第20話 公爵令嬢はストレス発散を希望する
「殿下! ストレス発散をさせてくださいませ! 発狂しそうですわ!」
晩餐の席で一通り食べ終わったあとにアリスティアが発言した。否、吠えた。
日中に、派手な殲滅魔術での魔物の駆逐ができず、更には変態から求婚され、話が通じない変態の恐怖を知り、恐慌に陥ってつい「話の通じる変態のルーカス殿下の方がいい」とか、「殿下に抱っこされるのは嫌ではありませんわね」とか口が滑ってしまった。
ついでに言うと、皇太子からいい匂いがしてるのもまずい気がする。
凄く安心する匂いは、アリスティアをダメにしそうなのだ。
せっかく公爵令嬢として頑張って勉強して来たのに、ダメにされたら努力が無駄になる。
あと、聞き捨てならない事も皇太子が言っていた事が、アリスティアの精神的負担が増す要因だ。
すなわち。
──アリスティアは私の妃候補筆頭だ。他の追随を許さぬほどだから、唯一と言ってもいい。これは陛下も皇妃殿下も、宰相のバークランド公爵もバークランド公爵夫人も承知している事だ。
皇太子の妃候補筆頭。
年齢差は、兄たちと同じ年齢だから一〇歳。
確かに貴族の婚姻は、血を繋ぐ為の政略結婚だから、年齢差も問題視されない。
だが、皇族の結婚は、血を繋ぐだけの理由では成されない筈だ。
血筋だけではなく、魔力量も、教養も、政治センスも、つまり幅広く条件がつけられる。
そこまで考えて、はたと気がつく。
アリスティアが受けている勉強と、身につけた教養や学問的素養は、時折教師陣や皇太子から質問される内容的に彼らを満足させているらしいが、それがもしかしたら妃教育なのではないかと。
それも、まだ公爵家で教育を受けていた時点から始まっているのだとしたら。
愕然としてしまう。
道理で時折兄たちが、諦める様に言うわけだ。
そして同時に理解する。してしまう。
皇太子が嬉しそうにしてる理由を。
いやいや、まさか皇太子が本当に幼女趣味とか、ないわよね? と怖い考えを振り払う。
あれは、兄たちと同じく、妹のように愛でてるだけ。そうに違いない、とアリスティアは自分に言い聞かせた。
「ストレス発散とは?」
「もちろん、海辺での広範囲隕石落とし撃ち放題ですわ!」
物騒である。
「もっと平和な殲滅魔術はないのか?」
「殿下。平和な殲滅魔術とか、矛盾し過ぎてますが?」
「言うな。言ってから私も気がついたのだから」
俯いて両目を右手で覆って項垂れる皇太子の姿に、側近が容赦なく言葉を投げつける。
「殿下が、アリスが絡むとたまにポンコツになるのは知ってますけどね」
「お前らも容赦ないな!? ティアの容赦なさはお前らのせいか?」
「僕たちより、父上の血のなせる技かと」
「バークランド公爵家の血か。ああ、納得した」
御前会議で辣腕を奮うバークランド宰相の姿を脳裏に浮かべ、さもありなん、と納得してしまった。
「殿下! 海辺への位相結界はわたくしが張りますし、津波を抑える水の制御もやりますから! ですから広範囲隕石落としを撃たせてくださいませ!」
「撃たせてやりたいが、ならん。位相結界はわかるが、津波を抑える為の水の制御はいくらティアでも不安が残る。皇太子としては許可できぬ」
「殿下がきちんと仕事してますわ! 素敵!」
「ティアがまたデレた!」
「それがなければ満点なのですけど。残念美形ですわね、殿下は。──ではこのようにするのはどうでしょう?」
そう前置きしてアリスティアが告げた内容は、位相結界で直径十キロメートルを円筒状に囲い、その中は広範囲隕石落とし撃ち放題の場にする。位相結界で囲ってあるから、津波は外に漏れない。水の制御が必要無くなるからハードルは下がる、というものだった。
確かにそれなら被害は余り考えなくても良さそうだ。
しかし直径十キロメートルもの結界を円筒状に張るとか、アリスティアはどこまで規格外なのか、とため息を吐きたくなる皇太子だった。
「よかろう。それなら許可できる」
「ありがとうございますわ、殿下!」
アリスティアが嬉しそうな笑顔を皇太子に向けた。
その笑顔を直視してしまい、皇太子は顔が熱くなるのを感じた。まずい、と顔を慌てて掌で覆う。
時折、アリスティアから無邪気な感情を向けられると、皇太子として培った感情の制御がうまくいかなくなる。
皇太子と側近二人と、アリスティアの専属護衛しかいない場なら問題はないのだが、今夜のように、他人がいる晩餐の場で感情の制御を失敗するのは汚点となり得る。
急いで通常に戻さねばならない。
皇太子はゆっくり深く呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
だが皇太子は忘れていた。
ヒューベリオンとオスカーの目の前で、茶番を披露していた事を。そしてオスカーの皇太子の評価は、幼女趣味の面白い坊っちゃん殿下、になっていた事など知る由もなかった。
サロンで晩餐後のお茶を飲み、早めに与えられた客室へと向かう。
しかし、アリスティアの部屋へは全員がついてきた。
ダリアはわかる。専属護衛だし女性だから。
兄たち二人も、まあわかる。兄だし。
問題は、皇太子だろう。
すっかりアリスティアを抱っこしたまま移動する皇太子に、彼女は遠い目をし──色々と諦めた。親公認での妃教育が施されていたのだから、諦めが肝心である。
多分、アリスティアを愛でるつもりなのだ。
皇太子はアリスティアを溺愛している、という事実を、最近ようやく受け入れ始めたアリスティアであるが。妹として愛情を注いでくれてると思ってたのに、というのが本音である。
「殿下──ルーク兄様? 確認ですけど、わたくし、客間に行ったら寝間着に着替えますのよ?」
「その間は扉の前で待っているさ」
「安心して、アリス。兄様たちが殿下を見張って不埒な真似をさせないからね!」
「むしろ兄様たちが不埒な真似をしそうな気がしますわ」
つい半眼で言ってしまう。
「アリスが辛辣! エルナード、お前のせいだぞ!」
「安心しろ、お前もいっしょくたに考えられているぞ、クリストファー」
「アリスティア様は殿下を信頼してませんの? 殿下はアリスティア様を大事に思っていらっしゃいますわよ?」
ダリアが珍しく話しかけて来た。
「ダリア姉様。これでもわたくし、殿下の事は信頼してますわ。でも、最近、暴走してる気がして……。お気に入り発言のこととか」
「あらあら。アリスティア様を大事に思うからこそ、殿下は他の殿方を牽制してるのですわ」
にこにこと微笑みながら、皇太子の擁護をするダリアである。味方だと思ってたのに、とアリスティアはちょっとガッカリした。
「でもさすがにこの時間で殿方が淑女の寝室に入るのはあり得ませんわね。殿下、アリスティア様を客室に届けたら、お部屋にお帰りくださいませ?」
ダリアがキッパリと釘を刺してくれた。
「ティアが足りない」
「殿下、わたくしが魔術が得意だからと言って、分身の術を──あら、使えましたわね。本当は毛布だったり枕だったりしますけど。中身が毛布でよかったら、分身を持っていきますか、殿下?」
「偽物のティアじゃ嫌だ」
「殿下は駄々っ子ですか! 大人なんだから、我慢を覚えてくださいまし!」
「じゃあ十分だけ。頼む、ティア」
皇太子が切なそうにアリスティアを見つめてきた。
「なぜ色気だだ漏れですの!?──あ」
つい口から出てしまった言葉を受けて、一瞬キョトンとした皇太子が、次いでニヤリと笑って。
色気を倍増させてきた。
思わずドキドキしてしまい、慌てて視線を外したのだが。
「ティア、こっち見て?」
色気の濃い声で囁かれ、手で顎を掴まれて皇太子の方へと顔を向けられる。
「うー! 殿下のいじわる!」
顔を真っ赤にしたアリスティアは、皇太子の色気だだ漏れの美貌に、涙目になってしまった。
殿下が、色々とはっちゃけて来ています。
どうしてこうなった。
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