表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/185

第4話 皇太子殿下の胸中

2019年12月8日 若干の再修正

2020年6月4日  修正及び若干の加筆


 

 

 彼の名は、ルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスター。

 ここ、フォルスター皇国の皇太子である。

 十歳になった年から、父である皇王の補佐としての執務を与えられた。


 最初はそれなりの量だったが、それまでの学友兼側近だった年上の少年たちが執務には全く使えなかった為に、新たな学友兼側近として宰相の次男と三男を出仕させた後は、その執務量を倍に増やして貰った。

 宰相家の二人は双子で、かなり優秀だった。

 バークランド宰相は、後継に長男を充てるようだが、スペアの教育にも手抜きせず、更には双子という事で、同等の教育を三男にも施し、外国語は二人にそれぞれ別の国の言葉を三ヵ国語、覚えさせていた。それも十歳で三ヵ国語というのだから驚きである。宰相は自分の息子を何処に向かわせたいのだろうか、とルーカスは思う。


(私にとっては、すこぶる優秀な手駒を二人も一度に得られたのだから、感謝こそすれ文句はないが)


 この二人には、エルナード曰く「天使可愛い!」妹がいるという。

 エルナードとクリストファーも、城の女官からは天使のようだと評判で人気があるのだが、二人は自分の容姿の評判をわかった上で無視している節がある。

 そんな二人が絶賛する妹は、どんなものだろうとルーカスは興味が湧いた。

 早速、翌日の朝に、エルナードを通してバークランド公爵家への非公式の訪問の先触れを出して貰った。エルナードは引き攣っていたが、うっかり口を滑らせた自分が悪いのだから諦めろ、とルーカスは横目で彼を見ながら思った。


 彼は皇太子として今まで何でも手に入り、目を見張るほど優秀で、何をしても卒なく(こな)せる才能に恵まれていたし、容姿も周囲の侍従や侍女に言わせればすこぶる美形。

 その証とでも言おうか、十歳になる前から一足早く成人の儀を行った令嬢達の親から、父皇王に婚約相手としての話が引っ切り無しに来ている。

 だが、貴族ならば成人段階からの婚約は、家同士の利益を繋ぐ意味でも有り得るのだが、皇太子妃、()いては将来の皇妃となる令嬢は、様々な条件で(ふるい)にかけられ、更には教養にマナーも最高レベルを求められる。国の顔になる一族に連なる訳だから、その辺の貴族教育では条件外なのだ。

 だから、皇王は皇太子の婚約者をまだ決めていない。

 成人した令嬢など、皇妃教育が間に合わないからだ。

 たかが二、三年で皇妃教育が完了するなどと思われては困るのだ。

 それはともかく、とルーカスは考える。次男や三男にすら優秀な教育を施しているバークランド公爵家ならば、令嬢が幼いなら皇妃教育を施す時間的余裕がある。


(年齢差が十歳あるようだが、この辺は皇王陛下と皇妃殿下を説得して暫し待って貰おう)


 そんな事を考えているうちに、皇太子と双子の側近の三人を乗せた馬車は、バークランド公爵の屋敷の馬車寄せに着いた。

 馬車から降りると、エルナードから今朝連絡を受けたのか、城で皇王を補佐して居る筈の宰相が、使用人を後ろに立たせて待っていた。

 宰相は、城でよく見るふてぶてしい笑みを面に貼り付けていた。

 皇太子の非公式の訪問をよく思ってない様だ。


(だがその抵抗は無意味だな。私は皇太子なのだから。

 この国を、民を導く義務がある以上、その責任に伴う権力も持っている。義務の中には男児を成し、将来の皇王を育てる事も含まれる。条件としては、エルナード達の妹くらいから皇妃教育を始めた方が都合がいいのだからな)


 ルーカスは宰相を見ながら内心でそんな事を考えていた。

 早速、ルーカスは、今日の訪問の目的である宰相の娘との面会を希望した。

 宰相はふてぶてしい笑みのまま、執事に何事かを告げたあと、皇太子を庭園へと誘った。

 庭園の中の四阿へ着くと、そこのソファーを勧められる。

 ソファーに座ると間もなく、エルナード達の妹が、執事に連れられてやって来た。

 エルナードからの情報によると、妹のアリスティアは今年の新年の儀を迎えて三歳になったと言う。

 このくらいの幼子は皇太子の直視を受けただけで、執事や侍女、護衛の影に隠れて挨拶すらまともに出来ないものだが、アリスティアは彼の直視を受けても動じる事なく受け止めた。

 面白くなった皇太子は、魔力を込めた軽い威圧を放った。

 途端に怯えたが、そこで彼の立場に気がついたのか、怯えながらも懸命に挨拶して来た。


「こうたいしでんかにおかれましては、このような場でのはいえつをたまわり、きょうえつしごくにぞんじます。また、このような場にごらいほういただきありがとうぞんじます。バークランドこうしゃくがちょうじょ、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。おさなきみゆえ、ごぶれいがありましたらおゆるしくださいませ」


 そして見事なカーテシーを披露し、幼いのに皇太子からの許しなく顔を上げることもせず、立ち去る事もしなかった。


「良い、面を上げよ」


 彼が許しを与えると、アリスティアはゆっくりと顔を上げた。

 すみれ色の、エルナードたちと同じ色の瞳が、怯えを含みながらも皇太子を真っ直ぐに見つめ返す。

 余りの素直さに皇太子が驚き、うっかり威圧を強めてしまったところ、流石に恐慌状態になったらしく、急激に魔力が膨れ上がり、暴走を引き起こした。

 宰相は咄嗟に結界を張り巡らせ、それを双子の兄弟が補助する。

 三人がかりで漸く、周囲への被害を抑え込んでいた。

 しかし、この状態だと暴走している魔力を調整する大人が居ない。

 魔力風は荒れ狂い、彼を傷つけようとする。


(まあ、そんなヘマはしないが)


 三人の手が空かないなら、自分がやるしかないだろう。暴走を引き起こした原因は、彼の魔力威圧なのだから、とルーカスはアリスティアを見つめた。

 彼女は身じろぎも出来ず、声も出せない状態で静かに涙を流していた。

 魔力暴走状態だと、体が動かない。

 幼子の憐れな様子に、彼はアリスティアに近づき、その小さな体を抱き上げ、優しく話しかけつつ頭を撫で魔力調整を行った。


「アリスティア、魔力暴走は魔力調整をする事で収まる。私がそなたの魔力を調整するゆえ、(しば)し我慢せよ。其方(そなた)の頭に魔力溜まりがあるゆえ、そこを(ほぐ)す」


 皇太子(ルーカス)はアリスティアに話し掛けながら頭を撫で始めた。

 アリスティアのすみれ色の瞳には(いま)だ恐慌の色が濃い。

 ゆっくりと頭の天辺から前へ、後ろへ、左へ、右へと撫で、魔力溜まりを解していく。魔力調整など初めてだが、何とかなりそうだ、と安堵の息を吐く。

 ふと彼が宰相の方を見遣ると、顔色は悪いものの、先程よりは楽に結界を維持してるようだ。

 エルナードとクリストファーも、補助に割く魔力に余裕が出来た様だ。

 つまりは彼が行った魔力調整は上手く行っており、暴走が段々落ち着いてきたと言う証になる。

 あと少しで暴走が治まるだろうという段階で、アリスティアがいきなり気を失い、そこで暴走は終了した。

 暴走による発熱が、この後待っている。

 普通の子供の魔力暴走は七、八歳を過ぎてからで、必ず魔術師が側にいる。

 それは、少し魔力が多い子供に(わざ)と魔力暴走を引き起こさせ、適切な処置をして魔力回路の損傷を防ぎ、暴走する感覚を覚えさせて魔力の制御の必要性を教える為だ。

 アリスティアの様な幼子が魔力暴走を起こすのは極めて稀で、魔力調整に長けた大人が側に居なかった事で予測されたアリスティアの暗澹(あんたん)たる未来は回避されたが、だからと言って今回上手く行ったのは結果論である。

 反省はしなければならない。


「皇太子殿下、娘を助けて頂きありがとうございます」


 宰相が礼を述べた。その後も何か言いたそうだったが、とりあえずアリスティアをベッドへ寝かせる必要がある。

 そろそろ発熱する頃合いだからだ。

 宰相が執事に命じて、アリスティアを運ばせようとしたが、彼はそれを断って自分で運ぶと伝えた。

 宰相は驚愕して目を見開いていたが、エルナードとクリストファーは予想していたのか呆れの色を浮かべつつ、アリスティアの部屋へと案内した。

 アリスティアの部屋は可愛い飾りとぬいぐるみで溢れていた。

 部屋の片隅にある天蓋(てんがい)付きのベッドへアリスティアを寝かせる。

 流石に幼子とは言え、女の子の着替えを覗く趣味などあろう筈もなく、侍女に着替えを任せ、皇太子(ルーカス)は宰相とエルナードたちに伴われてサロンに移動した。





 バークランド宰相に非公式の訪問の詫びと、軽い威圧をアリスティアに与えた詫び、アリスティアの挨拶の完璧さに驚き、うっかり威圧を強めてしまい魔力暴走を引き起こしてしまった詫びを伝えると、魔力暴走は皇太子が原因だとわかった時点で流石に宰相も苦虫を噛み潰した顔になった。

 溜息を吐きつつ、皇太子に対しての苦言を言ってくる。

 今回は全面的に自分が悪いのだから、苦言は甘んじて受け入れるが、アリスティアの様子が気になるからまた非公式の訪問をしていいかと許可を求めると、かなり嫌そうにしながらも結局はその希望を受け入れてくれた。


 三日経ってもアリスティアの熱は下がらなかった。

 心配になった皇太子は、アリスティアの元へ宮廷医務官を派遣し、診て貰った。

 診断結果は、魔力調整は上手く行ってるものの恐らく魔力量が膨大で、その為に回復が遅れている可能性があるのだという。

 その翌日の発熱から四日目、皇太子は今度は宮廷魔術師を伴いバークランド公爵家を訪問した。もちろん、前日に非公式訪問をエルナードを通じて伝えてある。

 だが、訪問の本来の目的は伝えておらず、皇太子がアリスティアの魔力量を検査すると言うと、エルナードはまだアリスティアが回復していないのに酷だと、反対した。

 だが彼はただにこりと笑み、アリスティアの小さな手を握り、魔力調整をしつつ宮廷魔術師に検査を命じた。

 その検査結果は驚くべきものだった。

 アリスティアの魔力量は皇太子を遥かに上回り、制御が上手くなれば天才的な魔術師になれる才能があるという。要するに歴代宮廷魔術師筆頭を上回る才能を秘めているらしい。

 彼は別の意味で興奮した。


(何という偶然だ! 何という僥倖(ぎょうこう)だ! この僥倖を手放せるはずが無い!)


 国の為に得難い才能であり、血を取り入れれば次代に優秀な子が生まれる。

 皇太子妃としての公務にも、皇妃としての公務にも魔術は必須であり、魔力量により民に授ける恩恵が桁違いになるのだから。

 皇太子(ルーカス)はアリスティアの才能に興奮していた。

 だが、不穏な気配を感じたのか、宰相からアリスティアが成人の儀を行うまでは確定的な事はしないで欲しいとの要請(という名の脅し)をルーカスは受けた。

 彼は少し考えたが、婚約を先に延ばしてもやりようはあるな、とその要請を受け入れる事を決意する。

 だが、ルーカスは宰相の要請を受け入れる代わりにバークランド公爵家への自由な出入りの権利をもぎ取った。宰相はもの凄く渋い顔をしていたが。


(幼馴染なんぞ作らせてたまるか。アリスティアと言う才能の塊は、私が先に見つけたのだから私のものだ)


 傲慢なまでの彼の考えは、近い将来、形を変える事になる。

 その時の彼には、そんな事は予測すら出来なかった。


 

ここまで読んで下さり、ありがとうございますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ