第23話 公爵令嬢は魔物の召喚を邪魔する
中庭に集まったメンバーを見回し、アリスティアは早速最終宣言ワードを唱えた。
「飛翔魔術!」
その簡単すぎる言葉とともに、皇太子、兄二人、ダリア、ヒューベリオン、オスカーの体が浮かび上がる。
アリスティアは相変わらず皇太子の腕の中にいた。
ヒューベリオンとオスカーが驚愕している。
「行きたい方を思うだけで、飛んでいけますわ」
「飛ぶなんて経験、初めてだが、そんなんで飛べるとか、デタラメにも程があると思うぞ」
オスカーが呆れながら言うと、ヒューベリオンが窘めた。
「オスカー、アリスティア嬢に失礼だぞ。オレたちは、ついでで魔術をかけて貰っているんだから」
アリスティアはヒューベリオンの言葉を否定しない。それは正解だからだ。
本当はヒューベリオンとは関わりたくなかったが、魔物の残り具合を確認する為と、それを認めて貰う為には、ヒューベリオンが森の中の視察に必要だった。
だから嫌悪感を隠して飛翔魔術を掛けたのだ。
「殿下、わたくしを落とさないでくださいませ?」
「私がティアを落とす訳がなかろう? 安心して掴まっているがよい」
皇太子は楽しそうに、腕の中の子供に告げる。
それを見たオスカーは、皇太子殿下が幼女趣味とか、この国は大丈夫なのかね、と失礼な事を考えていた。
「ではバルドの森へ、出発ですわ!」
幼女の可愛い号令で、ヒューベリオンとオスカーを先頭に、一行は砦の中庭からバルドの森へと向かって飛んで行った。
森の中へ入ると、木々を避けて飛ばなければならないが、意識するだけで木々を避けるのだから、確かにデタラメにも程がある魔術だ。
「殿下、サーチにはとりあえず引っかかりませんわ」
「そうか。では広範囲索敵術はどうだ?」
「うーん?──ハルクト王国側に、何人かいますわね。あ。魔術師だわ」
「ティア、何をしようとしてるかわかるか?」
「ちょっと待ってくださいませ。えーと……」
アリスティアは指をクルンと回しながら最終宣言ワードを唱えた。
「盗聴!」
「……えげつない魔術だな?」
「こちらの事を気づかせる事なく向こう側の話し声を聞く魔術ですわ。うーん、間諜に使わせると便利そう?」
アリスティアと話してると、向こうの声が聞こえてきた。
その場で滞空する。
『……なぜか魔物が根こそぎ消えていたからな。もう一度召喚せよとの命令だ』
『一万匹集めるには数日かかるぞ?』
『とりあえず二千匹でいいそうだ。軍は、使い物にならなくなった兵を後方に下げて、明日、別の兵を補充するとの事だから、明日まで森に召喚すればよい』
聞こえてきたハルクト語の内容に、皇太子はため息が出そうになった。
「聞いたか?」
「僕はハルクト語は知りません」
「僕もハルクト語は修めてない」
無念そうな双子に対して、眉を顰めたアリスティアが告げた。
「魔物を二千匹、森に召喚すると話してますわ。あと、使い物にならなくなった兵を後方に下げて、新たな兵を補充すると言ってます」
「なんだと!? ではスタンピードはハルクト王国のせいなのか」
「そうですわ。面倒ですわね。魔術師を潰しても、また別の魔術師が来る可能性がありますし、兵を潰しても、また補充される恐れが高いですわ。なので、魔術師がそもそも魔物を召喚できなくしますわ」
アリスティアはそう言うと、ちょっとだけ考え始めた。
「召喚……防御……うーん、蓋?……邪魔……排除……転送?……」
ぶつぶつと呟いている様を、皇太子は黙って見守る。
「……イメージできましたわ! 魔物転送! これで召喚された魔物は、ハルクト王国側に行きますわ!」
「……お嬢様、容赦なくえげつないな!」
「皇国に仇成す敵国に情けは無用ですわよ? でも何も知らない民が憐れなので、召喚された魔物はハルクトの王宮に現れるようにしましたわ」
「もっと容赦なかった!」
オスカーのツッコミが響き渡る。
敵国に容赦は要らないだろうに。戦とは、そういうものだ。
アリスティアは、小首を傾げた。
「敵国に情けをかけろとシュストベルク様は仰るの? 情けを掛けたら、ハルクト王国は延々と、皇国に隙あらば戦を仕掛けて来ますわよ? そんな国は、王を潰した方が暫くは平穏が訪れますわよ?」
「誰だよ、こんな幼い子供に兵法教えたのは!」
「教えられてませんわ。屋敷にあった本を読んだだけですわよ」
「五歳で兵法書に興味を示す子供って怖いんだけど! バークランド公爵家は一体どんな英才教育施してんの!?」
「シュストベルク様、民を守り、導くのは皇族と貴族の義務ですわ。その民が傷つけられそうなら、容赦する必要はありませんわよね?」
「五歳児とは思えないんだけど。なんか、成人と話してる気分になって来る」
そこに皇太子の声が混ざる。
「ティアを普通の幼児だと思うと、足を掬われるぞ」
「殿下。殿下のお気に入りって言葉の意味を把握しました。こんな子供、殿下じゃなきゃ手綱を握れないでしょうね」
「私はティアの手綱を握るつもりはないぞ?」
「危険だからぜひとも手綱を握ってください!」
「シュストベルク様、私は危険人物なんかじゃありませんわ!」
「いやいやいや、広範囲殲滅魔術やら盗聴魔術やら、さっき披露した魔物転送? とかいう魔術は、どう考えても危険だろう!」
「失礼な! 皇国の敵にしか使うつもりはありませんわよ!」
「ティアは国の事を良く考えてくれているからな」
皇太子は、嬉しそうにアリスティアの頭に顔を寄せた。
オスカーはげんなりした。
「アリスティア嬢は、幼き身で本当に聡いですね」
それまで口を挟まなかったヒューベリオンがぽつんと呟いた。
アリスティアは、その声に身を強張らせる。それに気がついた皇太子が、安心させるようにアリスティアを抱く腕に力を込めた。
皇太子の懐で守られてると感じ、アリスティアの強張りが緩む。
「殿下、ありがとうございます」
皇太子の顔を見上げ、アリスティアは小さく謝意を示した。
それに微笑み、皇太子は小さく頷くと、砦に戻るとみんなに告げた。
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