第33話 公爵令嬢は侍女と使用人を選ぶ
2019年9月17日改稿。
少々体裁を整え、視点のブレを修正。
竜王とアリスティアは、竜人に案内されて竜王の私室に来た。
竜王の私室は豪華でとても広かった。更に、ベッドも人間なら五人が並んで寝ても余裕があるくらい広かった。
テーブルにソファ、サイドチェスト、ウォークインクローゼットのドアと、何処をとっても緻密な紋様が施されており、それが優美さを醸し出していた。
ウォークインクローゼットのドアの他に、もう二つドアがあり、アリスティアがなんだろう?と疑問に思ったら「妃の部屋へ続くドア」と「浴室へのドア」だと竜王が教えてくれた。妃の部屋へ続くドアという事は、つまりは己の部屋へ続くドアという事か、と考えてアリスティアは赤面する。
「晩餐までこの部屋でゆっくり休むと良い」
竜王はそう言うが、アリスティアを膝抱きしているから、アリスティアはいつもと変わらないと思った。
しかし、アリスティアは竜王の膝から降りるつもりはなかった。竜王から漂ういい匂いを嗅いでいると落ち着くからだ。
この匂いは、半身、つまり自分の永遠の伴侶とかいう相手の場合に匂って来るらしい。
人間同士はいい匂いは無くて、竜族や獣人族の場合のみ、と竜王はアリスティアに教えてくれた。
「竜王陛下」
「名前で呼んでくれ」
「ではルーカス…陛下?」
「フォルスター皇国ではまだ皇太子だ」
くつくつと笑われた。
アリスティアはむくれる。
「今後、フォルスター皇国では皇太子、ナイジェル帝国では竜王、竜の国でも竜王と、国によって立場が違ってくる。だから、地位の呼び方ではなく、名前で呼ぶ方が混乱せずに済むだろう?」
竜王に説明されて、確かにそうだと納得した。
「では、ルーカス様?」
「固いな。呼び捨てで構わぬのに」
「竜の国ならともかく、ナイジェル帝国やフォルスター皇国では他の方々が見ております。その中での呼び捨ては、ルーカス様の評判を傷つけます」
「我の評判など心底どうでもいい。だが、そうだな。人間の世界で十も年下の娘が皇太子を呼び捨てなどしたら、我よりそなたの評判に傷がつくな。ならば様付で良い」
竜の半身に対する愛情は、基本的に人間より深く重いらしいが。それが優しさに見えるのだから、アリスティアも竜の半身としての愛情を当然と感じているのかもしれなかった。
☆☆☆☆
晩餐の時間になった。
ドレスは持ってきたが、着替えを躊躇していたら、竜王が魔術で着替えさせてくれた。何それ便利すぎる!とその着替えの魔術を教えて貰おうとしたが、晩餐だからと断られた。
連れて行かれたところは、晩餐室ではなく小広間だった。そこにテーブルが並べられており、竜人の貴族らしき人たちが待っていた。
その中の一人は、玉座の間で挨拶をしたクライネル・ファルナだった。
ルーカスとアリスティアは席についた。ルーカスは、当たり前のようにアリスティアを膝抱きして座ろうとしたのだが、激しく抵抗し、アリスティアが一人で座る権利をもぎ取った。なぜかルーカスの席はもの凄く近かったが。その意味を、晩餐が始まった後にアリスティアは知る事になる。
「半身様、私はネロリ公爵家の当主、トライオン・ネロリです。よろしくお願い申し上げます」
「私はメルセア公爵家の当主、モルグ・メルセアです。よろしくお願い申し上げます」
「半身様、私はフューズ公爵家の当主、ユージン・フューズです。よろしくお願い申し上げます」
「半身様。私はナスタム侯爵家の当主、イシュタル・ナスタムです。よろしくお願い申し上げます」
次々と挨拶が続く。
困ってルーカスの方を見ると、頭を撫でてくれた。
「皆、我の半身であるティアに礼儀を尽くそうとしているのだ。受け入れてやれ」
「わたくしはフォルスター皇国の公爵令嬢でしかありませんのに」
「我の半身、というのが竜人には重要なのだ。公爵令嬢だろうが平民だろうが、竜王の半身である事が判断基準になる」
「なるほど。皆様、挨拶をしていただきましてありがとうございます。竜王陛下の恥にならぬように努力させていただきますわ。こちらに来た場合は、ご指導くださりませ」
アリスティアはにこりと微笑んだ。
笑顔は大事だ。微笑んでおけば何事も上手く行くのだから、とサービス精神全開で。
だが、アリスティアの予想していた反応と違っていた。
竜の国の貴族たちが揃って顔を赤らめたのだから、アリスティアには訳がわからなかった。
「ティアー! 笑顔は禁止! そなたの笑顔の破壊力を軽視するな!」
「わたくし、笑顔が兵器だとは知りませんでしたわ! でもルーカス様の様に人間をやめた覚えはないのですけれど?」
「ティア。相変わらずそなたは辛辣だな。確かに我は人間をやめたが、だからと言って息をするように我を貶めるのはやめてくれ。さすがに傷つくからな」
「貶めるなど。事実を申し上げているだけですのに。それに陛下は、ルーカス皇太子として在った時も、五歳のわたくしを抱っこしてすりすりしてて、変態道を兄様たちと一緒に爆進してましたわ。それだけでもまともな人間ではありません事よ?」
「私のティアが辛辣だ!」
「いい大人が拗ねないでくださいまし。可愛いじゃありませんか」
「ティアがデレた!」
「わたくし、もう覚悟しましたの。勘違いだと思って別の事を考えていても、どうせ収まるところにしか収まらないと」
「難しく考えるな、ティア」
目の前のコントの様な会話を聞いて、この幼女は正しく竜王の半身だと理解した竜人たちであった。竜王が楽しそうで、竜人たちは満足である。
晩餐会で、アリスティアは途方に暮れていた。
竜王が、食事を手ずからアリスティアに与えるからだ。知らない人たちの前でのあーんは、いくらアリスティアが八歳児だとてとても恥ずかしいのである。
しかし、嫌がったら竜王がわかりやすく拗ねたため、仕方無しに受け入れた。なんの羞恥プレイか。
ただひたすらに、晩餐会が終わるのを待っていた。
晩餐会が終わり、竜王の私室に戻った二人は、ベッドで攻防を繰り広げていた。
「ルーカス様! 着替えの魔術を教えてくださいまし!」
「教えたらティアの着替えをして上げられないではないか。だから却下だ」
「ルーカス様のケチ! 幼女趣味だからですわね、きっと!」
「幼女趣味ではないと言うに。ティアが趣味なだけだ」
「恥ずかしい事を堂々と仰らないでくださいまし!」
「何も恥ずかしい事などないぞ?」
「嫌ですわ! ルーカス様ったら人間やめたら人間味まで失くしましたわ」
「ティアが嫌なら、竜王の人格を軽く封印するが?」
「重いですわ! そこまでしなくてもいいですわ!」
「何が重いのかわからんが、ティアがいいならこのままにする」
「話がズレてますわ。着替えの魔術を教えてくださいまし! 教えてくださらなかったら、一緒に寝ませんわよ!」
「ぐっ! ティア、それは卑怯だ!」
「さあ、どうしますの、ルーカス様?」
「仕方ない、教える」
「やりましたわ!」
ガッツポーズを決めるアリスティアだった。
竜王は、アリスティアの手を握る。
着替えの魔術のイメージとともに、術式も思念で送られてくる。術式はめちゃくちゃ難しかった。しかし、着替えのイメージは簡単に出来そうだった。
寝間着を持って来て手に持ち、イメージしてみる。
寝間着がアリスティアの体に装着され、成功したのがわかり嬉しくなった。
これで侍女がいないところでも着替えが容易にできる、と興奮する!
アリスティアは忘れていた。ヘアスタイルや装飾品の事を。それに気がつくのはかなり後の事である。
☆☆☆☆
翌朝、アリスティアが目覚めた時、体が動かなくてちょっとびっくりした。
目を開けたら、とてつもない美形が目の前にいたから更にびっくりした。
その美形がルーカスだと遅れて認識した時に、ホッと安心した。
竜王は、アリスティアが身じろぎした気配で目覚めたようだった。
そして瞳を蕩けさせ、アリスティアの額に口付けてきた。
アリスティアは真っ赤になった。
「ルーカス様、おはようございます。朝から心臓に悪いですわ!」
「我が妃ティア。おはよう。朝から愛しいティアの顔を見られて幸せなのだよ」
「めちゃくちゃ甘いですわ! 砂糖を吐きそうですわ!」
「甘いのはティアの匂いだな」
「あら。ルーカス様も、甘くていい匂いがしますわ」
「それが竜族と獣人族の半身の特徴なのだよ」
「不思議ですわね?」
「理屈ではないからね。種族特性だと思っておくといい」
「わかりましたわ」
「では起きようか、ティア。そろそろ竜王付きの侍女がやってくる」
「あら。それなら急がないと。このようなところを見られたらはしたないと思われてしまいますわ!」
「竜族の半身を、そんな風に思う者はおらぬよ。竜族は半身を囲うからな」
「囲うって……」
「文字通り普段から腕の中に閉じ込めて、巣穴、つまり屋敷に閉じ込め溺愛する。それが竜族の雄なのだよ」
「重いですわ!」
「慣れたら快適だぞ?」
「慣れたらダメ人間になりそうですわね……」
「我はティアがやりたい事をやらせようと思っておるぞ。溌剌としたティアが好きだからな」
「幼女に好きとか言わないでくださいませ」
「竜族の半身に年齢は関係ない」
「竜族ってダメな人たちの集まりに見えて来ますわ」
話していると、なんだか竜族がダメダメ集団に思えてくる。
そう思いつつ、アリスティアは起き上がろうとし、竜王の腕により身動きできなかった。
「ルーカス様! 離してくださいまし!」
「嫌だ。ティアを感じていたい」
「発言が変態ですわ! この後、侍女や使用人を選ばないといけないですわよね!?」
アリスティアがそう言うと、竜王は嫌々ながら腕をどけてくれた。
そそくさとベッドから出て、昨夜用意しておいたドレスに着替える。もちろん、着替えの魔術でだ。
着替え終わったタイミングで、竜王付きの侍女数名が部屋に入ってきた。
その侍女の一人に手伝って貰い、ヘアスタイルを調える。リボンで可愛く飾られ、アリスティアは鏡の中の自分を見て満足した。
後ろではルーカスが着替えを手伝って貰っているのが鏡越しに見えてしまい、慌てて鏡から視線を外す。脳裏にはスラリとした上半身裸の肢体が残っている。アリスティアは、ブンブンと頭を振ってその映像を頭から払おうとした。
少々強く振りすぎて目眩がしてしまった。
「ティア、何をしておるのだ」
「なんでもありませんわ、ルーカス様」
「ふむ。なんでもないなら朝食にしようではないか。ここに運ばせよう。お前たち、我と妃の朝食をここに運べ」
「御意」
「……本当に竜族は、幼女と同衾してても全然動じないのですわね」
「そういう種族だからな」
そう言うと、竜王はアリスティアを抱き上げる。
そしてテーブルに着くと、膝上に乗せた。
膝抱っこである。
アリスティアは考える事を放棄した。
やがて、侍女たちが朝食を持ってくる。
テーブルの上に次々と並べていく。
それを、竜王は少しずつアリスティアの口に運ぶ。既にこの三年であーんに慣れさせられていたアリスティアは、疑問に思わず黙って食べていた。
しかし、この行為は竜族にとっては大事な伴侶に対する「給餌」というもので、竜族の雄にとっては誰にもやらせられないものだった。それをアリスティアが理解するまで、もう少し時間がかかる。
朝食が終わり、アリスティアを抱き上げた竜王は、小広間に移動した。
そこには、竜族や獣人族の未亡人から少女などが待っていた。あまりの多さにアリスティアはびっくりである。
「ルーカス様。こんなにたくさん来てますわ」
少々不安になってしまうのも無理からぬ事だろう。
「離宮で使う侍女と使用人だからな。専属侍女は三人、使用人は……三十人ほどか。あと、ダリア以外の専属護衛も必要だ。こちらは、二名か」
竜王が澱みなく数を上げるが、離宮?と疑問が浮かんだ。
「ああ、ティアは眠らせていたから知らなかったな。ナイジェル帝国が落ち着いたらティアはフォルスター皇国の離宮で我と暮らすのだ。人間に拒絶反応を表してしまうティアは、公爵家では暮らせないからな。そしてなんの関係もないティアが皇太子と一緒に暮らすというのは、人間の世界では醜聞になる。少々早いが、ティアと私は婚約する事になった」
「そんな大事な事、聞いてませんわ!」
「今言ったからな。だが、ティアが身内と認めた人間以外を拒絶した時点で、これしか人間の世界で暮らす方法がなくなった。今生の我はフォルスター皇国の皇太子だから、後代に引き継ぐまでは、我がフォルスター皇国を統治せねばならぬ」
竜王の言うとおりだった。
なんだか落ち込んでしまう。
「落ち込む必要はないぞ、ティア。我は嬉しいからな! ティアと誰にも邪魔されずに暮らせるのだから」
「だから、幼女相手に色気を振りまかないでくださいませー!」
アリスティアは混乱した。
暫くして、アリスティアは面接を始めた。
と言っても、面接のなんたるかは知らないので、竜王が補佐する形だ。もちろん、膝抱っこで。
まずは専属侍女を選ぶ。
見た目から言えば、竜人も獣人もあまり変わらないのだが、竜人は一部の鱗が出てるくらいで、獣人は耳が動物で可愛らしい。
悩みに悩んで、竜人の少女を一人と、獣人の少女を二人、選んだ。獣人は、兎族と犬族だった。選ばれた三人は、嬉しそうだった。
次に使用人だったが、集団面接で、得意技能を聞いて選んだ。三十人もいるから、大変かと思ったが、竜王がアドバイスしてくれたので、迷わずに選べた。
最後に、専属護衛を選ぶ事になり、護衛と言う事でなぜか勝ち上がりトーナメントが行われた。
それにより、虎族と狼族の女性が勝ち残り、専属護衛に決まった。
全員の前で挨拶する事になった。
「竜王陛下の半身、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドですわ。これからわたくしの身の周りのお世話をお願いいたしますわ」
「ティアは、今のところ闇の精霊王以外の五人の精霊王の愛し子でもある。先日、誘拐され、他国で危険な目に遭った。そのせいで身内認定した者以外の人間に拒絶反応を示すようになった。今回の選抜は、その対策でもある」
竜王の説明に場がどよめく。
竜王の半身に手を出せる人間がいたのが驚きだったのだ。
「我はその時にはまだ転生体として覚醒していなかった。だから半身を攫われてしまったのだ。自分で覚醒しようとした時に封印してしまったらしい。それを光の精霊王シルフィードが解除してくれたから、半身の救助がぎりぎり間に合った。攫った奴と指示した奴は斬首、我が半身を苛んだ侍女は身を切り刻んで処刑、無体を働こうとしていた皇帝は狼の群れに襲わせて身を食い破らせて処刑した」
苛烈な処刑内容に、しかし竜族は当然と受け入れ、獣人族は、竜王の半身に手出しするとは馬鹿な人間たちだと内心で嘲笑った。
「今回の誘拐で皇帝を殺した国を我の統治下に置いたからな。政務官が派遣されるまでは我が直接統治する事になっている。そこに半身も連れて行かざるを得ないから、専属侍女と専属護衛は、早速同行して貰う」
竜王の言葉に、専属侍女と専属護衛たちは跪き、アリスティアに敬意を表した。
「使用人たちは、フォルスター皇国に離宮が用意されるまではここの宮殿で待機せよ。部屋は用意させる。離宮の準備が整い次第、全員連れて行く」
使用人たちも跪く。
「ティア。声をかけてやれ」
「どう声をかければいいのかわかりませんわ」
「何、簡単だ。忠誠大儀である、といえば良い」
「八歳児が言ったら偉そうなんてもんじゃありませんわね」
「ティアは竜王の半身なのだから、年齢は関係ないぞ?」
「人としてだめになりそうですわ。でもまあ、とりあえず。忠誠大儀ですわ。期待しましてよ」
「「「「「は。ありがたき幸せ」」」」」
「……何かダメな扉が開きそうでしたわ……」
「ティアは考え過ぎる」
くつくつと笑う竜王と、眉を顰め、自分のダメさ加減に悩む竜王の半身がそこにいた。
アリスティアが、竜人と獣人から専属侍女を選びました。侍女は可愛らしさ重視です。一方で専属護衛は、強さ重視です、当たり前ですが。
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