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第32話 公爵令嬢は竜の国に行く

2019年9月17日、改稿。

修正点

・視点をなるべくルーカスに固定、それに伴い加筆修正

・宰相視点を削除

・途中でクロノスの事情と心情を加筆


 

 


 皇太子──竜王は、皇帝執務室にいた。アリスティアを膝に乗せて。

 見た目だけなら、幼女を抱っこした危ない青年なのだが。


 皇太子(ルーカス)の中身は竜王。覇気溢れさせ、誰もが跪く、地上の統治者である。

 その竜王は、この国の皇太子を呼びつけていた。


 呼ばれた方は、戦々恐々としている。

 相手は竜王であり、父親が、自分と然程変わらぬ年の子供に無体を働こうとしたと聞かされたのだから、怖れるなと言う方が無理である。


「り、竜王様、参上いたしました」


 まだ声変わりする前の、甲高い、少年特有の声。怖れが多分に混じり、緊張を隠しきれていない。


「ふむ。まだ少年か。年は幾つになった」


「は、はい。今年十歳になりました」


「十歳か。そなたは父皇帝を殺した(ワレ)を憎むか?」


「いえ。竜王陛下の逆鱗に触れたのであれば、自業自得かと。それに、僕とそんなに変わらない年齢の女の子に無体を働こうとしたと言うのなら、唾棄すべき相手は父です」


「ふむ。我が妃程ではないが、聡いな。名はなんと申す?」


「はい、竜王陛下。クロノス・タイラ・ナイジェルです」


「クロノスか。そなた、我に、ルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスターに仕えよ」


「竜王陛下ではなく、フォルスター皇国の皇太子殿下に、ですか」


「やはり聡い。我は聡い者は好きだ」


「僕は構いませんが、母がなんと言うか」


「母親など関係ない。お前に拒否権はない」


「ルーカス様」


 アリスティアが、思わずと言った体で口を挟んできた。口調が咎めるものになっている。


「ナイジェル帝国皇太子殿下の年齢を考えなされませ。まだ母親の元で甘えている年齢ですわ。母親は関係ないなどと仰られますな」


 アリスティアは皇太子(ルーカス)を見上げて窘めたのだが、ルーカスはくつくつと笑うのみ。後ろでは、双子の兄たちが、口を掌で覆って悶え、ダリアはにっこり微笑んでいたのだが、アリスティアは気が付かなかった。


 そして、母親に甘える年齢だと言われた、クロノスの方は。

 自分より年下の少女が、怖れも抱かずに竜王に諫言し、自分を子供扱いするのに反発心が芽生えた。

 ぐ、と拳を握り、アリスティアを睨んだら、竜王から氷の視線が飛んできて覇気がぶつけられた。


「何やら我が妃アリスティアに反抗的な心情を抱いたようだがな。ティアは、政治・経済・語学・数学・文化・魔術学に通じており、五歳で我が元に出仕しておるのだぞ。その上で、他国の謀略を暴き、難民の職業斡旋や訓練の道筋を考え、昨年は国内の知識率を上げようと、学習所を作る政策を提言してみせた。ティアはな、魔術書を読むだけで魔術を使えるようになる才能がある。五歳で既に特級魔術を使いこなし、オリジナル魔術を複数作り上げた。そこまで聡い我が妃にお前が敵うと思うな」


「殿下! 自慢しながら惚気るのはやめてくださいまし! それに出仕したのは殿下からの命令ではございませんか! 魔術だって、教えて貰えなかったから、暇つぶしに魔術書を読んだだけですわ」


「ティア。魔術書を五歳で暇つぶしに読むのがどうかしてると気が付かないのか? あれは術式が細かく書いてあり、理解するのに相当の知識を要するのだぞ。それも、上級どころか特級魔術の魔術書を読むなど、宰相が頭を抱えておったわ」


 竜王(ルーカス)は楽しそうに話した。

 クロノスの顔が驚愕に彩られるのを見て、今話している内容をクロノスが理解したのがわかった。


「大変失礼を致しました、竜王陛下」


「理解できたのなら良い。ああ、そうだ。お前も会っておけ。ウンディーネ、サラマンダー、ノーム、エアリエル、シルフィード、来い」


 名前を呼ばれた存在が、次々と現れる。


「竜王陛下、お呼びにより水の精霊王ウンディーネ、参上致しましたわ」


「竜王陛下。お呼びにより火の精霊王サラマンダー、参上致した」


「竜王陛下。お呼びにより土の精霊王ノーム、参上致したの」


「竜王陛下、お呼びにより風の精霊王エアリエル、参上したよ」


「竜王陛下。お呼びにより光の精霊王シルフィード、参上致しました」


 その存在のとんでもなさにクロノスが絶句している。

 精霊王が揃いも揃うなど、聞いたことがないのだろう。


「我が愛し子アリスティア。助けられなくてごめんなさい」


「我が愛し子アリスティア。助けられず申し訳なかった」


「我が愛し子アリスティア。助けられなくて悪かったのぉ」


「我が愛し子アリスティア。助けに行けなくてごめんね」


「初めまして、我が愛し子アリスティア。光の精霊王シルフィードよ。加護を」


 クロノスの目には疑問、驚愕、そして諦念の色が順番に表れては消えて行った。

 竜王(ルーカス)はそれをつぶさに観察し、クロノスは適応能力が高い事を読み取った。

 これはいい拾い物をした、と密かに喜ぶ。

 手駒は多いほど良いのだから。


「シルフィード様。ありがとう存じます。わたくしだけ、こんなに多くの加護を貰っていいのでしょうか? わたくしは既に清い体では無いのです。死ぬべき存在なのに、加護を貰うのは恐れ多くて……」


 クロノスの目には、その時動揺の色が走った。

 少女の口から聞かされた、「清い体ではない」「死ぬべき存在」の意味を理解したのだ。そして、幼い少女が、簡単に死を望む事に衝撃を受けていた。

 竜王はその様子をじっと観察し、クロノスがアリスティアに隔意を持っていない事を確信でき、安堵の息を吐いた。


「ティア。そなたは汚れてなどおらぬ。竜はそんな些事など気にせぬ。そなたが死を望むのは間違いであるぞ。そなたを害した者たちは、処刑したと申したであろう? そなたに無体を働こうとした皇帝は、狼の群れに引き裂かせた。食わせてはおらぬぞ?」




 父親の最後を聞かされているクロノスだったが、父親に対する彼の愛情は薄かったからなんの感慨もない。


 皇帝は、皇后の他に寵妃が数人いた。

 クロノスと妹の母親は皇后だが、幼い弟、第二皇子の母親は寵妃の一人だった。

 ナイジェル帝国では、寵妃が生んだ赤子でも皇后が手元に置いて育てる。もちろん、直接皇后が育てる訳ではなく乳母が付けられるのだが、産んだ母親は赤子に会う事は出来ない。

 これは継承権争いを避ける意味と、生みの母親の実家が無駄に権力を持たない様にする為に大昔に定められた決まりごとだった。


 クロノスと妹の実母の皇后は、寵妃の産んだ弟、第二皇子にもクロノス達と同じ様に愛情を注いだ。だから、弟も曲がらずに育っている。

 反対に皇帝は、クロノス達子供に無関心だった。

 父親に愛情を向けられない寂しさは幼い頃は感じていたが、八歳で立太子した後はその寂しさはいつの間にか感じなくなっていた。

 皇帝は父親だが、それ以上でもそれ以下でもない。血が繋がっていると言うだけの存在。皇帝としては有能なのだろうが、父親としては反面教師にしかならない。

 そんな父親に、どうして愛情など持てようか。

 クロノスにとっての"家族"とは、皇后である母親と妹と異母弟(おとうと)だけだった。

 

 だからそんなに哀れそうな目で見ないで欲しい。

 アリスティアに向けられた視線の意味を感じ取ったクロノスは、うんざりしながら思った。

 あの父親の為に流す涙は、クロノスは持ち合わせていなかった。





「殿下。そうではないのです。わたくしは、わたくしの矜持の為に死を望むのです。ですが、生き延びてしまった今、自死が怖いのです。だから、兄様たちか、殿下に殺して欲しいのです。殿下に殺されるなら本望です」


 目の前では悲壮な覚悟を決めた少女が、己の矜持の為に死を望んでいた。

 竜王(ルーカス)にはその願いを聞き届ける事は到底出来ない。

 竜族にとっての半身は、己の命と同等。

 失う事は己の死を意味する。

 己の愛しい半身(アリスティア)が負ってしまった心の傷を思うと、竜王(ルーカス)の心には怒りが湧いてくる。愛する半身(アリスティア)を傷つけたこの国を滅ぼしてしまいそうな程の怒り。

 だが、愛する半身(アリスティア)はこの国を許した。

 ならばこの怒りは抑えねばならない。

 アリスティアの為なら、そんな事も容易く行えた。


「愛し子アリスティア。竜王陛下の言うとおりよ。貴女の体は清いままだわ。精霊王の言葉が信じられなくて?」


 アリスティアを宥めるシルフィード。

 竜王(ルーカス)は黙って見守る。


「シルフィード様。わたくしは──人が怖いのです。でも、人は人と関わらずには生きていけません。何処かで必ず人と交わる必要がある。貴族なら余計です。お茶会、夜会、晩餐会。屋敷に籠もっていても、侍女や使用人が関わってくる。わたくしは、そんな人たちも怖いのです」


 竜王(ルーカス)には半身(アリスティア)の話す事は一言も漏らせぬ大事な情報だ。

 愛する半身が如何に心地よく暮らせるか、如何に害となる物事から半身を遠ざけられるか。

 竜族の(オス)にとって、それは何よりも大事な事だった。


「愛し子アリスティア。貴女が経験した事が、貴女の心に消えない傷をつけたのね。でも、その傷は竜王陛下の愛情で薄れるわ。今生の姿は、皇太子ルーカスだけれども」


「殿下はいつもわたくしを可愛がってくださいますが……もう可愛がって貰う資格は無いのです」


 悲しそうにアリスティアは言う。

 竜王(ルーカス)は愛する半身がその様な顔をする事が許せない。

 そんな事はないと先程も伝えた筈だが、頑なな心がその言葉の浸透を阻害しているのだろう。


「アリスティア様。貴女の気高さは、素晴らしいものですわ。でも、竜王陛下は気にしない、と仰られましたわ。竜王陛下を信じなさいませ」


「ダリア姉様……」


 溌剌さが見えない己の半身を見、竜王は少し考え込んだ。


「ふむ。確かにダリアが言ってた事は正しいな。早急に対処せねばなるまい。では竜の国に参って来るから、暫くは任せる。多分、二、三日もかからないと思うが」


「殿下の鬼畜!」


「エルナード。諦めよう? アリスの為だと思えば我慢できるし」


 双子が、自分たちのこれからの忙しさを思ったのか、ため息を零した。

 それからはたと気がついたように。


「竜王陛下。立つ前に一つ。こちらのナイジェル帝国皇太子ですが、立場を皇太子のままにしていると誤解を招きかねません。爵位を与えて臣下の立場に置かれた方がよろしいかと」


 とクロノスの扱いについての提案をして来た。


「それもそうか。では公爵位でいいな。ナイジェル公爵とする。書類に記載し、皇太子印を押しておけ。流石に皇王の玉璽は用意できぬからな」


 パチン、と指を鳴らすと、皇帝執務室──今後は、政務官室になる予定だ──の執務机の上に、皇太子の御璽と、見慣れた書類の山が現れた。


「ちょ! 殿下の鬼! 悪魔!」


「これは流石に無いわー! 殿下、なぜ皇国の書類までこっちに転移させたんですか! 準国家機密級のものもあるんですよ!」


「む。そうか」


 クリストファーに窘められた竜王は、パチン、と指を鳴らした。途端に書類が消え、御璽だけが残される。


「安心しました」


「では殿下、いえ竜王陛下。陛下が、戻られるまで、ナイジェル公爵クロノス殿に、仕事を覚えさせておきます」


「エルナード、クリストファー。頼むぞ。ダリア、護衛は暫く休みだから、政務を手伝え」


「御意」


「クロノス。エルナードとクリストファーに付いて政務を覚えよ。(ワレ)が十の時には、皇王の執務を手伝い始めたのだから、お前ができない事は無い」


「御意」


「ルーカス様。さすがにそれは無茶かと。ルーカス様は神童として知られていたと聞きますわ」


「アリス、心配は要らないよ。僕達も、殿下に十歳で扱かれたんだ。仕事は覚えられる」


「さすがにルーカス殿下と同レベルは求めないさ。僕たちが耐えられたんだから、十歳でやれる仕事量にするつもりだよ」


 双子が己の愛する妹(アリスティア)に説明するのを聞いて、そんな事もあったな、と嫌に遠くなった記憶を掘り起こした。


「ああ、竜の国に行く前に、皇国に寄って報告せねばならぬな。少し寄り道をしていく。ティアは心配せずとも良いぞ」


「わかりましたわ」


「では行ってくる」


 竜王はそう言うと、かき消えた。


「では私達も、竜王陛下がいなくなったのだから失礼するわ」


 光の精霊王シルフィードがそう言うと、精霊王たちは次々と消えていった。

 皇帝執務室改め政務官室に静寂が訪れた。


「では早速、政務を始めよう」


「皇国でやってる事と変わらないからな。僕らで出来る決裁はやってしまい、殿下の決済が必要な書類のみ残す」


「ああ。あっと、その前に、ナイジェル帝国皇太子を、ナイジェル公爵に叙爵する書類を作らないと」


「国名のついた公爵っておかしいが、多分、おそらく、竜王陛下が戻られたら国名を変更して貰わねばならないだろうね」


 そう、クリストファーが言うと、エルナードは小さく頷き。

 ベルを鳴らして侍従を呼び出し、補佐官用の執務机を運び入れるように言いつけた。





☆☆☆☆



 転移で、皇王の執務室に出た。

 皇王が驚いている。


 皇太子──竜王が、指をパチンと鳴らすと、皇王の執務室にいた補佐官たちが消えた。

 更にパチンと指を鳴らすと、そこには宰相の姿があった。宰相は一瞬何が起こったかわからなかったようだが、すぐに理解したようで、訝しげにこちらを見て、アリスティアの姿を認めると驚愕した。


 竜王は三度(みたび)、指を鳴らす。

 遮音・入室阻害結界が張られた気配がした。


「ルーカスよ、何事だ。遮音・入室阻害結界とは。アリスティア嬢が無事に救出された事と関係があるのか?」


 その言葉には直接は答えず、皇太子は覇気を出した。

 それだけで皇王は、皇太子が今までと違う存在だ、と理解したようだった。もちろん宰相も理解した。


「事実のみを伝える。(ワレ)は竜王。今生はルーカスネイザー・ヴェルナー・セル・フォルスターである」


 その告げられた内容は、皇王と宰相に再び驚愕を齎した。二人の目が見開かれる。


「我が妃アリスティアを攫った国は、ナイジェル帝国であった。(ワレ)は、直接攫った魔術師と攫う事を指示した男を斬首し、アリスティアの髪の毛を掴み引き摺った侍女は鎌鼬(かまいたち)で切り刻み、アリスティアに無体を働こうとしていた皇帝に狼の群れをけしかけ、牙で皮膚を破らせ処刑した」


 淡々と告げる内容は、彼らにはそら恐ろしいものだった様だ。だが、話しているうちにまた怒りが湧いた皇太子の瞳が、縦に裂けたのを二人は見た。

 人間ではあり得る現象ではないだろう。

 竜王(ルーカス)には既に馴染んだ感覚ではあるが。


(ワレ)は貴族共と民全てに問うた。死か、従属か、と。答えは、ナイジェル帝国民すべてが(ワレ)への従属であった。(ワレ)はナイジェル帝国をフォルスター皇国の従属国とした」


 告げた内容に、皇王と宰相は三度(みたび)驚愕する。

 宰相が動揺しているのを、竜王(ルーカス)は感じ取った。


「ナイジェル帝国の元皇太子は、公爵位を与えてナイジェル公爵とし、ルーカスへ仕えるよう命令した。なお、元皇太子は十歳で、なかなかに聡い子供だった」


 竜王(ルーカス)は事実だけを淡々と伝える。


「当面は(ワレ)が直接統治するが、早急に政務官を選別し、ナイジェル帝国に派遣する準備を整えろ。できるな、宰相」


 宰相を瞳孔が縦に裂けた状態で宰相を見つめると、宰相は僅かに視線だけを外して短く「御意」とだけ返事をした。


「この後は竜の国に行く。我が妃アリスティアが誘拐で心に傷を負い、人間を拒否し、死を望むのでな。世話役と侍女を、竜人や獣人から選んで連れてくるつもりだ」


 宰相が四度(よたび)、驚いた。

 そんなに驚く事だろうか、と竜王(ルーカス)は僅かに首を傾げた。


「殿下、いえ、竜王陛下。アリスティアは無事だったのですか?」


「体は清いままだがな。ふむ、暫し待て」


 そう言うと、竜王はアリスティアの頭に手を置いた。その途端、アリスティアが竜王の腕の中で眠りに落ちた。無詠唱での魔術だと気がつくのに少しかかってしまった。


「これでいいだろう。アリスティアの頭から読み取った情報だがな。我が妃は、魔力封じの魔道具を山ほどつけられ、口付けで口内を蹂躙された。ただそれだけなのに、我が妃は矜持の為に死にたいと、殺してくれと申した。竜にとってその程度、何という事はないのだがな。死なせぬ為には、周囲から人間を排除し、(ワレ)が囲って安心させねばならぬ」


 竜王の語る内容に、宰相アーノルドから殺気が溢れた。


「宰相。安心せよ。アリスティアの心を直接傷つけた皇帝はもうこの世にはおらぬ。それと、今朝、ナイジェル帝国の貴族どもを登城させて、反抗的な者がいないか探ったが、幸いな事にいなかった。ナイジェル帝国が我が妃アリスティアを狙った理由は、皇国を属国にするため。アリスティアを我が物とすれば皇太子ルーカスに言う事を聞かせられると思ったようだな。竜の逆鱗に触れただけだったが」


「竜王陛下。アリスティアを先程から"我が妃"と仰られておりますが、どんな理由かお聞かせ願えますか?」


「簡単な事よ。アリスティアは、竜王の半身。永遠の伴侶(ツガイ)であるからな。半身同士は互いからいい匂いを嗅ぎ取る。ああ、安心せよ。妃と言っても、幼い身に無体を働くつもりはないぞ? 育つまで待つ」


「半身、永遠の伴侶(ツガイ)……」


 数千年、竜人が身近にいなかったせいで失伝している情報のため、言われてもピンと来ないようだが、竜王にとってはどうでもいい事だった。


「宰相。先程の政務官派遣の準備をしておけ。政務官は(ワレ)が転移させる」


「御意」


「皇王。ここでは父上、と呼んだ方がいいか?」


「公的な場だけ繕えばそれで結構です、竜王陛下」


「重畳。では用件だ。離宮を一つ、用意せよ。結界は(ワレ)が張る。そこにアリスティアを住まわせ、(ワレ)が直接守る。置く侍女や使用人は竜の国から連れてくる。宰相、約束より早いが、人間を拒否するアリスティアを公爵家に置くことはできぬ故、アリスティアをルーカスの婚約者とする。これは決定であり、拒否はさせぬ」


 皇王と宰相は、了承の意を答えた。





☆☆☆☆



「数千年ぶりだな、竜の国は」


 竜王は腕の中で眠るアリスティアを抱え、竜の国の門前に立っていた。

 門には門番がいる。

 門番は、見知らぬ人間がいきなり門前に立ったのを見て誰何した。


「待て。貴様、誰の許しを得てここに来た。何処から入って来た。普通の人間には入れぬ筈だが?」


「ふむ。この姿ではわからぬか」


 竜王は、覇気を溢れさせ、瞳孔を縦に割った。ついでに竜翼を出す。


「っ! この覇気は、竜王陛下! 大変失礼致しました! お通り下さい!」


 門番の竜人は、恐縮して(かしこ)まる。


「うむ」


 竜王は門を通り過ぎた。覇気を周囲にばら撒きながら。

 さすがに覇気で皆気がつく。

 次々と竜人が、そして獣人も跪く。

 その中を、竜王はゆったりと歩く。己の腕に愛しい半身を抱えて。

 暫くして、宮殿の方角から、近衛隊が竜体で翔んで来た。


「竜王陛下! お帰りをお待ちしておりました!」


 近衛の竜人たちが竜体から人化し、一斉に竜王の前で跪く。


「うむ」


「腕の中に居られるは、もしや半身様であらせられますか?」


「そうだ。我が半身、我が妃だ。少し事情があってな、身内認定した者以外の人間を拒否してしまっておるから、完全な人型にならないように皆に申し付けよ」


「御意。伝令! 宮殿へ急ぎ連絡せよ!」


「応!」


 近衛隊の中から伝令が飛び出して竜化し、宮殿へ向かって翔んで行く。


「竜王陛下。竜化します故、我が背にお乗り下さい」


「大儀である」


「は。ありがたき幸せ。全員、竜化せよ!」


 近衛隊の隊長の号令で、次々と竜化していく。近衛隊長が地に伏せ、竜王が乗騎し易いようにする。


「ふむ。暫し待て」


 そう言って竜王は腕の中で眠る少女の頭に手を置いた。

 すぐに少女が目を開ける。


「ティア、起きたか」


「殿下? ここはどこですの?」


「ここは、(ワレ)がいずれ治める竜の国。目の前にいるのが近衛の竜人たちだ」


「大きいですのね?」


「竜だからな。これからこの赤竜に乗る。赤竜は近衛隊長だ」


「まあ。お世話になりますわ」


 アリスティアは赤竜に声を掛けた。


「勿体なきお言葉」


 竜から(いら)えがあり、アリスティアは少しだけ驚いて肩が跳ねた。

 竜王は、アリスティアを抱えたまま地を蹴る。軽く蹴ったのに、高さ三メートルくらいの竜の背まで跳び上がり、ふわりとその背に着地し、座った。

 アリスティアはルーカスの膝の上だ。


「これから宮殿へ行く。そなたの侍女と周囲を世話する使用人を選別する」


「殿下、いえ、竜王陛下。わたくしは生きていていい身ではありません。すぐにでも殺して貰わねばならぬ身。侍女や使用人など、すぐに不必要になりますわ」


「ならぬ。ティアは汚れてなどおらぬと申した。そなたがそこまで強情を張るなら、少し消毒が必要だな」


 ニヤリ、と意地悪そうに笑う皇太子を見て、アリスティアはなんだか嫌な予感がした。

 その予感はすぐに当たった。

 皇太子が、その場で口付けて来たのだ。しかも、深い口付けだった。


 一瞬、恐怖に体が強張ったが、近くから甘くていい匂いがして、それが濃厚になっていって、すぐに体から力が抜けた。


 暫くされるがままになっていたアリスティアは、皇太子ならぬ竜王が口を離した瞬間、事態を悟って真っ赤になった。


「あまり駄々を捏ねるな。理性が飛びそうになる」


 甘い声で言われると、アリスティアは羞恥で動けなくなる。仕方なく頷くだけに留めた。





 竜人の近衛隊が先導し、近衛隊長の背に乗ったまま宮殿へ入る。

 宮殿は、さすがに竜人が竜化しても大丈夫なように大きく作られており、その廊下を飛んでいた。


 一際大きな扉があった。そこで竜王(ルーカス)は赤竜の背から降りる。そしてその扉を開けて躊躇いもなく入っていく。


 そこは大きな広間だった。

 そして大勢の竜人と覚しき人々がいた。

 玉座に座っている人がいた。そこへ竜王はスタスタと躊躇いもせずに近づく。


「伯父上、転生おめでとうございます」


「うむ。カイル、数千年の留守居役、ご苦労だった」


「勿体なきお言葉。伯父上にいつ玉座を返せるのかと心待ちにしておりました」


「まあ待て、焦るな。(ワレ)の今生は平民ではなく、フォルスター皇国の皇太子なのだ。後代に引き継げるまでは、フォルスター皇国にて統治せねばならぬから、それまで暫し、留守居役を続けて貰わねばならぬ。それにまだ転生して十八年しか経っておらぬ故、我はまだ幼竜でしかないからな」


「フォルスター皇国の皇太子。なるほど。では今しばらくは竜王代理を務めましょう」


「任せた。ところで、今回国に一時帰国したのは他でもない、頼みたい事があってな」


「竜王たる伯父上の望みとあらば、できる限りの事を致します」


「何、難しい事ではない。我が半身、我が妃アリスティアが、攫われて無体を働かれ掛けた。その時の事が心の傷になり、身内認定している者以外は()()()拒絶してしまうのだ。それで、竜人か獣人から、我が妃の侍女と、身の周りの世話をする使用人を選抜しようと思っておるのだ。あとは護衛と──ふむ。我が妃を攫った国を我が統治下に置いた。フォルスター皇国の属国という位置づけだがな、そこにフォルスター皇国から政務官を派遣する事になっているのだが、その政務官たちの護衛も二人ほど選抜するか」


「伯父上。その程度なら問題はありませぬ。ああ、それで完全な人型を取らぬ様に申されたのですね」


「そうだ」


 そして竜王は、玉座の隣に立ち、臣下を睥睨する。


「皆の者、永の留守、カイルを助けよくぞ守ってくれた。大儀である」


 その言葉と同時に、竜人達と獣人たちが一斉に跪いた。


「面を上げよ」


 その言葉で、皆が顔を上げる。その中の一人が、代表して声を上げた。


「竜王陛下におかれましては、ご帰還おめでとうございます。ファルナ公爵家が当主、クライネル・ファルナです。此度は半身様のご災難、残念でございました」


「我が覚醒しておれば、みすみす攫われなかったのだがな。自分で、覚醒しそうになったのを封印していたらしい。光の精霊王シルフィードが封印を解除してくれたお陰で、ぎりぎり救出が間に合った」


「左様な事情が有りましたか。間に合って良うございました」


「それでだな、クライネル。この子が我が半身、我が妃。アリスティアだ」


「竜王陛下からご紹介に預かりました、バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セル・バークランドでございます。幼き身故、ご無礼が有りましたらご容赦くださいませ」


「おお、これは聡い子供ですな」


「ティアは、五歳でスタンピードを押さえ込み、フォルスター皇国の隣国の陰謀を暴き、別の隣国のルオー王国からの難民に就業・就職斡旋をする提言をし、七歳で学業所を作って民の知識の拡大をする案を提言したのだぞ。更には、五歳で既に特級魔術を行使し、オリジナル魔術をいくつも作った上に、覚醒前の我に、場所を選ばない転移のコツを教えてくれたのだぞ」


 なんとも嬉しそうに言う竜王は、わかりやすく笑み崩れていた。


「竜王陛下! 自慢と惚気はやめてくださいまし! 恥ずかしくて死にそうですわ!」


「何を言う。そなたが如何に聡いか、皆に伝えて置かねばならぬのだ」


「これ以上、惚気けたら、嫌いになりますわ!」


「嫌だ、ティア。これ以上は言わないから嫌わないでくれ!」


 竜王が幼女の首に顔を埋める姿は威厳も何もあったものではないのだが、竜人は半身という存在の意味を知っているので、竜王のそれは微笑ましいものとしか映らなかった。


「コホン。話がズレたな。明日から、我が妃アリスティアの侍女と使用人の選抜を行うから、我はと思う者を来させよ。獣人もだぞ」


「御意」


 竜人と獣人の集団は、再度跪いて頭を垂れた。


 

 アリスティアがなんだか脇役っぽくなってます^^;



ここまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m




 

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