第22話 皇太子殿下の戸惑い
中庭に降り立つと、後を追ってきたらしい側近二人が墜落してきた。
二人ともドサリと倒れ、痛そうにしている。
これしきの事で不甲斐ない、と考え──その考えにルーカスは愕然とする。
"これしきの事"とは何の事か?
何かを忘れているようで気持ち悪い。
知らず、アリスティアを抱き締める腕に力が籠もり、幼女の頭に鼻を埋める。
いい匂いで安心できる。それに、なんだか体が熱い。
「殿下、痛いですわ」
アリスティアに言われてハッとした。
腕から力を抜く。頭から顔を離す。それだけの事なのに、意思を強くしなければならなかった。
(さっきから自分はおかしい。何を忘れている?)
────匂い。
そういえばアリスティアも、自分に対していい匂いがすると言っていたな、と皇太子は思い出した。その事に安堵し、満足する。
当然か。自分は■■で、彼女は■■なのだから。
虫食いの様に穴の空いた思考。しかし、満足感から彼は気が付かなかった。
中庭にダリアと一緒に、ヒューベリオンとオスカーがやって来た。
「皇太子殿下。先程、飛んでくるのが見えました。アリスティア様の魔術ですか?」
ダリアが的確に当ててくる。
「そうだ。ティアが作ったオリジナル魔術だ」
「竜の飛翔をイメージして作ったのですわ! これでバルドの森の中を見て回れますわ!」
「アリスティア様の魔術は、何時もながら素晴らしいですわね」
「ありがとうございます、ダリア姉様」
「そういえば、何人まで掛けられるのだ?」
「殿下と兄様たち二人、ダリア姉様、フェザー様、シュストベルク様くらいなら余裕ですわよ? わたくしの事は、殿下がどうせ抱っこで運ぶでしょうし」
「相変わらずのデタラメぶりだな」
ククク、と笑うと、アリスティアがキョトンと見上げた。
「ん? どうした?」
「殿下、なんだか雰囲気が変わったみたい? ですか?」
「なぜ疑問系なのだ? 私は変わっていないと思うが?」
「うーん? わたくしもよくわかりませんわ? なんとなく変わったかな? 程度ですし。殿下が変わっていないと仰るのなら変わっていないのでしょうけど……」
それでも不思議そうに見つめてくるアリスティアを見てると、また奇妙な感覚に襲われる。
──やっとだ。
──早く手に入れろ。
──まだだ。
──苦しい。
──焦るな。
──宝石。
──情動。
──愛しい。
──私は!
(私は? なんだ? 何を忘れている?)
「殿下、六人とわたくしだけでいいですわよね?」
アリスティアの声で現実に引き戻される。
「あ、ああ。いいだろう」
「殿下! 人数が少な過ぎませんか⁉」
エルナードが非難を込めた意見を述べる。
「飛んで行くからな。地上を徘徊している魔物は手出しができまい。飛んでいる魔物ならば、ティアが撃ち落とすだろうし心配せずとも良かろう?」
「アリスを信用しない訳、ないじゃないですか! ああ、もう!」
彼はホッとする。誤魔化せた、と思って。
皇太子が気を緩めた途端に、甘くていい匂いが鼻を擽った。
その匂いを辿り、アリスティアの頭に行き着く。
「アリスにすり寄るな変態!」
「昨日からおかしいぞ変態!」
双子の側近が、途端に罵倒を浴びせてくる。
「そんなものではない。私は、私の、はんし──」
何かが身のうちで膨れ上がる。
目が、おかしい。
「殿下、目が……瞳孔が、縦に」
アリスティアが見ていたようだが、今はそれどころではない。
────まだ思い出すな。即刻封印しろ。
目を瞑り、息を整える。身の内で暴れる何かを抑えて、"封印"を施す。
目を明けたら、アリスティアが心配そうにルーカスを見つめていた。
「ティア。どうした?」
「殿下。苦しいところはございませんか?」
彼女の心配そうな声に怪訝な気持ちが沸き起こる。
自分が何か彼女に心配をかけてしまう様な事をしたのだろうかと少しばかり不安が募るが、ルーカスに心当たりはない。
「? 何もないが?」
「それなら良いのですが」
なおも心配そうなアリスティアだったが、何もない、と答えると渋々納得した。
皇太子殿下が何かを抱えているようです。
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