第44話 クロノス
2019年9月18日改稿。
双子視点の削除と加筆。
全面的にクロノス視点に変更。
執務室に転移で現れた皇太子に、エルナードとクリストファーは執務机から声をかけた。
「殿下、アリスの容態は?」
「医師の見立てでは、もう大丈夫だそうだ。明日からはここに連れてくる」
「原因はストレスだと聞きましたけど、ストレス発散させていたんですよね? 足りなかったのかなぁ?」
広範囲隕石落としを連発するアリスティアが、そんなにストレスを溜めているようには見えないクロノス。小首を傾げて皇太子に聞くと。
「いや、ストレスの原因は私だ。何やら私の愛が重すぎた様でな。反省して少し控えようかと」
クロノスは驚いた。竜王が控える、と言ったからだ。
というか、愛が重い自覚が無かったのかと呆れる。
「クロノス。竜の愛は重いのが普通なのだ。半身を囲い込んで他の雄に見せないし近づけないのが常態だからな。しかし私はティアが溌剌としているのが好きだから、ここに来るのを止めないし、今後も止めるつもりはないのだぞ? 他の竜の雄よりよほど心が広いと思わぬか?」
(なぜ自分が考えた事がわかるんだ!? 心を読むのは反対!)
クロノスは混乱した。
「ふむ。ティアの世話の為に読心の魔術を常時展開していたが、今後はやめておくか」
「読心の魔術!? そこまでするの!?」
クロノスはついツッコんでしまった。
「愛する半身の望みを叶える為に、持てる能力を全力で使うだけだぞ?」
「ものっ凄く重い! そりゃアリスティア様がストレス感じますよ!」
「竜族の雄の常識なのだが……」
「人間ではあり得ません!」
「む。そうか」
「ちょっと待って! 殿下は元々人間でしょうが!」
「覚醒した時にな、人間部分が薄くなったのだ」
「それまで生きて来た記憶も無くなったの!?」
クロノスのツッコみが続く。
竜王は、一瞬、目線を上にずらし……。
「記憶は、あるな。確かに今までの『知識』は、竜族の常識とは違う事を示唆しておる」
「人間の常識を知識として覚えているなら、ちゃんと使おうよ!? 何の為の知識なの!?」
「言われてみれば確かにそうだな。ふむ。私もティアの事を言えぬな」
何が面白いのか、くつくつと笑う竜王。
「ふむ。もう少し、人間らしく振る舞うか」
そう、竜王が独りごちた途端。
竜王の気配が変わった。
竜王という超越者から、もう少し親しみのある存在へ。
さながら、神から人へと変わったようだった。
「ああ、人間だ」
だから、クロノスはつい、安堵の溜息とともに呟いてしまった。
「少しは人間らしくなったか?」
「殿下の気配がガラッと変わりましたからね、人間側に」
「今までは人間離れしてたもんな」
書類を捌きつつ、クロノスと皇太子の話を聞いていたエルナードとクリストファーが答える。
「お前たちは私が竜王でもブレなかったではないか」
「アリスが懐いていたし?」
「アリスに何かしようともしなかったし」
「相変わらずの妹至上主義だな」
皇太子は呆れたように零す。
エルナードとクリストファーにとっては、竜王は皇太子であり主だろう事は明白で、多少の不満はあれども彼らが溺愛する妹を任せるほどには信頼もしている様にクロノスには見えている。
「この際だから殿下にはお話ししておきますけど、僕たちにとっての判断基準はアリスなんですよ」
「エルナードの言うとおりで、その判断基準が世間からすれば歪んでいる事も理解しています」
「でも僕とクリストファーは、それを直すつもりもないし、直す必要性も感じません」
「僕たちにとっての幸せは、アリスが幸せでいる事なんですよ。だから殿下。アリスを泣かせる様な事はなさらないでくださいね」
双子の言葉を聞いたクロノスは、そこまで妹至上主義を拗らせているのかと戦慄した。
✩✩✩✩✩
「殿下! アリス成分が足りない!」
「まだ執務中だ、我慢しろ」
「殿下の横暴!」
「文句があるなら仕事を早く終わらせるんだな。終わったら、エルゼ宮に来てティアを撫でていいぞ」
「え!? 殿下が自らアリスを撫でる許可を出しただと!?」
「相変わらず失礼だな。私はティアには溌剌としていて欲しいからな。ティアが心を許しているそなたたちを蔑ろにする気はない」
皇太子とエルナードとクリストファーのコントを聞くともなしに聞いていたクロノスは、つい、ツッコんでしまう。
「殿下も清々しいほどのアリスティア様至上主義ですね」
「何を当然の事を今更。ティアは私の半身だからな。でなければナイジェル帝国まで竜化して助け出しに行かんし、ティアを攫った国だ、滅ぼす事も考えた。だがな、ティアはそんな事は望まない。だから私が、いや、フォルスター皇国の属国として治める事にした。ナイジェル帝国の貴族と民に選択肢は与えたがな」
皇太子の言葉に、クロノスは当時の事を思い出す。
圧倒的な力でもって後宮の壁を粉砕してアリスティアを救出し、実際に攫った男と指示を出した男の頸を刎ね、苛んだ侍女をなぶり殺し、父皇帝を狼の群れでなぶり殺してみせた竜王。
その後、確かに死か従属かの選択肢を与えられた。選択肢と言っても、死にたくなければ従属一択だったが。
でも、と考える。
これ程の絶対強者の半身──伴侶を攫ったのだ。有無を言わさず滅ぼされても仕方がなかった。それなのに選択肢を与えられたのだから、感謝こそすれ恨むのは筋違いだろう。
それに、フォルスター皇国皇太子ルーカスの下で政務を教えて貰ってわかった事は、フォルスター皇国は属国となった元ナイジェル帝国に圧政を施すつもりはなく、むしろ以前よりよほど民の為の政策を行っている。
属国に教育政策を施すなど普通なら考えられないのに、それを当然の事として行おうとしている。
為政者としての格の違いを感じさせられる。
元皇太子としては、本来なら嫉妬すべきところなのだろうが──年齢差があるから嫉妬にならない。むしろ尊敬する。
結局のところクロノスは、竜王を自らが生涯をかけて仕える主と定めたのだ。今更何を言われたところで、それが覆る事はない。父親を殺されたとしても、その父親が軽蔑すべき人物だったなら殺されても仕方ない、とクロノスは達観していた。
「エルナード様、クリストファー様。殿下の気が変わらぬうちに仕事を終えてしまいましょう。終わったら思う存分、アリスティア様を愛でればいいのです」
「クロノスが僕たちの操縦を覚えた!」
「アリスを出されると、頑張らざるを得ない!」
賑やかな双子である。
これで殿下と同じ年齢なのだから、不思議である。
もっとも、執務能力は高い。顔が良く、仕事もできるとなれば、普通は女性が放って置かないのだが、双子は皇宮の中では妹至上主義で有名だった。
だから、女性からは彼らに近寄らないのだ。
この前、妹至上主義を知らないと思われる貴族女性から双子が声をかけられていたようだが、彼らは清々しい程の妹至上主義だった。
「君と出掛けて僕に何の利益があるのかな? そんな時間があるなら僕は可愛い妹を思う存分、愛でるよ」とエルナード。
「あ、ごめん。君とは無理だ。君は妹みたいに愛らしくないし、香水臭い。頭も悪そうだね。僕の妹は、外国語を三ヵ国語、自国語みたいに操れるけど、君はできる? 政策の提案ができる? 民を守る為に魔物一万匹以上を即時殲滅できる? 自分より国を優先して考えられる?」とクリストファー。
クリストファーの方が随分と辛辣だ。
心を折られた女性は、二度と彼らに近寄らない。
それでいいのかとも思わなくもないのだが、本人たちが気にしていないのだから、周りがどうこう言っても仕方ないのだ。触らぬ神に祟りなし。放置である。
「別に、僕はエルナード様たちの操縦を覚えたとは思ってませんよ? 仕事が早く終われば自由時間が増えるなぁ、と思うだけで。その為には利用できるものは利用しないと」
「言うようになったね」
エルナードが若干呆れたように言うが、手は書類を書いている。
「書類、できたよ。クロノス、お前もまだ子供なんだから、たまには甘えていいんだぞ? 僕とエルナードなら話を聞いてやれる」
クリストファーが言う。
だが、クロノスは黙って首を横に振った。
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