第107話 嵐②
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魔力が復活したらしいルーカスが、逆にアリスティアを抱えて滞空し始め、先程の口付けの事を教えてくれたのだが。
「魔力枯渇になった場合、最終手段として粘膜接触による"魔力譲渡"を考えていたのだが、ティアに伝えるのを忘れていたのでな。急遽術式を書き換えて粘膜接触による"魔力吸収"にしたのだ」
悪びれもせず言う竜王に、アリスティアはげんなりしながらも怒れずにいた。
墜落していくルーカスを見た時に、焦燥に駆られたのだ。失ってしまう恐ろしさに震え、焦って追いかけた。
ルーカスを腕に抱えた時の安堵は大きく、やっとまともに呼吸できたほどだった。
「それにしても、先に教えてくださっていればよろしかったのに。驚きましたわ、いきなり口付けられた時は」
ため息を吐きつつ、そう文句を言う。これくらいの文句は言ってもいいだろう、と。
「あれは口付けなどというものではない」
なぜか竜王は渋い顔で否定する。
「あれは緊急時の治療だからな。その証に、舌は差し込んでも動かさなかっただろう?」
その物言いにアリスティアはぼふん!という音が聞こえそうなほど瞬時に赤くなった。
「るるるる、るる、るー、ルーカス、様! なに、何、何を、おと、おと、乙女の前で、言う、事では、」
「何を恥じらっている? 舌を差し込んだのは粘膜接触面を増やす為で、更に体液接触で魔力吸収の効率を良く」
「ルーカス様のばかぁっ!」
竜王の言葉を遮り、感情を爆発させたアリスティアは、全力で竜王の腕から逃れようと抗った。
しかし、既に成人している男性のルーカスの力は、アリスティアの抵抗を難なく封じてしまう。
「ティア、暴れると危ない」
「ルーカス様は情緒がなさ過ぎますわ! わたくしは歴とした乙女ですのよ! 前世でも清い乙女でしたのに、なぜその様にあからさまに言いますの!?」
アリスティアは激怒していて、己が言わずとも良い事を告白している事さえ気が付いていなかった。そしてその告白を受けた竜王が嬉しそうに目を細めるのにも気が付かなかった。
「大体、ルーカス様はいつも言葉が足りないか、何も言ってくださらない! そのせいで無茶振りされた事も数しれず。反省なさってくださいませ!」
アリスティアの怒りは深く、ルーカスが宥めてもなかなか収まらなかった。
抱き締めて頬や額に口付け、頭を撫でたり背中を撫でたりし、最後には"匂い"でアリスティアの怒気を宥めたのだった。
半身を得た竜は、自身の"匂い"を制御できるようになる。
通常、微弱に匂うそれは半身のみに効くもので、半身以外には何の効果もない。しかし半身にとってのその"匂い"は、心を落ち着かせ安心させるものなのだ。
それに、感情が昂ぶると"匂い"も強くなる。
今までルーカスはそれを意図的に使おうとはしなかった。それを使わずとも通常の微弱な"匂い"だけで事足りており、アリスティアは感情を荒れさせる事もなかったからだ。
今回は、魔力吸収の際に、アリスティアの口内に舌を差し込む時に意図的に"匂い"を強めた。その行為がアリスティアのトラウマを刺激する事がわかっていたからだ。そうだとしても、ルーカスも魔力枯渇で辛い状態だった為、強い"匂い"でアリスティアの心を落ち着かせ、魔力吸収で魔力を得ようと試みた。それは確かに成功した。
しかしそのせいでアリスティアが激怒してしまった。
宥めすかしても怒りが収まる事が無いため、仕方なくもう一度"匂い"を強めて、怒りで震えるアリスティアの心を落ち着かせた。
"匂い"の正体は、フェロモンである。
☆☆☆☆
ルーカスは再度竜化し、背中にアリスティアを乗せてまずは皇都を見回った。
さすがに早くから騎士団を動かして対策を取っただけはあり、被害らしい被害はなかった。
次に、皇都東に隣接するダンピエール公爵領を見て回っていた。
竜であるルーカスは、暗闇の中でも良く見える。その目でダンピエール領を見ると、河川氾濫で低地が浸水していた。更に、暴風雨のせいか家屋にも被害が出ているのが見えた。
「ティア。ダンピエール公爵領の被害が大きい。ティアには見えないだろうから」
「見えますわ、なぜか知りませんが。被害が酷いですわね。ダンピエール公爵は、被害状況確認はしませんでしたのね」
「見える……? いやまあ、それは後回しにしよう。ティアの前世のニホンの様に、タイフウがしょっちゅう来るわけでもないのだ。今回の暴風雨はかなり珍しい。精霊王の恩恵で嵐は来ない筈なのだがな」
ルーカスは疑問に思っている様だが、アリスティアとしては全く嵐が来ないのも自然ではあり得ないので、その点は疑問にも思わなかった。
今度は皇都南に隣接するカロリング伯爵領に向かう。
カロリング領は、ある村が大きな被害を受けていた。
山が崩れてその村に土砂が流れ、家屋を飲み込んでいた。村人が大勢、その土砂を懸命に掘り返しているが、遅々として進んでいない。
「ルーカス様! あの村に!」
「良かろう。あの村に着地する」
すぐに答えが返って来た事にホッとした。
竜王は通り過ぎた村に行く為に急旋回し、高速で下降し始めた。
村の広場には篝火がいくつも焚かれ、それが広場を照らしていたのだが、竜王は躊躇いなくそこへ降り立った。
驚いたのは村人である。
「ひっ! り、りり、竜⁉」
「皆様、落ち着いてくださいまし。ルーカス様、早急に人化をお願いしますわ」
アリスティアが竜王の背から飛び降り、村人に話しかける。
村人は、黒竜の背中から可憐な美少女が降りて来た事から、急速に落ち着いて行った。
竜王は人化した。
「皆様、このお方は皇太子殿下ですわ」
アリスティアの言葉に、村人は再度驚愕した。
そして皇太子をまじまじと見つめる。
「ティア、そなたの紹介がまだだ。ちゃんと宰相の娘だと言うのだぞ」
「かしこまりました」
そう言ってアリスティアは声を張り上げる。
「わたくしはアリスティア・クラリス・セラ・バークランド。バークランド宰相の長女ですわ」
薄っすらと微笑むアリスティア。
皇太子、そして宰相の娘。
大物二人の登場に、平凡な村は混乱の坩堝に叩き落とされた。
「上空から見ましたわ。この村は土砂崩れに見舞われましたのね。わたくしと皇太子殿下で土砂はなんとかしますので、その後の対応はよろしくお願いしますわ」
上空、という言葉に村人たちは、そういえば皇太子は竜から変身して、その竜の背中から宰相の娘が降りて来たんだった、と今更ながら思い出した。
「村長はおるか?」
「は、はいぃ! こっ、ここにおります!」
「カロリング伯アルマンに書状を書く。それを急ぎ領館のアルマンに持って行け。皇太子の御璽を押してやる。即座に対応するだろう」
そう言うと皇太子は指を鳴らし、魔術で紙と羽根ペンを出してサラサラと書付け、また指を鳴らして封筒と御璽を出し、書いた手紙に御璽を押して封筒に入れると、これまた指を鳴らして蝋を出し、封筒に垂らして皇太子がつけていた指輪を封蝋に押し付けた。
「これをアルマンに渡せ。領内の被害地域と対策及び復興案を書いた。すぐに領軍を動かすだろう」
「ルーカス様、早く土砂を取り除かないと、助かる者も助かりませんわ」
「今行く。ティア」
皇太子は封筒を村長に渡すと、アリスティアの方へ向かった。
そして抱き上げ、左腕に座らせる。
「黙っていろよ。翔ぶ」
そう言うと、皇太子は跳躍しそのまま空を翔んで土砂災害現場の方へ向かった。
残された村人たちは、ぽかんと口を開けたままそれを見送り、次いで慌てて土砂災害現場へと向かった。
村長は、封蝋を見た。
そこには、月桂樹葉が刻印されており、あの美青年が正しく皇太子だと証明された。
慌てて自らの家に走り、厩舎から農作業用ではない馬を引き出し、それに跨って領館を目指した。
☆☆☆☆
「村人よ。私は皇太子ルーカス。これからここにいる我が婚約者のアリスティアとともに、魔術で土砂を退ける。ティア、やるぞ」
「ええ。準備はバッチリですわ」
二人を遠巻きに見ていた村人たちは、土砂が纏めて浮き上がり、山の方に向かい、それが村の境で壁を形成するのを呆然と見つめる事になった。
「村の皆さま。生存者の確認と救出をお願いしますわ。ルーカス様。トリアージしても?」
「仕方ないか。許可する」
少女の言っている言葉の意味はわからなかったが、その少女の指示に従って、村人たちは村の集会場に運ばれたけが人に色札をつけて回った。
「ここには医者はおりませんの?」
その少女の問に「村にはいない」と答えたのは、村長の息子だった。
少女は眉間に皺を刻む。
「ルーカス様。お願いがありますの」
「なんだ? 可能な限りティアの望みは叶えよう」
「でしたら、シュナイダー先生をここに呼んで欲しいですわ」
「アルドリクか……わかった」
そう答えたルーカスは、指を鳴らした。
ルーカスと腕に抱かれているアリスティアのそばに、アルドリク・シュナイダーが現れた。
何が起こったのかわからないという顔をしている。
「シュナイダー先生」
アリスティアが話しかけると、漸く彼女に気がついたようだった。
「これはアリスティア様」
「強制的にお呼びして申し訳ありませんわ。お呼びした用件は、ここで土砂災害に遭われた被害者の応急手当をお願いしようと思いまして。トリアージは済ませているので、このあとを、お願いします。緊急患者から、色札は赤、黃、ピンク、白の順になりますので、先生は赤い札の患者を優先に見てくださいまし」
「それは構いませんが、トリアージ、ですか?」
「優先順位をつけて選別する事ですわ。軽症患者よりも重症患者を先に診ないと、命に関わりますでしょう?」
「なるほど。アリスティア様は素晴らしいですな」
「今は称賛よりも早急に患者の応急処置をお願いしたいですわ」
「仰せのままに、竜王妃殿下」
アルドリクは微笑みながらそう言うとすぐさま踵を返し、赤い札をつけられた重症患者を診察し、手当をし始めた。
「また訂正するタイミングを逃しましたわ……」
「何を気にしておる。ティアはいずれ竜王妃になるのだから、敬意を受けておけば良い」
竜王はそう言うが、アリスティアは恥ずかしいのだ。単純に恥ずかしくて訂正したいだけである。
アリスティアは困った顔でアルドリクを見遣った。
情緒の欠片も無いルーカスに、キレるティア。
書きたかったシーンの一つが書けて、満足です(笑)
ここまで読んで下さりありがとうございます!