第103話 社会科見学!①
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投稿時間が遅れてしまいました。
すみませんm(_ _)m
皇国暦四二二年五月、アリスティア十二歳。
アリスティアたちは一年生から三年生までの合同で皇宮を訪れていた。
一年生がコース選択する際の官僚コースと騎士コースの材料として、宮廷の見学と近衛騎士団の仕事を見学するのが目的なのだが、既に選択を終えている二年生と三年生も、今回一緒に見学すべきだ、と理事会の会議で決まったらしい。
本来なら一年生だけなのだが、この行事は今年から組み込まれたため、理事会では不公平さを心配した声が多かったらしい。
それで皇宮と近衛騎士団の見学になった訳だが。
「今更、ですよねぇ」
「そうですわね。今更ですわ」
「俺なんか自分の家だからな」
クロノス、アリスティア、エルンストの声である。
アリスティアとクロノスにとっては毎日来ている仕事場で、エルンストにとっては本人の申告どおり、自宅なのだから、ここを見学する意味はない。だから、一番後ろからのんびりついて行くだけになっている。
全学年だと三百人近い人数がぞろぞろと見学するなど、受け入れ側としても不可能なのでクラス単位での見学となっている。
今アリスティアたちの三年一組が見学しているのは宰相府。父親が宰相で、一番上の兄が宰相筆頭補佐官だし、良く書類を持って来るので宰相府の補佐官たちとは面識がある。
「あれ? アリスティア皇太子補佐官、今日は何? 書類持って来たの?」
面識のある補佐官の一人に声をかけられた。彼としては、アリスティアがまさか見学者だとは思うまい。
補佐官に声をかけられたアリスティアを、級友が振り返って見ている。
アリスティアは苦笑して、
「今日は社会科見学で、宮廷と騎士団舎の見学ですわ。クロノス皇太子補佐官と、エルンスト第二皇子殿下も一緒です」
と答えた。
その補佐官は、面白そうに眉を上げた。
「三人ともここではお馴染みの面々だね。見学する意味、あるの?」
「さあ? 仕事場を今更見学しても、とは思いますけれど」
「だから基本、私達は後ろから眺めているだけですよ」
「クロノス皇太子補佐官もご苦労さま。アリスティア皇太子補佐官、バークランド宰相とディートリヒ宰相筆頭補佐官は、貴女がここに来る事を知っているの?」
「父様にも大兄様にも話しておりませんわ。なんだか面倒くさそうで」
「ディートリヒ宰相筆頭補佐官はともかく、バークランド宰相は貴女を可愛がっていそうだしね。知ったらここに詰めてたかもね」
くすくす笑いながら言われたその言葉に苦笑してしまう。
彼女がエルゼ宮に皇太子と一緒に住んでいる事は最高機密であり、知っているのは皇王と皇妃、宰相である父親、未来の宰相であるディートリヒ、母親のローゼリア、エルンスト第二皇子、そして皇太子補佐官たちだけである。
だから、父親とはここ数年、あまり関わっていない。彼女がここに来ると知っても、エルゼ宮に会いに来ない父親が、ここでアリスティアを待っているとは思えなかった。
だが、そんな事をこの宰相補佐官に話しても仕方がない。
苦笑だけにとどめ、言質は与えず、クロノスに視線をやると、心得たとばかりに話を逸らした。
「宮廷はともかく、近衛騎士団舎には殆ど縁がありませんからね。そちらの見学は楽しみですよ。エルナード皇太子筆頭補佐官やクリストファー皇太子補佐官は近衛騎士団での鍛錬に混ざっていますけど」
「近衛騎士団総長とは、教育要項精査会議や学園祭での騎士コースの模擬試合でお会いしてますけれども、近衛騎士団舎は流石に行った事はなくて」
「そっか。なんだか聞き捨てならない言葉があったけど、今は見学の途中みたいだし、後で教えて貰うかな」
その宰相補佐官は屈託なく笑ってアリスティアにそれじゃね、と手を振ってきた。
それに対し、アリスティアもまた笑顔で手を振った。
「……アリスティア様。自覚してください、って何度も言ってますよね」
「何をですの?」
「貴女は皇太子殿下の婚約者ですよ」
「知っておりますわ。それが?」
「アリス嬢、兄上は貴女をそれはそれは深く愛しているんですよ。こちらがドン引きするくらいに」
「なななな、何、何を、突然」
アリスティアはいきなりのエルンストの言葉に動揺し赤面した。こんなところで言う事はないではないか、と内心パニックである。
「皇太子殿下の性格、まだわかりません? 今の事、絶対に見聞きしてますよ」
クロノスに言われて顔から血の気が引いた。確かに皇太子ならやりかねない。
「皇太子執務室の見学時に、執務室に兄上がいないといいな? いたらきっと大変な事になると思うぞ」
「エルンスト殿下! 脅かさないでくださいまし!」
「俺は事実しか述べてないよ。兄上、知ったら絶対に他の雄に笑顔見せるな、って言うし、嫉妬して抱きしめるくらいはするな」
「今後は二度と他の殿方に笑顔を見せません! 手も振りません!」
青褪めて断言するアリスティアを、級友は生暖かく見ていた。
しかも、まだ宰相府内である。
補佐官たちはしっかりエルンストの言葉を聞いていて、お互いに顔を見合わせていた。皇太子が婚約者を愛している、それはいい。嫉妬して抱き締める?と半信半疑である。しかし、当の婚約者のアリスティア皇太子補佐官が、顔を青くして他の男に笑顔を見せないし手も振らない、と宣言するのだから、おそらくエルンストが言っている事は事実なのだろう。それでも皇太子のイメージとはかけ離れていて、うまく整合性が取れない。
「あ。ここ宰相府だった」
「イヤですわ! なんてこと!」
漸くエルンストが気が付き、それを聞いたアリスティアが顔を今度は赤くして恥ずかしがっていた。
「では三年一組は、次の外交府に見学に行きますよ」
教師が全てスルーしてその場を収めた。
☆☆☆☆
外交府、刑部省、礼部省、総務省、兵務省、内宮府、財務省などなど、一通り見て回るアリスティアたち。
外交府(外交関係)、礼部省(教育関係)、兵務省(軍や騎士団関係)、内宮府(皇族関係)、財務省(予算関係)あたりでも声をかけられるアリスティアたち三人だったが、無難に笑顔も見せずに対応した、と内心で自分を褒めたアリスティア。
最後に来たのが皇太子執務室であった。
入る前に(ルーカス様がいませんように)と心の中で祈っていたアリスティアだったが、その望みは絶たれてしまった。
「遅かったな、ティア?」
そこには微かな笑顔を見せる、でも目は一切笑っていない皇太子がいた。
「ルーカス様、学園での執務はどうなさいましたの? まだ終わるような時間ではないと思いますが?」
内心の動揺を押し隠し、アリスティアは疑問に思った事を訊ねてみた。
その質問に返された答えに、彼女は更に動揺する。
「そんなもの、ティアに会いたいから全力で終わらせたに決まっておろう?」
ここは皇太子執務室で、今まさにクラス単位で見学している最中だと言うのに、その級友の目の前でめちゃくちゃ甘い言葉を吐かれ、アリスティアは身の置きどころがない思いをしていた。
しかも、何を当たり前の事を、とでも言いたそうに小首を傾げるものだから、動揺したアリスティアは級友の前でとんでもない、でもいつも通りの言葉を吐いてしまった。
「ルーカス様、小首を傾げないでくださいませ! 可愛いではありませんか!」
その瞬間、生暖かい目で見守っていた級友たちが、ぶふっと噴き出した。
何事かとそちらを向いたアリスティアだったが、無表情であらぬ方向を向いている級友たちがいるだけであった。
なんだろう、と疑問に思うが、とりあえず目の前の問題に対処すべきだろう。
コホン、とわざとらしい咳をして、
「だからと言って、待ち構えていなくとも」
と非難したのだが、皇太子の口元が緩く上がるだけで効果はなかった。
「本当は見学について歩きたいくらいなのだがな? 我が婚約者殿が、他の雄に笑顔を向けているのを見ては心穏やかでいられる筈もないからな」
そのセリフが終わるとともに、またぐふっという音が複数聞こえて来た。
すぐに音のした方へと顔を向けるが、無表情の級友たちしかいない。
内心、訝しみつつ、相変わらずのルーカスの目だけは笑っていない笑顔で言われた内容は、予想通り過ぎてため息しか出て来なかった。
「ルーカス様、また映像中継術で見ていましたの? 心配せずともわたくしはルーカス様の婚約者で、他の殿方とどうかなろうという気にはなりませんわよ? だってルーカス様が一番素敵で、あっ!」
口を滑らせたのに気がついたが、ほぼ言い切っていた言葉は飲み込めず、慌てて両手で口を抑えてもルーカスはしっかり聞いていたようで、笑っていなかった目が嬉しそうに蕩けて行く様を見て、アリスティアは目を瞠り慌ててルーカスから顔を逸らした。
心臓がドキドキして顔も熱い。
何なのだ、あの目は。
なぜあれであそこまで喜べるの。
顔を逸らしていたアリスティアは気が付かなかった。
ルーカスが執務机から立ち上がり、嬉しそうな顔でアリスティアに近づくのを。
顔を逸らしていたアリスティアは気が付かなかった。
級友たちが気の毒そうな顔で見ているのを。
気が付いた時には、皇太子から抱き上げられていた。
少しばかり我慢できなくなり、砂糖をまぶしてみました!(*ノェノ)キャー
ここまで読んで下さりありがとうございます!