第12話 公爵令嬢の魔術は天災級
2020年8月1日 250文字程度の加筆修正
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アリスティアが魔術師団の練習場で使った魔術の数々の詳細と、その威力と宮廷魔術師筆頭とその補佐の反応を聞き、宰相であるバークランド公爵アーノルドは宰相執務室で頭を抱えてしまった。
なぜならば、彼は愛娘に魔術師の家庭教師をつけて魔力制御を教えはしても、魔術の使い方は教えていないのだから。ならば、何処から使い方を学んだのだろうかと訝しんだが、それは愛娘の部屋へ、眠ってしまった娘を運んで行った時に判明した。
ベッド脇にあるサイドチェストに魔術書が置いてあったのだ。それも、特級魔術編が。何処からこんなものをと考えたが、それは公爵家の図書室以外あり得ないだろうと気がつく。まだ五歳でしかない愛娘は、一人で出かける事などできはしない。公爵家の中で書籍を調達できる場所と言ったら、消去法で図書室しかあり得なかった。
愛娘をベッドにそっと下ろし、布団を掛けてやった後で図書室の蔵書を確認したら、アーノルドが覚えていなかっただけで基本編から上級編までの魔術書が揃っていた。
納得し掛けて、だが、と頭を振る。
魔術は本を読んだだけでは普通は操れないものだという事を思い出したのだ。
発動が安定するまで何度も何度も少量の魔力で練習し、安定してきたら適切な魔力量で更に練習する。その為、使用魔術数は、幼い身なら普通は使えるのは良くて二つなのだ。それも、基礎編で覚える生活魔法であり、間違っても上級や特級ではない。
だが、帰りの馬車の中で、息子二人は言っていた。
アリスティアが特級魔術の、重力障壁を発動し、更にはオリジナル魔術らしい空中浮遊という魔術を見せたと。信じられない事に、全ての魔術で、詠唱破棄して発動していたと言うのだ。
そして、風の精霊王すら止める、広範囲隕石落としという広範囲殲滅魔術を発動しそうになったらしい。それは、四大精霊王が協力して結界を張らないと受け止めきれないというとんでも魔術だそうだ。
なんだ広範囲隕石落としとは。そんなもの、五歳児が発動していい規模じゃない、とアーノルドは痛むこめかみを指で抑える。
流石に皇太子にも、娘の魔術は戦略的過ぎると言われていたらしい。
ずきずきと痛む頭で、今後どうすべきかを考える。
アリスティアは、皇太子の判断で繊細な制御と魔力消費の増減を習う事になったらしい。それは非常にありがたい事なのだが。
皇太子はまだ、アリスティアを己が妃にと望んでいるのだろうか。
おそらく、アリスティアは史上最高で最凶の皇太子妃に、延いては皇妃になるだろう。なにせ四大精霊王の愛し子で、魔力量が皇室史上最大と言われる皇太子を遥かに凌ぐほど膨大で、魔術書を読むだけで覚えるほどの魔術の天才なのだから。
しかも、宮廷魔術師筆頭が、海辺での魔術講習を要請したと言うのだから、我が娘ながら寒気を覚える才能だと思う。
ただし、魔術講習がなぜ海辺になったのかというその理由が、広範囲隕石落としを撃ってみたい、という天災級の魔術の試し打ちだと知ってしまうと、心のうちが穏やかならざるを得ない。なぜに女神はこんなにも我が愛娘に才能を与え賜うたのか、いや与え過ぎだろうと思ってしまう。
生まれた時に、確かに尋常ならざるギフトの気配がしたのだが、そのギフトはまだ発現すらしてないのに、それを霞ませる程の才能が与えられるとか、娘の人生の困難さを考えると、些かばかり女神を恨みそうになってしまった。
その困難さの筆頭が皇太子だと思うと舌打ちしたくなる。筆頭公爵家としては万が一を考えると皇太子妃としての教育を娘に施さざるを得なかったのだが、まさか教育を始めたばかりで皇太子に娘が目をつけられるとは思ってもみなかった。
娘は、皇太子に下手に優秀さを見せたばかりか魔力量が膨大な事もバレてしまう結果になり、その時点で婚約者候補筆頭に躍り出てしまった。更には先日のピクニックで四大精霊王の愛し子であり加護を受けるという暴挙(父親としては精霊王の暴挙にしか思えない)に、他の追随を許さない存在となってしまい、僅か五歳なのに父親の制御下から外れてしまった。
しかも、アーノルドが一番腹立たしいのは、皇太子が娘に執着を見せている事だ。
条件的にも確かに我が愛娘が一番ではあるのだが、その条件が整わなくてもアリスティアを妃に望みそうな点に無性に腹が立つのだ。愛娘は五歳、皇太子は一五歳だ。貴族の婚姻の年の差としてはごくありふれている差でしかないが、それは娘が十代で皇太子が二十代の場合だろう。娘がまだ五歳なのに十五歳の皇太子が執着するなどと予想もしていなかった。
幼子趣味にも程があるだろうに、皇太子は幼子趣味ではなくアリスティアだから興味を持ったと開き直った。余計ダメだろう、と呆れてしまう。成人した大人が幼子に興味を持つなど、特殊性癖過ぎる。確かに成長すれば年齢差の問題はなくなるが。
そこまで執着を見せた皇太子の様子に、早晩にアリスティアの特異性が宮廷内に知られる事になる予感しかしなかったのだが。
と、そこまで考えたアーノルドは、皇太子の執着は今更だったな、と我に返った。
アリスティアの魔力暴走以降、皇太子はあろう事か、バークランド公爵家に三日毎に通っているのだから。
いくら二人の息子が側近だからと言って、公爵家に通う理由にならない。では何故かと考えると、登城出来ない年齢の令嬢が理由だと簡単に推測されてしまう。
溜息を吐く事しか出来ないが、皇王と皇太子と息子二人を混じえて話し合った結果、公爵家ではアリスティアを護り切る事は難しいという結論になり、日中は皇太子の執務室へ出仕させる事に決まったのだが、先程聞いたアリスティアの魔術の能力を聞くと、実はアリスティアには護衛なぞ不必要ではないのかと思えてしまう。
しかし精霊たちが挙ってアリスティアの守護契約者を作った事と、アリスティアの最高レベルの魔術の攻撃力のえげつなさ、アリスティアの考え方の容赦なさを考えると、護る事に特化している守護契約者の存在はやはり必要なのだと思い直した。
そう、絶対に必要な筈だ。
仮令娘が戦略級魔術師だとしても。
またも思考の迷宮に陥りそうになったが、無理やりその考えを振り払い、晩餐に臨むべく食堂に足を向けた。
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