第102話 入学式のあと
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四月、アリスティアは最終学年に進級した。
二月に行われた進級試験では、アリスティアもクロノスもエルンストも危なげなく進級が決まった。
そして、いつもどおりアリスティアが主席、クロノスが次席、エルンストが三位だった。
それはいい。
だが、主席だからと言って入学式の祝辞を押し付けようとするのはやめてほしかった。
だから回避した。
生徒会の会長がやるべきだと熱心に口説いて、なんとか納得させて、回避した──筈だったのだが。
「ティア。明日の入学式での祝辞だが、三年生主席としてティアが妥当だ」
呼ばれた理事長室で告げられた内容は、アリスティアには到底許容できないものだった。
しかし入学式は明日だ。
変更はきかないはずだ。
「でも、既に生徒会長に決まっていますわ。今から変更するのは式次第にも影響しますでしょう?」
せっかく回避したのに、ゴリ押しされてはたまらない。
しかしアリスティアの望みは打ち砕かれる。
「生徒会長なら納得したぞ? 明日の祝辞は、三年生の主席としてティアがやれ。これは理事長命令だ」
「お……」
「お?」
「横暴ですわー!」
「今更ですよ、アリスティア様。皇太子殿下の性格をまだ把握していませんか?」
クロノスが呆れた様にため息を吐く。
「アリス嬢は兄上の性格を甘く見ているのだな」
エルンストも呆れた様に言ってくる。
「諦めろ。ティアは将来の皇妃なのだからな」
楽しそうに笑うルーカスを軽く睨み、次いでフンとばかりに顔を背けたアリスティアだった。
あのあと教室に戻り、周りに触るなオーラを撒き散らして猛スピードで祝辞を紙に書き、推敲して書き上げたアリスティアは、それはもう不機嫌で教師まで怯える程だった。
☆☆☆☆
翌日、入学式で、アリスティアたち三年生は講堂で一年生を迎え入れた。
一年生は初々しく緊張している。
それもその筈で、高位貴族はともかく、下位貴族や平民は、なかなか会う事が叶わない皇太子が理事長として出席しているのだから、緊張するなと言う方が無理だろう。
(本当なら一般人としてここに座っているだけで良かったのに)
アリスティアはまだ不機嫌さを隠しもせず眉根を寄せて前を向いていた。
ちなみに皇太子の婚約者という時点で一般人とはかけ離れているという事実に、彼女は全く気がついていない。
入学式は進み、理事長挨拶から新入生代表の主席の挨拶に移っている。次がアリスティアの番になる。
チラッと皇太子を見やると、バッチリ視線が絡まった。
すぐに逸らしたが、皇太子の視線をまだ感じる。
この分だと、後で何か言われるのかな、とアリスティアが嘆息した時、進行役の教師から名前を呼ばれた。
「三年生主席の祝辞、アリスティア・クラリス・セラ・バークランド」
「はい」
返事をして椅子から立ち上がり、壇上へと向かう。
壇上に上がり、視線を先に向けまっすぐ歩いて行く。真ん中まで進み、式台の後ろに立つと、拡声術を無詠唱で発動した。
「一年生の皆様、入学おめでとうございます。わたくしたち三年生は、皆様の入学を歓迎いたします。この良き日に出会えた事を感謝し、三年間学業に励み、友情を育み、今後の為に広く人脈を広げ、今後の人生の糧としてください。そして、あなた方の能力を国の発展の為に役立ててください。国の発展は、何も官僚になるだけが道ではありません。民間でも充分に発展に寄与できます。一人一人が自分の能力を十全に発揮する事で、国の経済や生活基盤などが発展していくのです。ですから皆様は、勉強を頑張り、この国を支える柱となってください。以上です」
一礼し、顔を上げて踵を返し、壇上から降りて自分の席に戻った。クロノスが労いの目線を向けてくるのへ目線で感謝の意を送り、壇上に目を向けた。
途端に皇太子の視線とぶつかる。
その視線に背筋が粟立つ。
アリスティアを搦め捕ろうとするような視線に、知らず、顔が熱くなった。
「アリスティア様、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのですか?」
クロノスが心配して小さく声をかけるまで、ルーカスの視線から目を離せなかった。
「……いえ、大丈夫ですわ。ちょっと緊張していただけで」
緊張など微塵も感じてはいなかったが、とりあえずそう言ってごまかした。クロノスは訝しんでいたが、一応は信じてくれたようだった。
☆☆☆☆
入学式が終わり、三年生は教室へ戻った。
授業はなく、このあと簡単にホームルームをして今日は終わりとなる。
だが、教室に戻ったアリスティアに、教師からルーカスが呼んでいる事を告げられた。
首を傾げてしまう。
何の用事があるのだろう?
「皇太子殿下からの呼び出しですか?」
「兄上からの呼び出し?」
クロノスもエルンストも訝しんでいる。だが、教師経由なのだから、罠という事もないだろう。
そう考えて、ホームルームが終わったら行く事にした。
「アリスティア様。一人で行くつもりですか?」
クロノスに問われ、意味が分からなくて首を傾げてしまった。
呼び出されたのはアリスティアだけなのだから、一人で行くのは当然なのに。
その様子を見たクロノスとエルンストは、盛大なため息を吐いた。
「アリスティア様。いつになったら自覚されるんですか? アリスティア様は皇太子殿下の婚約者なんですよ?」
「当然、アリス嬢は厳重警戒が必要な警護対象。一人でふらふらと歩き回っていい身ではない。たとえ学園内であろうとも、だ。何が起こるかわからないのだから」
二人に代わる代わる諭されて、渋々二人と一緒に理事長室に向かう事になった。
「クロノス様もエルンスト様も、過保護だと思いますわよ? 学園内で何をそんなにも警戒しなければならないと言うのです?」
理事長室は一階までの階段を下がった奥にある。三年生の一組(高位貴族クラス)は、二階の階段から離れた一番奥で、距離的にはかなり離れている。
職員室は一階の中程にあるから、職員室前を通る事になる。
だから、会話しながら歩いていた。
「過保護というがな、アリス嬢を見ていると兄上の心配もわかる。アリス嬢は見ていて危なっかしいんだ」
「私はそれもアリスティア様の個性だと思いますがね。このヒト、無自覚過ぎて、たまに命の危険を感じるから私は本当なら関わりたくないんですよ。でも皇太子殿下の命令があるから、護衛はしなきゃならない」
「嫌なら護衛していただか」
「そういう訳にもいかんでしょうが! 皇太子殿下の命令っつってんでしょ!」
食い気味に否定され、アリスティアは目を白黒させて黙った。
既に一階に降りているので、廊下に声が響いている。
「クロノス、声を抑えて。響いている」
エルンストに窘められて、クロノスはバツが悪そうに黙った。
静寂が包んだところで、職員室から出てくる男子生徒が見えた。
こちらに向かって歩いてくるネクタイを見たら臙脂色で、一年生だという事がわかる。
黙って歩いて行くと、その一年生が立ち止まり、明らかにアリスティアを睨んでいた。
首を傾げる。何もした覚えがないのに敵意を向けられており、意味がわからなかった。
「おい、なんでお前が第二皇子殿下の前を歩いている! 皇族の前を歩くなど不敬にも程があるぞ!」
アリスティアは驚いて目を見開く。
エルンストはそう言えば第二皇子だったな、などとどこかのんびりと考えてしまった。
「お前は一年生か? 僕のクラスにいなかったから、下位貴族なのか? どちらにしろ不敬には変わりない!」
「わたくしは」
「君の疑問に答えようか。アリス嬢は兄上の、皇太子の婚約者だ。更に言うと、三年生の一組、つまり高位貴族だ」
「アリスティア様はバークランド公爵令嬢ですからね。身分も申し分ない。そしてアリスティア様は三年生の代表で主席として祝辞を述べていたのに、君はなぜ分からないのですか?」
「我々は兄上に呼ばれているアリス嬢を、兄上の元に送り届けている。学園にはアリス嬢専属護衛部隊を入れられないからな。アリス嬢の警護を兄上から仰せつかっているのだ」
「私たちの言葉が信じられないかな? でもすぐに理解できるよ。皇太子殿下はアリスティア様に対する敵意に敏感だから」
うっすらとクロノスは微笑んでいた。
そのクロノスの言葉が終わると同時に、その場に皇太子が転移で現れた。
「ティア、大事ないか。ティアに対する敵意を感知したゆえ迎えに来た」
「大丈夫ですわ、ルーカス様。いきなり敵意を向けられて少し驚いただけですし」
アリスティアの肩を抱き、頭に口づけを落とす皇太子の姿を見て、一年生は驚愕していた。
「兄上。この一年生は、主席として代表の祝辞を述べたアリス嬢の事を知らなかった上に、言動から高位貴族だと判明しています」
「でかした、エルンスト。まあ聞いていたから一部始終はわかるがな」
皇太子はその金色の瞳に冷気を乗せて一年生に向けた。
「我が側近クロノスからも問われたと思うが、貴様は入学式に出なかったのか? ティアは主席として祝辞を述べていたのだ、出席していたら顔を知っていた筈だ」
皇太子がその美貌に怒気を纏わせて詰問するものだから、一年生は竦み上がった。
「それと貴様は知らなかったようだが、ティアは筆頭公爵家の令嬢だ。この学園にいるどの貴族よりも身分が高い。ティアは、バークランド公爵令嬢は、私の婚約者という事で準皇族扱いになっている。だが、学園内では、この身分は取り払われる。生徒であるうちは、皇族と言えどその権力を抑えられる」
ルーカスの言葉に、アリスティアは驚愕した。
準皇族扱い。
思ってもみなかった言葉に、呆然とルーカスを見上げる。
「当然、警護を厳重に固めねばならぬ立場だが、学園内にティアの専属護衛部隊である近衛第一連隊独立第三中隊特別警護部隊を入れる事ができぬ。故に」
そこでルーカスは威圧を増大させた。
皇太子の威圧に中てられて、エルンストとクロノスが冷や汗をかいている。
一年生は真っ青な顔をしてそこに崩れ落ちた。
「私のティアに危険が及ばぬ様に、弟と、我が側近であるクロノスに学園内での警護を命じている。答えよ! 貴様はなぜ主席の祝辞を述べたティアを知らぬ?」
一年生は四つん這いの状態で脂汗を流していた。当然、答えられる状態ではない。威圧が大きすぎて恐怖に囚われているのだろう。
「ルーカス様。威圧が大き過ぎますわ。それでは答えられるものも答えられません」
アリスティアに窘められて、ルーカスは渋々威圧を収めた。
「これで答えられる様になった筈だ。答えよ! まずは名を名乗れ!」
視線は厳しいまま一年生に向けられている。その視線を受けて怯えないでいられるだろうか。
しかし、一年生は観念したのか、怯えた表情を見せつつも、問われた事に跪いて答えた。
「皇太子殿下、この様な場での拝謁、恐悦至極に存じます。私はリートベルク伯爵が長男のフランツ・ゲルト・セル・リートベルクと申します。本日、所用がありまして入学式に参加しませんでした」
「伯爵家の者が公爵家令嬢にお前呼ばわりをする事がどれだけ不敬かわかっておろうな? だがこの場は学園内であるゆえ、不敬には問わぬ。所用があって不参加だったのも別に罰するものでもない。だがな、一年生が三年生に敵意をぶつけながら荒い口調で詰め寄るのは看過できぬ。三日間の自宅謹慎を申し付ける」
「ルーカス様、それは厳し過ぎますわ。反省文提出に」
「ティア。貴族としてこやつは間違った対処をしている。
一つ。いきなり敵意をぶつけた事。
二つ。明らかに身分的に上の存在がいるのに許しも得ず言葉を先にかけた事。
三つ。荒い口調だった事。
リートベルク伯爵は嫡男の教育に失敗しているようだな。跡取りの教育程度を失敗する様な者は、将来の我が治世には不要である」
アリスティアはその言葉にギョッとした。
「ルーカス様、一度の失敗で切り捨てるのはおやめなさいませ。人間は失敗から学ぶ生き物です。ですから、やり直す機会を与えませんと、内乱の種になってしまいますわ。況してや政治に関わる方を切り捨てるなど、混乱を引き起こしかねません」
ルーカスを見上げて説得に当たるが、アリスティアだとて理解している。説得などされる訳もないと。事は政治に関わるのだから、次男三男ではなく嫡男の教育の失敗は、後継者が政治に混乱を引き起こしかねない事態が予測できるのだ。
「ティア。ティアが優しい心を持っているのは知っておるが、国を、政を動かす為には優しさだけではどうにもならぬ。時には厳しい処断も必要であるし、謀略も必要なのだ。こやつは自らを以て親の無能さを証明した。ならば、早めに切り捨て、後釜に有能な者を据え、可及的速やかに混乱せぬよう対処するのが肝要」
そこにいるのは、確かに皇太子だった。
国の行く末を見つめ、それを治めるにあたり誰が有能で誰が無能かを見極め、取捨選択し、国をより良い未来に導かんとする姿だった。
アリスティアは暫し呆然とルーカスに見惚れていた。
一方、一年生、フランツ・ゲルト・セル・リートベルクは、自分が引き起こした事態に呆然としていた。自分の行動で、リートベルク伯爵家の将来まで否定されてしまい、自分が何をしたか漸く理解したのだ。
第二皇子が文句も言わずに女の子の後ろについて歩いている事を良く考えるべきだった、と今更ながら後悔したが、全ては遅かった。
皇太子は、もう一度一年生を見て、言葉を続けた。
「フランツ・ゲルト・セル・リートベルク。明日から三日間の自宅謹慎を申し付ける。返事は?」
「は。謹んでお受けします」
「では疾くこの場から立ち去れ」
皇太子は面倒くさそうに言うと、アリスティアを伴って理事長室に向かった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!