第109話 嵐④
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夜が明けた。
あのあと、近衛騎士団と軍と魔術師団は出動準備を整える為に指揮室から出ていった。
皇太子はダンピエール公爵テオドールに指示書を書き御璽を押すと、魔術で転送した。
その中には、近衛騎士団を領館の庭に転移させる事も書いたと聞いた。
そして早朝の今、皇城の前庭には、近衛騎士団の第二・第三連隊が皇城の前庭東側に馬を伴い、物資を積んだ荷馬車を後ろにして立っており、同じく西側には皇国軍が同様にして立っている。
「近衛騎士団にはダンピエール公爵領に行って貰う。領館の庭に飛ばすぞ。ティア、手を繋ぐ」
「わかっておりますわ。イメージはできましたが、ぶっつけ本番ですので魔力量の調整がまだですの。ですので昨日から寝ていない今日は二回発動で魔力枯渇ぎりぎりになるかもしれません」
「構わぬ──ふむ、イメージと術式を受け取った。いつもの如く今回もまた複雑な術式になっているな」
「術式を送っているつもりはありませんけど……」
「いや、構わぬ。このくらいの術式ならなんとか発動できそうだ。……ああ、なるほど。二人で発動するタイプか」
「ええ。今回は人数が以前と比べ物にならないくらい多いので、ルーカス様と一緒に同時に魔術を発動するのが一番いいかと考えましたの。ここまでの大規模転移は、そうそう無いと思いますし、あった場合は魔術師団全員での発動……魔術師団全員でも魔力が足りるかしら?」
「ティア。そこを悩むのは後にせよ」
「失礼いたしましたわ」
アリスティアはすぐに現実へと戻って来た。
「ネルヴァ、近衛騎士団の準備はいいか」
「第二・第三連隊ともに、準備は完了しております、殿下」
ネルヴァ近衛騎士団総長が答えるのに頷く皇太子。
「重畳。ならば大規模転移を行う。ティア」
「はい」
「「大規模転移!」」
皇太子は複雑な術式を頭に描き、アリスティアは必要な範囲を見てそこをフェンスで囲うイメージを思い描き、それぞれ必要な魔力を注いだ。
魔力が、やはり半分ほどごっそり持って行かれた。
大規模転移は上手く行き、皇城の前庭東側に整列していた近衛騎士団がきれいに消えた。
即座に皇太子が映像中継術を発動して、現れた透明の映写板に映像を映す。
転移で飛ばされた近衛騎士団の団員たちは、戸惑った様に辺りを見回していた。
「ああ、大規模転移は成功だな。あそこはダンピエール領の領都オベリオにある領館の前庭だ」
そう満足そうに言うルーカス。
アリスティアの魔力は、昨日ルーカスから半分持って行かれたが、通常の魔術行使ならば問題ないレベルでの残量である。しかしこの魔術は、半分残ったアリスティアの魔力の更に半分ほどを持って行った。
これでは魔術師団には使えない、と考えていたアリスティア。
「次、皇国軍はカロリング領に行ってもらう。ティア、やるぞ」
ルーカスの呼び掛けで現実に引き戻される。
集中できないのは、もしかしたら昨日から寝ていないせいかもしれない、とアリスティアは漸く思い至った。
「よろしいですわ」
アリスティアが応えると、ルーカスは一度きゅっと手を握って来た。それが合図だとわかった。
「「大規模転移!」」
声を合わせ、二度目の大転移術を発動すると、目の前の皇城の前庭西側に整列していた、皇国軍第一師団、第二師団、第三師団が物資輸送の荷馬車と自分たちが乗る馬とともにきれいに消えた。
先程と同じ様に、ルーカスが映像中継術を展開すると、透明な映写板に、また戸惑っている皇国軍の軍人たちの姿が映し出された。
「成功だな、ティア。あそこはカロリング領の領都オセアンドレだ」
ルーカスの声は疲労が滲み出ていた。
アリスティアも重苦しい疲労が体を覆っている。
早くエルゼ宮に帰って寝たい、とそれしか頭になかった。
アリスティアはぼんやりと目の前で交わされている言葉を聞いていた。
「宰相。さすがに私とティアは魔力枯渇が近いから、エルゼ宮に帰って一旦寝ないと魔力が復活せん。その間の指揮は、一旦宰相に預ける」
「承ります、皇太子殿下。しかし、『エルゼ宮に帰る』ですか」
「何かおかしな事でも?」
「いえ、なんでもありません」
宰相アーノルドは寂しそうな表情を見せたがそれも数瞬で、すぐに元の怜悧な表情に戻った。
ルーカスはそれをつぶさに観察していたが、本人が何でもないと言うのだから口出しすべきではない、と口を噤む。
「ティアももう眠そうだからな。子供に無茶をさせてしまった。早く帰って寝かせてやりたいのだ」
瞬間、アーノルドの瞳が揺れた。
浮かんだのは、僅かな怒りか。
だが、いくら父親でもアリスティアが受け入れていない以上、彼女を傷つける存在でしかないのだ。それを側に置くほど、ルーカスは甘くはなかった。
アリスティアを抱き上げる。
左腕に座らせれば、眠い彼女は肩に顔を載せ微睡みに揺蕩う。
アリスティアからは甘くていい匂いが漂い、ルーカスの鼻を擽った。
アリスティアが無意識にルーカスに甘える様を見たアーノルドは、僅かに顔を歪め瞬きのうちに元の表情に戻った。
流石は敏腕宰相だ、と感心する。
「ティアがもう限界だから帰る。私が戻るまでは指揮を任せるぞ」
そう言い、残り僅かな魔力で転移術を展開すると、すぐにエルゼ宮の寝室に転移が完了した。
もう魔力は完全に枯渇していた。
疲労困憊で、しかしアリスティアを落とす訳にもいかないからそっとベッドに寝かせる。ドレスを寝間着に着換えさせてやりたいが、あいにくもう魔力は残っておらず、換装術を行使できない。
ルーカス自身も、もう限界だった。
アリスティアの横に体を横たえ、彼女を抱き込んで上掛けを被ると、瞬く間に意識を手放した。
☆☆☆☆
昼を過ぎて十四時頃、二人は目を覚ました。
昼食を居間で摂るために侍女に言い付けて用意させ、アリスティアに食べさせ、魔力量を確認すると二人とも完全に戻っていた。
「皇太子殿下、アリスティア様のドレスが皺になってしまいましたわ! なぜわたくしどもを呼んで下さらなかったのですか!?」
竜人侍女のマリアが怒る。
「すまぬ。万単位の人間を災害派遣する為に、ティアとともに大規模転移術を発動したのだ」
「ルーカス様もわたくしも、二回、大規模転移術の発動で残っていた魔力が枯渇してしまったのですわ」
竜人侍女のマリアと、兎族侍女のアイラ、犬族侍女のクレアに、ルーカスが天候操作を発動し、一度魔力枯渇していた事、アリスティアが魔力を半分分け与えた事、そのアリスティアの魔力残量の半分が一度の大規模転移術に持って行かれた事を話すと、不承不承ではあったが納得してくれた。
湯浴みし、着替えてからルーカスに抱き上げられ、そのまま城の指揮室に転移した。
以前ルーカスがフォレスター臣民国の魔道具職人に作らせた、連絡用の魔道具、通信具を見やる。
四角いフォルムの箱の前面の真ん中は丸く穴が空いており、そこには生成りの布が張られている。
箱の上部には音量調節用のダイヤルがつけられていて、その隣には魔石が三つ嵌っていた。
今そこから声が聞こえて来ている。
報告する声は皇国軍大将で、今回の総大将を任せたヴェルジーだった。
ヴェルジーは、カロリング領の土砂災害のあった村──今初めて村の名前を知ったが、フォセット村という名前らしかった──の救助された重傷者で、亡くなった者は一人だけで、それは単純に間に合わなかったから、と聞いた。
しかし他は全員助かったと聞き、アリスティアは少しの胸の痛みと安堵から、ため息を漏らした。
他の市町村でも家屋倒壊や畑の冠水、あるいは畑の土砂流出などがあり、けが人が多い事が報告されて行った。
近衛騎士団総長のネルヴァからも、ダンピエール領での被害報告が上がって来ている。
カロリング領と同じく家屋の倒壊や半壊、道路や畑の冠水による泥濘の除去の必要性など、頭の痛い事が多すぎた。
ルーカスはため息を吐くと、救助と復興支援の継続を命じた。
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