第37話 公爵令嬢は母国に帰る
2019年9月18日、改稿。
大幅修正、加筆。
・視点をルーカスに固定
・上記に伴いアリスティア視点の変更
・同様にクロノス視点の変更
・位階について加筆
竜王は、アリスティアを抱えて政務官室に戻ってきた。
エルナードとクリストファーは、今見た光景の感想をのんびりと話している。
「さすが、僕らのアリスだね。なんだか魔術の威力が上がってたし、魔力量も増えたみたいだ」
「エルナード。魔力量は確実に増えてるよ。広範囲隕石落とし三段撃ちを六回、つまり十八発撃ってる」
「確実に、人外域に達してるよね」
「本人は認めないけどね」
双子はけらけらと笑いながら話しているが、おそらく聞いているクロノスにとってはのんびり話すような内容ではないだろう。
通常の魔術師ではあり得ない魔力量に、年齢的にあり得ない魔術の技量。
これは、アリスティアが特別だという事を指し示す。
人間の間では既に失伝されている、魔術師の位階。彼女はこの魔術師の位階において、既に第六位階にいる。
ルーカスが竜王に覚醒した後に流れ込んだ知識では、通常の成人した人間の位階は第三位階。
宮廷魔術師は第四位階。
宮廷魔術師筆頭は第五位階。
アリスティアは五歳で第五位階まで上り詰めた。
そして現在は竜王がアリスティアを半身だと認識した時点で第六位階に引き上げられている。
竜王の半身だからこそ、竜王と並んで遜色のない魔術師にされる。
段階がある為にまだ彼女は第六位階でしかないが、だからこそ、五歳で魔術書を読んだだけでアリスティアは魔術を使える様になったのだ。
そして竜王はこの知識を人間には教える気などない。教えなくても世界の理として位階は勝手に魔術師に当て嵌められている。
数千年前の人間は、努力して第七位階までは上がって来ていた。魔術の才能豊かな者は、第八位階に上がった者もいた。
現在、位階の事が失伝になっているのは、数千年前の竜王が愚かな人間たちの諍いを嫌い、巻き込まれない様に異界の中に国を隠した弊害かも知れなかった。
だが、それでも竜王は位階の事は黙っているつもりだ。話すとすれば半身であるアリスティアに、彼女が真に竜王の妃となった後だろう。
やはりアリスティアは己の愛する半身だと、竜王は想いを新たにした。
日々増える魔力量は、添い寝(接触)によっての魔力譲渡が少量ずつ行われているからだ。
この分なら第七位階に上がるのは、そう遠くない時期に違いない、と竜王はうっとりと微笑んだ。
アリスティアを見ていると、愛しい気持ちが溢れて来る。
だが、いくら竜族は半身の年齢を気にしないとは言え、今いるのは人間の世界。ここでは竜族の半身、という立場は考慮されない。
竜族の半身についても失伝情報であるため、ここでは身を慎まねば、とルーカスは気を引き締め────アリスティアの満面の笑顔を思い出してしまい、理性の箍が外れてしまったルーカスのとった行動は、アリスティアに口付けるという行為だった。
当然、アリスティアは怒ったが、顔を真っ赤にして怒る姿も可愛くて、抱き締める腕に力を込めたルーカスだった。
双子も騒いでいたが、彼らが騒いでも竜王には痛痒とも感じない。
そこにクロノスの心の声がルーカスに届いた。
アリスティアの望みを叶えるためにオープンにしている読心に引っ掛かったのだ。
(ああ、可愛いガールフレンドが欲しい。
例えばアリスティアのような)
その声が聞こえた途端、ルーカスはクロノスに殺気を飛ばした。
(心の中を読んだのか!? プライバシーの侵害反対!)
クロノスは真っ青になりつつ心の中で喚いていた。
そしてぷるぷる震えながら視線をアリスティアから外した。
それを見た竜王は、殺気を消した。
(助かった!)
これほど読みやすい心もない、と竜王は静かに嗤った。
✩✩✩✩✩
アリスティアが魔術無双をしてから一日。
後宮に居座ってた勘違い女たちがやっと後宮を出ていき始めた、とエルナードが知らせてきた。
女達の態度に、竜王は冷笑を禁じ得ない。
皇帝という雄に抱かれる為に後宮に敢えて入っている女が、娼館に行くのは嫌らしいという事実は、竜としては軽蔑の感情しか湧かない。
竜族は雄も雌も一途な性質で、半身ではなくともツガイとなる相手だけをひたすらに愛する。
半身をひたすらに待つ竜もいるが、大概は百年探しても見つからない場合、他の相手と恋愛してツガイとなるのだ。
そんな竜の目から見ると、権力目当ての寵を競う女達は汚らしいとしか映らなかった。
そしてアリスティアの心に読心を向ける。
アリスティアは、あの内庭にいた時、実は少しだけ不愉快だったようだ。
内庭に登場した瞬間からアリスティアに向けて殺気が飛ばされていたのだからそれも仕方ないと言えよう。
だから、広範囲隕石落とし三段撃ちを六回も連続して撃ったのか、と竜王は納得した。
(地面が沸騰してマグマの様になってるのは知っていたわ。そうなる様に、わざと連続で撃ったのですもの。
そして、竜王との会話)
アリスティアの心の中に、竜王との会話が思い出されている。
ーーーーー
「竜の性質はよくわかりませんわね? 幼子なのに愛情を抱けるなんて?」
そう問えば。
「種族の特性だからな。伴侶が見つかれば、それ以外は目に入らない。伴侶だけを愛し、囲って大事に守る。それが竜の性質だ。もしも伴侶に何かあれば、竜は自分の伴侶の為に一国を滅ぼす事も躊躇わない。伴侶を悪く言われても、竜は敵認定して許さない」
竜の性質を少し声高に、誇らしそうに話し。
「それだけ愛されるのが、竜の伴侶なのですわね。それでもわたくし、外に出て民の為に何かしたいですわ」
少しだけ我が儘を混ぜても。
「我が愛しの妃よ。我は溌剌としたそなたが一番愛しいと思うのだから、好きな様にせよ。失敗しても我がついている」
そう、蕩けるように許してくれる。
「ありがとうございます、ルーカス様」
だからこそ。
満面の笑みをルーカスに見せた。
ーーーーー
半身の何という可愛らしい嫉妬心か。
そしてあの愛らしい満面の笑顔は、竜王に心を許しているからだとわかる。
また理性の箍が外れそうになっているが、流石に二度もやるとアリスティアに嫌われてしまうだろう、と竜王は懸命に己の心に枷を掛ける。
アリスティアは先程の口付けで羞恥心が膨らんだせいか、仕事に逃げてしまった。
竜王はやりすぎたと反省した。
アリスティアが仕事に逃げて二日。
ルーカスは、皇国に行くから同行するようにアリスティアに告げた。この場合、彼女に拒否権はない事をよく知っているアリスティアは、ため息を吐きつつ了承した。
「行くのはわたくしとルーカス様ですか?」
そう問われたので。
「報告と書類の提出、許可を得るだけだからな」
と答える。
「あと、政務官派遣の準備が整ったか、というのと、離宮はどうなっているのかの確認もある」
政務官を派遣して貰わねば、竜王がナイジェル帝国、改め、フォルスター臣民国から離れられない。
政務官は、フォルスター臣民国へ数名。
元ナイジェル帝国の属国三国(ナイジェル帝国からフォルスター皇国までの間にあった国々)へ数名ずつ。
こちらの三国については、いずれ独立させるつもりではあるのだが、助けを求められてはどうしようもなかった。
宰相は頭を抱えていた。
お荷物を抱えたのだから、気持ちはわかるが。
なぜ皇国へ行ってないのにわかるのかと言うと、竜王が魔術で連絡を続けていたのである。
この連絡の為に作った訳ではないが、数千年前の術式を少しばかり整えたところ、どうもアリスティアの感性に引っかかるところがあったらしく、目をキラキラさせて連絡用の術を見つめていた。
半身が喜ぶ事は己の幸せであるから、それについては文句はないが、術の何処が彼女の感性に引っかかったのか教えて欲しいものである。
ルーカスはアリスティアを抱え、二人で皇国の宰相府に転移した。
宰相のアーノルドが目を丸くする。
「宰相。書類を持ってきた。先に連絡していた通り、中等科と高等科の建設を早急に進めよ。教職員は今まで貴族の家庭教師をしていた連中をとりあえず使う。教育内容の選別は進んでいるか? あと教科書の作成には取り掛かっているか?」
「皇太子殿下。建設する場所の選定は済んでおります。具体的な建築はこれからです。教職員ですが、引退した家庭教師にも当たっておりますが、市井にいる平民相手の家庭教師にも声をかけたほうがよろしいかと」
「その辺は任せる」
「教育内容の選別ですが、少々難航しております」
「ならば、ティアを参加させる。私も一緒だ」
「は!? アリスティアを、ですか!?」
「提案者だから、具体的な教育レベルのヴィジョンがあると思うぞ。どうだ、ティア?」
「確かにありますけど、わたくしが参加していいものでしょうか?」
「そなたは妃教育を受けているからな。妃教育は、国内の最高レベルだ。そのレベルまでは求めないから、それなりのレベルに落とし込め」
「殿下。わたくしが八歳だと言う事を忘れていらっしゃいませんか?」
「何を今更。私が認めているのだぞ? そなたの教育案を採用した時点で、お前はただの八歳児ではない」
ルーカスが尊大な態度で言うが、覇気を少しだけ放射している為に周囲がその態度を当然の如く受け入れる。
「宰相。とりあえず、教育内容選定会議は三日後から開催しろ。それと、ナイジェル帝国改め、フォルスター臣民国へ派遣する政務官の選定は終わっているか? あと、間の三カ国、何という名の国だったか」
「タマラ共和国、ベルズ国、ノーラン王国ですわ」
「ああ、そうだったな。その三カ国に派遣する政務官は準備できているか?」
「フォルスター臣民国への派遣準備はできておりますが、タマラ共和国、ベルズ国、ノーラン王国の方は、人員の選定がまだ済んでおりません」
「明日までに選定せよ。その三カ国については、後々独立させるのだから、派遣する人員は二名ずつでいいだろう。休みをずらして取らせれば、過労にならずに隙間なく監視できる」
「御意」
「それと宰相。皇王との謁見の準備を。時間は二時間後だ」
「さすがにそれは……」
「これは希望ではない。ねじ込め」
「っ!畏まりました」
何処までも傲岸不遜な物言いでありながら、他者を従える圧倒的な覇気。
絶対王者がそこにいた。
ここまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m





