第104話 社会科見学!②
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皇太子に抱き上げられ、そのまま抱き締められたアリスティアは混乱していた。
「なななな、なななな、何、何を、何、何をなさいます、の、ルーカス様!」
動揺し混乱しているアリスティアは、面白い程に吃っていた。
級友たちは気の毒そうに、しかしどこか面白そうに見ている。
「ティアが可愛い事を言うから抱き締めているのだ」
「そっ、そういう、こと、では、ありま、せん! な、なぜ、なぜ、み、み、みんなの前、で、こんな、真似を」
「ん? 可愛い事を言う婚約者を抱き締める事に何か不都合でも?」
「ちっ、ちがっ、違います! そうでは、なくて──ちょっ、ルーカス、様!」
アリスティアの額や頬、こめかみなど顔中に口づけするルーカスに、アリスティアは更に動揺し、涙目になって来ていた。
それを級友たちの一部は目を輝かせて見ており、一部は気の毒そうに目を逸らし、更に残りは遠い目をしてダダ甘な口内をどうしようかと思考を飛ばしていた。
もちろん、アリスティアのこの状態を放置する双子ではない。
背中に黒い何かを噴き上げ、エルナードとクリストファーは皇太子に近づくとアリスティアを奪還した。
「皇太子殿下。貴方は何をしているのですか。アリスに不埒な事をするのはやめてください潰すぞ! アリス、怖かったでしょう? もう大丈夫ですよ。兄様たちが助けてあげますからね」
「おいこら! アリスに何してくれてんだ! いくら婚約者でも節度を持てよ! 竜王といえどエルナードと一緒に相打ち覚悟で殺るぞ⁉ アリスを返せ!」
エルナードとクリストファーが吠える内容に、教師と級友たちが目を剝いて驚いている。アリスティアとクロノスとエルンストにはもうお馴染みのじゃれ合いなのだが、見た事がない人には刺激が強すぎるのかもしれない。
クリストファーの最後のセリフとともに、ルーカスの腕から逃れたアリスティアだったが、単にクリストファーの腕の中に移動しただけだった。
皇太子は意外な事に、アリスティアを大人しくクリストファーに引き渡した。
「そなたらの妹至上主義ぶりはいつ見ても清々しいほどブレないな」
「当然だろ。アリス以上に可愛い妹はいないんだから。アリス、兄様に撫でさせてくれよな。アリス成分が足りなくて干からびそうだから」
「いいですけどクリス兄様、あまり髪の毛を乱さないでくださいませ」
「もちろん、気をつけるさ!」
「クリストファー。次は私が待っているのです。早く撫で終ってくださいね。私もアリス成分が足りなくて干からびそうですから」
「兄様たちは本っ当に、妹馬鹿ですわね。いい年しているのですから、早く結婚相手を見つけなさいませ。血を繋ぐ事も貴族の義務ですわよ?」
「アリス。俺らはアリスが一番だといつも言ってるだろう? それにバークランド家の血は、ディートリヒ兄上が繋いでくれるさ。俺たちが繋がなくてもな」
「そうですよ、アリス。それに、私たちは主を差し置いて先に結婚なんてできませんからね。まあ、結婚相手なんていませんし、探す気もありませんけど」
「あるじ?」
「ええ。ルーカス・ネイザー・ヴァルナー・セル・フォルスター殿下ですよ」
言われた人物は、アリスティアの婚約者である。と言う事は──と考えて、ボン!と音が出そうなほど急激に真っ赤になった。
つまり兄達は、アリスティアとルーカスが結婚しないうちは自分たちも結婚しない、と言っているのだ。
その双子の意図は級友たちにも伝わったようで、驚愕していた表情が一気ににやにやと生温い表情になった。
ただし、アリスティアには死角になっていて一切見えていない。
クロノスは級友たちの顔を見て、そっと溜息を吐いた。アリスティアに見えてなくて良かった、と。見えていたら、また騒いで恥ずかしがる事だろう、と。
「エルンスト。ここの執務室の事はお前が説明してやれ」
皇太子の無情な一言で、エルンストが説明をする事になった。クロノスはそんなエルンストが気の毒だから、そばについていて何かフォローをしようと考えていた。
「あー。さっきのエルナード皇太子筆頭補佐官とクリストファー皇太子補佐官が兄上にあの様に噛み付くのはよくある事で、全てはエルナードとクリストファーがアリス嬢を愛でようとする時のお約束だな」
それはここの説明と違う、とクロノスが呆れて級友たちを見遣れば、なぜかなるほど、と頷いている。
それでいいのか、社会科見学なのに、と唖然として教師を見れば、どこか遠い目で現実逃避している姿があった。
これは自分が説明しなきゃならないかな、と眉間を揉みほぐし、口を開こうとしたら、
「皇太子執務室で処理される案件は、皇王陛下の案件だ。皇太子である兄上が決裁をすべき案件と、そうではない案件に仕分けるのが皇太子補佐官の仕事で、本来ならもう数人必要なのだが、バークランド公爵家の人間は皆優秀らしくてな。エルナード筆頭補佐官とクリストファー補佐官は、通常時の兄上と遜色ない仕事をする。ちなみに、通常時の兄上の決裁速度は三分間で一枚、やる気を出した時の決裁速度は一分間で一枚。書類に目を通して読んで理解して、だ。エルナード筆頭補佐官とクリストファー補佐官は、この通常時の兄上の決裁速度と同等に、仕分けたものを決裁している。恐ろしい事にアリス嬢も同等の決裁速度だ。お陰でここの仕事は回っている。
ただ、ここから上げる提案や提言もある。それは一旦、宰相府に届けられ、決裁後に父上──陛下へと回される」
クロノスのフォローは必要なかった。
きちんと説明してのけたエルンストを見遣り、やはり第二皇子で次期皇太子だ、と納得した。帝王学は詰め込み教育になっているが、ちゃんと身についているらしい。
ならばクロノスが取るべき手はもう一つ。
「皇太子ルーカス殿下は、アリスティア様しか目に入りません。他の女性は全て塵芥に過ぎません。僅かにアリスティア様を主と定めている女性のみ、識別します。でも識別するだけです。
皇太子殿下はアリスティア様至上主義ですから、アリスティア様に害為す者は容赦しません。
同じクラスのあなた方には既に分かっている事でしょうが」
うっすらと微笑んで言えば、級友は心得ているとばかり、意味ありげに微笑む。
憮然として兄(クリストファーからエルナードに引き渡されていた)に撫で回されていたアリスティアは、クロノスの台詞に反応した。
「クロノス様! 『アリスティア様至上主義』とか恥ずかしい事は言わないでくださいませ!」
「私は事実しか述べていませんよ、アリスティア様。皇太子殿下はアリスティア様一筋で、ひたすらアリスティア様に愛を注ぎ、他には一切、目を向けない。ただ只管にアリスティア様を守る事に心血を注いでいます。だから、『アリスティア様至上主義』なんですよ」
「クロノスはよく見ているな。まさにその通りだ。私はティアがいればそれで良い。さてそこの教師。ティアとクロノスとエルンストを置いてみんなを連れて帰っていいぞ。この三人はこれから仕事があるからな」
割とあっさり目な惚気っぽい何かを言った皇太子は、級友たちを追い払う様に帰してしまった。
まだ次のクラスが見学に来ない。
その間にエルナード達に撫で回されてぐしゃぐしゃになってしまった髪の毛を、カテリーナに簡単に整えて貰い、さて執務机に行こうとしたのに、すかさずルーカスに抱き上げられて、文句を言おうとしたら優しく撫でられてなんだかどうでも良くなってしまった。
そんなアリスティアを見ていたエルナード達は、流される彼女を見て何とも言えない微妙な気持ちになっていた。
そんなアリスティアだったが、皇太子がそのまま執務机に座り膝抱きされた時点で激しく抵抗した。
執務机に向かっての膝抱きは、今までになかったからである。恥ずかしいのだ、真剣に。だから抵抗した───のだが。
「ティア。私はティアが他の雄に笑顔を振りまき、手を振った事を許した訳ではない。これからやる事はお仕置きだ。だが選択肢を与えよう。
これから訪れるクラス毎にティアの顔に口づけるのと、大人しく膝抱きされているのと二択だ。さあ、ティアはどちらにするのかな?」
意地悪そうに微笑うルーカスに、アリスティアの顔は引き攣ってしまう。どんな罰ゲームだ、と思うのだが、何を言ってもこんな状態のルーカスが言を翻さないだろう事は今までの経験で嫌というほど理解している。
深呼吸を何度かして、アリスティアは覚悟を決めた。
「……ひ、」
「ひ?」
ルーカスの目が愉しそうに細められる。
殴りたい、この笑顔。
アリスティアは崩れてしまった覚悟をもう一度建て直した。
「膝抱きで、お願い、します……」
覚悟を決めたのに言葉は小さく掠れてしまったが、ルーカスが満足そうに笑っているから、きっと全部聞こえていたのだろう。
だけど、ルーカスの笑顔の破壊力は、アリスティアの荒ぶりそうな気持ちを不思議と落ち着かせるのだった。
またも糖分多めです。
ルーカスが言うことを聞いてくれない( ;∀;)
勝手に動くから軌道修正が大変でした_| ̄|○
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