がまだ覚醒前にティアに惹かれたのは、竜の本能の部分で半身だと理解していたのだろう。
竜は半身を一途に愛し守る。半身が害されたらその国を滅ぼす事も厭わない。竜は半身が何歳でも構わない。だが幼すぎる場合、成体、成人になるまで慈しみ育てる事もする」
壮絶な内容を告げられたディートリヒは、ぎこちなく双子の弟を見やっていた。
双子は、面白くなさそうに聞いている。
「ティアは、誘拐された事により心的外傷を持ってしまった。医師も医療知識のある産婆も受け付けぬ。皇宮の侍女も受け付けなかった。バークランド公爵邸で、今まで仕えていた侍女に会わせたが、それも拒絶反応を示した。
だから、ティアが人間の世界でなんとか暮らせる様に、皇王に離宮を用意させた。エルゼ宮でティアの身の回りの世話をする使用人たちと使用人を纏める執事たちは、竜人と獣人から選抜した。ティアは、人間と違う特徴を出した竜人と獣人には拒絶反応を示さなかったからな」
そして皇太子は専属護衛の方を見やる。
護衛の女騎士たちのうち二人が、一歩前に進み出た。
「ダリア以外の専属護衛は、狼族獣人と虎族獣人だ。二人とも、耳と尻尾を出してみせよ」
「御意」
二人が同意した途端、頭の上に特徴的な耳が生え、女騎士服のスカートの裾から尻尾が飛び出た。
「あと、専属侍女三人は、竜人と兎族獣人と犬族獣人をティアが選んだ。
エルゼ宮の内部の準備には、竜の国から臨時で手伝いとして竜人と獣人を七十名。元々雇用した使用人たち三十名。そして急遽雇った竜人執事三名と、庭師五名。専属護衛三名、専属侍女三名、そして我とティアで総勢百十六名で、エルゼ宮に大転移した。百名に内部を調えさせている間に、ティアが発熱した」
ディートリヒは息を詰めて聞いている。
あまりの情報の多さに、理解が及ばないのかと心配になるが、次期宰相として教育されて来た男なのだから、理解が及ばない事はないのだと思い直した。
ルーカスは続ける。
「ティアが熱を出した夜、夕食を寝室の隣の部屋で、エルナードたちと食べていたのだが。ティアに食べさせたが三口しか食べられなかったな。まあそれは良いが。
ティアが、熱に浮かされたのか、ファンタジー、と呟いた。
その意味を問えば、口を開いたのはティアであってティアではない存在だった。それが、ティアの前世の人格部分が前面に出たものだと、少し話した後に告げられた。
前世の人格から、異世界の情報を得たあとに言われたのだ。竜王の愛が重すぎてティアが戸惑っているのだと。発熱もそれが原因らしいからな。
前世の人格から、ティアの精神が成熟するまで育ててほしい、と言われた。だから我は、翌朝、竜の本性の部分にのみ、つまり、半身を腕の中に囲い込み、他の雄に近寄らせず見せもせず、ひたすらに溺愛する本能と言える部分のみに、期間限定の封印を施した。竜王の部分は残さねばならぬからな、難易度最凶級だったぞ」
封印を掛ける前の気持ちを思い出し、くつくつと嗤ったルーカスを、ディートリヒが得体の知れぬ者を見る目で見つめてきた。
「今は、ティアを慈しみ育てている最中だ」
皇太子は穏やかな顔で腕の中で眠っているアリスティアを見つめた。
皇太子は知らない。
ディートリヒが、妹は幸せなのかと疑問を感じた事を。
ここまで読んで下さりありがとうございます!





