第36話 公爵令嬢は再び魔術無双をする
2019年9月18日、改稿。
大幅加筆&修正。
・視点をルーカスに統一。
・変更前の魔術の表記を現行魔術に統一。
昼食を摂り、食後のお茶(アリスティアはハーブ水)を堪能し、アリスティアは出来上がった書類を竜王に提出した。
竜王はそれを読むと、僅かに呻ってエルナードたちに読むように書類を渡す。
書かれた内容を読むと、次々に呻る事になった。
すなわち──。
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学校設立に関して
・学校は、七歳から十二歳までを義務教育とし、無料で子供全員に教育を施す。
・義務教育は初等科とする。
・昼食を提供する。この料金も無料。
・義務教育で行われる教育内容は、国語、算術、初級外国語、初級経済学、体力作りの為の体育、音楽、美術、家庭科。高学年の選択授業で初級魔術学、とする。
・中等科は十三歳から十五歳とする。
・中等科の授業内容は、国語、数学、外国語、経済学、史学、体育、音楽、美術、家庭科。選択授業で魔術学、体術・武道、ダンス、マナーとする。
・中等科以降は授業料が必要。ただし、成績の良い者には奨学金制度が適用される。
・高等科は十六歳から十八歳で、授業料が必要。ただし、成績の良い者には奨学金制度が適用される。
・高等科の授業内容は、文学、数学、外国語、経済学、政治学、史学、体育、音楽、美術、家庭科。選択授業で、魔術学、体術・武道、ダンス、マナーとする。
・高等科では、コースを設ける。コースは、官僚コース、教育コース、商業コース、魔術師コース、騎士コースとする。
・高等科を卒業した時点で、国の中枢に関われるとする。
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授業内容、つまりどのレベルまで教えるかという教育内容を精査する必要はあるが、それ以外はほぼ完成されていた。呻って当然だった。
「ティア。ここナイジェル帝国ではまずは初等科の設立だ。中等科や高等科は後々で良い。それより、本国では初等科の基礎はできているから、中等科と高等科を早急に設立せねばならぬ。間違っても属国に遅れを取る訳には行かぬ」
皇太子は書類を指で弾きながらアリスティアにこの先に必要そうな事を話す。
「宰相府の許可は必要ありませんの?」
「宰相府どころか、宰相から許可はもぎ取ってやる。なに、皇王を少しばかり脅せば良い」
皇太子はニヤリと嗤った。
その笑みは、アリスティアには少しばかり黒く感じた。
「ルーカス様。皇王陛下は、曲がりなりにも貴方の血の繋がった父親ですのよ? その方を脅すなど、品位がありませんわね」
アリスティアは嘆息して呆れた様に皇太子を見遣った。
「手厳しいな、ティア。だが、国の教育水準を高める仕組みだ。脅さなくとも許可は出る。間違いなくな」
「それなら宜しいのですけど」
「まずは、ナイジェル帝国の宰相を呼んで、初等科を設立させよう」
竜王はベルを鳴らし、侍従に宰相を呼ぶ様に伝えた。
数分後、ナイジェル帝国の宰相がやって来た。
緊張をしている。
竜王は、パチンと指を鳴らすと、複製された『学校設立に関して』の書類を宰相に渡し、読むように促した。
宰相は内容を読み、呻る。
「これはどなたが提出したのですか?」
「我が妃アリスティアだ」
「宰相、アリスティア嬢が提出したもので間違いないですよ。僕も見ていましたから」
クロノスが後押しする。一応、この国の皇太子だった子供だ。宰相は驚愕を貼り付けた顔でアリスティアを見た。
「確か、アリスティア様は御年八歳になられるとか。そのような年齢の方が、こんな提案をなさるとは驚きです。我が国の元皇帝は、つくづく先見の明が無かったと見える。ああ、クロノス殿下、申し訳ないです」
「宰相。僕はもう皇太子ではなく、公爵位を賜った貴族に過ぎません。それに、僕も父の下劣さを感じているので申し訳なく思わなくてもいいですよ」
「そう言っていただけるとありがたい。竜王陛下、とりあえず、私は何をすればよいのでしょうか?」
「その書類にある『初等科』をまずは設立しろ。そうだな、まずは首都に三件ほど。設立の予算は、浮いた皇帝の予算を使え。これから後宮を解体するから、後宮に関する予算も浮いてくる。それを全部初等科設立に回せ」
「御意」
「ああ、そうだな。お茶の時間頃に、後宮の内庭で我が妃が魔術を披露する。興味があるなら見学に来い。フォルスター皇国の最高の特級魔術師の腕を見せてやる」
「は!? 特級魔術師、ですか!?」
「我が妃は、五歳で既に特級魔術師であったぞ。我が国の魔術師団に、魔術講義をしたのだからな。更に、その時に既にオリジナル魔術を複数作っておったわ」
宰相が絶句する。
「ルーカス様。自慢はほどほどにお願いしますわ。恥ずかしくて死にそうです」
「何も恥ずかしがる事はないぞ。事実を申しておるだけだ」
「それでも恥ずかしいのです!」
「恥ずかしい、というストレスは、すべて広範囲隕石落としで晴らせば良いだろう?」
「わかりましたわ! 広範囲隕石落とし撃ち放題の為に我慢しますわ!」
途端に嬉々とした声を出すアリスティアを、ナイジェル帝国の宰相が信じられないものを見る様な目で凝視した。
「は!? 広範囲隕石落とし撃ち放題!? 我が国を滅ぼすつもりですか!?」
「失礼ですわね。そんなつもりはありませんわ。位相結界で厳重に隔離した中に撃ち放題するのですわ。いつもは海に撃ち放題してますけど、陸地で撃ち放題は初めてですわね」
なんとも嬉しそうにはにかむ姿は愛らしいが、言っている内容は恐ろしい。
「我が妃の具合が悪くなければ捕まらなかった。タイミングが悪すぎた。我が助けに来た時、妃の首と腕と足首には、魔力封じの魔道具が合計ニ十五個もついていた。そして従属の魔術で体を縛られていたのだ」
竜王の金の瞳が縦に裂ける。覇気が溢れる。
「妃の実力を今から披露してやる」
竜王は獰猛に嘲笑った。
「ルーカス様、落ち着かれませ。覇気が無駄に溢れていますわ」
「む。そうか」
竜王から溢れていた覇気が小さなものになった。
☆☆☆☆
後宮の内庭に、竜王とダリアとカテリーナとユージェニアを伴ってやって来た。
ついでに、エルナードとクリストファーとクロノスも来た。
既に集められた厚化粧の女たちから殺気の籠もった視線がアリスティアに飛んで来る。なぜなら彼女はいつもの如く竜王の腕の中にいるからだ。
内庭には、女たちの他に、宮廷魔術師たちが集められ、更に宰相の他に、宮廷の主だった大臣たちが集まっていた。
「集まったな。今から我が妃の魔術の実力を見せてやる。ティア、位相結界を」
「任せてくださいまし。改良位相結界、極局地展開」
アリスティアの最終宣言ワードとともに、薄っすらとしか見えない結界が現れた。
魔術師の集団が其の異様な結界に驚愕している。
「ティア、まずは上級魔術のオンパレードだ」
「任せてくださいまし。その前に、的が必要ですわね。"土人形百体"。続いて、氷槍局地展開」
氷の槍が土人形百体に襲いかかり、人形が土塊に戻される。
「"土人形百体"、続いての、風刃嵐!」
風の刃が吹き荒れ、土人形を土塊に戻した。
魔術師たちの目が零れそうな程見開かれている。
「光の盾局地展開。続いての、氷槍局地展開!」
隙間なく並べられた光の盾に、氷の槍の雨が襲いかかるが、すべて光の盾に弾かれる。
「"土人形百体"、続いての、炎の竜巻、局地展開」
複数の炎の竜巻が、土人形を襲う。土人形が高熱で溶けた。
「ティア。特級魔術だ」
「任せてくださいまし! "土人形百体"、続いて、重力障壁局地展開」
土人形が重力の圧力に負けてべしゃっと潰れた。
魔術師たちが蒼くなっている。
「保存庫」
アリスティアは中から以前作って保存したシャーベットを取り出し、全員に配る。
そう、集められた女達にも等しく配っていた。
全員が驚いている。
「ティア、オリジナル魔術」
「はーい! 空中浮遊!」
アリスティアの体が浮き上がる。その状態で空中を歩いてみせるアリスティアを、魔術師たちは信じられないものを見る目で見つめていた。
「次、飛翔魔術!」
アリスティアは空を自由に飛び回って見せた。ついでに魔術師たちの数人にもその魔術をかけてやった。
「行きたい方角に意識を向けるだけで飛べますわ!」
魔術師たちが、思い思いに飛び回る。初めての飛翔の割にはバランスを崩す者もいない。
だが、とルーカスは思う。
飛翔で難しいのは着地なのだ。
彼らはその着地を上手く行えるのかと、ルーカスは感情の籠もらない瞳で魔術師たちを眺めていた。
果たして充分飛翔を堪能したらしい魔術師たちが、次々と着地しようとして落下しているのを見て、竜王は口元を歪め、冷たい笑みを浮かべた。
その間にもアリスティアの魔術ショーは続いている。
「盗聴! 局地展開!」
「ティア、意味がわからんぞ? なぜここで盗聴を?」
「城内の厨房全体に盗聴魔術をかけましたの。通常は、ごく狭い範囲ですから。理由は、厨房で下働きしている使用人たちの方が噂話を仕入れるのが早いからですわ」
そして聞こえてくる複数の声。
『だから昨日さ、うちの旦那に言ってやったんだ。アンタはもっと働け! ってね。私の給料を当てにしてるなら、離婚もやぶさかじゃないよ! とも言ったわ』
『よくそこまで思いきれたね』
『どうせあっちが縋り付いて来るからね。多少は強気でも構いやしないよ』
『そういえばさ、昨日から竜王様がいらっしゃってるんだろ? 幼いお妃様を伴っているそうだよ』
『お妃様は可愛らしい顔立ちでいらっしゃって、竜王様は超絶美形でいらっしゃる。美男美女とはこの事だねぇ。それに、竜王様はお妃様を溺愛なさってて、片時も腕の中から離したくないみたいだね。いつも抱き上げているじゃないか』
『噂によると、手ずから食事をお妃様に与えているそうだよ』
『え? それって、あーん、してるって事?』
『そうみたい。本当に溺愛なさっているんだねえ』
アリスティアの顔がぼふん!と音がしそうな程真っ赤になり、非常に慌てていた。内容があまりにも彼女の羞恥を煽るものだったからだ。
「ルーカス様! 盗聴魔術、切りますわ!」
せっかくの厨房の会話だったのに、いきなり途切れた。
竜王は多少は残念に思ったが、アリスティアへの給餌の事が知れ渡っているのは都合が良いと、口を開くのを控えた。
「この鬱憤は、メテオリテにぶつけますわ!」
何やらアリスティアの目が据わっている。
「改良位相結界、直径ニ十メートル」
最終宣言ワードとともに、ニ十メートル四方が薄っすらとした結界で覆われた。
「メテオリテ! メテオリテ! メテオリテ! 三段撃ちですわ!」
直径ニ十メートルの中の空間が、地獄になった。
魔術師たちの顔色が蒼白になっている。
大臣たちも蒼白だ。そして居座っていた寵姫たちが、悲鳴を上げる。
ここでダメ押しするか、とルーカスは腕の中の存在を抱き締めた。
「ティア。我が愛しの妃。広範囲隕石落とし撃ち放題で魔力切れを起こしても、我が介抱してやろう。この国の元皇帝の分も、撃ち尽くせ」
竜王はアリスティアの耳元で、甘い声で伝える。
だが、今はストレス発散に夢中のせいか、竜王の会心の囁きはスルーされた。彼は思わず苦笑してしまう。
「承知しましたわ! メテオリテ! メテオリテ! メテオリテ! 三段撃ち二回目!」
やはり、ストレス発散は必要だな、と竜王はひっそりと嗤う。
「メテオリテ! メテオリテ! メテオリテ! 三段撃ち三回目ですわ!」
結界の中の地面が溶解していた。後で庭園は直してやろう、とルーカスが考えつつ他を見遣ると。
周囲はもう声も出せないでいた。
青白い顔をして、女達がアリスティアを見ている。その目には明らかに恐怖が浮かんでいた。
(竜王の妃は、幼いだけじゃない事を知らせないと。それには実力を見せつけるのが一番。
化粧臭い女など要らぬ。我はティアだけで良いのだから)
竜王はアリスティアを見つめながらうっとりと笑う。
「メテオリテ! メテオリテ! メテオリテ! 三段撃ち六回目ですわ!」
「ふむ? ティア、魔力量、増えたのか?」
「増えましたわ。多分、あと四回撃てますわね」
「残念だが、結界内の地面が沸騰しておるから、そろそろやめねばならぬ」
その言葉に、周囲はホッとする。
「えー! もう終わりですか!?」
「地面が沸騰してると言うておろう? 次は、地面にも位相結界を敷く事だな」
そして笑い、アリスティアの頬に頬ずりをした。
「ルーカス様、くすぐったいですわ。わかりました、仕方ないですわね」
そう嘆息しながら言うと、アリスティアは結界内の温度を下げる為に大量の水を結界内に満たした。
地面が冷えた頃に、水を消し、位相結界を解く。
「広範囲隕石落としを撃ち足りないですわ!」
「近いうちにまた海岸に連れて行くから、そうむくれるな。可愛すぎて理性が弾けそうだ」
「竜の性質はよくわかりませんわね? 幼子なのに愛情を抱けるなんて?」
「種族の特性だからな。伴侶が見つかれば、それ以外は目に入らない。伴侶だけを愛し、囲って大事に守る。それが竜の性質だ。もしも伴侶に何かあれば、竜は自分の伴侶の為に一国を滅ぼす事も躊躇わない。伴侶を悪く言われても、竜は敵認定して決して許さない」
いいタイミングの質問だと、ルーカスは少しばかり意識して大きめの声で話す。
(ふむ。化粧臭い女の顔色が悪くなってるな? さっきから聞こえていたぞ。乳臭い小娘のくせに、とな。お前は絶対に許さない)
ギロリと覇気を込めてルーカスが睨むと、覇気を当てられた女はぶるぶると震え始めた。
「それだけ愛されるのが、竜の伴侶なのですわね。それでもわたくし、外に出て民の為に何かしたいですわ」
「我が愛しの妃。我は溌剌としたそなたが一番愛しいと思うのだから、好きな様にせよ。失敗しても我がついている」
「ありがとうございます、ルーカス様」
半身の満面の笑み。やはり半身の笑顔は破壊力が凄い、と竜王は思う。これは半身を閉じ込めてしまいたくなるのも無理はないな、と内心で納得するものがあった。それはアリスティアの希望するところではないから今はやらないが。
若干不満を残した感じのアリスティアだったが、とりあえず納得した様で退散に備えていた。
「何やら我の寵愛が貰えると勘違いした醜い女が大勢いるそうだな。我は愛しい伴侶、我が半身であるこの腕の中にいる妃しか要らぬ。他は全て塵芥に過ぎぬ。早急に後宮から出ていけ。自分から出なかったら、娼館に下げ渡す」
竜王は傲然と言い放つ。
その言葉に、女たちは言葉も顔色もなくしていた。
それはそうだろう。
後宮にいるという事は、前皇帝に捧げられるだけの美貌を持った美女という事だ。その美貌を竜王は塵芥扱いをした上に、可愛いとは言えまだ子供である幼女を愛しそうに抱き、美女である彼女たちに後宮を出ていかねば娼館に下げ渡すと言い放っているのだ。
数日前までの彼女たちは、いつ皇帝の"お渡り"があってもいい様に自分を磨き、美しく装い、皇帝の心を掴む為に閨の技術を連れて来た侍女から学び、切磋琢磨して来たのだろう。
それが一夜明ける前に、竜王に叩き起こされ、皇帝の処刑を見せつけられた。皇帝の凄惨な姿に、最高権力者の交代を肌で感じたのだ。であれば今度の寵愛を得る相手は竜王だと勘違いしてしまうのも無理はないだろう。たとえ皇帝の処刑の際に、「我が妃を攫い、無体な真似をしようとした」と言われても、彼女たちにとっての最高権力者とは、何人もの女を囲み、寵愛を与える者という認識なのだろうと思う。
竜王は彼女らの心情を正確に読み取った。それで彼女らの願いを叶えるつもりは毛頭ないが。
「帰宅するなら多少の今までの手当分は渡すぞ」
竜王がそう言うと、女たちは諦めたようだった。
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