第26話 公爵令嬢のお茶会ふたたび
アリスティアが登城するようになって三年が経ち、彼女も八歳になった。
相変わらず兄二人と皇太子は、アリスティアに甘い。
皇太子執務室にいる時のお茶の時間は、アリスティアに果実水やハーブ水と共に必ず焼き菓子やケーキが供される。
兄二人からの撫で回しや、皇太子の抱っこも既に諦めの境地で受け入れて慣れていた。更にはダリアまでがアリスティアの撫で回しに参加するようになり、アリスティアはますます愛玩動物の気持ちになってしまった。
この三年間は、とても穏やかだった。
皇太子主導の公共事業に拠って、国内の街の貧民街は縮小し、治安も回復した。
相変わらずルオー王国からの難民は密入国してはいたが、一年ほど前に起こったルオー王国での第二王子の反乱により、王と王太子が討たれ、第二王子が王位に就いたあとは税も引き下げられた為、その数は減っていた。
アリスティアは午前中は勉強、午後は実技を、お茶のあとは皇太子の執務を手伝ったりしていた。たまにストレス発散に、皇太子が定期的にヘーゲル伯爵領の港町オーサに連れて行って、広範囲隕石落としを好きなだけ撃たせ、息抜きを行っていたが、いつぞやのように魔力枯渇寸前までは行かない様になった。
「殿下。一ヶ月後にお茶会へ誘われましたの。相手は、ストバリエ侯爵家で、バークランド公爵家の親族ですわ」
親族からのお茶会の招待なら、おそらくは安全だろう。
もちろん、当日はダリアをつけるし、近衛第一連隊第二大隊(女性騎士隊)からも侍女に扮装させての護衛を別に付けよう、と皇太子は考えた。
場所はどこかと聞いて、皇太子は若干の不安を感じた。
ストバリエ侯爵家の所有する別邸で、皇都の郊外にあるという。そこまでは馬車で一時間ほど。少し遠いか? と思うが、今は皇太子もアリスティアと同様に場所を選ばない転移ができるから、万が一があっても対処できるか、と警戒を解いた。
アリスティアはお茶会に行く準備をしつつ、皇太子執務室に通い、日常を送っていた。
もちろん、当日の警備計画も聞いて了承済みだ。
そしてお茶会当日が来た。
今日も母親のローゼリアが同行した。
馬車に、近衛女性騎士の扮した侍女二人と共に乗り、ダリアは護衛として馬で同行する。一時間ほど乗っていると、郊外のストバリエ侯爵家の別邸に到着した。
馬車の扉をダリアに開けてもらって降りる。
侍従に招待状を見せると、庭に案内された。
「こちらで暫しお待ちください」
侍従に椅子を引かれ、そこに座る。他に、新年の集まりで見かけた夫人ニ人と令嬢三人がいた。
ストバリエ侯爵夫人とその娘のキャロル、アンダーソン伯爵夫人とその娘たちのエレナとシェリーだった。
五人に挨拶する。
「お久し振りですわ、皆様」
「お久し振りですわ、アリスティア様。ねえ、アリスティア様は、お兄様たちと一緒に皇宮に通っていらっしゃるとお聞きしましたわ。皇太子殿下と毎日お会い出来るなんて、羨ましいですわ! アリスティア様は、殿下の"お気に入り"なんですってね?」
キャロルは遠慮という言葉を知らず、無邪気に直接、爆弾発言をかましてくれた。
「キャロル様。わたくしは皇宮では勉強をしているだけですのよ。殿下の執務のお邪魔をする訳には参りませんもの」
毎日膝抱っこで、毎日あーんされてて、たまに広範囲隕石落とし撃ち放題させてくれて、執務の手伝いをしてる、などと、口が避けても言える訳がない。
「お勉強ですか?」
「はい。政治学、経済学、薬学、数学、外国語三ヵ国語、魔術学、ダンス、ピアノ。護身術も習ってますわ」
「まあ。お勉強は大変そうですわね」
「大変ですわよ。時折、教師から思ってもみない方法で学習の進捗を確認されますけど」
「わたくし、お勉強はあまり好きではないわ」
キャロルが眉を顰め、嫌そうに言うが、アリスティアは学べば学んだだけ知識が増えるのが好きだった。しかし、そんな事は言えない。
「投げ出したくなりましてよ?」
情けなさそうな風を装って言う。
「まあ、アリスティア。投げ出すのはルーカス皇太子殿下が許しても、皇妃殿下がお許しになりませんわよ?」
別の方角──母親からも爆弾発言が飛んでくる。
「お母様、投げ出したくなるだけで、投げ出そうとは思いませんわ」
「それなら良いけれど」
これ以上、何か言われたら大変である。
しかし、母はそれで許してくれるほど甘くはなかった。
「ねえ、アリスティア? 貴女、殿下の執務を手伝っているのでしょう? 三年前から殿下主導の政策である、"技術者職業斡旋・訓練計画"が貴女の発案だとか」
「お母様、そんな噂、どこからお聞きしましたの? そんな訳、ある筈ないでしょう?」
「まあ。惚けても無駄よ。皇妃殿下が、嬉しそうに仰っていたわ」
「うぐっ」
まさかの皇妃からの情報である。皇族の言葉を迂闊に否定できない。
「今も貴女はいくつかの政策を提案しているそうね?」
「お母様、勘弁してください」
ちょっとだけ疎ましそうに言ってしまう。
目立ちたくない、と言うのが彼女の心情だ。だから、皇太子との関係性から話を逸らしたのだ。
「なぜ? 貴女の功績は素晴らしいわ」
しかし母はそれで止まらなかった。
「皇太子殿下も貴女の能力をお認めになってるから、提案を政策に受け入れてくださるのよ?」
朗らかに嬉しそうに言われてしまうと、アリスティアにはどうしようもない。
聞いていたキャロルの他に、エレナとシェリーも食いついた。
「アリスティア様、素晴らしいではありませんか! 殿下にお認めになられるなんて!」
「私たちより幼いのに、殿下のお仕事を手伝われるなんて、一族の誉れですわね!」
「わたくし、一度アリスティア様のお仕事してる姿を見てみたいですわ!」
シェリーは目をキラキラさせて言うが、だからと言って、見学しても良いとは絶対に言えないし、言ってはならない。
「ふふふ。アリスティア。貴女、政策だけではないそうね?」
母にそう言われてギクッとしてしまう。
恐る恐る母を見れば。
「"ハルクト王族壊滅事件"も貴女が関わっていると聞いたわ」
「まあ! ハルクトの王宮に突如として魔物の群れが現れて、王族のみならず過激派の高位貴族の当主が軒並み魔物に殺された、という?」
ストバリエ侯爵夫人が目を瞠る。
「あの事件のお陰で、ハルクト王国は穏健派の公爵が王位に就いたと聞きましたわ」
アンダーソン伯爵夫人も続く。
「どうやって魔物を王宮に入れましたの?」
こうなると、言い逃れは無理そうだ、と諦めてすべて話すことにした。
「三年前、フェザー辺境伯領の国境沿いにあるバルドの森で、スタンピードが起こりそうだ、と報告が有りましたの。ですので、殿下とわたくしと兄様二人とわたくしの護衛騎士と、あとフェザー辺境伯子息の六人で、バルドの森の手前にある砦の前に転移しましたの。
すぐに魔物サーチで状況を確認したところ、報告の通りバルドの森全体に散らばっておりましたわ。ですが、なんだかおかしいと思って広範囲索敵術で森を抜けたハルクト王国側を調べたところ、森の手前にハルクト王国軍三個師団が展開して待機してましたわ。
ですので、まずは重力障壁を改造した重力網で魔物をすべて殲滅し、その後、闇のシャワーでハルクト軍に強めの幻覚と麻痺を与えて足止めしましたの。
翌日、魔物は確実に壊滅してた事は確認できましたけど、広範囲索敵術でハルクト王国側を探ったら、魔術師が数人、いましたわ。そして殿下の要請で、魔術師たちが何を言っているのか探る為に、盗聴術を作って会話を聞いたのですわ。その内容が、一万匹の魔物は無理だけどニ千匹くらいをとりあえず翌日までに、召喚しろとの命令を受けた、使い物にならなくなった兵士を後方に下げて別の兵士を補充する、というものだったので、召喚の術式に干渉し、バルドの森ではなくハルクトの王宮に転送召喚されるようにしたのですわ。
まさかハルクト王国の近衛騎士団と王宮魔術師団が弱すぎて、王族や高位貴族が壊滅するとは思いませんでしたけど」
アリスティアの話に、お茶会の場が静まり返った。
「……アリスティア様は、五歳で特級魔術や上級魔術、オリジナル魔術を発動してましたの!?」
やがて、ストバリエ侯爵夫人が悲鳴じみた声を上げる。
「それだけではありませんわ! 聞いていますと、その場で魔術を改造したり新たに作ったりしてる様子」
アンダーソン伯爵夫人も続く。
お茶会会場がざわつく。
「ああ、それでアリスティア様には護衛騎士がついているのですね」
ストバリエ侯爵夫人が納得した様に、アリスティアの後ろに控えるダリアを見た。
「ふふふ。貴女の能力が知られて良かったわね」
実はまだ隠している事があるのだが。それは箝口令が敷かれている情報。
すなわち、アリスティアが四大精霊王の愛し子、という事実。
こればかりはここで広める訳にはいかない。
なにせ国家機密扱いなのだから。
でも、とアリスティアは心の中で呟く。
こんな風に目立つつもりはなかったのに、と。
ここまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m





