第39話 公爵令嬢はあちこち連れ回される
2019年9月18日改稿。
微修正と人称の変更。
アリスティアがだいぶ落ち着いてから、ルーカスはカイルに、近衛から二名、人手を貸して欲しいと伝えた。
表向きはフォルスター臣民国へ派遣される政務官の護衛のためであるが、実はかの国からルーカス、つまり竜王が離れた場合、反皇国の機運が出てくると見られている。その際、蠢くだけなら放置だが、実際に反乱の準備をし始めたら、即時鎮圧せねばならない。その際の武力が竜人だ、皇国から軍を送る事は不可能なのだから、とルーカスは説明した。
せっかく竜王が統治下に置いて、国力を上げる政策を展開している最中なのに、それを無駄にするような動きは抑えねばならない、と続ける。
「民には善政を敷かねば、我が妃に嫌われてしまうのでな」
そっちの方が本音なのでは? とアリスティアは思ったが、とりあえず何も言わなかった。
「わかりました、伯父上。それでしたら、青竜のブラウと、黒竜のシュワルツがいいかと」
二人とも実力的には赤竜の近衛隊長に次ぐものだと聞かされた。
アリスティアは戦力を直に見た訳ではないので、その強さはよくわからない。
しかしルーカスも納得しているから、きっと強いのだろう。
✩✩✩✩✩
その後は、フォルスター臣民国に一度赴き、エルナードを連れてフォルスター皇国に転移し、エルナードに離宮の場所を確認させたあとは、そのエルナードをフォルスター臣民国まで送り届けた。
「離宮の位置はわかっただろうから、ティアが鬱陶しがらない程度には離宮に遊びに来ていいぞ」
ルーカスはそう言ってエルナードを煽った。
「休日は必ず伺いますよ」
煽られた方のエルナードは、額に青筋を浮かべながらにっこりと微笑んで言った。
「エル兄様。毎日執務室で会えるではありませんか」
アリスティアはそう言ってみたものの、きっと兄は毎日会えないと嫌だと言うに違いないと考えていた。
「え。アリスに毎日会えないとか、我慢できないよ。毎日撫でないと、アリス成分が足りなくなる」
思った通りエルナードは、予想通りの言葉を吐いた。そして本当に妹至上主義全開の言葉を、なんの衒いもなく発言する。いっそ清々しい程だが、その多すぎる愛情を向けられるアリスティアは、目眩がしそうだった。
アリスティアはため息を吐きつつ、エルナードに向けて、クリストファーにも伝えるようにお願いした。エルナードがクリストファー相手にアリスティアの離宮への引っ越しの事を隠しだてすると、エルナードとクリストファーの間で喧嘩が起きそうである。
それだけはやめてほしい。
✩✩✩✩✩
「ティア。今から離宮に召し抱える使用人を、竜の国まで迎えに行く。先に離宮内を調えなければならないからな」
「わかりましたわ」
返事をすると、すぐに竜の国の竜王の私室に出た。空間の揺らぎすら発生しないとか、とてつもなく緻密な術式なのだろう。おそらくは人間では再現できない程の。
などと考えていたら、その私室から出て、また竜王の執務室に来た。しかし今度は執務室は空だった。カイルに会いに来たらしいが、ルーカスはカイルになんの用事があるのだろうか?
「離宮内を調える為の人員が必要だ」
疑問が顔に出ていたらしい。頭を撫でながら答えてくれるのを聞き、そう言えばそんな事を言っていたなと納得する。
一応、カイルは竜王代理だから、話を通しておく必要があるのだと説明され、それもそうかと思う。根回しは重要である。
しかし、根回し相手が何処にいるのかわからないとなると、どうしようもない気がする。心当たりのあるところをシラミ潰しに探すのかと思っていたが、違ったらしい。
「見つけた」
小さな呟きが聞こえたと思ったら、転移でカイルの前に出た。
カイルは驚いている。寛いでいたところに竜王とその半身が現れたのだから、驚くのも無理はない。気の毒だと思うが、基本的に竜王となったルーカスは、以前にも増して傲慢になった。だが、それを許すだけの覇気や実力があるのだからたちが悪い。
「すまぬな、カイル。急ぎの用があって転移して来た」
「竜王である伯父上が謝罪するなど。して、何用でしょうか?」
「フォルスター皇国の皇都の宮殿の敷地内に、離宮を用意させた。我と我が妃が住まう事になるその離宮の中を、我らが住まうに相応しく調える人員が必要なのだ。明日の午後までに、その人員を七十名ほど用意せよ。先に雇った使用人と合わせて百名ほどもいれば、明後日までには中を調えられるだろう」
「御意。そのくらいならすぐに準備させましょう。中の調度品はどんな感じのものを用意してございますか?」
「いや、調度品の用意はまだないな」
「ではそれもこちらで用意いたしましょう。どのような感じが好みでしょうか?」
「我が妃は可愛らしいものを好む。ただ、ゴテゴテとした飾りは好まない。シンプルで清楚な中にも可愛らしさが感じられるものを好むな」
「ではそのように」
「任せる。あと、執事と庭師を用意するのを忘れていた。執事は二、三人いれば事足りよう。庭師は数人」
「御意。執事であれば、竜人から選びましょう。庭師は、庭師の一族から数人、召し抱えましょう」
「それで進めておけ」
「伯父上、今夜はこちらにお泊りになるのでしょう?」
「いや、フォルスター臣民国に一旦戻る」
ルーカスの言葉に、アリスティアは少し吃驚した。再度竜の国に戻ったのだから、そのまま泊まると思ったのだ。
「フォルスター臣民国に戻る理由はなんですの?」
「なに、まだ向こうでの政務が残ってるからな」
「案外単純な理由ですのね。でも真面目に政務をなさる方は素敵ですわね」
「ティアがそう言うならつまらぬ政務も頑張れるというものだ」
そう言って爽やかに笑った竜王を、少しだけかっこいいと思ってしまった。
(中身は残念美形なのに)
でも、ちょっと考えてみると、最近のルーカスは、前より残念度が減ってる気がする。
でもまあ、残念度があろうが無かろうが、ルーカスはルーカスなのだと思う。
✩✩✩✩✩
竜王の腕に抱かれたまま、アリスティアはフォルスター臣民国へ転移して来た。
転移した後の竜王は、もの凄い張り切りようで政務をこなした。周りがドン引きするくらいの速さで決裁される書類に、エルナードとクリストファーはついていくのがやっとで、クロノスは全然ついていけなかった。
ここまで竜王が張り切るのだから、理由なんぞアリスティアしかいないだろう、とみんな察していた。あまり張り切らせないで欲しい、というのは、補佐官たちの総意であった。
竜王が張り切ったものだから、死屍累々になりながらも、いつもよりは早くその日の政務は終わった。しかも、翌日分の政務まで終了して。
死屍累々にもなろうと言うものである。
✩✩✩✩✩
翌日、竜王とアリスティアは、フォルスター皇国に転移していた。
宰相府に行き、フォルスター臣民国へ派遣される政務官五人が揃っている事を確認した竜王は、そのままフォルスター臣民国へと転移した。
驚いたのは政務官たちである。
彼らは場所を問わない転移には慣れていなかった。フォルスター臣民国の政務官室に転移で現れて、そこにいた双子の皇太子補佐官と、見慣れない少年に疑問を持ち、自己紹介を受けて驚いた。まさか皇太子の補佐官が揃ってここにいるとは予想もしてなかったからである。
引き継ぎが行われ、皇太子が補佐官たちを連れて転移した後の政務官室では、暫しの間、皇太子についての感想の言い合いになった。
✩✩✩✩✩
ルーカスは精力的に動いていた。
フォルスター臣民国の政務官室から、フォルスター皇国の皇太子執務室に転移し、エルナードたち補佐官をそこに残し、溜まった執務をこなすように言いつけると、今度は竜の国の竜王の執務室に転移し、青竜ブラウと黒竜シュワルツを連れて再度フォルスター臣民国の政務官室に転移した。
政務官たちは再度現れたルーカスに驚き、ルーカスが連れてきた政務官たちの「護衛」の存在にまた驚いた。
ルーカスは、ブラウとシュワルツに、政務官たちには竜人であることは口外無用だと言いつけてあった。
ブラウとシュワルツは、どちらか一人が政務官室の扉の外で警護し、もう一人が中で警護する事にし、中と外での役目を交代で行うという。
ルーカスは、鷹揚に頷き、再度フォルスター皇国の宰相府に転移した。
そこで待っていた、タマラ共和国、ベルズ国、ノーラン王国へ派遣される政務官たちを伴い、順に転移して、それぞれの国へ政務官たちを置いて行った。
そして次に転移したところは、竜の国の小広間で、そこには先日採用した使用人たち三十人と、今回限りの臨時の手伝いの竜人と獣人の集団がおり、そこに今回新たに召し抱えたという、竜人の執事が三人と庭師五人が控えていた。
竜王を見て跪く彼らに対し、竜王は鷹揚に許しを与え、彼ら百八人と、アリスティアの専属侍女三人、専属護衛三人、アリスティアと竜王当人を合わせて百十六人もの大転移を行った。
出現したところは離宮だった。
竜人の執事に離宮を調えるよう指示し、さすがに疲れたのか、皇宮内の皇太子の私室に転移し、竜王は暫く休むと告げた。
竜王はベッドに横になった。
アリスティアを腕に囲ったまま。
腕から抜け出そうともがいたアリスティアだったが、がっちりホールドされてて全然抜けられず、最後には涙目で諦めた。
✩✩✩✩✩
夕方、ルーカスの腕の中で目を覚ましたアリスティアは、いつの間にか眠ってしまっていた事に愕然とした。寝てしまった理由など、いい匂いで安心してしまったからに他ならないのだが。一応、淑女なのに、これでいいのか悩むところである。
アリスティアが目覚め、身じろぎした事でルーカスも目覚めたらしかった。
ルーカスは器用にも、アリスティアを抱えたままベッドから起き上がった。
いったいどんな身体構造になっているのか問い詰めたい気持ちになったが、おそらくは竜王として覚醒した事でそこら辺が変わったのだろう。
前世で関わった事のないファンタジー的存在の竜王に、常識は多分通じないのだ。
考えるだけ無駄だろう、と思考を放棄した。
ルーカスは、一度離宮に様子を見に向かった。
だいぶ内部が片付いているようだった。アリスティアはどこから調度品を調達しているのか不思議に思ったが、執事の一人が保存庫から鏡台を取り出しているのを見て納得した。なるほど、これなら場所を取らずに引っ越し作業ができる訳だ、と納得する。
保存庫は、中に収めた物の鮮度を保つ事を考えなければ上級魔術であるから、竜人である執事には使えて当然なのだろう、と考える。
ある意味間違っていないのだが、条件は逆で、保存庫を使用出来なければ竜の国では執事にはなれないのだった。結構シビアなのである。
進捗を確認した竜王は、翌日の夕方までには全て調えるように執事長らしき竜人に言いつけると、再度アリスティアを抱えたまま皇太子の私室に転移した。
そしてアリスティアを抱えたままベルを鳴らして侍女を呼び、夕食を私室に二人分持ってくるように言いつけた。
侍女の視線が集まって、アリスティアは非常に居心地が悪かった。
身じろぎして小さく文句を言えば、婚約者なのだから別におかしくはない、と返ってきた。
いや、おかしいだろうと思う。婚約者だからと言って、抱え込むのは聞いた事がない。常識的な行動をして欲しい。
アリスティアはそう言ったのだが。
「以前からティアを抱えて歩き回ってたのだから、今更では?」
と言われて撃沈した。
確かに、よく思い出してみると、そんな場面が多かった気がする。
考えるだけ無駄なのだろう。
面倒臭くなったアリスティアは、再度思考を放棄した。
ここまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m





