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第3話 エルナードの心配

2020年6月4日 微妙に改訂


 

 

 エルナード・フォルト・セル・バークランドは、筆頭公爵家であるバークランド公爵家の次男で、双子の弟のクリストファー・ティノ・セル・バークランドと、十歳も歳の離れた可愛い妹のアリスティア・クラリス・セラ・バークランドがいた。

 アリスティアは生まれた時から可愛くて可愛くて、双子の弟共々、守るべき対象として目に入れても痛くないほど可愛がっていた。


 しかし、筆頭公爵家の令息ともなると、毎日妹だけを可愛がる訳にもいかない。

 公爵家次男として兄に何かあった場合のスペアとしての勉強もあるし、十歳からは自国フォルスター皇国の皇太子の学友兼側近として皇城への出仕を行わなくてはならなかった。

 最初は皇太子の側近はエルナードだけだったが、ある時皇太子にエルナードが双子の片割れだとバレて、それからは弟のクリストファーも出仕させるように言い付かった。弟は、可愛い妹を可愛がる時間を取られる事に難色を示したのだが、最終的に皇太子から命令として出仕を促されると、渋々従わざるを得なかった。

 この皇太子は色々と規格外で、まず魔力量が歴代皇家の人間が保有していた量より多く、更には既に十歳で父親である皇王の執務を手伝える程優秀で。であれば、皇王には劣るものの既に皇太子としての威厳は持っており。更には顔の造作もどんな令嬢でもひと目見たらうっとりする程に整っていた。




 そんな皇太子は、午前中は帝王学を学び、午後からは執務を片付ける生活を続けていたのだが。

 ある時、エルナードがうっかり、うちの妹天使可愛い! と自慢してしまったが為に、可愛い妹に興味を持たれてしまい、翌日には午前中に帝王学の勉強と執務を全力で片付けたかと思うと、バークランド公爵家にお忍びで訪れるという暴挙を敢行した。午前中に勉強と執務を片付けられる能力を隠していたのかと思うと、エルナードには寒気が走った。今までは手抜きしていたのだと理解してしまったが為に。

 とりあえずバークランド公爵家には、皇太子が(おとな)うとの先触れは出せたので、混乱は最小限で済んだのだが。

 妹はわずか三歳で優秀さを発揮して見せた。しかも、皇太子はわざと威圧したのにだ。


「こうたいしでんかにおかれましては、このような場でのはいえつをたまわり、きょうえつしごくにぞんじます。また、このような場にごらいほういただきありがとうぞんじます。バークランドこうしゃくがちょうじょ、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。おさなきみゆえ、ごぶれいがありましたらおゆるしくださいませ」


 魔力威圧に顔色を無くしつつ懸命に挨拶をする妹は、皇太子の興味を更に惹いてしまったようで、兄としては妹の優秀さにひどく自慢したい気分なのに、妹の先々を思うと心配になってしまった。

 しかし、妹が皇太子の魔力威圧にとうとう耐えかねて起こした魔力暴走が、その場を混乱に陥れた。


 場に居合わせた父親が急いで結界を張り、それを自分たち双子が補佐し。そこまでしてやっと、妹の魔力暴走を抑え込む事ができた。

 これは魔力量が膨大である事を示唆し、声を出せず動く事も出来ない妹は青褪めた顔で静かに涙を流していた。

 父も自分たちも、妹の魔力量に驚愕した。結界を維持しなければ、他への被害が及ぶ為に妹の魔力を調整する事も出来ない。妹が魔力枯渇で倒れる未来しか思い描けなかったし、そうなると魔力回路が大きく損傷し回復までに数年を要する、或いは下手をすると十数年も回復に掛かるのだ。可愛い妹の暗い未来を思うと、エルナードは胸が痛んだ。



 ところが、その未来は、皇太子が難なく(くつがえ)した。

 荒れる魔力風の中、妹に近づき抱き上げ、頭を撫でながら繊細な魔力調整をやってのけた。十三歳の魔術師でもない少年なのに、だ。

 これには宰相である父親も仰天した。魔力調整など、宮廷魔術師か魔術の才能が高い者、しかも成人した者しか出来ない筈なのだから。なぜ成人した者なのかは、今までがそうだったから、としか言えないが。

 とにかく、魔力調整を受けた妹は、暴走の結果として気絶し、発熱した。

 通常の魔力暴走に依る発熱は、三日経つと治る筈なのに、妹は治癒に一週間かかった。これも今までにない事で、魔力量が膨大だからではないのかと、皇太子より命令を受けて派遣されてきた宮廷医務官が言っていた。




 妹の発熱が落ち着いてきた四日目に、皇太子は宮廷魔術師を伴ってバークランド公爵家を訪れた。

 妹の魔力量を測るためだと言うが、発熱で消耗した妹に魔力量検査は酷に思えて、皇太子に反対の意を告げたのだが。

 皇太子は作り物めいた微笑みを浮かべながら妹の手を取り、魔力調整をしつつ、宮廷魔術師に魔力量検査をさせた。

 その結果告げられたのは、皇太子を凌ぐ魔力量。

 更には制御が出来れば、素晴らしい魔術師の才能があるとの事で。

 それは、妹が皇太子に本格的に目を付けられる事を意味していた。皇太子はまだ婚約者がいない。そして皇家は魔力保持量が伴侶の条件の一つだと父親に聞いていた。

 妹の確定的な将来に、兄として喜べばいいのか、嘆くべきか、大いに迷う結果になってしまった。それは宰相たる父も同じだったようで、顔色を悪くし、それでも確定的な事は娘が成人の儀を行うまではしないように要請するくらいしか出来なかったようである。


 皇太子は少しだけ逡巡を見せたあと、その要請をあっさりと受け入れた。

 その代わり、バークランド公爵家にいつでも来訪する権利をもぎ取っていたけれど。恐らく、幼馴染の枠を押えるのだろう。

 少しの間で皇太子の性格を理解できていたエルナードは、遠い目をして将来の妹に密かに詫びた。助けてあげられなくてごめん、と。




 その後の皇太子は、バークランド公爵家では自分の事をルークと呼ぶ様に言い(皇太子の名前がルーカスだから偽名としてルークにしたようである)、更には敬語も禁止すると言う。

 溜息を吐きつつそれを了承したところ、皇太子は喜々として三日毎にバークランド公爵家に通う様になった。幼女趣味にも程があるだろう、とエルナードが考えたところ、何故か皇太子にそれが筒抜けで、「私は幼女趣味ではなくティアだから興味を持ったんだ」と言われ、げんなりした覚えがある。

 どのみち、自分たちが皇太子の側近に選ばれた時点で、妹の運命は決まってたのかもしれない、とエルナードは諦めに似た気持ちで考えた。




 妹は、発熱から回復すると、幼さ故の体力低下と食欲低下を起こしており、料理長は毎日の食事の他に、食べやすい量の軽食を食事の合間に用意し、或いは甘くて柔らかくて食べやすいケーキを出すようにして妹の回復を促した。

 そのお陰で妹は、一ヶ月後には今までの体力と食事量に戻ったのだけれど。


 妹が回復したと見るや、父が家庭教師として魔術師を妹に付け、魔力制御の方法を教え始めた。

 そして妹もその期待に応えるべく、三歳児とは思えない努力を見せた。

 なぜそんなに頑張るのか一度訊いたら、暴走して周りが傷つくのは怖いし嫌だから、と答え、ちょっとだけ暴走時の事を思い出したのか、目が潤んで泣きそうになっていた。いや、最終的には泣かなかったけれども。

 それを聞いたら、妹の努力をやり過ぎだと(いさ)める事も出来ず、仕方なく妹を注意深く見守る事にしたのだが。

 妹はまたしても優秀さを発揮し、僅か三ヶ月で制御方法を会得(えとく)して見せた。

 魔力制御は通常なら会得に一年掛かるのに、その会得期間の短さに驚いてしまう。妹はただ只管(ひたすら)に努力しただけだと思っているようだが、実は才能がなければ会得期間を短縮出来ないものなのである。

 皇太子が執着するのも(むべ)なるかな、といささか遠い目をして考えてしまう。


 そんな妹は、ルークが皇太子だという認識が外れたようで、「自分たち兄の友人のルーク」に、幼馴染の妹的立ち位置として接していた。

 その事に対して皇太子には憐れみを感じるが、そんな憐れみは皇太子にはどうでもいい事のようで、来る度に妹を甘やかし、兄的立ち位置を甘受し楽しんでいる様子を見せる。ただし、時折見せる皇太子の寒気のする笑顔は妹にも感じ取れるようで、その際の妹は若干怯えを見せていた。理由などはわかっていないようだけれど。





 二年程たち、妹が五歳になってからのある日。

 妹は爆弾発言を落としてくれた。


「ルーク兄様、お勉強や執務を頑張っているのは尊敬出来ますけど、そろそろ貴族の義務として家を継ぐための婚約者を用意されると思いますの。わたくしも、ルーク兄様から遊んで貰えるのは嬉しいけれども、婚約者が出来たらいくら妹とは言え婚約者は面白く思わないでしょう?

ですから、今から妹離れの練習をなさったらどうかしらと思いますの」


 妹のその発言を聞いて、皇太子はものの見事に固まった。

 いや、固まったのは皇太子だけではなく、エルナードとクリストファーもだ。

 しかし、固まってばかりもいられない。

 皇太子のフォローをしなければ、拗ねて荒れた皇太子によってこの後の宮廷の執務室が大惨事になる。

 エルナードには皇太子が拗ねたところなど、出仕する様になってから見た事など一度も無いが、皇太子の性格とアリスティアへの執着を見る限り手に取るようにその光景が想像できてしまい、背筋に寒気が走った。


「アリス、ルークは嫌い?」

「ルークはアリスの事が大事なんだよ?」


 流石、双子なだけはあり、エルナードの発言を受けてクリストファーも素早く皇太子のフォローに回った。

 執務室での大惨事はゴメンだ。鬼のような量の書類の仕分けと、皇太子の判断の必要のない書類の決裁はエルナードとクリストファーの担当で、皇太子は機嫌が悪くなっても執務量を増やすのだ。しかも、いつもよりも難しい内容のものを、である。

 二人の兄の必死さが伝わったのか、とりあえず妹は納得したようだった。


「わかりましたわ、エル兄様、クリス兄様。ルーク兄様はわたくしの事を、()()()()本当に大事にしてくださっているのは感じますもの。妹離れはまた後で考えるとして、今は兄様たちと遊ぶのを優先して差し上げますわ!」


 発言内容は微笑ましいし、皇太子が兄的立ち位置を甘受している以上、その内容に文句を出せる筈もなく。

 それでも皇太子は若干の不満を見せつつ、妹を片手で抱き上げ、頭を撫で始め。

 そうしたところ、妹は今まで見せたことの無い行動を取った。

 即ち、皇太子の胸に頭を擦り寄せ甘えたのだ。

 驚きで、は、と息を飲んでしまった。エルナードの隣にいたクリストファーも同時に息を飲んだのだから、双子とは言え息が合い過ぎである。

 皇太子を見ると、顔が真っ赤で、おいおい! と突っ込みたくなった。


 しかし、エルナードとクリストファーが飲んだ息の音を拾ったのか、妹は皇太子の胸から頭を離しつつ、エルナード達を見てキョトンとしている。

 次いで、皇太子を見上げた。

 その時には、既に皇太子の顔色は通常に戻っていたのだけれど、耳が薄っすらと赤いままだ。

 幸いな事に妹はまだ五歳で、色恋には疎く(色恋に詳しい五歳児とか、怖すぎて嫌過ぎる)、皇太子の耳が赤い事の意味を知らないようでホッとする。


「ルーク兄様?」


どうなさったの? という意味を言外に込めた妹の問いかけに、皇太子はハッとし、素早く気持ちを立て直したようだ。


「エルナード、クリストファー。バークランド公爵家はどんな教育を、ティアに施しているのだ? ティアがしっかりしてるのはわかるが、小悪魔度も群を抜いて凄いんだが?」

「でん、んんっ、ルーク、公爵家は国内最高の教育を施しているよ。小悪魔度については教育の成果ではないと思うけども」


 うっかり殿下と言いかけて、慌ててルークと言い直す。


「エルナード、アリスの小悪魔度は三歳の時から始まってたじゃないか。だから完全に教育ではなく、素の能力だと思うよ。流石にギフトだとは思わないけど」


 クリストファーがのほほんと言うが、言ってる内容が怖い。

 なんだよ小悪魔度がギフトって。怖すぎる、とエルナードは戦慄する。


「クリストファー、小悪魔度がギフトなんて怖すぎるよ。なんか言霊になりそうだからヤメて!」


 エルナードの発言は、しかしきれいに無視された。


「エルナード、クリストファー。公爵家の教育が最高なのは理解している。その教育が、聡明なティアを更に聡明にしているのもわかる。しかし、こんな小悪魔度なんてギフトは余計だ」


 恐ろし過ぎる。そんなギフト、あり得ないのに、皇太子が言うと有りそうで怖い。


「ルークまで小悪魔度をギフトと言うのはヤメて! なんか確定されそうで怖いから!」


 顔を引き攣らせて言うと、皇太子は額に皺を刻んでいるし、クリストファーは片手で目を覆って俯いている。

 その様子を見ていたらしいアリスが何かを考えていたようだが、小さく頷くと、


「エル兄様、クリス兄様、ルーク兄様。来週の水の女神の日に、アルバ湖畔にピクニックに連れて行ってくださるのでしょう? わたくし、今からとっても楽しみですの! 料理長に美味しいお弁当を用意していただきましょうね!」


 と可愛く目を輝かせた。


「ティア、ピクニックは私も楽しみだぞ。当日、私も家の料理長に焼き菓子を作らせて持って来るから一緒に食べようか」


 皇宮料理長の焼き菓子など最高の贅沢である。皇宮料理長とは国内最高の腕前を持つ料理人なのだから。

 しかし、たかがピクニックに皇宮料理長に焼き菓子を作らせるとは、権力の振るいどころを間違っていると思うけれど。


「ルーク兄様のお家の料理長が作った焼き菓子は、とっても美味しいから好きだわ! ルーク兄様、絶対忘れないでくださいませ。忘れて持ってきてくださらなかったら、ルーク兄様の事、嫌いになってしまいましてよ?」


 ルークが皇太子だと言う事を、すっかり忘れているらしいアリスが、皇太子に可愛く要求しているのだけれど。


「ティア、そんな悲しい事を言わないでくれるかな? 私がティアとの約束を忘れる訳はないだろう? ちゃんと焼き菓子は持って来るぞ」


 と、皇太子は見る者が見ればデロデロに蕩けた顔をして約束している。

 内容は、年頃の令嬢ならば卒倒しそうなほど甘い言葉なのに、年齢的に幼いせいか、それともアリスは皇太子の顔面偏差値に対する耐性が出来てるのか。

 そんな言葉に動じる事もなく、満足そうに頷いていた。


「アリス、ルークに焼き菓子をねだるのはお淑やかな令嬢ではないよ?」


 まさか、皇宮料理長が作るなどと言える訳もなく、令嬢としてマナーに反するとそれとなく告げれば。


「エル兄様。だってルーク兄様のお家の焼き菓子は、本当に美味しいんですもの! それに、ルーク兄様がいいと仰るんですから、気にする必要はないと思いますわ。毎日、貴族令嬢のお勉強をしてるんですもの、たまには令嬢のお休みがあってもいいと思いませんこと?」


 と、ちょっとだけむくれて、でもいい事を思いついた、とでも言いたげにそのすみれのような色の瞳を輝かせて言い募る。


「エルナード、僕らの可愛いアリスに、僕らが敵うわけがないよ。それにアリスの言う事も尤もだろう? アリスは毎日、公爵家の令嬢としての勉強を頑張ってるんだから、たまには息抜きさせないと可哀想じゃないか」


 クリストファーの言う事も尤もで。勉強ばかりだと息が詰まるからと、ピクニックを提案したのはエルナードだ。


「そうだぞ、エルナード。ティアは可愛いだけではなく聡明で、公式の場に出たらきちんと場に合わせる技量もあるのだから、たまには息抜きも必要だ」


 皇太子にそう言われると、自分たち兄弟には逆らう事も出来ず。


「ルークがそう言うなら」


と、最終的には皇宮料理長の焼き菓子を渋々と了承してしまった。






 焼き菓子に思いを馳せて目を輝かせている様子の妹を、今までとは違う蕩けた目で見る皇太子を、エルナードもクリストファーも諦めた様に溜息を吐きつつ見守るしかなくて。

 本格的に幼女趣味になって来たんじゃないか、と密かに考えたら、鋭くも冷たい視線が皇太子から飛んできた。


 何故わかるんだよ、僕が何をしたと言うんだ! とエルナードは戦々恐々とした。


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