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第21話 公爵令嬢は飛翔させる

 


「殿下のいじわる!」


 まさか自分に色気があるとは知らなかったが、優しげに、甘さを加えて見つめてみたら、アリスティアは真っ赤になって顔を逸らした。

 だから顎に手を添えて自分の方を向けたら、いじわる、と言いながら涙目になった。


「ティアが可愛いのが悪い」


「ひっ!」


 アリスティアが息を飲んでぷるぷる震えている。その姿を見たら楽しくなって来た──と思ったら。



「殿下? 物理的に潰しますよ?」


「父上に言いつけますよ?」


 双子が背後に黒いナニカを吹き出しながら威圧して来た。


「殿下、アリスティア様が可愛いのは重々承知致しますが、余りおイタをなさるとアリスティア様に本格的に嫌われますわよ?」


 更にはティア専属護衛のダリアまで、黒いナニカを背後から吹き出している──さすがに威圧はないが。


「アリスティア様、今殿下を追い出しますからね? その後、寝間着に着替えてお休みなさいませ。アリスティア様がお眠りになるまで、私がそばにおりますわ」


「ダリア姉様、ありがとう」


「お前たち……いや、今のは私が悪かったな。ティア、済まなかった。今夜はゆるりと休め」


 皇太子が悄然と項垂れ、アリスティアをソファに下ろし、一瞬躊躇ったあとに、額に口づけた。

 それが皇太子の今の精一杯だった。それ以上は命が惜しい。

 先程の一幕は、アリスティアの笑顔に感情が揺さぶられた名残りだろうか。それとも、ヒューベリオンという明らかなライバルのせいか。

 どちらにしても、急すぎた。

 反省して、明日からはまた普段通りに過ごさねば。

 皇太子は内心でそっと決意し、アリスティアの部屋から出た。





 翌朝、朝食を食べたあと、アリスティアは砦の外に山積みになっていた魔石を、保存庫(ブクスム・レポーノ)に収納した。

 山のような、と言うか文字通り山になっていた魔石が、幼女が小さな手を左から右に振ったら一瞬で無くなった。ざわ、と警備していた兵士たちがどよめく。


「お嬢ちゃん、凄いねぇ」


 中の一人が、感心したように言う。


「こんなちまっこいのに、凄腕の魔術師サマなんだな」


「可愛いねぇ」


 次々と伝播し。やはりというか、最終的には子供だからと手が伸びて来て。

 撫でようとした兵士の腕が、パシン、と払われた。


「ティアに触るな」


 頭上から聞こえたのは、不機嫌丸出しの皇太子の声で。


「アリスに触っていいのは僕たちだけなんだよ」


「アリス、専属護衛のダリアを置いて出るのは感心しないよ?」


 次いで聞こえたのは、兄二人の声で。

 すぐに抱き上げられて、皇太子殿下の顔が目の前に来たら、兵士たちに氷のような冷たい視線が向けられていた。


「殿下、皇太子殿下! そんなお顔はダメですわ!」


 アリスティアは焦って皇太子の顔を両手で挟んだ。パチン、といい音がした。

 アリスティアを抱き上げたのが皇太子だと知ると、兵士たちが慌てて跪く。


「ティア、痛いぞ。お前たちは下がって良い」


 アリスティアに文句を言いつつ、皇太子は兵士をこの場から追い払った。兵士たちは硬い表情で了承の意を伝えると、すぐに居なくなった。


「殿下、つい手に力が入ってしまいましたわ。ごめんなさいませ」


「アリス? 護衛をなぜ置いてきたの?」


 横からクリストファーが極上の笑顔で問いかける。アリスティアは焦る。この笑顔は怒っている時に出るものだから。


「魔石が気になりましたの。それに、すぐに戻るつもりでしたのよ?」


「アリスが部屋から消えた、とダリアが教えてくれてね。探し始めたら、風の精霊たちが、アリスは砦前にいると教えてくれたから急いで向かって来たんだよ?」


 エルナードも極上の笑顔だ。顔が引き攣りそうになる。


「ティア。兵士を大事にしろと言うなら、そなたがこの様な行動をしなければいいとは思わないのかね?」


 皇太子から視線を向けられると、なぜかいたたまれない気になる。


「殿下は幼子に何を求めますの!?」


「ティア、そなたは聡明だ。私の言う事も理解しておろう?」


「理解したくはありません」


 拗ねた様に言うも、皇太子の目はアリスティアを捉えて離さない。


「理解している筈だ」


 皇太子は尚もアリスティアを射竦めるように見つめる。

 アリスティアはその目を受けつつ、逸らすと負けなような気がしてただ真っ直ぐに皇太子の目を見ていた。


「──まあ良い」


 やがて皇太子の表情が硬いものから柔らかなものへと変化した。


「ティア。この後、バルドの森の中へ、馬に乗って確認に行く事になっている。そなたは私の乗る馬へ乗せる」


「え? 馬で行くんですの? 非効率的ですわ」


「何を言っている? 他にやり方はあるまい?」


「えーとですね。少しお待ちくださいませ。うーん……イメージとしては……鳥で……いや、竜の方が……でも人数が……」


 ぶつぶつと呟くアリスティアを黙って見ている皇太子。


「イメージが固まりましたわ! こんな風にした方がいいと思いますの。飛翔術(フライト・マギア)!」


 アリスティアが唱えると、皇太子の体が浮かび上がった。


「え? アリスがやったの!?」


「僕たちまで飛んでる!?」


 後ろから側近たちの声が聞こえて、後ろを見たら皇太子と同様に浮かんでいた。


「──驚いたな。この魔術はオリジナルか?」


「そうですわ、殿下。竜の飛翔をイメージしましたの」


 アリスティアの得意げな様子が可愛らしい。


「よくもそんなにイメージが浮かぶものだ」


「想像力を働かせるって、楽しいですわよ?」


 普通、想像力とは経験からくるもので、わずか五歳の子供がその経験を持てる筈がないのだが。アリスティアはそんな『普通』を毎回蹴飛ばしている。


「飛翔と言うが、浮かんでいるだけではないか? どうやって翔ぶのだ?」


「行きたい方向を考えるだけですわ」


「こうか?」


 試しに砦の方に意識を向けると、皇太子の体がそちらに移動し始めた。


「上手ですわ、殿下! わたくしを落とさないでくださいませ!」


 楽しそうに声を弾ませるアリスティアは、彼の腕の中で砦を見ていた。


 ふわりと甘くていい匂いが鼻を擽る。

 知らず、アリスティアの頭に鼻を寄せる。

 匂いが強くなる。

 ドクン、と心臓が音を立て、はっとする。

 なぜか、まずい、と思った。

 このままでは────。


 意識を改めて砦に向けると、先程より移動が早くなった。

 砦の壁を越えると中庭が見えた。

 そこに意識を向けると、体が下降し、ふわりと着地した。

 なんだかそれが懐かしい気がした。


「殿下は飲み込みが早いですわ」


 アリスティアがきらきらした瞳で見上げている。



 ああ、私は────。


 またアリスティアの頭に顔を寄せると先程と同じ様に甘くていい匂いがした。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございますm(_ _)m

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