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第16話 公爵令嬢は転移する

 


 ローザンヌ公爵家のお茶会事件以後、貴族間に流れた噂がある。


──皇太子殿下はバークランド公爵令嬢がお気に入り

──バークランド公爵令嬢を蔑ろにすると皇太子殿下の怒りを買う

──バークランド公爵令嬢は五歳で完璧な礼儀を身につけている

──バークランド公爵令嬢は皇太子殿下を諌める事ができる

──バークランド公爵令嬢は兄に溺愛されており、敵に回すと社会的に死ぬ

──バークランド公爵令嬢は五歳で恋愛覇者


 五つ目までの噂なら問題ない。

 しかし六つ目の噂を耳に入れたアリスティアは、半眼になってしまった。

 恋愛達人な五歳児など、何処の世界にいるというのか。

 悪意しか感じない噂に、ため息しか出てこない。





 あの御茶会から二ヶ月が経ち、噂が流れ出してからも、はや一ヶ月以上が経つ。

 噂は消えるどころか確信的に流れる。

 おかげでアリスティアは、皇宮内で歩いていると何かと話しかけられるようになり、もの凄く鬱陶しい思いをしていた。


 なぜなら、皇宮女官が恋愛相談をしてくるのだ。五歳児に何を期待しているのか! と爆発したいアリスティアだけれども、淑女教育がそれをさせないのだ。

 ストレスフルである。


 流石に鬱陶し過ぎるので、兄達にお願いして、皇宮内で移動する必要がある時には壁になって貰うようになった。おかげで話しかける人が減って、漸くストレスが軽減したのだが。 

 皇太子殿下が、むくれてしまった。

 自分が壁になると言い出したのだ。


 噂的に、それを確定させてしまうのでお断りしたら凄く不機嫌になった。それはもう、周囲を巻き込んで修羅場になるほど不機嫌になった。

 おかげで、執務室の中では、皇太子の膝がアリスティアの定位置になり始めている。非常によろしくない。


 流石に大臣たちや貴族の上申時には離して貰えるのだが、執務室に幼女がいるのだから、非常に生暖かい目で見られている。主にアリスティアが、である。誤解だと言いたいが、言ったら最後、多分、大臣たちや貴族の上申時も膝が定位置になる気がして怖くて言えないのだ。


 変な事を言い出す貴族がいない事を祈っていたのだけれども。

 その願いは、ある日打ち砕かれた。


「皇太子殿下、本日はお目通り頂きありがたく存じます。フェザー辺境伯が次男、ヒューベリオンと申します」


 十代後半くらいの青年がそう挨拶するのを、皇太子の執務室にあるソファで座っていたアリスティアは聞くともなしに聞いていた。


 入って来たとき、皇太子に及ばないけれども、兄二人に負けず劣らずな美貌にちょっと感心してしまった。切れ長の目、青空の様な瞳、髪の毛は真っ直ぐの青銀、唇は緩やかに弧を描く。

 皇太子よりは普通だな、と思ってしまったアリスティアは、美形慣れし過ぎていた。


「ふむ、挨拶は不要だ。して、此度(こたび)如何様(いかよう)な用事か?」


「はい、ありがとうございます。しかし、人払いをお願いしたく」


 チラッとアリスティアの方に目線が飛んでくる。


「後ろにいる二人は私の側近だ」


「殿下、わたくしは席を外しておきますわ。ダリア、護衛をお願いしますね」


 空気を読んでソファを立ち、執務室から出ようとしたのだが。


「ティア、どこに行く? そなたが席を外す必要はない。終わった後に説明する二度手間を考えるとこの場で一緒に聞く方が効率がいい」


 アリスティアは思わずガックリとした。

 なぜ皇太子は噂を確定させるような真似をするのかと恨みそうになる。

 涙目になりながら兄たちを見れば、即座に視線を外された。


「そうは言いますが、人払いをお願いされておりますのよ。私のような子供が聞いていい訳がありませんわ。お願いですから殿下、道理を弁えてくださいませ」


「不要だと言った。ティアは私の"お気に入り"だからな」


「殿下ーー!」


 アリスティアはつい叫んでしまった。

 噂の確定は、今後に響くからだ。


「凄んでも可愛いだけだし覆さぬよ、ティア。ヒューベリオン。この子供は私の"お気に入り"の、バークランド公爵令嬢アリスティア嬢だ」


「皇太子殿下よりご紹介に預かりました、バークランド公爵が長女、アリスティア・クラリス・セラ・バークランドでございます。初めてお目にかかります。幼き身なれば、ご無礼をお許しくださいませ」


 年上だからカーテシーで挨拶をする。

 ここで失敗したら殿下の醜聞になるのだから、完璧にこなさなければ、と考えていたのだが、相手からは唖然とした気配がする。失敗してしまったのだろうか?


 相手は皇族ではないのだからと、ゆっくりと顔を上げると、驚愕に見開かれた目が見えた。


「フェザー様? 何かご無礼をしてしまいましたかしら?」


「ティア、失敗などしておらぬ。五歳児からの完璧な礼儀を受けて、ヒューベリオンは驚いているだけだな。安心するがよい。

 ヒューベリオン、アリスティアの聡さはわかったかな? ちなみにこの子は市場経済も政治も把握しているぞ。更には外国語は三ヵ国語に通じている。魔術に関しては城の筆頭魔術師から絶賛口説かれているしな」


「は? 市場経済? 政治? 外国語?」


「殿下、外国語は日常会話が限度です。専門的な会話は無理ですわ」


「ティアの自己評価の低さは理解しているがな、五歳で外国語を三ヵ国語、日常会話だけでも話せるのは普通はないのだぞ? 少しは誇って良い」


「誇れと言われましても……」


 勉強をすればするほど覚えていくのが面白いだけで、まだまだ先があるのに誇れるわけがない。兄二人だって三ヵ国語に堪能なのだから、アリスティアもそうならなければいけないのだ。

 そんな事を考えていたら、皇太子がアリスティア自慢を引っ込めて、ヒューベリオンに向き直った。


「して、ヒューベリオン? 何用だ? 私に急遽上申願いを出したのだから、急ぎの用だろうが?」


「あ。失礼しました。此度の用ですが、近く、スタンピードが発生しそうだという事の報告です。日時は予測ですが二日後。場所は、我が辺境伯領の国境付近にある、バルドの森で、その数、おおよそ一万。バルドの森が広大な為、発見が遅れてこのタイミングになってしまいました。申し訳ありません」


「スタンピードか……ティア、行けるか?」


「問題ありませんわ。一万くらいなら殲滅しきれますわ。というか、()らせてくださいませ! ストレスが溜まっていて、発散しなければ発狂しそうですわ! また海辺に行って、広範囲隕石落としステラリット・メテオリテを撃とうと思ってましたのよ?」


「四大精霊王の共同位相結界が必要なものを軽くストレスのはけ口にするな」


「あら、問題ありませんわ。位相結界ならわたくしでも張れるようになりましたし」


「待て待て待て! ティア、人間をやめてくれるなと申したはずだが!?」


「失礼な! 人間をやめるつもりはありません事よ?」


「四大精霊王の力が必要な位相結界だぞ!? それを一人で張れるとなれば人間やめてるぞ!?」


「だってできてしまったから仕方ないじゃありませんか!」


「──はぁ、わかった、位相結界の件は取り敢えず了承した。

 ではヒューベリオン。ティアが行ってくれるそうだ。転移座標をこちらに」


「必要有りませんわ! 読み取りますから」


「は? 読み取る? 何を?」


「フェザー様、少し手を貸していただけますか?」


「待てティア! なぜ手を取る必要がある?」


「殿下、先程も言ったとおり、転移座標をこの方の記憶から読み取ります。その後、転移しますから、殿下と兄様たちとダリア姉様はそばに来てくださいませ」


 アリスティアが言うが早いか、皇太子が駆けてきてアリスティアを抱き上げた。


「ちょっとルーク兄様ー!」


 一気に高くなった目線でついいつものように皇太子を呼び、睨みつつ文句をぶつけると、


「アリス、今のは君が悪いよ。諦めて抱っこされてようね」


「エル兄様、でも」


「でも、ではないよ。殿下が"お気に入り"って言ってるのに他の男の手を取ろうとするとかさ」


「クリス兄様、何を」


「アリスティア様、諦めましょうね」


「ダリア姉様まで!」


「色々不満はあるが、私に抱えられてる状態なら、ヒューベリオンの手を取ってもいいぞ」


「意味がわかりませんわー!」


 涙目になりつつ吠えたら、ヒューベリオンが理解不能といった顔で、それでも手を伸ばしてきたので、その手を掴んで、


「位置を思い浮かべてくださいませ」


 と言ったら頷いた。

 ヒューベリオンから森の近くにある砦の前の景色が流れ込んで来た。


「読み取りましたわ。では転移しますわね。転移術ウッ・トゥランシートゥス


 そう言うと、周囲が一瞬歪み、次の瞬間にはバルドの森にほど近い砦の前にいた。


「つきましたわ」


 そう言うと、ヒューベリオンが驚愕した。


「バルドの森近くのユーフェニア砦だ! 本当だったのか!」


 

ここまで読んでくださりありがとうございますm(_ _)m


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