第108話 嵐③
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村の集会場に寝かされている怪我人とその家族に向けて、アリスティアは話す。
「わたくしの侍医のアルドリク・シュナイダー先生が、重傷患者を診て応急処置をしてくださいます。朝にはカロリング伯爵が医師を派遣してくださると思いますわ。それまでは、軽傷患者は村の皆さまで手当をお願いいたしますわ。重傷患者は赤い札をつけております。命に関わりますので、シュナイダー先生に無理を言わないように」
「シュナイダーに無理を言った場合、重傷患者が命を落とすと思え。原因が他者からの邪魔で重傷患者が命を落とした場合、邪魔した者は処刑だ」
ルーカスが後を引き継いで念を押した。
これで、シュナイダーの邪魔をする者はいないだろう。
「赤の次は黄色の札が重傷を表しておりますので、引き続きシュナイダー先生の邪魔をしないようにしてくださいませ」
アリスティアは更に念を押すと、ルーカスを見上げた。
「では行くか、ティア」
「ええ。宰相府と軍と騎士団を動かさねばなりませんわね」
「そう言う事だ」
そう答えると、ルーカスはアリスティアを伴って村外れまで歩いた。
そこで竜化し、アリスティアを背に乗せ、ひと羽ばたきすると夜空に飛び上がる。
夜闇を切り裂くように、皇都の皇城へと向かい飛んでいく。
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十五分ほど後、二人はバークランド公爵邸の前庭に降り立っていた。
公爵邸の警備を担う私兵が驚いて誰何して来る。
アリスティアはギクリと身を強張らせた。
人化したルーカスは、そんなアリスティアを抱え上げ、警備に声を掛けた。
「夜分に訪う非礼は許してもらおう。私は皇太子ルーカス、そしてこの娘はバークランド公爵令嬢アリスティア。緊急事態だ、バークランド宰相に取次を」
「父様に早急に取次を。事は自然災害による被害です」
皇太子とバークランド公爵令嬢、と紹介され、その令嬢本人から父親に取り次げと言われた警備兵は驚愕した。
「し、少々お待ちを」
「待つのはいいが、玄関ホールには入らせて貰うぞ」
皇太子の、覇気を纏い有無を言わせぬ物言いに警備兵が反論できる筈もなく、三人で玄関ホールに入ったあとは、警備兵は慌てて奥へと走って行った。
暫くして、着替えたバークランド公爵アーノルドがやって来た。
「遅いぞ、アーノルド」
「これは竜王陛下。何やら自然災害による被害と聞きましたが」
「父様。カロリング伯領で土砂崩れが起きていましたわ。他にもダンピエール公爵領で、河川氾濫による低地の浸水で畑が冠水しておりましたし、村や町などにも家屋の被害が多かったですわ」
「カロリング伯爵には、領軍を動かし被害地域の確認と救援を行う様に皇太子の御璽を押した手紙を送ってあるが、伯爵領全域に渡る被害だと領軍だけでは足りぬだろう。だから騎士団や軍を動かさねばならぬと考えた。今から城へ行くぞ。転移する。心の準備はいいか?」
アーノルドは話された内容に驚いていたが、転移すると言われ、慌てて駆けつけた執事に、夕方に一度城へ馬車を寄越すように言いつけ、その後ルーカスに頷いた。
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ルーカスとアリスティアとアーノルドは転移で皇太子の指揮室に移動した。
すぐさま、夜間警護の近衛騎士に、近衛騎士団総長と連隊長、皇国軍大将全員と、土木省大臣と筆頭補佐官、魔術師団の魔術師筆頭と魔術師団副師団長を招集する様に言いつけた。
その間に地図を用意する。
やがて、土木省大臣とその筆頭補佐官以外は指揮室に集まった。
「土木省大臣と筆頭補佐官がいないのは仕方ない事だろうな。まだ夜なのだからな。むしろそなたらがよくぞ集まってくれたものよ」
「勿体なきお言葉です、皇太子殿下」
ネルヴァ近衛騎士団総長が代表して答える。
皇太子はそれに対して鷹揚に頷くに留めた。
「皇太子補佐官のアリスティア・クラリス・セラ・バークランドですわ。ルーカス様が竜王になっての天候操作はうまくいきました。その後、二人で皇都内とダンピエール公爵領とカロリング伯爵領を上空から見て回りましたの」
アリスティアが説明する。
ダンピエール領の河川氾濫と低地の畑の冠水。村や町の家屋被害。
カロリング領の村の土砂災害と救援した事。医師がいないから自分の侍医を現場に置いて来た事。トリアージを行っているから重傷者の治療が優先的に行われる為に救助後の死者は少ないだろう事。
ここで質問が出た。
「アリスティア様。トリアージとはなんでございましょうか?」
皇国軍大将の一人、ヴェルジーという中年の男性で、体つきはガッシリしており、いかにも軍人という風体なのだが、出された声は柔らかく、相手の警戒を和らげる効果があった。
「トリアージとは優先順位をつけて選別する事ですわ。重傷患者を先に手当しないと命に関わりますでしょう?」
「なるほど。やり方を伺っても?」
「まず最優先すべきは命に関わる重傷患者。このレベルの患者には赤い札をつけます。次に、すぐに手当しないと命に関わる訳ではない患者は黄色の札。医師の手当は必要だけれど少し時間が空いても大丈夫なレベルの怪我はピンクの札。ごく軽傷なものは白い札。優先順位は赤、次が黄色、次がピンク、最後に白です」
アリスティアの言葉を、みんなが頷きながら聞いていた。
「では怪我人が多ければその様にトリアージすればいいのですね?」
「そうですわ。その方が結果的に死者は少なくなります」
「事は急を要する。ネルヴァ、ヴェルジー、最速で出動準備をしろ。馬や荷馬車など、必要なものを揃えろ。明日の朝まで待ってやろう。準備が出来たら、私とティアで領館まで大転移で送ってやる。
ティア、大規模転移術を作れるか?」
皇太子の言葉に、近衛騎士団総長と連隊長たち、そして皇国軍大将たちは驚いて息を飲んだ。
魔術を新たに作るのは至難の技とされているのだ。それを皇太子は事もなげにアリスティアに作れるかと尋ねている。
反対に、ミュルヒェ宮廷魔術師筆頭と魔術師団副団長が興味津々でアリスティアを見つめていた。
「結界の様に範囲指定をすれば大丈夫だと思いますわ。範囲は騎士団舎の前庭全体でよろしいでしょうか?」
「いや、皇城の前庭にしろ。それと範囲は皇城の前庭の半分だ。近衛騎士団と皇国軍の派遣先は違うからな」
「かしこまりましたわ」
何の躊躇いもなく新たな魔術を作る話をしている皇太子とアリスティアを、驚きの目で見ている近衛騎士団総長と連隊長たち、そして皇国軍大将たちは、アリスティアの能力をあまり良くは知らなかったのである。
「アリスティア様は、さすが戦略的魔術師ですな。我らの常識をいつも覆してくださる」
ミュルヒェ宮廷魔術師筆頭が、興奮を抑えきれぬ様に弾んだ声を出した。
それに対してアリスティアは、困った顔でミュルヒェを見ると、
「おそらくルーカス様も同様に作れると思いますけれど」
と言いながらルーカスを見遣った。
「私には無理だ。想像力が足りないから、イメージを頭に描けない」
ルーカスは苦笑しながら否定した。
「場所の確認をしよう。ダンピエール領の被害地域は、こことここ、それとここで───」
ルーカスが準備した地図に、印がつけられていく。
それを真剣に見ている男たち。
アリスティアは明日の大規模転移術のイメージを練り始めた。
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